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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
十二章

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6 三度目の来訪

「つまり地上にいる人間たちからしても、今のこの迷宮の在り方は異様であり、何とかして御せる状態へと持っていこうとしているということですか。そして最も分かり易い迷宮を踏破するという方法でもって、それを成し遂げようとしている、と」

「平たく言えばその通りだ。しかし、改めてこうして事実をピックアップすると、作戦とすら言えないような荒っぽい方法だな……」


 説明を聞いて自分たちが理解できたことを示すために噛み砕いで告げるアラクネ女性に対して、同意をしながらもディーオは眉をしかめていた。

 誤解を恐れずに極端な言い方をするならば、支部長たちがやろうとしているのは「言うことを聞かないので、強制的に頭を挿げ替える」であるとか、「従わないのであれば、ぶん殴ってでも言うことを聞かせる」といった類のことだったからだ。


 まあ、交渉の余地がない迷宮という存在が相手であり、なおかつこれまでの常識にはないおかしな事態が次々と起きてしまっているがゆえの苦肉の策なのではあるが、肉体言語を用いた物理的な話し合いが前提にある脳筋的な作戦であることは否めないであろう。


「あなたたちはそれに便乗して、自分たちの願いを叶えようとしている訳ね」

「私たちのではなく、こっちのディーオの願望よ」


 続けるハーピー女性に、あくまでも自分は同行者であるという立場を強めるニア。珍しい食べ物や料理のために迷宮を踏破しようとしているなどと勘違いされることは、年頃の女性である彼女にとっては許容できないことだったようである。

 人によっては偏執的とも捉えかねないディーオの食へのこだわりの恩恵に預かってはいるが、やはりそれはそれ、これはこれというやつであるようだ。


 一方、迷宮の三十四階層などという辺鄙な場所に押し込められてしまったことから、魔物女性たちにとって安定した食を得られる環境というのは理想の一つとなっていた。


「我々とて食料の確保には難儀している身ではあるから、飢えることなく、その上美味いものを食いたいというその気持ちを理解できないことはない――」

「そうだろう、そうだろう!」


 ようやく共感してくれそうな相手に出会えたことがそんなに嬉しかったのか、ディーオはラミア女性の台詞を最後まで言わせずに身を乗り出していく。

 間に〈障壁〉による結界が合ったことがお互いにとって幸運だったといえる。


「落ち着け!だからといって、そのためだけに迷宮を踏破しようとするのは理解の範疇外だ」


 それでも興奮気味の異性に接近されるという初めての経験に、思わず腰が引けてしまう。そんな様子に、こっそりと彼女が男性恐怖症にならないように祈ろうとしたところで、「でもその方が精や血を寄越せと言い寄られることもなく平和になるのでは?」とも考えてしまうニアなのであった。


「俺の目的はともかくとして、ダンジョンマスターになることができれば地上との交流がし易くなるように取り計らうこともできるかもしれない。幸いにも、ここには貴重な薬の原料となる物がいくつもあるようだからな」


 具体的には、階層を入れ替えて低階層へと移動させる、もしくは『転移石』を設置して地上との直通ルートを作るといった辺りになるだろうか。

 問題点も多いが、『神の慈悲』の原料が揃っていることを交渉材料にすれば、地上との協力関係も構築することが可能であると思われる。少なくとも彼女たちの意に沿わない冒険者たちが出入りしてしまい、村が荒らされてしまうという事態にはならないはずだ。


 ただし、これらについては、古い文献にダンジョンマスターの権能としてこうした行為が記されていただけなので、どこまでは本当に可能なのかは未知数な部分が多い。


「それでもこのまま座して滅びを待つような現状に比べれば、挑戦してみる価値は十分にあると思うんだがな」


 ディーオにとってはそれ以上の他意はなく、間違いなく本心である。が、魔物女性たちにとっては知り合ったばかりの異邦人だ。裏があると判断されてすげなく断られてしまうかもしれない。

 その場合はせめてこの階層から出るまでの間、お互いに不干渉を貫くという約束さえできれば良いとすら考えていた。


「さっきも言った通り、俺たちには競争相手がいるからのんびりとしている暇はない。できれば明日の朝には次の階層へと向かいたいと思っている。とは言ってもこの場ですぐに決めることはできないだろう。村で話し合って今日の夜までに答えを聞かせてくれればいいさ」


 最後に、それまで寝て待っているからと付け足し、魔物女性たちをその場へと残してディーオはニアを連れ立ってテントの中へと入って行ったのだった。


「協力してくれるかしら?」

「何とも言えないな。敵対しないでくれたら御の字じゃないか」

「……確かに安全に次の階層にまで進めると考えれば対価としては十分かもね」


 外の様子を伺いながら所見を述べあう二人。魔物女性たちがどういう判断を下したとしても、対応できるように意見をすり合わせておけば何とかなると楽観的に考えている節のある二人なのだった。


「それにしても、ちょっと唐突な切り上げ方ではなかったかしら?」

「ああ、実は〈障壁〉結界が切れそうになっているんだ」


 ニアの問いにテントの中に無造作に転がされていた蓄魔石を指さすディーオ。片手でつかみきれないほどの大きさのそれは、蓄えられた魔力が少なくなっているためかくすんだ色合いとなっていた。


「この調子だと今日一日はここから動けそうもないからな。張り直すにしても出来るだけ人目のない方が良い。だから一旦お開きにさせてもらったんだよ」


 見られたところでどうなるものではないだろうが、それでも結界が継続していると思わせておく方が何かと有利になる。

 地の利が向こうにある以上、出来る限り弱みを見せるべきではないのだ。


 余談だが、ディーオたちの世界にこれほどの大きさと高濃度の蓄魔石は存在していない。よって見る者によっては卒倒物の状況であるのが、例によってディーオだけでなく彼の非常識にすっかり毒されてしまっているニアも、おかしくは感じなくなっていたのだった。


 どのような答えを持って来るにしても、再度魔物女性たちが現れてからは忙しくなるはずだ。脳内展開した〈地図〉で周囲に人影がないことを確認して〈障壁〉の結界を張り直すと、二人はテントで眠りにつく。

 素材の中には夜しか採集できない物や夜でなければ効果が激減するという物もある。魔物に至っては夜行性のものも多いため、冒険者であればいつでも眠ることは必須技能なのである。

 研究者時代も似たような生活だったのか、ディーオもニアも布団代わりの毛皮にくるまってから四半刻の後には、夢の世界へと旅立っていたのだった。


 そして階層上部の明かりが弱まり木々の下では暗がりが広がり始めた頃、約束通り――一方的に告げただけだったが――魔物女性たちが二人の元を訪れていた。やって来た一団の中には言葉を交わした若手のリーダーたち三人もいる。

 一方でさすがに安全面を考えると子どもたちは連れてこられなかったのか、ちびっ子たちの姿はない。もしかすると未だにお仕置きの途中なのかもしれない。


 そんな魔物女性たちだが、その数は両手の指で足りるだけだ。明け方の時のように大勢で取り囲んでいる様子もなければ、目に付かない場所に隠れ潜んでいる様子も見られなかった。少なくとも力で無理矢理従わせるようなことはなさそうである。

 交渉が決裂しなかったことに小さく安堵の息を吐く二人なのだった。


「こうやって少人数で来てくれたということは、俺たちの話に乗ってくれると思っていいんだよな?」


 既に一度顔を突き合わせたことのある若手リーダーの三人に向けて言葉を飛ばすディーオ。

 挨拶も何もなしに切り込んだのは悠長に過ごしている時間がないと思わせるためだったが、それ以上に彼女たち以外の者が村でどういった立場にあるのかが分からなかったためでもあった。


「ああ。そのために長老方にご足労願ったのだからな」

「長老方!?」


 三人が相手集団の中で一歩下がった立ち位置にいたことから、指導者的な者がやって来ているのだろうとおおよその見当はつけていたが、まさか最上位意思決定者たちだとは予想外だった。

 と、これは表向きのことであり、ディーオたちが驚いていた本当の理由は魔物女性たちの容姿にこそあった。


「どう見ても二十代くらいにしか思えない……」


 若手リーダーたちの姉貴分と言われても、何の違和感もなく納得してしまうだろう容貌だったのである。

 しかも揃いも揃ってその胸元は覆っている薄布を内側から盛大に押し上げていた。視覚的には見えないはずなのにかえって色気を感じてしまうのは何故なのだろうかと、ニアは呆然とした頭の中でそんな益体(やくたい)もないことを考えてしまっていた。


 だが、思考を巡らせることができていただけでも彼女はマシな部類だ。ディーオに至っては驚いた拍子に長老連中をまじまじと見てしまったのが運の付き。その美貌に意識を飛ばされてしまっていたのだから。

 ふらふらと吸い寄せられるように近付いて行き、


「痛っ!?」


 自分で張った〈障壁〉結界に強かに鼻っ柱を打ち据えてしまったことで、ようやく正気を取り戻すことができたのだった。

 結界自体は特製蓄魔石によって維持され続けていたので助かった。もしもディーオ自身の魔力で賄っていたのであれば、意識を飛ばされた瞬間に消え失せており、二人とも文字通り絡め取られてしまっていたことだろう。


「ほう……。やはり一筋縄ではいかんようじゃな」

「……視覚に入れるだけで発現する魅了とは、出合い頭にとんだご挨拶だな」


 しかも効果を発揮しやすいように驚かせるという念の入れようだ。それは偶然発現してしまったというものではなく、明らかに意図して行ったという証拠でもあった。

 からかい半分、悔しさ半分といった長老の一人が発した言葉に、ディーオが睨み付けることで非難の感情を示す。

 ディーオは背後で意識を鮮明にさせようとニアがしきりに頭を振っているのを感じ取っていた。自分だけでなく彼女までも危険に晒してしまったことに苛立ちが湧きあがってくる。


「非礼は詫びるよ。だけど、私らもそれだけ切羽詰まっているんだということを理解してもらいたかったのさ」

「あんたたちにも時間が差し迫っているように、こちらも時間がそうは残されていないんだよ。なにせ、次代の子らを生み出すことができないんだからねえ」


 憂いと悲しみに満ち満ちたその台詞に、カッカと燃えるような感情が鎮火されていく。

 彼女たちに「次の機会」などというものはない。否が応にもそう理解させられてしまった瞬間だった。


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