3 ゴーレムと迷宮の関係
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迷宮の三十一階層で、ディーオたちは倒したゴーレムの検分を行っていたのだが、そのゴーレムが持つはずの役割や目的というものが見えてこずに困惑していた。
「……ねえ、もしかすると、それが正解かもしれない」
「うん?何がだ?」
「ディーオがさっき言った「形から入ったけれど、中身が伴っていないように思える」というやつよ」
「真似た、ということか?冒険者、いや侵入者を?」
言い直したのは先日、支部長から冒険者以外の者が迷宮へと入り込むことができる余地が存在していることを示唆されていたからだ。
しかし、そうなってくると新たな疑問も浮かんでくる
「だが、ゴーレムたちにそんなことが可能なのか?」
「ただのゴーレムであれば難しいでしょうね。でも、そこに迷宮の力が介在していたとしたら?」
「そうか!つまりは特殊個体ということか!そうすると、俺たちが遭遇した指揮官型らしきやつも特殊個体だったと言えそうだな」
「ええ。そして魔法使い型は変異種化し始めているゴーレムたちだと考えることができる」
二人が戦った魔法使い型は優に二桁は超えていた。ここまでの数となると変異種化していると捉えてしまっても問題はないだろう。
「それと、恐らくは兵士型と偵察型も変異種化したゴーレムよ」
「なんだって!?それは確かなのか!?」
ディーオの問いにしかしニアはゆるゆると首を横に振った。
「残念だけど確かめる術はないわ。だけど、目撃された順番や頻度から考えると、そういう仮説が成り立つのよ」
冒険者協会でニアが見た資料――同じ物をディーオも見ているのだが――によると、最初に遭遇したゴーレムは騎士型だったという。そして直後に石弓型に遭遇したとなっていた。
「偵察型や兵士型が登場するのはそれからおよそ二カ月後のことだったようよ。この辺りの記述は曖昧だったから、どちらが先に発見されたのかは不明ね。そしてそれ以降に遭遇する割合は騎士型と石弓型に比べて、兵士型や偵察型が圧倒的に多くなっているの」
「騎士型も石弓型もどちらも攻撃能力は高いが、大きいだけあって小回りが利かなかいからな。その弱点に対応するために作り出されたとすれば一応の納得はいくか。で、その有効性から主力が兵士型に移っていったという訳か」
兵士型の場合、小型化して低下した攻撃力を補うために数で当たるという対応がなされているのだが、それはまさしく冒険者たちのパーティー等による集団戦闘を見て学んできたものだと言えそうだ。
「偵察型との遭遇数が多いのは、その役割故というやつだろうな」
侵入者を発見し、仲間が来るまで足止めするのが偵察型の基本行動であるから、遭遇、戦闘率は当然高くなるというものだろう。
「階層内の巡回を偵察型ではなく兵士型が行っているのは、侵入者の兆候があるまで偵察型の稼働を押さえているためなのか、それとも単に役割が混ざってしまっているだけなのか。もしかすると足跡を響かせることで示威行為をしているかも」
「最後のは考え過ぎじゃないか?それに足音をわざと響かせているなら、仲間がいる方へと追い立てるためだと考える方が無難な気がするぞ」
思い付いたことを次々と口に出していく二人。
どこまで頭を捻ったところで実証できはしないため、正確なところは分からないままだが、様々なことを思い浮かべることで想定外を減らすことはできる。それは思考の空白が発生することを防ぎ、隙が生まれることを防ぐことへと繋がるのである。
そして彼らの考察は次への議題へと進む。
「新たな攻撃手段として魔法を用いる魔法使い型が生み出され、型の一つとして定着するに至ったと言えるわ。それだけでなく指揮官型、そして今回の……、『暗殺型』とでもしましょうか。新たなものまで作られている……」
全身に凶器が仕込まれており、しかもどれもが毒物を併用できるようになっていることから、ニアの暗殺型という名付けはディーオにもすんなりと受け入れられていた。
兵士型に偵察型、魔法使い型に加えて、指揮官型そして暗殺型。一つの魔物の種からこれだけ多くの特殊個体が次々に生み出され、そして変異種化しているのは他に例をみない現象だ。
自分たちの予想の方向性が正しいものであるのかを知るためにも、他の迷宮でのゴーレムの事例も知りたいところだとディーオたちは思ったのだった。
「それにしても、さっきの兵士型が巡回をしていることもそうだが、ゴーレムたちが十全に奴らの機能を使いこなせていなくて助かったな」
例えば指揮官型が適切に配下のゴーレムたちを采配していたならば、例えば魔法使い型が山なりの軌道で魔法を放っていたならば、それだけでディーオとニアの二人は今、この世界に存在することができていなかっただろう。
「それなのだけど……、今は危険でなくとも近い未来にはどうなっているかは不明かもしれないわ」
「……それらしい記述が?」
「ええ。発見当初のことだけど、石弓型は三叉路や十字路に固定されていて回頭する以外の動きをすることはなかったそうよ」
その姿が見える分だけ、罠よりも扱い易い相手だったと記録されていた。
「車輪が付いていなかったということなのか?」
「いいえ。ゴーレムの各型は発見当初から姿が変わっていないわ」
「つまり、使い方を学習したという訳か」
現在では速度こそ大したことはないが、自由に動き回りながら矢を放つという厄介極まりない難敵と化している。
救いなのは直線的にしか矢を放てないことか。そのため、先の戦いのように敵前衛を壁にしてやれれば、脅威は格段に下がることになるのである。
「戦い方だって学習するみたい。騎士型も最初は一体のみでうろついていたとあったわ。今は二、三体で固まって動くのが普通なのにね」
「冒険者の側が得意な集団戦を取り入れたのは兵士型だけではなかったということか」
どちらからともなくため息を吐く。数体が一群れになって現れる騎士型は、現状では三十一階層で最も危険な敵とされている。
それが学習によって培われたものだとすれば、時間が経てば経つ程に更に強化されていくかもしれないのだから、二人が不安に思うのも無理はないというものだろう。
「それにしても、特殊個体としての新しい方の登場もそうだが、一体どうやって戦闘法などを理解しているんだ?戦いを経験するにしても、全てのゴーレムに行き渡らせる事はできないだろう。というか、ほとんどが冒険者に返り討ちにされているんじゃないか?」
ディーオの問いにニアはしばらくの間悩むそぶりを見せていたが、不意に何かを思い付いたような顔になり、直後に口元を押さえた。
「大丈夫か?」
「ごめんなさい。思い付いたことが余りにも気持ちの悪い事だったから……」
ニアが思い付いたこと、それは三十一階層でゴーレムたちに敗北して命を落とした者たちが迷宮に取り込まれた後、知識や記憶などを利用されている、というものだった。
「まさか。……と言いきれないところが不気味だな」
蹲ってしまったニアの背中を優しく撫でさすりながらディーオが呟く。
迷宮とはこの世にあってこの世でない、そんな不確かな場所だ。その中は迷宮外とは違った理が働いていると言っても過言ではない。
ニアの思い付きも、単なる性質の悪い妄想だとは言い切れないものがあった。それどころか、そう考えれば辻褄が合うということが、複数存在していたのだった。
「兵士型が一般的な武器を扱う冒険者、偵察型が斥候や罠解除を専門としている連中の知識などを元にして生み出されたとすれば、最初に、しかも同時期に作り出されたことにも説明がつく。魔法使い型が遅れたのは、多分魔法を扱える冒険者の絶対数が少ないためだろう」
「その考え方でいくなら、偵察型の発生も遅れることにならないかしら?」
「何も毎回冒険者側のパーティーが全滅していた訳じゃないはずだ。それに斥候の連中は立場上、一人で先行することが多いからその分危険に晒され易い。そうしたところを襲われて命を落とすというのは、中階層まででも結構多いんだ」
事実、迷宮へと潜る冒険者のパーティーにおいて、最も多く追加を募集しているのは斥候役ができる人材なのである。
「指揮官型と暗殺型については想像というか空想の部分が多くなるな……」
ディーオとニアが考えたのは、冒険者ではなく、しかも非正規の迷宮への侵入者たちだ。
マウズの迷宮があるこの土地を実効支配しているグレイ王国以外に、数か国がこの迷宮へと配下の人間を派遣していると予想される。
グレイ王国に至っては軍の一部を派兵していたのかもしれない。行方不明となって久しい一等級冒険者パーティーの『白き灼炎』もこうした連中と行動を共にしていた可能性が高い。
こうした軍を率いていた人物こそが、指揮官型の元となったのではないかと考えたのだ。
一方の暗殺型は、そうした行動を阻止しようと他国が雇った暗殺者が元になっていると考えれば容易に説明がつく。
実際、ディーオたちは三十階層に初めて来たときに、それらしき者の凶刃によって命を落としたのだろう者たちを目の当たりにしているのだ。
「我が仮説ながら、説得力があり過ぎるわ……」
「ああ。俺もそう思う」
この頃になると、ディーオたちは自分たちの予想をまず間違いのない事だろうと認識するようになっていた。
そして必然的に、最後にして最難関の疑問に突き当たることになっていた。
すなわち、なぜ、ゴーレムたちにこれほど多くの特殊個体と変異種化が発生したのか?という問題である。
「一番簡単で分かり易い答えは、これ以上先に俺たち侵入者を進ませないため、ということになると思うんだが」
「ええ。他にも意味があったとしても、その点は絶対に付いて回ると思う」
「そして進ませたくない理由だが……、俺は迷宮の最下層が近いからじゃないかと思っている」
かつて支部長が到達したという最深到達階層である三十五階層の次の三十六階層か、はたまたその次ぎの階層か。どんなに遠くても四十階層以下ではないかと予想していた。
「三十一階層のゴーレムたちの強化は、迷宮最深部への到達阻止を万全のものにするために迷宮が取った作戦だったんだ」
ディーオの言葉に、ニアは同意の意味を込めて首を縦に振ったのだった。




