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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
十一章

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3 三十三階層の魔物たち

 結局その日は探索を開始することを諦めて、じっくりと休養に当てることになった。

 そしてそれはまったくの偶然ではあったのだが最良の選択でもあった。


 二人は知る由もなかったことだが、実はイビルハウンドだけではなく、この階層に生息する魔物たちは暗闇を意に介することはないばかりか、むしろ暗闇の中でこそ真価を発揮するという類の能力を持ったものばかりだったのである。


 例えば、漆黒の体躯で翼長が三尺以上にもなる静かなる凶鳥(サイレントファザント)は、声なき声を発することで獲物の居場所を知ることができる。

 物陰からそれを行われてしまうと、昼日向の明るさの中ですら奇襲を防ぐことは困難だと言われている程だ。


 例えば無眼猿(ノーアイズ)は名前の通り生まれつき目という器官をもたない種の魔物であるが、超が付く程の鋭敏な皮膚感覚を持っており周囲の空気の些細な変化から他者の存在する位置を極めて正確に把握することができる。

 体の大きさこそ一尺前後と他の魔物に比べて小さいが、それを補うために群れて狩りをするという性質を持つ。暗い中でいつの間にか大量のノーアイズに囲まれるという状況は、遭遇した相手に死の恐怖と絶望を抱かせることとなる。


 『空間魔法』により周囲の地形や魔物の位置を把握することができるディーオがいれば一方的に攻撃を受けるということにはならなかったかもしれない。

 だが、暗く視界の大半を奪われている中では、逃げに徹するとしても苦労したであろうことは否めない上、こちらを的確に捕捉するカラクリに気が付けるまでに多大な労力を要することとなってしまっただろう。


 こうして、ある意味これまでで最も危険な一夜を潜り抜けることができたディーオたちだが、当然のごとく二人にそんな意識はなかったのだった。

 そして万全の状態で迎撃できる態勢となった彼らにとって、奇襲に特化した魔物たちの攻撃など、さして危険を感じるものではなくなっていた。


「ニア、前方の右折した辺りに魔物多数。多分ノーアイズどもが待ち伏せしている」

「了解。〈ファイアーボール〉で追い払うわね」

「頼んだ。俺はその間に後ろから来るイビルハウンドを仕留めておく」


 ニアと前後の場所を後退して、短槍を取り出し構える。数拍後、二頭のイビルハウンドが物陰から飛び出してくる。


「大量の香辛料でもばら撒けば、こいつらの鼻を潰すことができるのかね?」


 もしも聞く者がいたならば「高価な香辛料をそんなことに使うなんてとんでもない!」と非難されそうな台詞を口走りながら、追跡者が近付いて来るのをじっと待つ。

 そして今にも飛びかかってきそうだと感じた瞬間、


「〈裂空〉!」


 その動きを邪魔するべく攻撃を仕掛ける。


「ギャウン!」


 鼻先から体の中ほどまでという広範囲に渡って空間の断裂に晒されて、血しぶきを上げながらイビルハウンドが倒れる。

 しかし、さすがは深層に生息している魔物だけあって、目論見通り命中したのは一体だけだった。不穏な気配を察したのか残る一頭は素早く横へとその身を跳ねさせていたのだ。


 とはいえ、その動きもディーオには織り込み済みだった。

 無理な動きに耐え切れずに着地点で硬直していた魔物の体に容赦なく短槍を叩き込む。鋭く尖った穂先は強靭な毛皮にも屈することなく、するりと体内へと入り込んでは殺戮の化身へと変貌したのだった。


「う、りゃあ!」


 更に止めとばかりに深々と突き刺さった短槍を無理矢理横へと振るうと、ぶちぶちという耳障りな音を残してイビルハウンドの肉と毛皮を引き裂いていったのだった。


 一方のニアはというと、宣告通り魔法で火の球を生み出すと、前方で彼らが近付いて来るのを今か今かと待っていたノーアイズの群れへと放り投げていた。

 直撃した一体を消し炭に変えた火球は、破裂して周囲に灼熱の業火をもたらしていく。

 ノーアイズたちにとって不運だったのは、その表皮が鋭敏な感覚器官であったことだろう。微細な空気の振動すらも感じ取れるそれは、燃え盛る炎に焼かれる苦しみを増す結果となってしまったのだ。


 一般に火事において最も多い死因となっているのは、煙等に撒かれて酸欠死することである。

 それはこの世界の人間種においても同様であるが、この時のノーアイズたちは表皮を焼かれたことで発生した強烈な痛みからなるショック死が大半を占めていた。

 むしろ火球が直撃して最初に息絶えた一体は幸運だったのかもしれない。


「生き残った奴はいないみたいだな」

「そうなのね。想像していたよりも凄惨な悲鳴が聞こえてきたから、ちょっと驚いてしまったわ……」


 敏感な表皮が弱点にもなっていたという事情を知らないニアにしてみれば、相手が獣ということで基本的に効果の高い火の魔法を選択しただけの事だったのである。

 昨日に引き続き、最良を選び続ける二人なのだった。


「さあ、急いで片付けをしてしまおう。深層の魔物だからな、使い道には事欠かないだろうし、最低でも魔石だけはしっかりと回収しておかないとな」


 イビルハウンドとノーアイズは食用には適さないとされていたので、魔石を除くと利用できる部位は少ない。特に今回は火の魔法で一網打尽にしたため、ノーアイズの方は魔石くらいしかまともに換金できる部位は残っていなかったのであった。

 が、そこは『空間魔法』が使えるディーオである。時間のかかる剥ぎ取りなどは行わずに、全てを持ち帰ることにしたのだった。


 ちなみに残るサイレントファザントだが、その肉はかなりの美味だと資料に書かれていたこともあり、発見し次第首をはねて倒し、血抜きをしっかりしてからディーオの〈収納〉によって亜空間へと保管されていた。


「中層までに比べると、一つの階層を探索するのに時間が掛かっているな」


 数刻ほど探索を行ったところで休憩を取っている最中に、ディーオがふいに不満をもらし始めた。

 当然、〈障壁〉を利用した安全圏の中での話しである。


「罠や不意討ちを用心しながら進んでいるから、どうしてもそうなるわよ」


 三十階層にあった『空間魔法』を阻む結界、それと同等のものが深層の各層にある階段の周囲に張られていた。

 そして実際に使用されている以上、他の罠や魔物を隠すためにも使用されているのではないかと二人は疑っていたのである。


「それでも、先がどうなっているかが分かっている分だけ楽をしているのよ」


 四人組と組んでいた時のことを思い出したのか、ニアがいかに現状が恵まれているのかを諭すように語る。

 あの頃の彼女はまさに成り立ての冒険者であり、また四人組もまだまだ迷宮探索の基本を理解しえていない頃だった。マッピング技術も荒く、魔物との戦闘などで迷子になってしまうということが度々起こっていたのだった。


 対して、遺跡のような人工物を模しているためなのか、深層の『変革型階層』になって以降、袋小路や行き止まりになっている場所が少なくなっていた。

 そのためか、例え結界が張られていたとしても、回り回って『空間魔法』の効果が届くことになったのである。


 もっとも、それゆえに余計にどこに結界が張られているか予想がつかないという事態になってしまっていたのだが。


「いつまでも愚痴っていたところで気が滅入るだけか。とりあえず、この先で待ち伏せしているのは間違いないようだし」


 脳内に展開した〈地図〉には、十尺程度離れた先にある十字路の陰に十数体の魔物が潜んでいることが描き出されていた。


「数の多い左側はノーアイズだな。正確な数は……、十二匹だな」

「懲りないわね。いい加減私たち相手に待ち伏せは意味がないと分からないのかしら?」

「そこまでの知能はない、と言いたいところだが、もしかすると向こうも頭を使っているのかもしれないぞ」

「どういうこと?」


 ほんの少し顔を曇らせたディーオに、怪訝な声で尋ねるニア。


「ノーアイズたちがいる反対側、右側の通路の方なんだが、そっち側にいる五体はサイレントファザントだ」


 その答えに「ああ」と声を出して頷く。どうやら何度かの交戦によって、サイレントファザントよりもノーアイズとイビルハウンドへの攻撃が苛烈であることに気が付かれてしまったようだ。


「そうなると……、火属性の広範囲を巻き込む魔法は使えないと考えた方が良さそうね」

「前にバイコーンを倒した〈ロックシュート〉や、ハイドマンティスを倒す時に使った〈トライカッター〉とかならどうだ?」

「どちらも軌道が直線的だから、通路の陰に隠れられている今の状態では難しいわ」


 正確には〈トライカッター〉などの風属性魔法であれば、弧を描くようにして攻撃することができる。

 しかし威力を高めようとすると相関的に魔法の射出速度も上がってしまうため、軌道を曲げるためには広い空間が必要となってしまうのであった。


「正確に操るためには威力をあげなくちゃいけないし、何よりそんなのんびりとした速度の攻撃では避けられるのがオチね。逆に威力を高めたまま確実に当てるとなると、待ち伏せしている場所に接近して行くなんていう、本末転倒なことになりかねないわ」


 余談だが、火属性魔法の射出後の操作性は頑張ればそれなりに曲がらないこともない程度であり、水属性は土属性とほぼ同じでしかない。

 火や風という現象のみを操っている前者に対して、土や水といった実在するもの――術者の魔力を媒介にして一時的に作られたものではあっても――を操っている後者との違い、と言えるのかもしれない。


「どうする?サイレントファザントもまとめて潰すのであれば方法はあるわよ?」


 先程までと同じように〈ファイアーボール〉の魔法でまとめて黒焦げにする事もできれば、〈オーバーフロー〉の魔法で洪水を生み出して押し流す事もできるだろう。

 もっとも正面にも通路が続いているため、〈オーバーフロー〉の方は相当な魔力を込めて大量の水を生み出さなくてはいけなくなってしまっただろうが。


「そうだな……」


 ニアの説明を聞いて、ディーオが考え込む。


「一つ確認なんだが、魔法で生み出されたからといって極端に性質が変わるってことはないんだよな?」

「ええ。術者の認識次第ではその性質が強化されることはあっても、変化するということはないわ」


 例えば、見た目が同じでも魔法による火の方が燃焼温度が高かったり、同じ岩石や氷でもぶつけ合ってみると魔法によるものの方が頑丈だったりするのである。


「それなら……、こういう作戦はどうだ?」


 続くディーオの言葉に目を見開いた後、ニアは少し不安に思いながらも同意するのだった。


この階層で登場した魔物たちは、とある作品から発想を得ています。

が、分からなくても何の問題もないです(笑)。

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