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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
八章

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4 ついに深層へ

「これ以上のことはその亡骸を検分して見ないことには分からないか。できることなら二人にも一緒に確認してもらいたいところだが……。ニア君を見るに無理をさせない方が良さそうだな」


 そう言って支部長が視線を向けた先にいたニアが真っ青な顔でコクコクと頷いている。


「まあ、無理をして記憶が混濁でもしたら事だ。それでは見つけてから連れ帰ってくるまでの一連の流れと、亡骸があった場所の状況をそれぞれ書き出してくれないかい」

「それは、どの程度のことまで?」

「状況についてはなるだけ詳しく頼む。思い出せる限り全てと言ってもいいね。話し合いもなしで頼むよ」


 報奨金を目当てに横行した初心者への襲撃は、報奨金制度を取り止めたことで鳴りを潜めたが、冒険者によって冒険者が襲われるという事件自体はその後も少数ながら発生し続けている。

 早い話が他人の装備を奪おうとしたり、成果を横取りしたりする不届き者がいるのである。

 そうした連中が発見者を装うこともあるため、遺体を発見した冒険者には当時時の状況を詳しく書き記して提出することが定められているのであった。


 余談だが、これには冒険者協会職員による代筆も認められており、文字が書けないことを理由に逃れる事はできないようになっている。

 また、各国の首都を始めとした大都市にある協会では代筆の際の矛盾点から犯人かどうかを見極める専門の職員が配置されている場合もある。


「悪いね。先ほどの話からして二人を疑う要素は皆無なんだが、一応これも規則なのでね」


 一面にびっしりと文字や図が書き込まれたそれを引き取りながら、支部長が二人に感謝の言葉を述べる。


 先に記した背景から、そうしなくてはならない状況となっている訳だが、基本的に遺体の発見報告と遺品の持ち帰りはあくまでも発見者の善意によるものである。

 この規則はそうした善意を疑うものであり、冒険者側からの評判は当然の如く良いものではなかった。


「まあ、規則ですから」

「それに品行方正とは言い難い人たちも多いし……」


 町中のごろつき同然というのはかわいい方で、中には裏稼業の者たちとの付き合いがある冒険者も存在するのである。

 そうした連中は締め出すべきだとする動きもあるのだが、長年はみ出し者たちの受け皿としても側面も持ってきたため、『冒険者協会』としては強硬な手段をとることに躊躇いがあるのだった。


「冒険者という受け皿がなくなると裏組織や反社会組織まで一気に落ちてしまいかねないからね。最悪治安悪化も起こり得る。それに元はみ出し者が冒険者になることで大成したという話はそれこそ山のようにある」


 例え社会の低層と呼ばれる位置の出身の者であっても、自分の力だけで成り上がることができる。それこそが『冒険者』という危険な職業が廃れることなく一大産業化されている根本的な要因なのかもしれない。

 その分半犯罪者化してしまっている者がいるなどの問題点も出てきていて、各国や『冒険者協会』ともに頭を悩ませることになっていた。


「ではその亡骸を……、ここで出されても困るな。付いて来てくれ」


 と言われて移動したのは、魔物を解体したり素材を選り分けたりしている区画だった。幅は二十尺、奥行きに至っては三十尺以上ありそうだ。

 しかし、それだけの大きさを誇っていてなお区画には独特の臭気が立ち込めていて、ニアがそっと口元を押さえていた。


「……へえ。結構広いんだな」

「広げたんだよ。元々はこの三分の二程度の広さしかなかったんだが、どこかのアイテムボックス持ちが碌に解体もしないで大量の魔物を持ち込んでくるからね」


 何気なく呟いた一言に、お前のせいだと言わんばかりの苦言が飛んでくる。


「それは大変ですね」


 が、ディーオは完全に人ごとの風を装って、明後日の方向へと流してしまっていた。これ程にも彼が強気に出ていることには理由がある。

 実はディーオが倒して持ち帰ってくる魔物の内で状態が良いものは、研究の素材とされたり鑑賞用のはく製などへと加工されたりしているのである。

 当然買い取りの際にはそうした点を加味して通常よりも上乗せされた金額が支払われているのであるが、時としてそれ以上の売却益を生み出すこともあるのだ。

 他にも新米冒険者相手に解体の講義や練習用に使用されたりとマウズ支部の小遣い稼ぎに利用されていたのだった。


 これもまた余談だが、元の状態でも迷宮があるため多くの魔物が持ち込まれることを見越して、通常よりも倍近い広さに作られていたのだが、それでも某冒険者の持ち込む量には対応できなかったようである。

 現在のマウズ支部の魔物解体区画は、大陸内の冒険者協会でも随一の大きさを誇ることになっていた。


「……そう思うのであれば、解体くらいできるようになってもらいたいものだね。……まあ、いい。奥に希少種用の解体場所がある。そこに行こうか」


 結局三人が行き着いたのは区画の中でも最も奥まった所であった。

 解体するものに合わせられるようにしてあるのか、そこは衝立(ついたて)を組み合わせることで簡易の部屋のようにしていた。

 その壁際にはさらに多くの衝立が並べられている。全てを組み合わせたならば相当大きな魔物であっても隠せそうである。


「そこに並べて寝かせて欲しい。……そうだ。……よし、後はこちらでやっておくよ」

「よろしくお願いします」

「うむ。……あ、分かったこと全てを教えられる訳ではないから、その点だけは覚えておいて欲しい」

「構いませんよ。知っている方が面倒になりそうだし、迷宮に関係がありそうなことだけ教えてもらえれば十分です」


 言いながらも、場合によってはそれすらも秘匿条項に入ってしまうのだろうとディーオは薄々勘付いていた。


「どこまで、とは確約できないが、できるだけ情報を渡せるように努力はするつもりだ。こちらとしても深層に至れる腕利きの冒険者をみすみす危険に晒すような真似はしたくないからね」

「それなら深層の情報への閲覧許可を下さい」

「到達階層の上書きは済んでいるのだろう?ならば受付でそのことを言ってくれれば、担当の者が専用の資料室へと案内するようになっているよ」


 本来であればカードの返還時にその旨を説明されるはずだったのだが、ディーオたちは諸々の相談をするためすぐに移動してしまったため、聞きそびれていたのであった。


「俺たちはこれで失礼します」


 宿へと戻るにはまだ早い時間帯だったこともあり、支部長に挨拶をした二人はさっそくその部屋へと向かうことにした。


「……これ、魔物解体の区画に置いてあったものと同じ衝立よね」

「ああ。多分同一規格の物なんだろう」


 ディーオとニアが案内されたのは、一階にあるカウンターを挟んだ職員側の方、その隅だった。

 元々は職員たちが休憩するための空間として設置されたこともあって、衝立によって視線が遮られているだけであった。

 資料()というよりは資料コーナー(・・・・)と呼ぶ方が妥当な感がある。当然上部は開いているので声などはお互い丸聞こえの状態だ。


「三十階層の『転移石』のこともあるから、管理がし易いようにということなんだろうが……」

「確かにカウンターの内側、職員の人たちがいる所からならばどこにいても見える位置にあるわね」

「それはそれで問題があるんだけどな。向こうから見えるってことは、こちらからも見えるってことだから」


 つまり、職員の配置が一目瞭然な訳である。

 まあ、カウンターの外側からでもほとんどが見通せているので、今更と言えば今更なことなのかもしれない。

 加えてこの場は多くの職員が仕事を行ってはいるが、それだけの場所でもあるのだ。重要書類などはすぐに別の奥まった部屋や支部長室へと運ばれて行くし、最も金になる魔物の素材が管理されているのは全く別の区画となっている。

 要するに、職員の配置状況が流出したところで、どうということはないのであった。


 また、誰からも見えるということからサボりの集団心理が働き、誰も見ていないということが発生しないように、マウズ支部では担当の監視役が着くことになっていた。

 しかも四半刻ごとに順に交代していくという念の入れようである。

 元々は唐突にいなくなる支部長を監視するために考えられたものだったという話だが、真偽のほどは不明である。


「ともかく、俺たちは俺たちのやるべきことをしよう」

「了解」


 そして二人は夕刻になって戻って来たのであろう冒険者たちのざわつきを余所に、深層の情報について片っ端から調べ始めたのだった。




 そして翌日を休息と準備に当てて更に次の日、ディーオたちは見張りの詰所に隠されているもう一つの『転移石』を用いて迷宮の深層へとやって来ていた。


「これが『変革型階層』?遺跡のような作りになったこと以外は迷路状の階層と変わらないように思えるわね」


 これまでは壁や床、そして天井が自然にできた洞窟のような形状だったのだが、この階層では全て人の手による建造物のような(おもむき)となっていた。


「出入りする度に形が変わること以外は変わりないと書いてあったから、正しくその通りなんだろう。……おっと、もう一つ変わっていることがあったな」

「ここからは戻るにも階段を探す必要があるってことね」


 振り向いたニアが「ふう……」とため息を吐いた。

 それに導かれるようにしてディーオが背後を見やると、彼らが下りてきた階段が音もなく壁の中へと飲み込まれようとしていたのだった。


「大改修なんてものがあるんだから、これくらいどうということはないかと思っていたが……。実際に目にすると薄ら寒いものを感じるな」

「ええ。退路を断たれるということがこんなにも精神的な負担を強いてくるとは思わなかったわ」


 俗に深層と呼称されている三十一階層以降は『変革型階層』とも言われており、これまでとは異なる点がいくつか存在していた。

 大きくは二つ。一つは出入りする度に階層の形ががらりと変わっていること。

 もう一つはその階層へと入った時点で階段が消失してしまうことである。これは下の階から上の階へと戻って来た時でも同じである。よって深層での探索は、単純に言ってそれまでの二倍の労力や時間が掛かることになるのである。


 もちろんこれは生きて帰ることを前提としたものなので、ひたすらに下層へ下層へと進むだけならば中層までと同じ感覚でいることも可能かもしれない。

 ただしそのためには命を捨てる覚悟が必要になってくるのは言うまでもない。


「それでも俺たちには〈地図〉や〈警戒〉といった『空間魔法』があるから楽なもの、だ……?んん!?」

「どうしたの?」


 いつもと違うディーオの様子に、ニアが胸中に渦巻く嫌な予感を押さえつけながら尋ねる。

 同時に不穏を知らせる虫たちは脳裏で大合唱を始めており、背中には冷たい汗が流れていくのを感じていた。


「魔法自体は問題なく発動したんだが、階段の位置だけは見つけることができないんだ。三十階層にあった結界と同じものが張られている可能性が高そうだ」


 どうやら深層と呼ばれているだけはあって、一筋縄ではいかなくなっているようである。


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