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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
八章

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7 対ゴーレム軍団戦

 さすがにこれ以上の意欲低下は致命的な失敗に繋がりかねないと判断した二人は、予定を前倒しにして次の三十二階層を目指すこととなった。

 一旦町に戻るという選択肢もあったのだが、持ち込んだ食料が多く残っていたことや、怪我らしい怪我もしていなかったことから先へと進むことを選んだのだ。


 幸い、現状での最高到達階層である三十五階層までの情報については、先日協会の資料コーナーで調べられるだけ調べ尽くしている。初見の相手ばかりなので戸惑うことがないとは言えないが、簡単に後れを取るようなこともないだろう。


 久しぶりに新しい階層へと赴くということで、ディーオたちは不安を抱えながらもどこかワクワクとした気分で三十一階層の探索を続けていた。

 決して満足しきってしまうことのない旺盛な好奇心。

 新しい物や新しい景色を求めて止まない、冒険者の多くがかかる病に彼らもまた冒されていたのだった。


 しかし、そんな彼らの進行を阻止しようとする者たちがいた。


「……どう?」


 通路の壁に体を寄せて身を隠していたニアが、傍らのディーオに尋ねる。


「ダメだ。完全に包囲されてしまっている。一戦も交えずに抜け出すのは不可能だ」

「そう……。だとすればどこから切り抜けるかが問題ね」

「それと、どこへ向かうのかも重要になりそうだ」


 そう言うとディーオは『異界倉庫』から紙とペンを取り出し、脳内に展開されていた三十一階層の地図をさらさらと描いていった。

 一方で、その様子をニアが何とも言えない顔で見ていた。それというのもディーオが取りだした筆記用具類は、異世界の品だったからである。


 墨やインクを付けることなく延々と描き続けていけるペンに、そのペン先が引っかかることがない滑らかな質感を持つ紙。持ち込む場所によってはこれだけでも一財産となる逸品である。

 そんな高級品を惜しげもなく使い捨てるようにしているのだから、微妙な表情になるのは当然のことだった。

 しかしディーオにとっては、異世界の自分、つまり同一存在からの贈り物だと記されていたことから、使用することに戸惑いはなくなっていたのである。


 余談だが、売り払う目的の者が大量に持ち出すことができないように、一カ月当たりペンは三本まで、紙の方は三十枚までという制限が課せられていた。

 この事を聞かされたニアが呆れ顔で「魔法制御の無駄遣いだわ……」と呟いたのだとか。


「ここにこうで、こちらにこう……。そしてこの辺りにこういう具合に集まっているようだ」


 ディーオが書いた地図には三カ所、ゴーレムたちが集まっている場所が書き加えられていた。


「……この場所に比べて、残りの二カ所は数が少ないようね」

「ああ。だがその代わり通路を完全に塞ぐように展開している」

「ということは、出口である階段を封鎖している?」

「俺もその確率が高いと思う」


 囮ということも考えられるが、相手はこちらが階段以外の階層内の情報を全て手にしているとは思ってもいないはずだ。

 それに何よりそうすると本当の階段のある場所が手薄となってしまう。逃げられないように包囲を仕掛けていたことから、その可能性は低いのではないかと、ディーオたちは考えていた。


「これだけ組織立った動きをしてくるとなると、やっぱり『指揮官型』のゴーレムがいるということになりそうね」

「与太話か噂話のどちらかだとばかりに思っていたんだがなあ……」


 目撃例の合った魔法使い型とは異なり、指揮官型はその存在が証明されていた訳ではない。

 階層の異名である『ゴーレムキングダム』と一緒に、大袈裟な先人の誰かが広めたのだとディーオは思っていたのである。


「その調子だと、ゴーレムの各型の違いは分からないままのようね」

「残念だが〈警戒〉では相変わらずどれもこれもゴーレムとしか表示されない」


 それでも何度も戦った兵士型や騎士型であれば、移動する速度でそれなりに予測が立つようになっていたのだが。


「今の段階で取れる手立てで言えば、二カ所のどちらかを強襲してこの階層から抜け出るのが最良となるかしら?」

「現状の打破という一点から考えるならそれが一番だと思う。ただなあ……」

「何か気になることでもあるの?」

「どうにも嫌な予感がする。普通なら『変革型階層』だから、次に三十一(この)階層に入った時には違う形になっているはずなんだが……」

「変化することなくこの状態にやって来させられる?」


 極端な話、この状態で閉じ込められているかもしれないのである。


「最近の迷宮の異常を考えれば、そのくらいのことがあってもおかしくないと思うんだよ」


 低階層にモンスターハウスの罠が仕掛けられていたことに始まり、中階層では『特殊個体』が頻繁に発生し、中には『越境者』となるものまで現れていた。

 他にも『大改修』が発生したり、十五階層で『転移石』の設置ができなくなっていたりと、一つずつ挙げていけば切りがない程だ。


「まあ、考え過ぎだと言われてしまえばそれまでだけどな」

「いいえ。私も今は楽観的に考えない方が良いと思うわ。最悪の状況が起こり得るという前提で動くべきだと思う」


 意見が一致したところで、二人は再びこれからどうするべきかを話し合い始めた。


「恐らくだけど、鍵となるのはこのゴーレムが一番多く集まっている場所だと思う」

「賛成だ。だが、それの鍵とは何だろうか?場所か、物か?ゴーレム自体ということも考えられるか」


 場所だとすれば罠や策に誘い込むというのが一番ありそうな展開だ。

 物であるなら、それこそ本当に鍵があるのかもしれない。

 ゴーレム自体ならば特定の何体か、もしくは集まっている全てのゴーレムを倒す必要があるのかもしれない。


「どれもあり得そうだけど、強いて言えば物の可能性は低いような気がするわ。例えば、もし鍵が必要なら、階段の前にゴーレムを配置する意味がなくなるもの」


「それもそうか」

「罠の可能性はどう?」

「〈地図〉で見る限り、ゴーレムが集まっている場所やその近くに罠はないぞ」


 ゴーレムたちが罠の上にいる状態であっても、罠そのものの魔力を感知しているので隠す事はできない。


「消去法でいくなら、残ったゴーレム自体が鍵ということになるわね」

「自分で挙げておいてなんだけど、ゴーレム自体が鍵ってどういうことだ?」

「うーん……?「わっはっは。この先へ進みたいなら俺を倒してみろ」とか?」

「…………」

「…………」


 そして流れる微妙な空気。


「ああ……。まあ、参考にしておく」

「無理に気を使わなくていいわよ!」


 ディーオからの生温かい視線とコメントに耐え切れなくなったニアが、思わずといった具合で大声を出してしまう。


「まずい、動き出した!?」


 それを聞きつけたのか近くにいたゴーレムたちが一斉にこちらへと向かって動き出す。


「ご、ごめんなさい」

「そういうのは後だ。今はこの場を切り抜けることを考えよう」


 青い顔になったニアの頭をわざと乱暴に撫でる。


「あ、ちょっと!髪がぐしゃぐしゃになっちゃう!?」

「それだけ言い返せるなら大丈夫だな。頼りにしてる」

「もう!……良いわよ。失敗はこれから自分で取り返すから!」


 そして二人は迫ってくるゴーレムに対して時は立ち向かっては打ち倒し、また時には身を翻して逃走を図った。

 それらがある一点へと彼らを誘導しているものだと気が付きながらも。


 ゴーレムたちと追いかけっこを続けること四半刻、逃げるふりをしていたディーオとニアが誘い込まれたのは最も多くのゴーレムが集まっていた場所だった。

 奇しくも、二人が現状を打破するための鍵があると予測した地点である。しかし、そこに待ち構えていたのはとんでもない相手だった。


「ワッハッハ!良クゾ来タ侵入者ヨ。ココヨリ先ニ進ミタケレバ、我ヲ倒シテミセルコトダ」


 一体のゴーレムが高らかにそう宣言したのである。


「ほら見なさい、ほら見なさいよ!やっぱり私の予想通りだったじゃない!」

「う、嘘だろう……。演劇場の劇団や酒場の詩人じゃあるまいし、そんなことを言うやつが本当にいたなんて……」


 まさかの予想が大的中したニアが喜びの声を上げる一方で、あり得ないとディーオは膝をついていた。

 下手な演技のように見えるという一点では二人とも先のゴーレムと同等である。


 余談だが、ゴーレムが喋ったという記録はこれまでに一つも残されていない。しかし、あのように彼らは少々ズレた点に思考を割いてしまっていた。

 結果、新発見の現場に立ち会ったのだとディーオたちが理解するのは、少し先の未来で全てが終わった後のこととなる。


「ウヌヌ……。我ヲ無視スルトハ何タル無礼!者共、コノ愚カ者ドモニ教育シテヤルノダ!」


 どうやら喋るゴーレムは他のゴーレムたちに命令を出すことができる指揮官型であったらしい。

 しかも自己顕示欲が強い上に短気と、演劇物での敗北(やられ)役の定番な性格をしていたようである。

 もちろん、このように性格のようなものを持ったゴーレムの発見例はなく、これまた世紀の大発見であったのだが、喋る点同様にディーオたちがそのことに気が付くのは先の話となるのであった。


 それはともかく、周囲にいた数多のゴーレムたちが喋るゴーレムの命を受けて行動を開始する。接近戦を得意とする兵士型や騎士型が二人へと殺到したのだ。

 通常の人同士の戦いであれば、遠距離からの攻撃が可能な弓使いや魔法使いによる攻撃が行われるのが基本なのだが、ゴーレムたちにはそんな多数での戦いの経験もなければ知識やノウハウも持ち合わせていなかったのである。

 この隙を見逃すディーオたちではなかった。


「其は飢えた大地の獣たち、喰らいつき噛み砕け!〈アースファング〉!」


 ニアの魔法によって生み出された巨大な石のあぎとが、迫りくるゴーレムたちの足や下半身を破壊していく。

 魔法生物であるため倒すまでには至らないが、動きを止め、更に後方からの進軍を邪魔立てする分には有効となる。

 加えて、騎士型は元々が大型であるため、馬型の胴体から上だけでも人の背丈程になる。


「敵の前衛で射線を塞ぐとは、ニアもえげつないことを考えるようになったな」


 つまり、石弓型から放たれる矢に対する壁としたのだ。曲射のできない相手からすれば、攻撃手段を奪われたにも等しい。

 それでも命令を遂行しようとしているのか、数体の騎士型が後方からの巨大な矢を受けて粉砕したり、機能を停止したりしていた。


「これも一つの戦術よ。それに射線が通ったとしても混戦になれば味方を巻き込みかねないわ。最も簡単で有効な機会を逃したのはあちらの失策」

「ははは。その通りだな。それじゃあ、俺も一丁やるか。〈跳躍〉!」


 ディーオは短距離転移したのは、前方のゴーレムたちのど真ん中だった。


「ヌナッ!?」


 折しもちょうど正面に喋る指揮官型ゴーレムがいたのだが、そのことに気を止めている暇はない。

 右腕を巻き付けるようにして腹側に回し、揃えて伸ばした人差し指と中指の先端に魔力を込める。


「〈裂空・環〉!」


 気迫を込めて魔法を発動させると同時に、右腕を真一文字に横へと振る。更にその運動エネルギーを止めることなく、ぐるりと一回転した。


「ヌギョッ!?」


 指揮官型の漏らした奇声を合図にして、ディーオを中心に周囲五尺程度にいたゴーレムたちが、空間の断裂という不可視にして不可避の刃で一斉に切り裂かれたのだった。


 これまででも十分に殺傷力が高く、複数の敵を葬ることができていた〈裂空〉だが、その形状から一方向のみにしか作用しないという面があった。

 だが、深層となるとこれまで以上の数の敵に囲まれることもあるかもしれないとディーオは危機感を持っていた。

 加えてニアという仲間を得たことで、一人の時のように囲まれた時には〈跳躍〉で脱出するという手が使えなくなったということもある。


 それらを解消するため、改良を重ね貫通力と引き換えにより広範囲の敵を効率よく排除できるようになったのが〈裂空・環〉であった。


 冒険者として著しい成長を遂げているニアの陰に隠れがちとなっているが、ディーオもまた着実にその歩みを進めていたのである。


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