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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
十一章

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7 魔物の少女たち

今回は少し趣向を変えて、〈障壁〉の周囲に取り付いていた魔物っ子たち視点でお送りします。

 いつ以来になるのかも分からない外からの来訪者。それを発見した時の大人たちの慌てようといったら、これまで彼女たちが見たことがないものだった。


 「何はともあれ生き残ることが最重要なので逃げよう」と提案する者。

 それとは逆に「何を弱気なことを。こちらから打って出て一気に滅ぼしてしまえ」と言う者。

 または「()いた行動で状況を悪化させるべきではない。まずは様子を見守るべきだ」とする者と、話し合いは紛糾することになった。


 大人たちが必死に今後のことを考えている傍らで、子どもたちはじっとしている、訳はなかった。

 ただでさえ変化の乏しい生活だ。好奇心が旺盛な年頃の子どもたちが我慢できるはずなどなかったのである。


 早朝、まだ周囲が暗い時分に起き出した数名の子どもたちは、親や周囲の大人たちの目をかいくぐって、件の来訪者たちのいる場所へと近付いて行った。

 そしてそこで、とんでもないものを発見することになる。


「ねえ、あの変なのの中に外から来たやつがいるのかな?」

「きっとそうよ!」

「うーん……。暗いから良く分かんないや」


 ちびっ子たちの中でもリーダー格の三人が一歩先んじて近付き、地に伏せながら「変なの」、つまりディーオたちが設置したテントを観察していた。

 階層上部の明かりが消えてから数刻の間であれば、その内部で人の動く気配がしたり、くぐもった声が漏れ聞こえてきたりもしたのだろう。

 だが、幸か不幸か今は夜明け前のために、テントの中の二人はすっかり寝静まっていたのだった。


「もう少しだけ近付いてみようか?」

「危なくないかな?罠が仕掛けられたりしていない?」

「大丈夫。罠があっても私が見つけてあげるから!」


 自信満々にそう言い放ったのは下半身が蛇のラミアの少女だ。

 確かに彼女であれば自分では見えないものすら発見できるだろう。罠がないかと尋ねた蜘蛛の半身を持つアラクネの少女は、その一言に納得して付いて行くことを選択するのだった。


「足を引っ張りそうだから、私はここで待機しておくね」


 一方、残る一人ハーピーの少女はこの場に残ることにしたらしい。

 昼の明るさの元では遥か彼方まで見通せてしまう彼女の目も、この暗さでは精彩を欠いてしまう。

 これでも種族の中では暗闇を見通せる方なのだが、それでも不利なことに変わりはない。居残ることにしたのは正解だろう。

 それにいざとなれば村まで急いで知らせなくてはいけないのだ。空を飛ぶことのできる彼女にこそ、その役割は相応しい。


「あ、ラミーちゃんに引っ張る足はなかったっけ。でもでも、その分アーラちゃんは沢山あるから、引っ張りがいがありそう?」

「ハーちゃん、無理矢理引っ張らなくてもいいんだよ」


 暗くなりそうだった雰囲気を察してか、種族による身体構造の違いを持ち出してネタにするハーピー娘ことハー。

 その心遣いには感謝しながらも、ある種定番のネタなので聞き飽きた感が満載であったため、アラクネ少女ことアーラの返答はぞんざいなものになってしまっていた。


「もう!二人とも、遊んでないで行くよ!」


 親友二人のそんなやり取りにしびれを切らしたのか、ラミアの女の子ことラミーは、ズリズリと匍匐前進のような体勢でテントに向かって進み始めた。

 断じて会話に混ざれなくて寂しかった訳ではない!のだ。


「痛い!?」


 そんな彼女の微妙に悲壮な覚悟は、すぐに潰えてしまうことになった。何もないはずの空間にゴチンと頭をぶつけてしまったのである。


「ラミーちゃん!?」


 悲鳴を聞きつけて慌てて近寄ってくるアーラとハー。


「はうあっ!?」

「うきゃう!?」


 そして制止の声も間に合わず、哀れ二人も盛大に見えない壁へと頭をぶつける羽目になるのだった。


「ラミーちゃん、やっぱり罠があったじゃない……」

「う……、ごめん」

「でも、ラミーちゃんが見つけられないなんてびっくりだったよ」


 そんな会話ができるようになったのは、涙目になりながらお互いの頭にできたたんこぶを一しきりさすり合った後の事だった。


「むぅ……。本当これってば一体何なのよう!」


 八つ当たり気味に見えない壁を押したまでは良かったが、それはピクリとも動くこともなく、逆にラミーの体がごろりと転がってしまう。


「ふえっ!?」


 ただの反作用というやつなのであるが、三人にとっては衝撃的なことだった。

 それというのも、顔付きこそあどけない少女のようであるが、彼女たちはれっきとした魔物の一種である。そのため、その身に宿している力は人間種とは比べ物にならないほど強い。それこそ、階層内に生えている木であれば、それなりな大樹ですらもあっさりとへし折ることができるほどだ。


 ちなみに地面を叩き付けると、土砂が爆裂四散して小規模なクレーターができる。

 彼女たちの村の近くには、これを繰り返して作られたため池が存在する。まあ、さすがにこれを作ったのは大人たちなのではあるが。


 唯一の例外と言っていいのが階層の壁面部分である。が、外部からの来訪者が現れる可能性があるということで、壁面へ近づくことは大人たちから厳しく禁止されていたのだった。

 そうした言いつけをきちんと守り、更には子どもたちをまとめ上げて次代の指導者として有望視されていた三人だが、そうした日々への反動なのか、突然の来訪者の登場に今回は好奇心が疼くのを止めることができなかったのであった。


 そして遭遇することになったのが、生まれて初めて自分の力が通用しない存在だった。

 もしも彼女たちが後数年早く生まれていたならば、それに対して屈辱を抱いたり危機感を持ったりすることになったであろう。しかしそうした考えに至るためには、まだまだ未熟で幼過ぎた。


「なにこれなになにこれ!?」

「すごいすごい!どれだけ押しても壊れないよ!」

「これってどこまで続いているのかな?」


 未知の存在にすっかり夢中になってしまったのである。

 そしてリーダー格である三人が(とりこ)になってしまった以上、他の子どもたちが抗うことなどできるはずもなかった。


 結果、明るくなってきて起き出して来たディーオたち二人が驚くことになった光景ができ上がってしまったのである。


 さて、三人を始めとしたちびっ子魔物たちの受難はさらに続いていく。

 いや、辛く苦しいという点ではこれから後の方が受難と言うにふさわしい体験であったかもしれない。


 それは唐突に始まっていた。


「ら、ラミーちゃん、ハーちゃん!あれ見て!」


 謎の壁で遊ぶことに熱中していたラミーとハーだったが、アーラの声で我に返り、そしてその指し示す先へと目を向けて愕然とした。


「あ、あれって……」

「うん。母様たちの話に出てきた人間だと思う……」


 人間種。ラミーたちは直接見たことがなかったのだが、三つの種族がこの地にやって来る以前に彼女たちの親の世代を迫害していたという恐ろしい存在だと教わっていた。

 話に聞いていただけだが、否、話しに聞いていただけだからこそ強い恐怖心が湧き起こってくる。


「で、でもあの人間たち?私たちのことを気にしていないみたいだよ」

「本当だ。さっきからずっと動き回っているね……」


 〈障壁〉結界の中のディーオたちはというと、安全が確保されているのを良いことに、テントを片付けて布団を干し、朝食の準備をすると、まさにやりたい放題をしていた。


「!!もしかして、この壁のせいで私たちのことが見えていないのかも!」


 第三者からすれば浅はかで自分本位な解釈ということになるのだろう。

 だが、彼女たちからすれば、ハーのその一言はまさに天啓としか思えなかった。とはいえ先ほども述べたように、ハーたちちびっ子の世代は直接人間に遭遇したことがないのだ。

 楽観的な視点しか思い浮かばなかったからと言って責めるのは少々酷というものかもしれない。


「これはチャンスよ!」

「チャンス?」

「そう!人間を観察するというまたとない絶好のチャンスなのよ!」


 そう思えば、心の内から使命感がメラメラと燃え上がってくるように感じる。

 これもまた冷静に外部から見れば、沸き上がってくる恐怖心を誤魔化そうとしていることがありありと分かってしまう。

 が、やはり当人たちにとってはそれが真実なのであり、唯一無二の正解ということになってしまうのであった。


 人間を観察するという、この場に居残るためにこれ以上ない免罪符を手に入れたラミーたちは壁越しにディーオたちの様子を見つめ続けていた。


 余談だが、村では現在子どもたちがいないということが判明して大騒ぎになってしまっており、どのような免罪符を持とうとも過酷な罰が課されることになるのは間違いない状況であった。

 しかしそのことをちびっ子たちが理解するまでには、まだ数刻の時間を必要としていた……。


「うん?何か変わった匂いがするかも……?」


 アーラが最初にその変化に気が付けたのは偶然と言うより他ない。

 強いて理由を上げるとするならば、彼女の種族は視力という面では他の二人の種族に劣っていたため、常日頃から他の感覚も鍛えることに慣れていた、という辺りだろうか。


 いや、案外彼女が三人の中では突っ込みの立ち位置にいたことが大いに関係しているのかもしれない。もっとも、残る二人に押し切られることも多いので役回りを熟しきれているかと問われれば微妙なところなのかもしれないが。


 話を戻そう。アーラが気が付いた匂いの正体とは、言うまでもなくディーオがテーブルの上にどでんと置いた巨大な鍋、その中身である『バドーフテール肉のシチュー』のものだった。


「なんなの、あの大きなお鍋は?色々と観察しなくちゃいけないのに、目が離せなくなったじゃない!」


 本能的に匂いの出所を察知したのか、ラミーの視線は鍋に固定されてしまっていた。


「どうしてなのかな?口の中に唾が溢れてくるよ。それに何故だか急にお腹も空いてきた気がする……」


 こちらも匂いに本能を刺激されたのか、しきりに空腹を訴え始めたお腹を蹴爪のある手で撫でるハー。


「二人とも……。最初に匂いについて触れた私が言う台詞じゃないけど、あんな大きな鍋がどこからともなく現れたことを不思議に思おうよ」


 とは言いながらもアーラもまた漂ってくる芳しい匂いに意識を持っていかれそうになっていた。

 しかし、こうして会話ができている分だけ彼女たちはマシな部類であったともいえる。他のちびっ子たちなど、完全に大鍋と美味しそうな匂いに夢中になってしまっていたのだから。


 そして、更に彼女たちに痛撃を与える追撃が行われた。


「ななっ!?パン?パンなの!?二人だけなのにあんなに沢山のパンが!?」

「うわわ!?見たこともない野菜や果物があんなに一杯!?」

「ひゃあ!あのお鍋の中身はシチューだったんだ!すっごく美味しそう!」


 熱い視線を向ける彼女たちを一切無視して、〈障壁〉結界の中の二人は豪勢な朝食を取り始めたのだ。

 それを見て自分たちが昨日の夜から何も食べていないことを思い出してしまうちびっ子たち。


 迷宮内の隔離された地で生まれ育ったちびっ子魔物たちは、生まれて初めて飢えというものを体験することになるのであった。


我々現代人より早寝ですが、ディーオたちも暗くなったからといって即眠るような生活習慣ではないのです。本日の反省に明日の予定、ただの雑談とテントの中でぐだぐだしているのです。


テントの分厚い布越しですから、当然それらの声はくぐもったものになってしまうのですよ。

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