第一四話 安寧を妨げる銃声
お久しぶりです。
投稿を休んでいる間に、世界にも自分にも色々なことがありましたが、ぼちぼち投稿再開します。
人間が覚えている夢というのは、浅い眠りのときのものなのだそうだ。
家の電話が鳴っていた。
場所はザナ首都にある小さなアパートの一室。自分は大学生で、目の前の古臭い電話は前の住人が置いていった物だった。特に必要な物でもなかったのに、自分はその費用を払い続けていた。
その電話はしつこかった。何度も、何度も、ジリリリ、ジリリリリリ、と。自分は耐えかねて電話に出た。
「ザッシューナさんのお宅でしょうか?」
電話の向こうから聞こえたのは女の人の声だった。その人は軍人だと名乗った上で、ソラの父親が死んだことを伝えてきた。それから本当に思ってるのかもわからない「お悔やみ申し上げます」というひどく事務的な言葉。
電話が切れた後、自分はしばらく動けなかった。薄情なことに、泣けなかった。ただ、今度は死んだのか、と思った。
勤務中の死亡ということで、父の葬儀は軍葬となった。
高校に通い始めてから父とは殆ど会っていなかったから、遺影の写真を見た時、随分老けたのだと思った。
思い出の中の父の髪は黒だったはずだった。それなのにそこにいる父親の髪の毛はすっかり白くなってしまっていた。
「共和国首相、共和国国防陸軍、そして共和国国民の一員として、あなたの亡き人の忠実かつ高潔な奉仕に対する我々の感謝の印として、この旗をお納めください」
国旗を受け取ったのは自分だった。祖父が自分に受け取れと言ってきたからだ。
自分がそれを受け取りたかったのか、受け取りたくなかったのかは、今でもわからない。でも多分、受け取れと祖父に言われた時、酷く苦い顔をしていたと思う。
「弔銃用意! 発射用意! ……撃てッ!」
空に向かって発射される空砲を、自分はぼんやりと眺めていた。隣では祖母が泣きじゃくっていた。
自分はそして考えていた。自分に父の死を悲しむ権利などあるのだろうか、と。父はこんな息子をもって果たして幸せだったのか、と。
父親は立派な軍人だったと思う。文字通りその命を国に捧げた。そんな父親に比べたら、自分はてんでどうしようもなかった。
「バカヤロー!」
葬式が終わった頃になって怒鳴り声が聞こえた。
それは女だった。歳は四十ほどだった。ヒステリックに声を張り上げ、口を大きく開けるその表情は、欠片ほどの知性も感じさせない顔つきに見えた。
彼女は気合いの入ったプラカードを持っていた。そこには『税金の無駄!』と書かれていた。よく見れば彼女のような人がたくさん集まっていた。
祖父の顔はたちまち真っ赤になった。昔から怒りっぽい性格だったからだ。祖母は余計におんおんと泣き出した。
自分は過呼吸を起こしそうになるのをなんとか堪えた。思い起こされるのはまだ幼い頃の、忌々しい記憶だった。
女たちはすぐ警備の人間によってどこかへ誘導されて行ったが、それで青ざめた顔が元通りになるわけでもなかった。
彼女達の行為は間違ったものじゃなかった。過去の大戦で大敗し、帝国から共和国へと生まれ変わったザナには、自身の主張を声高に張り上げる権利がある。それは事実で、正しいことだ。
どうしようもなく、正しいことだ──。
「──」
微睡の中で、自分の意識は僅かに覚醒した。それはひどく曖昧で、八割型眠っていたと言っても過言ではなかったかもしれない。
何かが密着しているように感じた。しかもそれは凄く温かくて心地いい。
自分が一人で被っていたはずの布団から、誰かの顔が半分飛び出しているのが見えた。この小ささに獣の耳の形はティナだ。彼女が自分の胸に顔を押し付けて眠っていた。
「ティナ……? なんでいるの……?」
自分の口は自分が思ったことをそのまま口にしていた。どうして彼女が自分の布団の中にいるのか。確か彼女は別の部屋で寝ていたはずではなかったか。
しかし、目の前の事実など睡眠欲の前ではどうでもよかったらしい。疑問に感じながらも自分の意識は再びゆっくりと違う世界の海へと沈んでゆく。
それからはぐっすり眠れたのだと思う。何故なら夢なんて見なかったからだ。
次に起きたのは日光に照らされてだった。眠りから覚めようと唸っていると、「よう、目が覚めたかい」とルドルフが聞いてきた。そこからはまるで昨日の出来事のことなど感じさせなかった。
「ああ……。早いな」
「いんや。俺も今起きたとこさ」
体を起こして廊下に出ると、窓から空を見上げた。今日の天気はあまり良くない。またドカ雪でも降りそうな空だった。
「そんな風に空ばっか見てた奴を俺は一人知ってるぜ」
しばらくぼーっと見ていると、ルドルフが隣に来てそう言った。
縁側の柱をその大きな手で掴んでいた。彼は身長も大きい。自分と比べても頭二つ分くらい上だ。そのため近くに寄られると威圧感がある。
「変な奴でな。一日中ぼーっと空を眺めてた。何かを探すわけでもなく、何か目的があるわけでもなく。ずっと感傷に浸ってやがった」
「仲間だったのか?」
「仲間ぁ? 仲間ねぇ……俺は大っ嫌いだったさ。でも、なんでだろうな。……女にはモテた。ほんと、女ってのはワケがわかんねぇよ。あの男のことは、今になっても恨んでる」
「好きな女でもとられたのか?」
「……テメェは突っ込んでほしくないところに突っ込んでくるな」
苦虫を噛み潰したような顔をしたルドルフだったが、怒っているのか、それとも呆れているのかは判別できなかった。
「腹が減ってると思うが、今日の朝飯は遅くなりそうだ」
「どうしてだ?」
「ティナがノエルと狩りに行ってるみたいだからな。俺が起きる前から料理できる奴が二人ともいないってのは、俺に期待してくれって言ってるわけだ」
「狩り? そんなことしてるのか?」
「ノエルは狩りがうまいのさ。射撃の腕はよく知ってんだろ」
言われて敵兵をスナイプしたノエルのことを思い出す。確かにアレだけうまいなら狩の腕もさぞかし立派なのだろう。
「ま、ってことで今日の飯はさぞかし豪勢なことだろうぜ。まったく今から楽しみで仕方ねえぜ」
じゅるり、と涎を垂らしそうな勢いでルドルフは言った後に何かを思い出したようだ。
「そういえば兄ちゃん風呂に入りたいんだって? 昨日ティナに聞いたぞ」
「ああ。その話なら別に気にしないでいい。今は入れる身分じゃないことは理解している」
「本当にいいってのか?」
ニヤッと笑ってルドルフは言った。
「何か含みのある言い方だが」
煮え切らない言い方に眉を顰める。
「いんや。風呂屋のおばちゃんと知り合いだから、頼めば少しの時間貸切にできるって話だ」
「危険は犯せない。もしそれでバレたら元も子もない。耳と尻尾がないのがバレたらここじゃどんな目に遭うか」
「八つ裂きならいい方じゃねぇか?」
「……なんで」
「あ?」
途切れた言葉にルドルフが喉から声を出す。
「なんでこんなに恨み合わなきゃならないんだかな」
「そりゃまず見た目が違うからな。それに共通の何かがない。共通の王、共通の敵、共通のアイデンティティ。それがなきゃ永遠にこのままだろうよ。もしそっちの皇が獣人と政略結婚でもすりゃ、何か変わるんじゃねぇか?」
「それは……皇を利用しているみたいであまり好きじゃない。そもそも愛のない結婚なんてよくない」
「現代教育ってヤツに毒されてんねぇ。愛がなかろうがなんだろうが利用出来るもんは全部使っちまった方がいいだろ。二人が愛のない結婚をするだけでザナとルグドラクールの距離感は近づく。そうなりゃ流れる血も少なくなる。テメェらの言葉を使りゃ、ゴウリテキってやつだろ?」
「──それでも俺は、そういうのは好きじゃない」
どう返すべきか悩みつつも、やや遠慮気味に返す。
「ジョーダンだよ、ジョーダン。てか、見た目のことも、んな気にすることか? そんな数いる訳じゃねぇが、事故で耳とか尻尾とかなくしてる奴もいるぜ」
「それでもリスクは取りたくない」
「後悔しないか? この町を出たらしばらくは野宿だ。寒いだろうぜ。もしかしたら人生で最後の風呂に入れるチャンスかもしれないぜ?」
考えた。
ザナ人にとって風呂は心の友と言ってもいい。ソラはザナ人の九十%は風呂が好きだと信じている。しかもこの寒さ。温かい湯船に浸かった時には極上の感動を味わえることだろう。しかし、危険すぎる。バレたらそこで全てが終わりだ。取り返しがつかなくなってしまう。そう、やはり危険すぎる。
そう考えて、自分は答えを出した。
「──……頼めるか?」
「正直でよろしい」
その時、がらがらがらという音が玄関の方から聞こえてきた。
「おっと、ちょうどいいときに帰ってきた。もう腹ペコだってんだ」
ご機嫌そうに玄関に向かうルドルフだが、今帰ってきたのなら食事ができあがるのは一時間後ぐらいなのではないだろうか、と思った。ご飯が出来上がるまでの間、腹を空かせてゲンナリするルドルフの姿を思い浮かべ、少々ホッコリした。
自分もルドルフを追って玄関に向かうと、そこには銃と死んだ鳥を持ったノエルだけがそこにいた。
「おい、ティナはどうした?」
「……なんのこと?」
ノエルはきょとんとした。訝しむ瞳はルドルフを貫いていた。
「一緒に狩りに行ってたんじゃないのか?」
「知らない。私が出た時にはまだ布団の中にいた……」
「あの子がいないことに気づいてから何時間経った?」
自分の質問にルドルフは一時間半くらい、と言った。
一時間半。買い物と考えれば妥当な時間ではあるが──
「買い物に行っただけなのかもしれないが、一応探してくる」
返事も聞かないまま、自分は一人で家を飛び出した。胸の内にはモヤに包まれたような今朝の出来事が、大きな不安となって渦巻いていた。
評価して下さった方、ありがとうございます。
感想や評価等はモチベに直結するのでバシバシお待ちしております。




