9 魔物肉で金策?
再三繰り返し述べてきたように、冒険者というのは危険と常に隣り合わせの職業である。
そのため、何かにかこつけて宴会の類を開くことが多い。依頼を達成した記念、目標としていた武具へと新調した時、新しい仲間を加えた際など実に様々だ。
そしてそうした宴会を行う場合、懐に余裕がある時には同じ店に居合わせた客たちに酒を振る舞うことが一種の慣例となっていた。そうして振る舞われる酒のことを『幸運な一杯』と呼び、ともすれば希薄となりがちな冒険者たちの仲間意識を高める行為として親しまれていたのである。
しかし、注意が必要なこともある。所謂忌み言葉としての『幸運な一杯』のこともあるためだ。仲間の誰かが命を落とした、パーティーを解散するなどの時にも酒が振る舞われることがある。
まあ、会場となっている店の雰囲気自体が正反対であるので、気が付かないという方が稀ではあるのだが。
さて、ディーオによる『幸運な一杯』が振る舞われて以降は、『モグラの稼ぎ亭』も平常通りのざわつきに落ち着いていた。
そんな中でこれからの行動方針を決めるという冒険者たちも結構多い。一般の者たちからすれば「酒場で先々の予定を決めるなんて、刹那的に生きている冒険者らしい」という感想になるのだが、これはこれで実は訳がちゃんとあったりする。
同じパーティーの仲間というのは、いわば一蓮托生の存在である。しかし、普段から言いたいことを言える者がいれば、反対に言えない者もいるものだ。
そうして生まれたちょっとした不満というものは、澱となって心の奥底へと徐々に溜まっていくものでもある。そのため時々は酒の力を借りてでもお互いに言いたいことが言える状況を作ることが大切なのだ。
目的地や方針の決定というものは定期的に行われるものであるから、心の内を曝け出す機会としても利用されているのだった。
「一口に金策を目的に動くとはいっても、対象次第では難易度も何もかもが桁違いになる」
「階層の広さも低階層と中階層では雲泥の差になるし、生息している魔物の強さは言わずもがなね」
ディーオたち六人もまた、翌日からの金策について話し合っていた。
ちなみに、四人組が同行することは半ば強引に決定された。いくら『空間魔法』の〈地図〉や〈警戒〉があったとしても、それを用いるディーオは人間である。
集中が切れる時もあれば疲労もする。魔物の動きを読み間違えることだってあるのだ。ある程度の質は必要となるが、人数が多いほど探索の負担は少なくなるものなのだ。
「少し前までなら、金策と言えば甘味だったんだが……」
市場からの依頼でディーオとニアがシルバーハニーを大量に確保してきたのはつい先日の話であるし、エルダートレントと遭遇するきっかけとなったシュガーラディッシュの採取とて、わずか数か月前の出来事に過ぎない。
「今は事情が違ってきているから……」
エルダートレントとの取り引きのこともあり、現在では支部長肝入りの冒険者たちが二十階層に常駐してシュガーラディッシュを間引き続けていた。
更に往復の道中で遭遇するホワイトビーを狩ってシルバーハニーまで拾ってくるものだから、市場には十分な量の甘味が並んでいるのだった。
王都を始めとして外部向けとして需要自体はあるのだが、以前ほど大儲けできる物ではなくなってしまっていたのである。
「そういえば、お前たちはどの程度まで装備を整えることができたんだ?」
暗い話を続けていても仕方がないとばかりに、ディーオはガラリと話の内容を変えた。八階層事件からそれなりの月日が経っており、ディーオは本人たちからではないが四人組が再び迷宮へと潜り始めたという話を耳にしていたということもある。
ジルのパーティーがまだそれぞれ副業に精を出していることを考えると、これは破格の早さだと言える。
故郷の村で魔境『灰色の荒野』から迷い出てきた凶悪な魔物を討伐して、『冒険者協会』から期待の新人だと持ち上げられただけのことはあったようだ。
「一応、武器は全員揃えることができたぜ」
「兄貴がドノワ親方の工房を紹介してくれたお陰で、準一級品くらいの武器になってる」
彼らの言う準一級とは店売りの数打ち品の中ではの話である。
稀に迷宮で獲得できる出鱈目な性能の武具はおろか、素材に始まり、長さや重さなど細部にまで拘り抜いたオーダーメイド品とも雲泥の差がある。
「使い潰すつもりで買った『なまくら』を、並みの売り物以上に蘇らせてくれたのには驚いたぜ」
それでも元々がそうした代物であったためか、四人組の満足度はかなり高いものとなっていた。
ちなみに、先ほど比較対象として挙げたジルのパーティーにもニアや四人組を通してドノワの工房の話は伝わっている。が、彼女たちの場合はまだ打ち直してもらうための『なまくら』すら手に入れられていない状態だったのである。
「取り扱いにも慣れたのか?」
「それぞれで使う分には、ってところかな。四人揃っての連携とかの確認はこれからだよ」
「ふうん……。それじゃあ、まずはその訓練も兼ねられるものが良いか」
そういえばバドーフなどの食肉にできる魔物が持ち込まれる量が減っていると言われていた、と昼間に市場を散策した時のことを思い出していた。
「……ねえ、後遺症の方はどうなったの?」
そこへニアが遠慮がちに尋ねる。大量の炎に巻かれたという経験から、四人組は火や炎、または狭い場所に対する恐怖症などの精神的な後遺症が発症するかもしれないと言われていたのだ。
「うーん……。それが、今のところそういうことは起きていないんだよな」
「悪寒や手足の震え、動悸が激しくなるといった予兆すらないね」
「俺たち自身身構えていたところがあったから、ちょっと拍子抜けしてる」
それだけ聞くと順調に回復しているようにも感じられるが、心の傷跡というものはふとした瞬間に疼きだすものでもある。
「……それに対処するための訓練もしておくか?」
「え?」
「ニアがいるから、どでかい炎を作り出す事はできる。まあ、あの事件の追体験ってことになるか」
「それって危険じゃないかしら?」
「間違いなく危険な荒療治だ。それこそ後遺症が発現する可能性が高いと思う。……だけど、いつ発現するのかが分からない状態でいるよりはマシだと思うぞ」
「…………」
四人組が町中の依頼だけで過ごす、または冒険者から足を洗って一般人として生活していくつもりであるならば、ディーオもこんな無茶をさせようとはしなかっただろう。
しかし、彼らは再び迷宮へと潜ることを希望している。ただでさえ一瞬の油断が命取りになるような世界なのだ。不安要素はできる限り取り除いておく必要があるのだった。
「後遺症が発現しなかったなら自信を得ることになるし、後々に発症した時の備えにもなるだろう。逆に発症してしまってもそれは今の限界を知ることができたということだ。利点になりこそすれ、欠点だと考えるようなものじゃない。もっとも、当事者じゃないから言える身勝手な話でもあるのは間違いない。だから、どうするかはお前たちが決めろ」
一口に後遺症と言っても、ほんの刹那、体が硬直するといった軽いものから、息が止まるという日常生活どころか生命に危険をきたすものまでとその幅が大きい。
まあ、何度も記述してきたように冒険者として生きていく場合には刹那の硬直であっても十分に致命的となり得るので、その点ではどのような症状でもさほど違いはないと言えるのかもしれない。
加えて、ディーオは「今の限界」という言葉で改善の余地を示したが、それが可能かどうかもここの症例によりけりでもある。
まさに身勝手な話であり、そのことを理解しているからこそ最後の決断を本人たちに委ねることにしたのだった。
「……兄貴、事が事だからしばらく考えさせてもらってもいいかな?」
「構わないぞ。どのみち明日から一日か二日はバドーフを中心にした食肉狩りになるだろうからな」
売り払う分だけでなく、自分たちが迷宮に持ち込むための料理に加工してもらう分まで確保するつもりでいるので、一時的に迷宮から該当する魔物たちが消えてしまうかもしれない。
「え……?もしかして狩り尽くすつもりなの?」
「厳密にそこまで手間をかけるつもりはないけど、見つけたそばから倒していくつもりだ」
明確な否定がなかったことから、ニアたちは「狩り尽くすつもりだ……」と内心で呆れていたのだった。
それというのも、普通の冒険者であれば例え出来たとしても、そんなことをしようとは絶対に考えないからだ。
なぜかというと答えは単純。倒したとしても素材を持ち帰ることができないからである。
メインターゲットとして挙げられていたバドーフを例にしてみよう。鳥と牛を掛け合わせたような不可思議な造形をしているこの魔物は、小牛程度の体格を誇っている。
つまり一匹倒すだけでも、肉を始めとした相応の素材を手にすることができるのだ。
しかしこれは、逆に言えばそれだけの荷物になるということでもある。非常識な連中が多いと揶揄されがちな冒険者であっても、子牛一頭分の荷を担いだまま迷宮探索をするような変わり者は存在しない。
結果、大半の冒険者たちは高値で売れる部分だけを取って残りは放置するということになる。
こういう時にこそポーターの出番と思われるかもしれないが、バドーフ一匹では彼らへの報酬には届かないことが多い。
更に生物であるため、長時間保存することができないという難点もある。結局、魔物の肉は常に需要がある安定した資金調達の方法ではありながらも、様々な面から考慮していくと微妙に割に合わないということになるのであった。
「つくづくアイテムボックスっていうのは反則だと思う」
ワンダの言葉に残る面々が追従するように頷いている。
その中には当然のようにニアも含まれていた。
「……それじゃあ、アイテムボックスなしでやるか?」
「それを使わないなんてとんでもない!!」
何気に非難されているように感じたディーオが、仕返しとばかりにそう言うと、彼女たちは揃って反論してきたのだった。
一瞬で手のひらを返したようだが、「使えるものは例え仲間の敵であっても使う」というのが冒険者の鉄則だ。生き残るためには四の五の言っていられる余裕などない、という状況などいくらでもの発生し得るのである。
それに比べればディーオのアイテムボックス――本当は『空間魔法』なのだが――など便利なだけで、利用するのに忌避感を持つ必要もなかった。
それから数日間、市場にはバドーフ等魔物の肉が溢れるほどに持ち込まれ、それを安く振る舞うお祭り騒ぎが続いたのだという。
ここぞとばかりに〈収納〉の魔法を使いまくっているディーオ君でした。




