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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
十章

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2 引き受ける条件

「条件といってもそれほど難しいものじゃありません。一つは報酬を前払いで支払ってもらうこと。正直に話すと、深層に行くための資金としては今の俺たちの手持ちだけではまだ心許ないので……」


 前回でも述べた通り、二十日という長期に渡って行われた彼らの金もうけ策は、目標金額に達することなく中断していたのである。


「低階層の魔物だからといって安く放出し過ぎるからだ。まあ、マウズに住む者としてはありがたい話だったがね」


 当初はディーオたちもそれほど安い値で売ろうとは考えていなかったのだが、多くの住人たちが肉を頻繁に食べることができない日々が続いていると聞かされてしまい、安値で売り渡すことになったのであった。

 この辺りはディーオたちの性格をよく知っている、市場の連中の作戦勝ちというところだろう。

 ただし、仕入れの際の値引きとして一部還元されているので、一方的に搾取されていたのではないことを付け加えておく。


「こちらの都合で中断させてしまった部分はあるから、そのくらいは問題ない。『モグラの稼ぎ亭』でのことも耳にしているしね」


 ニヤリと笑う支部長を見て、ディーオは一体どんな話になってしまっているのかとため息を吐きたくなるのだった。


「一人当たりエールとワイン三杯ずつは配り過ぎだったと思うね。どちらか片方だけでも十分に納得しただろうに」

「そこはまあ、深層到達者としての意地というか……。ある程度羽振りがよさそうなところを見せておかないと、後に続こうとする者がいなくなっても困るから」


 命がけの稼業ゆえに冒険者は時として非常に厳しく物事を見ることがある。

 特に金銭面でその傾向が強く、実績を残しながらも羽振りが悪いようであれば、すぐさま別の場所へと移動することも考えるのであった。


「マウズの冒険者協会を預かる者としては、ディーオの先達たちに感謝を捧げたくなるね」


 支部長が言ったように、ディーオがそうした考えを持つようになったのは、冒険者としてのイロハを叩き込んでくれた先輩たちの薫陶によるものだ。


「現役の特級冒険者からそんなことを言われたと知ったら、あの人たちも喜ぶと思いますよ。まあ、その前にとんでもなく驚きそうですけど」


 その様を思い浮かべたのか、心底おかしそうな顔になるディーオなのだった。

 余談だが、ディーオに色々なことを教えてくれた先輩冒険者たちは揃って健在である。


「ともかく一つ目の条件に付いては了承した。私個人の指名依頼のようなものだから何とでもなるからね。……さて、残る条件についても聞かせてもらおうか?」


 いつの間にか向かい合って座る男の目が鋭いものへと変化していることを察知して、思わず肩を竦めてしまう。

 あえて通りやすいだろう条件を先に持ってくることで、続く条件も大したことないだろうと思わせる作戦だったのだが、そんなディーオの姑息な思惑は支部長には筒抜けだったようだ。


「二つ目は俺たちを護衛して三十一階層を抜けること。そして最後の一つは、先に三十二階層へと進む権利を俺たちに譲ることです」

「さすがにそれは欲張り過ぎというものじゃないかい?」


 その回答はたしなめるという体を取っていたが、どちらか一方であれば受け入れられると示したものであった。


「俺たちはいわば敵に塩を送るようなことをしているんだから、そのくらいの要求は当然だと思いますけどね」


 そしてそれを聞いたディーオは更に強気で交渉に出ることにしたのだった。


「それになにも無償でやれと言っている訳ではありませんよ。これはあちらの人たちにもメリットがある話です」

「……聞こうか」

「支部長もご存知の通り、三十一階層以降の『変革型階層』では、その階層へと到着してすぐに階段が消えていきます。しかし反対に、階段を発見して使用した階層の側はどうなっているのかは全然分かっていません」


 迷宮内では冒険者たちは基本的にパーティー単位で行動している。更に階層間を移動する際にバラバラに分かれる必要はないため、ディーオが挙げた点が不明なままなのも当たり前の話ではある。


「君たちが先に進むことによって彼らにそれを調査させるということか」

「はい。これまで誰も気にも留めてこなかったことですが、迷宮の調査としてはかなり重要な部類に入ると思います。当然その功績も大きなものとなるでしょうね」

「よくもまあ、そんな(ずる)賢いことを考え付いたものだ……」


 ディーオの案を受けて、支部長は呆れ半分、感心半分という顔でそう口にした。それというのも、その功績の判断を下す側こそがマウズの冒険者協会であるからだ。

 当然最も強い力を持っているのが支部長であり、ある程度は彼の胸三寸で決めることができるといっても過言ではない。


「別に不正をするのでもあるまいし、そのくらいは問題ないと思いますけど。……まあ、話しを聞くだけでは裁定が難しいかもしれませんから、実際にその状況を見た方が良いのは確かでしょうけれど、ね」


 ニヤリと口角を上げるディーオに、支部長とニアは「そちらが本命か」と頭を抱えたくなるのだった。


「まあ、ゴーレムの様子がどれほど変化してしまっているのかを支部長に体感してもらいたいという目的もあります」


 危機感は持ってくれているようなので最低限の共通認識は得られているとは思う。

 だが、あくまでも現状では最低限に過ぎない。できることなら一歩踏み込んだ対策を考えてもらいたい。ディーオとしては、今回の依頼は良い機会となるのではと考えたのだ。


「マウズの町の冒険者協会支部長として、そして何より特級の冒険者として実地検分が必要だと判断したなら、誰も止める事はできませんよ」

「……本当に君は時々とんでもないことを思い付くな」

「誉め言葉として受け取っておきます」


 皮肉交じりの支部長の言葉に対しても、澄ました顔で応対する。

 幼い頃から異世界の自分たちを通して異世界の思考というもの触れてきたため、常識から外れていることには自信があるディーオなのだった。

 もっとも、隣で頭を押さえながらため息をついているニアから「全然自慢にならないから!」と突っ込まれるのがオチなので、口に出すような愚行に走ることはなかった。


「それで、どうしますか?」

「日程を調整しなくてはいけないから二、三日は必要になるね」

俺たちの(・・・・)準備にもそれくらいはかかりますから、問題ないです」

「依頼は引き受けてもらえるということでいいんだね」

「はい。件のパーティーがいる三十階層まで物資を届ける(・・・・・・)という支部長からの個人依頼、確かに引き受けました」


 初見の若い娘であれば一発で恋心を抱いてしまいそうな爽やかな笑顔で確認してきた支部長に対して、ディーオもまたこれ以上ないという清々しい笑顔で答えた。

 そんな表情筋たちの懸命な仕事とは裏腹に、部屋の空気がピリピリと張りつめていくのを感じて、ニアはまたこっそりとため息を吐くのだった。


「物は相談なのだけど――」

「それはお断りします」

「……せめて内容を聞いてから判断してもらいたいね」

「どうせ買い付けもしろっていう話でしょう。ダメですよ。ただでさえ俺は以前から買い込む量が多かったのに、その上三パーティー分の物資を余分に買ったりしたら間違いなく怪しまれます。迷宮内で転売するんじゃないか程度の邪推で済めばいいですけど、最悪、三十階層直通の『転移石』のことが町の人たちにバレてしまいますよ」


 実はこの迷宮内で転売するという邪推自体は以前からあったもので、一時は嘘の噂を流そうとした者すらいる程だった。

 が、そんなことをしなくてもバドーフのような低階層でも需要の高い魔物を狩ってそのまま持ち帰った方が遥かに儲けになる。

 その事が市場関係者には既に知られていたことから、生木に放り込まれた種火のごとく、噂は燃え上がることなく消えていってしまったのだった。


 余談だがそれを画策した男たちは、とある酒場で酔った拍子に悪行を自白してしまい、即日マウズの町から放り出されることになったのだった。

 そしてその動機であるが、自分たちのパーティーに誘ったがすげなく断られたため、という子どもの喧嘩にも劣るようなものであった。


「おかしな噂が発生するのも困るが、『転移石』のことが公になるのはもっと問題だな……。仕方がない、物資を買い集めることは別の者たちに頼むとしようか」


 そう言った後、少しうんざりした表情になったのは、それに付随して起きるある事態について明確に想像できてしまったがゆえのことだろう。


「支部長の依頼なら、喜んで引き受けてくれるような人が何人もいると思うのですけど?」


 特級冒険者という格別の存在ながら、未だ現役の冒険者として通用する支部長の人気は高く、恐らくはラカルフ大陸にいる冒険者の中でも五本の指には確実に入るはずである。

 冒険者になってから日の浅いニアでさえ、そうした事情は四人組やジルたち交流のある冒険者仲間から聞き及んでいた程だ。

 だからこそ、ディーオに買い付け役を断られたことで気落ちしている意味が分からなかった。


「ニア、簡単に言うと支部長は人気があり過ぎるんだ」

「人気があり過ぎる?……ああ!依頼をされた人たちが、それ以外の人たちから妬まれてしまうのね」

「それと、依頼を受けた連中も舞い上がってしまったり、張り切り過ぎてしまったりしてしまうんだよ……。そんなことが何度も続いたから、今では簡単なお使い程度の頼みですら気楽にお願いできなくなってしまったんだよ」


 人気者には人気者なりの苦労というものが存在するのであった。


「……となると、こうやって直々に支部長と面談できて依頼を受けている私たちもやっかみを受ける可能性があったということなのかしら?」


 ふとした疑問を口にするニア。随分と今更ながらの話ではあるが、幸いにしてそうした事態が発生するようなことはなかった、はずである。


「ディーオはポーターでありながら単独で二十階層にまで到達できるだけの実力を持っていて、更に四人組との勝負でその実力を見せつけることになった。加えてあの件では冒険者協会側の不手際もあった。そういうことが重なって、私が対応するのが一番ということになっているね」


 これらの出来事を利用して、そうするのが自然だと思われるように支部長が仕向けた、というのが真相である。


「ニア君に関しては、マウズにやって来た当初からディーオとの関係があり、そしてついには二人だけで深層に到達するという離れ業をやって見せたから、私が面会してもおかしくはないということになっているね」


 ニアの成長具合については支部長自身も驚いており、対立することがないようにしなくてはいけないと考えていたくらいだ。


 こうした諸々の事情はあったが、支部長がディーオとニアに目を掛けているのは、相手が彼であっても特に気負うことなく、普段通りの態度のままでいる二人のことを好ましく感じていることが一番の理由なのであった。


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