1 三十二階層の事情
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ディーオたちが三十二階層に降り立って早々に現れたファングサーベルは、ニアの氷の魔法によって撃退された。
いかに凶悪な魔物といえども動物型である限りその身体構造に大きな違いはない。口から喉にかけてを貫かれて儚く命を散らしたのだった。
「資料にあったものよりも小さいな。若い個体だったのかもしれない」
横倒しになったその骸は、全長およそ四尺弱といった程度か。冒険者協会で閲覧した資料には「身の丈が五尺にもなる」と記述されていたので、それに比べれば一尺以上小さいことになる。
「魔法で簡単に倒すことができたのも、案外そういうことなのかもしれないわね」
種族差や個体差はあれど、ファングサーベルを始めとした『魔境』と呼ばれる地域に生息する魔物には、他の地域の魔物に比べて魔法に対しての高い抵抗を持つとされているからだ。
もっとも今回の場合は、獲物に食らいつこうと大きく開かれた口の中へと飛び込み、そのまま喉奥を貫くという形となったため、純粋な比較はできないともいえる。
古今東西いかに頑丈な外皮に守られていても、目や口内、更には胃袋の中といった箇所が弱点となるのは共通しているからである。
「口や喉周辺はアレだが、逆に他の部分には損壊がない。これなら国の機関に研究材料として渡す事もできそうだ」
「そうできるように調節したもの。でも、タダで提供しなくちゃいけないというのは抵抗がある」
「恩も売れるし、俺たちの有用性だって見せつけることができる。損な取引にはならないさ」
宥めながらも、ニアの言い分も理解できるなと思うディーオ。
三十一階層のゴーレムに対して、この階層の魔物からは数多くの素材を得ることができる。例えばファングサーベルは、長大な牙や爪、毛皮などが代表的だ。
ソードテイルレオならば、今挙げた部分の他に、鬣やその名の由来となった剣状の尻尾が好事家に人気の品である。
キャスライノスは敵を蹴散らす鋭い角に、ファングサーベルやソードテイルレオですら傷つけることが困難な外皮も有用だが、それ以上に魔力を感知することができるという器官を始めとした内臓器官の各種も薬等々の材料として重宝されている。
このように三十二階層に生息する魔物は、凶悪な強さを誇る分、まさに宝の山とでもいうべき程の価値があるのだ。
が、話しはそう簡単には進まない。
先にも述べたように、この階層に生息している三種の魔物はグレイ王国が隣接している魔境、『灰色の荒野』に生息しているのである。
普段は人が簡単に入り込めない程の奥地にいるが、四人組がファングサーベルを倒した一件からも分かるように、稀に外延部、しかも人が住む場所の近くにまで現れることがあるのだ。
その際の被害は大きく、グレイ王国にとって頭の痛い問題となっている。
「住民保護という点では理解できるけど、少し極端なように思えるわ」
「あちらは国が出資して討伐隊を組織しているからな。少しでも元を取らなきゃいけないから必死なんだろうさ」
被害を未然に防ぐための対策の一つとして、グレイ王国は定期的に討伐隊を派遣している。
その際に仕留めた魔物の素材や収拾された薬草などの資源は、参加者並びに国の貴重な収入源ともなっているのだ。そのため、それらの品々の価値の暴落を防ぐためにも、迷宮内で同一種を狩った場合には安値で買い叩かれてしまうということになっている。
王国側の言い分としてはこうだ。
「簡単に魔境に生息する魔物素材が入手できるようになっては、危険を冒してまで討伐隊に参加する者がいなくなってしまう」
だが、これは別に既得権益を守るためだけのものではない。
マウズの迷宮が発見される以前に、他の国にある迷宮でキャスライノスが比較的到達しやすい階層に出現したことがあった。殺到した冒険者により数多のキャスライノスが狩られ、素材が大暴落することになった。
その結果、討伐隊への参加者も激減し、数年間で『灰色の荒野』にほど近い場所にあった五つの村が魔物によって壊滅させられることになってしまったのだった。
このように、実際にあった出来事を教訓としたものであるため、『冒険者協会』としても反論はできないという状況となっている。
ちなみに、数か月後に発生した大規模な『大改修』によって、その迷宮の内部はほとんど新発見と同等にまで変革されてしまい、以降は目立った発見などはされていない。
余談だが、やたらと足を引っ張ってきがちな他国も、この件に関してはグレイ王国を支持している。
それというのも他国からしてみれば、グレイ王国には『灰色の荒野』に蓋をするという厄介な役目を押し付けることができているからだ。
小国でこれという特産もないグレイ王国がこれまで生き永らえてこられた背景には、そうした点もあったのである。
まあ、だからこそエルダートレントの枝や甘味の類などによって、一気に繁栄しつつあるマウズの町が危険視されることになってしまっているのだが。
話を迷宮に戻そう。様々な外部要因の結果、三十二階層は三十一階層に引き続き、探索する者にとって旨味の少ない階層となってしまっている。
マウズの迷宮が他の迷宮に比べて深層についてや、最新の攻略状況についての話題が少ない原因の一つがこれに関連していた。
「中階層までならともかく、深層で二階層を余分に往復しないとまともな稼ぎにならないっていうのはキツイよなあ」
「ディーオみたいにほぼ無制限に食料や道具を持ち込めないから、普通の冒険者なら余計に厳しいでしょうね」
「他人事みたいに言っているが、ニアだって俺と共犯みたいなものだからな」
「それくらいは覚悟しているし、ありがたく思っているわ。ところで、この階層での方針を聞きたいのだけど?」
と言っても、基本的には先を急ぐか、宝箱の中に貴重品が入っていることを期待して漁って回るかのどちらかということになる。
「蓄魔石や強力な付加効果が付いた装備品や装飾品は魅力だが、危険性を考えると割に合わないかもしれないな……」
『灰色の荒野』で熾烈な頂上争いをしているだけあって、この階層に生息している三種はどれもかなりの強さを誇っている。
平野という本来の生息環境と異なるため、その本来の実力を発揮するのが難しいとされているソードテイルレオであっても、多少広い空間さえあれば数頭の群れによる狩りを行うことができるので油断は禁物だ。
対して単体や番で狩りをするファングサーベルであれば、狭く死角の多い迷宮内は格好の狩場となっている。静かに背後や側面から忍び寄ってくるその様は、まさに死神と呼ぶにふさわしい。
そして、最も危険なキャスライノスに至っては大半が逃げの一手を行うしかないという状況だ。この点について意外に思われるかもしれないが、キャスライノスの大きさを説明すれば理解してもらえることだろう。
他の二種がおおよそ五尺の体長であるのに対して、キャスライノスはその倍の十尺以上の巨体を誇るのである。幅も二尺半から体格の良いものであれば四尺近くにも及ぶ。
そして、三十二階層の通路の幅のほとんどが五尺程度しかないのである。
つまり、通路一杯の巨体が襲い掛かってくるということになるのだ。
「壁系の魔法を使うにしても強度が必要になりそう。動き始める前ならともかく、一度走り始めたなら火や風の属性では止められそうにもないわ」
「通り抜けるまでの一瞬で倒せるまで、威力を高める事はできないか?」
ディーオの問いに、ニアは少し考えた後でゆっくりと首を横に振った。
「人相手ならともかく、魔物、特に頑丈な外殻を持っている相手に致命傷になるほどの威力を持たせるのは現実的ではないわね。どうしてもというならできなくはないけれど、そんなことをするくらいなら別の殺傷力の高い魔法を選択する方をお勧めするわ」
言われてみれば当然の話である。それしか使えないのであればまだしも、多種多様な魔法を使用することができるニアならば、最も効率が高いであろう魔法を使用する方が余程安全に戦うことができるはずだ。
「要するに、魔物に対しては下手に守りに入らずに、攻撃主体ないつも通りの行動すべきってことか」
「恐らくは、ね。そもそも、あなたの〈裂空〉であればキャスライノスなんてただの大きな的でしかないんじゃないかしら?」
「……言われてみればそうかもしれないな」
ゴーレムたちには今一効きが悪かったこともあって、自分の切り札なのにすっかり忘れ去ってしまっていたディーオなのだった。
照れ隠しにそっぽを向く彼を、呆れたように半眼で睨むニア。
「本当にしっかりしてよ。……それで、一応魔物への対策の目途は立ったけれど、探索の方針はどうするの?」
「……先に進むことを優先する。宝箱は余裕があるなら開けて回る程度で十分だろう」
碌な儲けにならないと分かっている以上、やはり必要以上の戦闘は避けたい。
加えて、宝箱の中身が必ず価値がある代物だとは限らないということもある。玉手箱も驚きの開けてビックリな罠が仕掛けられている可能性だってあるのだ。
それに何より、迷宮の最深部を目指すという目的がある以上、先へ進むことを優先するのは当然のことといえる。
まあ、この点に関しては二人とも微妙に忘却の彼方に置き去りにしそうになっていたのだが。
ともあれ、方針が決定したことで二人は次の階層に続く階段を探して三十二階層の探索を開始することになる。
しかし、目的と正反対の出来事が起こるというのは世の常でもある。
「また宝箱……」
「通路の形から、隠れるにはちょうど良さそうだったんだから仕方がないだろう」
脳内展開した地図に表示された魔物から距離を取るように行動していった結果、階層内の全ての宝箱を回収することになったのだった。
「アイテムボックス……。ディーオの〈収納〉に比べると容量は極わずかだけど、中で壊れる心配がないから、薬品類を入れるのに仕えそうね」
「いや、それだって売りに出せば相当な値段が付くものだからな?」
「魔物避けの結界かあ……。ディーオの〈障壁〉と違って設置して展開するのが手間なのよね」
「ニアさん?それ、魔力を込めることで再利用できるようになっているとんでもない逸品なんですが?」
その中身のうち何点かは貴族家の家宝になってもおかしくない代物もあったのだが、便利なディーオの『空間魔法』に慣れてしまっていたニアからは、辛口な評価ばかりを頂くことになってしまうのであった。




