第12話 帰ってきた長兄
「このように出迎えられるとは思っていなかったな……」
「まあ、そうですね。兄弟勢ぞろいじゃないですか」
アドルグお兄様とロヴェリオ殿下は、私達の出迎えに少し驚いているようだった。
ちなみに私達の方も驚いている。帰って来たのがお兄様だけではなく、ロヴェリオ殿下も一緒だったからだ。
ただ、なんでも二人の令嬢と話をつける場に彼も参加する予定だとは聞いていた。つまり二人は、そこからこのヴェルード公爵家に直接帰って来たということだろうか。
「アドルグお兄様、出迎えられる理由はわかっているんじゃないですか?」
「そうですよ。僕達やクラリアに、どうして二人の令嬢と話をつけに行ったことを言ってくれなかったのですか?」
「お前達に伝えた所で、話がややこしくなるだけだと思ったからだ。安心しろ。二人の令嬢は家から追放されるという罰で手打ちにしておいた」
「つ、追放ですか? それはそれで、結構大変なことですよね? よくわかりませんけど……」
アドルグお兄様の措置に、私は思わず言葉を発していた。
貴族になったばかりの私としては、家から追放されるということがどれ程大きな罰なのかはよくわからない。もちろん、絞首台に比べればマシだが、本当に大丈夫なのだろうか。
私は、平民の暮らしというものもよく知っている。あの二人にそれがこなせるとは、あまり思えないのだが。
「クラリア、その点については心配いらないさ。アドルグ様はお優しい人だからな。あの令嬢達のために修道院と話をつけているんだ」
「修道院、ですか?」
「良い暮らしができるという訳でもないが、野垂れ死ぬことはないからな。あの二人については、それが良いと思った故に手配しておいた。そこで心を入れ替えて、人々のために尽くすというのが最良の結果ではあるが、それが期待できるかはわからんな」
私の心配に対して、ロヴェリオ殿下とアドルグ様がそれぞれ答えてくれた。
そういうことなら、大丈夫だということだろうか。私は少し安心する。あの二人でも、野垂れ死ぬなんてことになったら、あまりいい気分にはならなかったからだ。
「言っておくが、このような寛大な措置をしたのはクラリアの心情を考慮してのことだ」
「私の心情、ですか?」
「お前の持つ慈悲の心に、俺は応えただけに過ぎない。その優しさというものが、あの二人の令嬢にも少しでも伝わっていれば良いのだがな……」
アドルグお兄様は、私のことを褒めてくれているようである。
ただ、私は別に特別なことをしたという訳でもないだろう。別に二人のことを、許しているという訳でもないし。
その辺りは、貴族と元平民の認識の違いということなのだろうか。ともあれ、無事に例の一件が一区切りついたというなら、私としては安心である。
「所で、ロヴェリオ殿下はどうしてこちらにいらっしゃったのですか?」
「単に遊びに来ただけですよ。俺も色々と苦労しましたからね」
ウェリダンお兄様の言葉に、ロヴェリオ殿下は苦笑いを浮かべていた。
彼には今回、辛い立場を押し付けてしまったといえる。後でたくさん労わなければならない。できれば何か、形に残るような感謝を示したい所だ。
「あら?」
「イフェネア? どうかしたのか?」
「門の方が騒がしいような気がして……もしかして、お父様とお母様ではありませんか?」
「む? 丁度タイミングが重なったか」
そこで、イフェネアお姉様とアドルグお兄様がそのような会話を交わした。
するとエフェリアお姉様とオルディアお兄様が私を挟むようにして、前に立つ。それはつまり、私のことを庇ってくれているということだろうか。
私はまだ、ヴェルード公爵夫妻とそれ程話していない。実の父親である公爵はともかく、公爵夫人とはまだいまいち話す勇気が湧いてこないのである。
公爵夫人が私に友好的かは、まだわからない。それは多分、お兄様方も知らないことなのだろう。皆少しだけ、表情が強張っているような気がする。
「……む、勢揃いで出迎えか?」
「……いいえ、多分これはアドルグの出迎えではないかしら?」
「そうか……となると、色々とまずいかもしれないな」
「まあ、そうだけれど、覚悟を決めるしかないでしょう。今更過去は変えられないのだもの」
「それもそうか……」
いつの間にか、お兄様方は私のことを囲んでいた。
公爵夫妻のことを、まるで警戒しているかのようだ。辺りの空気が張り詰めている。
ただそれと比べて、聞こえてきた夫妻の声色は軽い。私の存在に気付いていないのだろうか。それとも、気付いていてもそういう口調になるくらいには、私に友好的であるということだろうか。
「……あなたは大丈夫かしら?」
「……もちろん、緊張はしています。とはいえ、クラリアに会える喜びの方が大きいでしょうか?」
「君には迷惑をかけてしまったな。今回の件……いや、そもそも過去のあの日から――」
「旦那様、それは言わない約束です。それに私は、自らの人生というものに対して、後悔などしていないのです。私はただ……」
周りにいるお兄様方は、聞こえてくる声に少し困惑しているようだった。
公爵夫妻が誰かと話しているが、その誰かがわからないのだろう。
しかし私には、すぐにわかった。その声を聞き間違えるはずはない。私はお兄様方の隙間を駆け抜けて、屋敷の外に出て行った。
「……お母さん!」
「……クラリア」
公爵夫人の隣にいるのは、私のお母さんだった。
私はお母さんの元へと一気に駆け寄り、そして飛び込んだ。そんな私を、お母さんはしっかりと抱き止めてくれた。




