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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
十一章

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2 そして舞台は三十三階層へ

 結局ディーオたちは、三十二階層では階層内の宝箱を全て回収して一財産以上の収穫を得ることになる。

 が、迷宮最深層への到達という明確な目標があり、なおかつ競合相手がいる現状としては、素直に喜べるものではなかったのだった。


 ようやく次の三十三階層への階段を発見できたのは、三十二階層に到着してから四刻も経ってからのことだった。


「はあ……。やっと見つけた」

「普段なら、登りの階段でないことを恨みに思うんだけどな」


 ディーオが軽口を叩く程には、この階層で得られた品物の数々は優れていたのだった。

 余談だが宝箱の中身にはかなりのばらつきがあり、今回のディーオたち程の収穫が得られることは極めてまれなことである。

 それこそ、ディーオが本気で一旦マウズの町に帰還することを考えてしまったくらいだ。


 さらに余談となるが、階層による補正的なものが存在するらしく、深層ではどんなに外れであっても低階層の大当たりよりも上の代物を入手することができるようになっていた。

 この点は「迷宮がより深くへ、より多くの人々をその身の中に飲み込もうとしている」として迷宮を危険視する一派の主張としてよく取り上げられている事象である。


「そろそろいい時間だ。次の階層に着いたら休憩にしよう」

「無事に次の階層に降りられるのかしら?」


 長い長い階段を下った記憶はまだ新しく、実は罠なのではないかという恐怖感は未だに強く二人の心にこびりついていた。


「そういうことは頭で考えるだけにして、口に出さないでくれよ……」

「ごめん」


 それ程しっかりとしたものではないが、この世界にも言霊信仰に近いものは存在する。特定の言葉を発してしまったことで物事が成功、または失敗するという考え方はそこいら中に転がっているのだった。


「まあ、あんなことがそう何度もあるとは思えないし、さっさと進もう」

「ディーオ……。その言葉、余計に悪化させていないかしら?」


 やってしまったという自覚があったのか、ニアの指摘に明後日の方向へと顔を反らすディーオ。

 だがそれが予想外の効果を生むことになる。


「しまった!キャスライノスに見つかった!」


 偶然顔を向けた先に、こちらへと猛然と走り始めた巨体を発見したのだ。


「ええっ!?〈警戒〉に反応はなかったの!?」

「階段周辺に張られている結界のせいで感知できなかったみたいだ。ともかく急いで階段を降りるぞ!」


 基本的に階層内の魔物は階段へと入り込んでくることはないので、安全圏として扱われているのである。

 もっとも、彼らを発見したキャスライノスはそれまでに遭遇しかけたどの個体よりも大きなものであり、絶対に階段へは入り込む事ができないサイズだったのだが。


 こうして二人は追い立てられるようにして三十三階層へと向かったのだった。


 慌てて駆け下りたのが功を奏したのか、それとも元から二人の心配は杞憂に過ぎなかったのか、今度は何事もなく数十拍で三十三階層へと到着していた。


「さ、最後の最後まで疲れさせられた階層だったわね……」

「そ、そうだな……」


 苦労させられたという点では間違いなくゴーレムたちのいる三十一階層の方が上だったのだが、あちらは深層の始めということで元より腰を入れて探索するつもりだった。

 そうした心構えがあったため、突発的に疲労させられるということは少なかったのだった。


 また三十階層へと戻れば、ほぼ完全な安全地帯で休むことができたという点も、精神的な負担を和らげるのに大きな意味を持っていた。


 ちなみに、完全な安全地帯と言い切れないのは他の冒険者からの襲撃が絶対にないとは言い切れないからである。

 門番役の強大スライムを倒して、奥へと足を踏み入れた直後に毒殺された遺体を発見してしまった彼らにとって、あの場所は単に「魔物には襲われることない場所」としての認識でしかないのだ。


「〈地図〉、〈警戒〉。……近くに魔物はいないな。〈障壁〉」


 エルダートレントの不意打ちすら防いだ不可視の壁。それを自分たちの周囲に張り巡らせていく。


「これで魔物に襲われる心配はないわね」

「絶対とは言い切れないけどな」


 広範囲に、しかも長時間に渡って発生させ続けるためにどうしても強度は通常使用時に比べると低下しているのだ。

 それでも、これまでの特訓等の成果からディーオ本人の力が増しており、今ではファングサーベルやソードテイルレオの攻撃程度ではびくともしなくなっていた。

 が、さすがにキャスライノスの全速の突撃には耐えきれないため、無理を押しても三十二階層の踏破を優先したのであった。


「ともかく、腹が減ってはなんとやら、だ。まずは飯にしよう」


 既に迷宮に入ってからは七刻以上が経過しているのだ。二人とも一食や二食を抜く生活にはなれているとはいえ、それが苦にならない性質ではない。

 休憩を取ると決めた瞬間から、それぞれの腹の虫が自己主張を開始していたのだった。


「動き回ったから肉とかをがっつり食べたい気分だな」

「その意見に賛成。でも、まずは一息入れたいから温かいスープかシチューが食べたいかな」

「了解。……お、これなんてどうだ。屋台街で最近人気が出てきている魚介のスープ」


 しかし、浮かれた口調のディーオとは裏腹に、ニアは怪訝な顔をしていた。


「魚介?そんなものが取れる階層があったかしら?」


 余所の迷宮の話にはなるが、大部屋型で海岸を模した階層というのも実在している。

 発見された迷宮が上手く運営されている場所は海岸から離れた陸地のど真ん中ということが多く、この一点からでも迷宮の有用性が分かるというものだ。

 ただ、海岸を模した地形の多くが潮の満ち引きによって全ての陸地が水没してしまうという難点がある。その規模と時間はまちまちであり、安定した狩りが行えないことが各迷宮都市の頭痛の種となっていた。


「ほら、十四階層に沢や川があっただろう。そこで採れる魚や貝、小エビなどを使っているらしい」

「ああ、あそこの川、生き物がいたのね」


 ニアの反応が薄いのには当然理由がある。十四階層と言えば、越境種でもないのに階層を超えて冒険者を追いかけて来るという、厄介な魔物の代表格のバイコーンが大量に生息している場所である。

 また、現状では三十階層を除いた『子転移石』が設置されている最も深い階層でもある。

 こうした点から十四階層には多くの冒険者がいるため、毎度先へと進むことを優先していたためにニアの記憶にはほとんど残っていないのであった。


 とはいえ、結局シルバーハニー採取時に一度通っただけとなっている十三階層に比べれば、まだ記憶に残っているだけでもマシというものであるのだが。


「この店は下処理が丁寧なのか、川魚に特有の泥臭さがないって評判らしい」


 そう言いながらスープの入った深めの木皿をニアに差し出すディーオ。

 気に入った料理は鍋ごと買いこむ彼だが、味の好みには個人差があるということもしっかり理解している。評判を鵜呑みにして初見の料理を大量購入したりはしない慎重さも持ち合わせているのだった。


「味見といこうじゃないか」

「個人的にはもっと落ち着いた状態で食べてみたかったわ……」


 新しい料理に興味津々なディーオと対照的に、ニアは若干げんなりした表情を浮かべていた。

 これは、二人のこれまでの経験の違いが如実に表れた結果ともいえる。


 研究者として長年生活してきたニアは、正確な判断を求める傾向にある。そのため疲労している今の状態は味見という行為を適切に行える状態ではないと考えてしまったのだ。


 一方、冒険者としての生活を続けてきたディーオにとって、疲労した状態というのは慣れっことなっていた。むしろ食事とは疲労から回復するための手段の一つとすら考えている節すらあった。そのため、現状こそ最も味見をするのにうってつけだと思っていたのである。


「うーん……。不味くはないんだが、もう一つ味にまとまりがないというか何というか……」

「そうね。良く言えばそれぞれの素材の味を活かしている、ということになるのかもしれないけれど、できれば味に統一性を出すためにもう一工夫欲しいところよね」


 それでも似たような感想になるというのは、結局のところ二人とも似たような味覚を持っているということなのだろう。

 そして二人とも食べるのが専門であるため、具体的にどのような工夫をすれば良いのかについては、一言も語られることがなかったのだった。


 もしもこの場にディーオの元親友であるブリックスがいたとすれば、呆れ顔で説教をし始めることになったはずである。

 だが幸か不幸か、その彼は遠い空の下で同じパーティーを組む六人の美女たちに手料理を振る舞っている真っ最中なのであった。


 その後、本命のバドーフのステーキをがっつり食べてから一息を入れる二人。


「さてと、腹ごなしも出来たってところで何なんだが、実は今、結構いい時間になってきているんだよな」

「そうね。迷宮の外ならあと数刻もすれば日が落ちる頃合いのはずよ」


 野宿をするのであれば、そろそろ野営に適した場所を探して準備を始めなくてはいけない時間帯である。


「中途半端だな。今から動くとなると、今度休憩するのは深夜辺りになってしまいそうだ」

「もしも魔物に取り囲まれたら身動きが取れなくなるから、最悪一晩中逃げ回るってことにもなりかねないわよね」


 魔物に囲まれた場合に関しては今も同じなのであるが、二人ともすっかり忘却の彼方となっている。


「ああ、でも外の時間と連動して夜になると暗くなるから、逃げるのには向いている?」

「残念ながらここの階層にいる魔物の中には鼻が効く奴がいるらしいから、暗いとかえって俺たちの方が不利になりそうだ」


 追跡の邪犬(イビルハウンド)はその名の通り、その優れた嗅覚で獲物を追い詰めていく恐ろしい魔物である。


「それって、今はどうなの?料理の匂いで密かに魔物を寄せ集めていたとしたら洒落(しゃれ)にならないわよ」

「〈障壁〉で囲っているから問題ない。むしろ溜まった匂いを囮にすれば一気に移動できるかもしれない」

「そう上手くいくものかしら?」

「そこはやってみないことには分からないかな。だが、あまり深刻に考えたところでなるようにしかならないさ」


 良く言えば達観した、悪く言えば行き当たりばったりなディーオの言葉に、ニアは呆れた顔を浮かべていた。

 しかし協会の資料でも、この階層くらいから極端に出現する魔物についての情報が少なくなっていたのもまた事実だった。


 正確な情報がほとんどない状態であれこれ詮索してしまうと、想像してしまったものによって心が雁字搦めになってしまう危険があるのだ。

 そして心と体は密接に繋がっているため、現実でも碌なパフォーマンスも発揮できなくなるということが往々にして起きてしまう。


 案外、気楽に構えていた方が、かえって上手く物事が進むということもあるものなのである。


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