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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
十章

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1 支部長からの依頼

 四人組と一緒になっての魔物肉を大量に狩る荒稼ぎは、二十日ほどで唐突に終わりを迎えることになった。

 二十日もやっていたのかと思われるかもしれないが、これでもディーオたちが目標としていた額には到達していない。回復薬や魔力回復薬など、迷宮探索には金が掛かるのである。


 また、狩ってきた魔物の肉を安く卸していたことも関係している。

 それというのもマウズ市民の内、中級から下級の者たちの多くが肉を食する機会が少なくなっていたからだ。それでも、迷宮産の魔物の肉が恒常的に持ち込まれている分、一般的な町に比べれば恵まれているといえた。

 だが、数か月ほど前と比較すれば驚く程にその機会は減少していたのだった。


 何故か?


 ニアとコンビを組むことになったディーオが、本格的に迷宮踏破へ向けて動き出したからである。普通であればたった一人の冒険者の行動によって、それほどの影響があるなどということはない。

 しかしながらこの一件に関して、『空間魔法』の〈収納〉によって、並のアイテムボックスでは太刀打ちできないだけの物を運ぶことができるディーオは、大きな影響力を保持していたのである。


 また、コンビを組む以前の彼が頻繁に市場へと足を運び流通状況を確認し、少なくなっていれば狩りに向かっていたということもあった。

 単独で中階層までを踏破できるディーオにとって低階層に生息しているバドーフなど何の障害にもならない。軽い運動もしくは肩慣らしくらいの気楽さで狩りに出かけていたのだった。

 『転移石』も設置されているので、上手く群れにでも遭遇することができれば、ものの一刻程で二桁にもなるバドーフを確保することができていたのである。


 そんな彼が深層へと掛かりきりになったことで、魔物肉の流通量は大幅に激減してしまった。

 騒ぎが起きなかったのは、『迷宮踏破計画』で腕の立つ冒険者が集められたことや、四人組のように八階層事件で武具を失ってしまった者たちが、高価な部分を中心にそれなりの数を持ち込んでいたためである。

 つまり、上級層などにはこれまでと変わらずに食材が提供され続けた結果、大きな問題にまでは発展していなかったのだった。

 とはいえ、市場関係者が頭を痛めていたのは事実で、最初に数十頭にも及ぶバドーフを持ち込んだ際に、


「ディーオ、俺たち専属の調達係にならないか?」


 割と本気で打診されたりもしたのだった。


 さて、目標額に達していないにもかかわらず、彼らが金策を終えたことには理由がある。

 同時期に三十階層を目指していた者たちが、ついに三十階層の門番である巨大スライムを倒し、奥にあった『子転移石』を発見したのだ。

 しかし、問題が起きたのはその後だった。


「さすがに三パーティー、二十人にもなる者たちがぞろぞろと連れ歩いていたら、秘密に勘付く人も出てくるかもしれないからね。連絡役と調達役を残して三十階層で待機してもらっているんだよ」


 状況を説明したのは、ハーフエルフドワーフの支部長だった。


「彼らは支部長が呼び寄せた連中だっていう話は聞いているんで、世話を焼くのは分かりますけどね」

「でも、どうして私たちにそのことを?」


 小さなテーブルを挟んだ位置にあるソファに腰かけた一組の男女が口を開く。

 ディーオとニアも支部長から目をかけられているという点では似たような境遇ではあるが、だからといってわざわざ呼び出してまでその事だけを伝えるというのはおかしい。


「はっはっは。やはり気が付かないという方が無理があるか。率直に言おう。君たち二人を今日呼んだのは、依頼を受けてもらいためだ」

「……依頼?」

「ああ。といっても個人的なものとなるから、冒険者としての評価には繋がらない。まあ、その分報酬には色を付けてあげるつもりだよ」


 支部長の言葉に顔を見合わせる二人。


「とりあえず、依頼の内容を教えてもらえないことには、どうにも返事はできませんよ」


 そう言って先を促すことに。持って回った言い方に引っかかるものを感じていたのである。

 余談だが、二人とも支部長からの依頼であるからして、いくら危険であっても法に抵触するようなものではない、と安易に考えていたりはしない。むしろ支部長という立場にいるからこそ、時にそうした汚れ仕事を依頼することがあるものだと思っていた。

 ただ、ディーオもニアもそうした方面の仕事に向いていないことを本人だけでなく支部長も良く知っているので、汚れ仕事の依頼ではないだろうと予想していたのだった。


「これ以上引き延ばしてみても碌なことにはならなさそうだね……。依頼の内容をズバリ言ってしまうと、三十階層にいる者たちに迷宮を進むための物資を届けてもらいたい、ということになる」


 その瞬間、ディーオは渋い表情を浮かべていた。

 それというのも、予想通り法には触れることがないものだったが、冒険者としての、迷宮探索者としてのルールには引っ掛かりそうなものではあったためだ。


 確かに、迷宮探索に必要な物資を全て自分たちだけで揃えなくてはいけないという決まりはない。

 例えば、迷宮内において他のパーティーとの交渉によって食料や消耗品を手に入れるということは日常茶飯事として行われていることである。

 『子転移石』が設置されている階層に限るが、仲の良いパーティー同士では、事前に話し合って片方が後から迷宮に入ることで、臨時の物資調達役を兼ねるようなこともあるという。

 そんなことにまで目くじらを立てて口酸っぱく文句を言っていたならば、誰も迷宮に潜るようなことをしなくなってしまうだろう。


 しかしである。これらのことはあくまでも気心の知れた者同士の間で行われている行為であり、仕事(・・)として行うような者はいなかったのだ。


「だからこそ、先駆者といえるんじゃないかな」

「……それはいくら何でも、都合よく解釈し過ぎというものだと思いますよ」


 ニコニコと笑顔を浮かべる支部長の様子から、間違いなくそれらを承知した上でのことだと理解させられ、肩を落としそうになる二人だった。

 そもそも目の前のこの男性は、自分たちが生まれるよりも遥か以前から冒険者として過ごしてきていたのだ。更に特級現役冒険者という肩書まで持っている彼が、暗黙の了解として続けられてきたルールを知らないはずがないのである。

 つまり、横紙破りをしてまでも成さねばならないと考えているということになる。


「……支部長はそれほどまでに不味い状況になっていると考えているんですか?」

「ああ。君たちが持ってきてくれたゴーレムに関するあの情報、あれが最悪の方向へと進んだとすれば、いずれマウズの町は崩壊することになるだろう」

「ゴーレムたちの進化が『越境者』を、そして『大暴走』へと繋がると?可能性はあるでしょうけど、それは他の階層では同じなのでは?」


 それこそ迷宮が手を入れようとしたならば、低階層でだって起きてしまうことだろう。


「ディーオ、支部長が言いたいのは多分そこじゃない。『大暴走』は関係ない。そうですよね?」


 確証すら持っているかのようなニアの言い方に、意味が分からないままのディーオは眉をひそめた。


「ニア君の言う通り、この場合『大暴走』は関係ない。ただまあ、更に拡大していく過程で発生する可能性もあるのだけどね」

「……二人が危惧している事態というのは、『越境者』が生まれる以前の段階で起きてしまうということか?」

「ええ。三十一階層が名実ともに『ゴーレムキングダム』となってしまうこと、三十一階層を踏破できなくなってしまうことこそ、支部長が最悪と考えている流れよ」

「正解だ。二人とも知っての通り、ゴーレムがいる階層ではまともな成果が見込めない。そこを踏破できないとなってしまえば……」

「迷宮の価値が著しく低下してしまう。訪れる冒険者の数は減少していき、やがて町として維持できなくなるということですか」


 マウズの町は迷宮から持ち出しされる成果によって成り立っているといっても過言ではない。そのため、それを行える冒険者がいなくなってしまっては、衰退の道をたどる他はなくなってしまうのだ。


「迷宮としても侵入者がいなくなるのは困るはずなんだが、それは人である必要はないようだしねえ……。こちらの都合に合わせてくれるようなことはないだろう」


 宝箱が配置されているなど、人を始めとした知的な種族を呼び込もうとしている面はあるが、それは絶対という訳ではない。

 事実、これまでに発見されてきた迷宮も人里離れた場所に発生しては人知れず大きくなっていたということが大半であり、野生動物や魔物だけであっても存続は可能だとされていたのである。


「すぐにそうなると決まった訳ではないし、仮にそうなったとしても三十一階層の踏破やゴーレムに賞金を懸けるなどの手の打ちようはある。とはいえ、危険の目はできるだけ早くに潰しておきたいというのも本音なのさ」


 ここでようやく、先の横紙破りな依頼に繋がってくるという訳だ。


「支部長はこのまま彼らを先に進ませるつもりですか?」

「本人たちがそれを望んでいるからね。もちろん、こちらとしても渡りに船だったことは事実だよ」

「彼らに迷宮の踏破を任せると?」

「その点に関しては、彼らはあくまでも放った矢の内の一つに過ぎないよ。今深層にいるどこかのパーティーであっても構わない。まあ、できることなら三十一階層の抱える危険性に気が付いている者であって欲しいけれどね」


 そして支部長は最後に「できれば君たちのような」と付け加えたのだった。


「条件を三つ飲んでくれるのであれば、その依頼を引き受けますよ」

「ディーオ?」

「ニア、顔が近いんだけど……」


 受けるかどうかの選択自体は任せるつもりだったのだが、条件を付けるとは思ってもいなかった。

 そのため彼女はつい隣に座る彼の顔を覗き込むようにしてしまったのだ。


「ご、ごめんなさい!」

「別に嫌だった訳じゃないから」


 コンビを組むようになってそれなりの時間が経っているというのに顔を赤くする二人を見て、支部長は「この二人、いつまで初々しいままでいられるんだろうかねえ」と密かに胸中で考えていたのだった。


「それで支部長、条件を受けてもらえるんですか?」


 そんな生温かい視線に気が付いて、慌ててディーオが話を元に戻そうとする。


「とりあえず、条件の内容を教えてもらえないことには、どうにも返事はできないね」


 ニヤリと人の悪い笑みで自分が言ったものと瓜二つの言葉で返され、ディーオは年季の違いというものを改めて実感していたのだった。


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