第二〇話 王都ルグドミレニア
戦闘シーン続くとか言いながら早速戦闘シーンがない話を投稿する無能はここです。(明日も投稿するので許してください)
2020年12月25日・ルグドラクール王国・王都ルグドミレニア
かつてそこには永美を誇ったひとつの都市があった。
古い城壁に囲まれは半径数十キロにわたる巨大な城塞都市で、今もこの都市の中心には見る者全てを魅了する巨大な城がそびえ立っていた。
その見た目としてはまるでロケットに似ている。中心の塔は先端が尖っており、そのシルエットはやや太い。そしてそれを円形にとり囲む塔の数々は、高さは中心の塔よりやや低く、そして圧倒的に細い。中心の塔、及び周りの塔はそれぞれ渡り廊下で繋がっている。
日本人がその姿を見たのであれば、それはプラハ城をさらに大きく、そして縦に限界まで引き伸ばしたような形に少し似て見えたことだろう。その全長は数百メートルに達する。
世界の建築家をして、何故この様な建築物が昔からあるのかわからない、と言わしめた城にして、その立地から現代に至るまでただの一度も調査をされたことがない城こそ、ルグドミレニア城だった。
その城の玉座に、一人の獣人が座っていた。
青い毛並みをしたオオカミの獣人。その格好はまるで中世の貴族かのようなロココスタイルの服装。しかしそれはコスプレでも何でもなく、彼の正装だった。
彼は卓上のグラスを手にし立ち上がると窓際に寄り、眼下の街並みを眺めながら手にしたワイングラスを軽く揺らして匂いを嗅ぐ。
透き通った血のような紫がかった赤色からは想像もつかないような匂い。
「ふん」
犬系の獣人の鋭利な嗅覚は人間にはわからないような繊細な匂いも脳に情報として伝えてくれる。
このルグドラクール大陸北部ではワインを製造していない。そして表向きは経済制裁と国連決議によって輸出入を禁止されていたが、どこの時代にも法の穴を潜ろうとする者たちはいる。
ある者は己が欲望の為。
ある者は国の利益の為。
ある者は混沌をもたらす為。
そんな者たちがこの北部へタンカーを寄港させ、大量の積荷をおろし、また積荷を載せてどこかへ出立する。国連の決議自体がかなり古いものともなれば、例え違反している者がいたとしてもほとんど誰も気にしない、というのが現状だった。
国連の機能不全は、ここ異世界にあっても正常に機能していた。
「レイナス閣下。先日の車の残骸が見つかりました。木っ端微塵です」
部下である女の獣人は頭を下げたまま報告した。それがこの城の主に対する敬意のはらいかただった。
「アルメニッヒが死んだか」
「はい」
その言葉にレイナスと呼ばれた男は満足そうに頷いた。
「これでようやく近衛師団を排除できたな。詳細は内部にも流していないが、いずれ噂という形で回る。誰も砲撃で体を千切られる経験はしたくないだろう。となればもう表立って邪魔する者はいなくなる」
外務大臣、アルメニッヒ。
かつてこの国が真の意味で王国であった際に、王を守る近衛師団の中隊長であった男だ。1992年に王族たちが皆殺しにされた『ミルムの虐殺』事件においても、彼はこの王都で共産主義勢力と戦い続けていたのだという。
その後、呑気にも幹部陣が集まって王都で勝利宣言をしていた共産主義勢力は、今や南となった民主主義勢力によって包囲殲滅され、あえなく消滅。その後の混乱の中で王国が再びこの地を我がものにしたのが1996年のことだった。
だが王の為に最後まで戦い続けたというレッテルを持つ男の存在は大きく、アルメニッヒはルグドラクール王国唯一の穏健派でもあった。
「それから、ザナに潜伏するスパイからの情報では空母『ハルシオン』が出港したようです。現在、この国に向け航行中です」
ザナ国内には多数、彼らのスパイが入り込んでいた。彼らはルグドラクール西部の海岸から直接ザナに密入国したり、比較的監視のザツな南部のルグドラクール共和国経由でザナ国内に潜入し、そこで情報収集や情報操作、更には破壊工作を行っている。
愚かなザナ人はそんなことにも気づかず、この二十年弱もの間、そうした獣人を『難民』として丁重に受け入れているのだから面白い話だ。
「奴らの最新鋭空母か」
「はい。スケジュールにはなかったイレギュラーな行動です。なにかが動いたと考えるべきかと」
「君はどう考える?」
「おそらく、何者かをこの北部から運ぶものかと。空母の利点はヘリの洋上飛行場にできるという点です。この点を活かせば本来ヘリの航続距離が足りない場所にもヘリと高練度の兵士を送れます」
「何者か……。先日報告にあったザナ兵との関連は?」
「その可能性が高いと思われます。しかし、我らが撃墜した奴らのヘリはアレを目撃した可能性があります。もしその事が報告されていれば」
「奴らにそこまでの知性があるとは思えない。が、遅延行為はしておいてもいいだろう。緊急出港したとすれば奴らは移動しながら艦隊を組むはずだ。適当な艦に漁船を装った船で自爆攻撃をせよ」
虐げられているということは時に武器となる。それはつまり共通の敵がいるということだからだ。人間を最も纏めるのは敵意からくる憎しみだ。憎しみはどんな人をも狂わせ、狂気に染め上げる。そうしたものの一種の到着点が、自らの死をも厭わぬ自爆攻撃だ。そしてこの国での命は価値は非常に軽い。場合によっては、芋一個の価値が獣人一人の命に勝る。
「で、アレはいつ見つかる?」
「それについてですが、ようやく尻尾を掴みました。先日、愛国戦線がハーフに手酷くやられたようです。その情報から推定するにファルナにいると思われます。しかしなにか容貌に関する情報が欲しいところです」
「白髪ダ」
部屋に入ってきたのはコートを纏った赤毛の獣人だった。しかし彼が声を発したのではない。言葉を述べたのは彼の所有する奴隷の少年だった。
浅黒い肌を色をした人間の少年だ。
「奴ハ白髪ダ」
拙いルグドラクール語で少年は続けた。
一見しただけでは少女と見間違えそうなほどの美貌を持った少年。寒さに備えて服を何十にも重ね着していることで、シルエットがより中性寄りになっていた。
「何をしに来た?」
わかりやすく男は声のトーンを低くした。その声には赤毛の獣人に対する拒絶が混ざっていた。しかしそんな洗礼に気にする様子もなく、敬意をしるすように赤毛の獣人は右手を左胸に置いて一礼する。
「ご報告に。人民共和国より供与された例のものを無事に搬入致しました」
「そうか。ご苦労だった」
「白髪とはなんのことでしょう?」
女の獣人は赤毛に尋ねたつもりだったが、その疑問に応えたのは少年だった。
「オレ達はアレと直接戦っタ。だからわかル」
「見つけておきながら逃がした割に上から目線の態度、どうにかなりませんか?」
「十年以上、なんの手ガかりモ得られナかっタお前ラにとやかく言われたくナイ。こちらハ本来ノシゴトじゃないコトしタ。ジョウホウも与えタ。これで捕まえられなかっタラオマエら笑いモノ」
「あなた、誰に向かって言っているのかわかっているの?」
「ウン? ──オマエダ。アバズレ」
キョトンとした顔でさもありなんと少年は女に向かって平然と言った。
女としての尊厳を平然と傷つけるひと言。何より政府中枢にいる彼女も例外なく旧貴族に連なる家の出だった。それがより怒りに拍車をかける。
「もうよい。それよりも情報提供感謝しよう。すぐに情報を共有する」
もう行け、とばかりに手で追い払われて、赤毛の獣人は再び一礼し部屋から出た。
「愚かだ」
「トウゼン。アイツらオレたちいなキャ何モできナイ。兵器もナイ、兵士もナイ」
「いや。奴らはアレの価値をわかっていない」
「アイツら、アレ手に入れてナニスる?」
言葉を待つのを遮ったのは、少年のポケットの中で震える衛星電話だった。少年は耳にあてる。
「もしもシ? あイ。わかっタ」
数言やり取りして電話をしまった少年は赤毛の獣人を見上げる。
「爆撃が始まっタってサ。いいのカ? 奴ラ、絶対ザナの空母から攻撃受けタと思うゾ?」
それを聞いた赤毛の獣人は、楽しむように口角を上げた。それが狙いだとでも言いたげだった。
そして塔の窓から眼下に広がる古都の姿を見下ろした。
「──選ばれしルグドの民。この世を支配するため神は遣わせん」




