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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
九章

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8 俺たちが華麗に解決!

「なあ、あんた。その辺にしておかないか」


 席を立ったディーオが向かったのは、件の酔っ払いのところだった。

 そして流石は荒くれ者が多い冒険者が利用することを前提として作られたテーブルだ。あれだけ度重なる攻撃を受け続けていたのに、近くでもこうして見る限り壊れた個所はおろか歪んだ所があるようにも思えない。

 まあ、だからといって殴りつけて良いということにはならないのだが。その確認ができて、ディーオは心の中でホッと安堵の息を吐いていたのだった。


「なんだあ?文句でもあるってのかあ!」

「まあ、文句というか言いたいことは色々あるんだが……。大丈夫か?俺が絡んでいた相手だってしっかりと分かっているのか?」


 頑丈なテーブルの方とは違って、男の方は更に酔いが回り、呂律すら怪しくなっているという有り様である。


「酒は飲んでも呑まれるな、か。世界を超えても通用するなんて至言だな」


 それを見て彼は小声でぼそりと呟いたのだ。


「なんだこの野郎!俺をバカにしてやがるのか!」


 その言葉に対して真っ先に反応したのが酔っ払いの男だった。酒に酔って諸々の感覚が低下しているはずなのに、なぜか自身に向けられている言葉にだけは敏感に感じ取ることがある。

 他の感覚が低下しているからこそ、防衛機能として鋭敏化しているのだとすれば、まさに人体の神秘ともいえるべき現象であろう。


「まあまあ、落ち着けよ。別にあんたをバカにしている訳でもなければ、侮っている訳でもないんだから」


 ただ、それに対応しなくてはいけない側からすれば、はた迷惑な機能でしかないのだが。

 少々辟易としながらも、ディーオは怒りの感情に身を任せて怒鳴り上げる男に軽い口調で話しかけ続けた。

 感情の振り幅が大きくなるのは酔っ払いの典型的な特徴であり、そのことに一々目くじらを立てていては、それこそ話が進まないということもある。そうした状態について彼もまた身に覚えがあるため強くたしなめることはなかったのだった。


 しかし、この時にはそれが悪く働いてしまった。


「けっ!女連れの腑抜け野郎が」


 なんと男は強く出ないディーオの態度を、自分を恐れてのことだと都合良く解釈してしまったのだ。これぞ酔っ払いの真骨頂である。

 しかも調子に乗った男は、彼や周囲の者たちを挑発するかのように再びテーブルを叩き始めてしまう。

 これには様子見をしていた常連たちも黙ってはいられなかった。


「言って分からない奴には、体に教え込むしかないか」

「ついでに身の程ってものも理解させてやらないといけないよなあ」


 不穏な台詞を口にしながら、一人また一人と酔っ払い男の側に集まってくる。


「い、一体何だってんだ!?」


 事ここに至って、酔っ払い男もようやくただならない状況であることに気が付いたようだ。

 が、残念ながら時既に遅しである。


「ちょっと俺たちとお話ししようじゃないか。なに、そう長くはかからないさ」

「ここだと他の客に迷惑になるからな。隣の冒険者協会にはおあつらえ向きの訓練場(いいところ)があるんだ。そこまで付き合ってくれよ」


 両側から屈強な体格の持ち主たちにがっしりと肩を組まれて、酔っぱらいの男はあっという間に店の外へと連行されていったのだった。


「ああいう輩は基本的にどこまでも付け上がるから、下手に出たのは失敗だったな。ついに深層にまで到達した若手一番の優良株も、酔っ払いのあしらいはまだまだだったか」

「ちっ。介入する機会を伺っていた癖に良く言うぜ……」


 居残った常連の一人にそう言われて、ディーオが不貞腐れながら悪態をつく。だが、そのお陰で助かったのも事実だ。


「一人エールとワインが三杯ずつだ。それ以上は自分で出せよ」

「おいおい、深層到達者がケチ臭いこと言うなよ?」

「その深層で稼ぐことができなかったことは知ってるだろうが」

「……やれやれ。噂は当てにならないってのが定番なんだがなあ。こういう時だけは的中しやがる」

「こっちだって予定外の手痛い出費なんだぞ。痛み分けってことにでもしておいてくれ」


 ついていないと全身で表現する常連に、ディーオは自分の方こそ運が悪いと主張する。

 実際、目の前にいる男を含めて酔っ払いの対処に動いてくれた者たちは二桁に迫る人数だった。つまり、ざっとエールが三十杯とワインが三十杯を奢らなくてはいけなくなったのである。


「仕方ない。あんなバカが湧いた所に居合わせたことを恨むとするか」

「ぜひともそうしてくれ」


 加えて、この場に残る者たちにも何もなしという訳にはいかない。各自エール一杯ずつとしても三十人以上に振る舞わなくてはならないとなると、それなりの金額になってしまう。

 再び深層への挑戦を控えていたのだが、予定の変更も視野に入れなくてはならない事態となってしまっていたのだった。


「マスター、ここに居る連中に一杯ずつエールを奢ってやって。後、バカを連行していった人たちにはエール三杯とワインを三杯で」


 そう言ってカウンターにおおよその代金となる硬貨を置く。


「少し多いようだが?」

「マスターへの迷惑料だよ。場合によったらあのテーブルの修理も必要だろうから」

「そうか。……それなら俺からは忠告だ。モグラになるのをとやかくは言わんが、それならもっとモグラの仲間を確保しておけ」


 マスターが言いたいのは、迷宮の内外を問わずに情報を交換し合える相手を増やせ、ということだろう。端的に言えば、もっと周囲を気にしろということに他ならない。


「肝に銘じる」


 どちらかといえば周りからどう思われているのかを意識することなく、我が道を行く面が強いとディーオ本人も自覚はしていた。それを『空間魔法』や『異界倉庫』といった秘密のせいにしてきた部分があることは否めない。

 今回のことも、噂についてもっと調べておけば別の手段を取る事もできたかもしれない。


 優れた冒険者とは危険を嗅ぎ分ける能力に長けた者でもある。そして、危険とは魔物のように目に見える存在ばかりではないのだ。

 いつの間にか冒険者にとって大切なことをおざなりにしていたのかもしれない。マスターへの返答の言葉は短かったが、そこにはディーオの様々な感情や思いが込められていたのだった。


「格好悪いところを見せたな……」

「いや、俺たちこそ場所をわきまえずに変な事を聞いてゴメン」

「気にするな、と言いたいところだが、今日のことは借りにしておいてやるよ。具体的にはエール三十杯分」

「へ?」


 酒場という場所柄、酒を要求されるということは理解できたのだが、三十杯という数字の意味は理解できなかったようだ。

 ちょうどそこで、間抜けな声を出していた四人組に答え合わせだと言わんばかりにマスターが声を張り上げる。


「おい、お前ら!ディーオからさっきの迷惑料だ!一杯だけだからありがたく飲めよ!」

「おお!やったぜ!」

「げっ!?」

「こういうことだな」


 盛り上がる店内の様子に四人の頬が引きつっていく。それを見たディーオは悪戯が成功した悪ガキのようにニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべるのだった。


「そんな訳でニア、悪いがもう数日は金策に走らなくちゃいけなくなった。深層に向かうのはしばらく先のことになりそうだ」

「仕方ないわね……。だけどあの人たち、随分と手際が良くなかった?酔っ払いを連行する動きとか慣れているように見えたのだけど?」

「実際手馴れているんだろうな。マスターに迷惑を掛けないようにってさ」

「……ここのマスターに頭が上がらないのは、ディーオだけじゃなかったのね」

「あのなあ……。まあ、マウズに来た頃から世話になっているから、頭が上がらないのは本当のことだけれども……」


 今でこそ深層にまで到達できるほどの腕前となったディーオだが、マウズにやって来た当初は、迷宮の有様になかなか慣れることができずに四苦八苦していた時期もあったのだ。

 特に五階層以下の浅い階層には多くの冒険者が出入りしていたため、大っぴらに『空間魔法』を使う事もできなかった。最大の攻撃方法を封じられていたこともあって、その日暮らしの稼ぎすらもままならない日もある程だった。


 そんな頃に便宜を図ってくれていたのが『モグラの稼ぎ亭』のマスターやドノワ親方、市場に店を連ねる店主たちだ。

 新興の町であるためか、彼らは新しいことに挑戦する者たちに対して好意的だったのである。もしかすると、職種こそ違えどもかつて苦労をした自分たちの姿をそこに重ねていたのかもしれない。


 ともあれ、ディーオが今でもバドーフなどの迷宮産食材を優先的に市場に卸したり、『モグラの稼ぎ亭』の常連を続けたりしているのは、彼なりの恩返しでもあるのだった。

 もちろん、その過程で有益な情報を得られるというのも大きな理由の一つではあるのだが。


「でも、私たちに対して否定的だった人も一緒になっていたのには驚いたわ」

「ああ、ニアたちは知らなかったのか。マスターを怒らせると、店への出入りが禁止にされるんだ」

「???確かに困ったことになる人もいるかもしれないけれど、あそこまで必死にならなくちゃいけない程の事とは思えないわ」

「問題はここからだ。マスターはマウズの酒類流通を牛耳って……、コホン。流通の要になっている人なんだ」


 ジロリとした鋭い視線を感じて、ディーオは途中で言葉を変更する。


「そしてこの店を出入り禁止にされた情報は、なぜかあっという間に町中に広がることになる」

「ええと……、つまり、マスターに倣って他のお酒を提供する店も出入り禁止にしてしまうというの……?」

「正解」

「げげっ!!」


 重要な町の不文律を知らされて、ニアたちは揃って絶句していた。

 特に四人組は天狗になっていたところをディーオにその鼻っ柱を叩き折られたという、やらかしてしまった過去がある分、衝撃が大きかったようである。


「俺たち、喧嘩を売った相手が兄貴でまだ良かったのかもな……」

「ああ。ここで乱闘騒ぎなんて起こしていたら、今頃マウズに入られなかっただろうからな……」

「それ以前に誰彼構わず喧嘩売るような態度がおかしいと思わなかったの?」

「それは無理だな。あの時のこいつらは「俺たちが最強」だと信じて疑っていなかったようだし」

「うっ……。今となってはどうしてそんなに自信過剰でいられたのかが謎だ……」


 ワンダの呟きにディーオたちの笑いが重なる。そうしながらも四人組はこうして笑い話にできている幸運を密かに嚙みしめていたのだった。


 ちなみに、こうした事情を知らなかったもう一人の人物であるジルは、なみなみと注がれたエールを各テーブルへと運びながら「さっきの話は早急にパーティーメンバーに伝えなくてはいけない」と心の中で誓っていた。


俺たち=常連冒険者たち、でした。

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