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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
六章

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5 ダンジョンマスター

連絡が遅れましたが、総合評価が200ポイントを超えていました。

評価して頂いた方、いつも読んでくれている方、ありがとうございます。



「前方右手の通路から二体、大きさから恐らくバドーフだ」


 ディーオの宣言から十数拍の後、ドスドスという重量級の足音が響いてくる。

 視認できる位置へと辿り着いた瞬間、二体はニアの起こした風の刃で首をはねられて息絶えたのだった。


「ストップ。この先に……、罠がある。小石を作って放り投げてみてくれ」


 言われた通り通路の先へと魔法で生み出した小石を投げると、左の壁面から物騒な棘が飛び出してきたのだった。


「別の冒険者たちがいるな。このまま行けば曲がり角で鉢合わせしてしまいそうだ。この場に留まってやり過ごそう。ただ、確認もしないで焦って攻撃をしかけてくる粗忽者かもしれないから、すぐに動けるよう準備だけはしておいてくれ」


 幸い、現れた冒険者たちは二人の顔見知りであり、軽く情報交換を終えた後に別れたのだった。


「ああ、その先の通路、左手に緩く曲がった先で堰き止められたようだ。『転移石』の場所に戻るには……、こちらを行くのが近道だな」


 確認のために覗きに行くと、『大改修』の影響か、つい半刻ほど前には通ることのできていたはずの通路が寸断されていた。

 逆に新たに開けた道を行くと、四半刻ほどかかったはずの『転移石』までの道のりはわずか三分の一くらいにまで短縮されていたのだった。


「……反則よ」


 一通りをこえて二周分くらい同じ階層を歩き回り、周囲に魔物も冒険者もいないことを確認した途端ニアはそう呟いた。


「いきなりな台詞だな。一体どうした?」

「どうしたもこうしたもないわよ!あなたの能力、おかしい!階層中が見渡せるなんて便利過ぎるわ!『大改修』の変化にまで対応できているし、ずるい!」


 現在二人がいるのは迷宮の三階層だ。

 先日ディーオは自身の持つ『空間魔法』についてニアに打ち明けたのだが、その中でも特に用いることが多いであろう〈地図〉と〈警戒〉について、現地でその効果と有用性を示していたという訳である。


 低階層のため本来ならば多くの低等級冒険者が足を踏み入れているはずなのだが、ただ今迷宮は『大改修』期間の真っ最中にある。

 突然迷宮内が変化することを危惧して、懐に余裕のあった者たちを中心に、大部分が探索を見合わせていた。

 そのためか秘密の会話をするには、ある意味で最も都合の良い場所ともなっていたのである。


「おかしいと言われても困るんだが……。まあ、便利であることは認めるけど」


 感想を聞こうとした瞬間に非難されてしまい、困惑してしまう。ただ、この能力がニアの言う通り反則じみていることはこれまでの経験から理解できていた。

 むしろ先の見通せない、時には文字通り一寸先は闇という状態でよく探索ができるものだと、他の冒険者たちのことを尊敬すらしていたくらいだ。


 そうした認識があったためだろう、非難される可能性が高いと無意識の内に警戒していたのか、別段ショックを受けるという事はなかった。

 まあ、どう言い繕って良いか分からずに困ってはしまった訳だが、それはそもそも『空間魔法』について他人に打ち明ける時が来るとは想定していなかったためである。

 つまり現在の状況は、ディーオの中では予想もしていなかった未知の世界なのであった。


「それで、どうする?どうしても嫌だと言うなら、この力は使わないようにする――」

「それを使わないなんてとんでもない!」


 最後まで言うことができず、食い気味に否定された。


「いいのか?」

「力なんて使ってこそのものよ。もちろん正しい使い方、最適な使い方というものを常に模索する必要はあるけれど、ただただ眠らせたままにするなんて無駄どころか、力に対する冒涜ともいうものだわ。便利で楽になる?大いに結構じゃない。命まで賭けているんだから、そのくらいで罰が当たったりはしないでしょう」


 ずるいとまで言われていたので、てっきり〈地図〉や〈警戒〉の使用には否定的なのだと思っていたのだが、どうやらあるものは何でも使うという考え方や立ち位置であるようだ。

 しかし罰を当てるかどうかは、神だとかそういう連中の捉え方次第なので安心できるかどうかは微妙なところかもしれないな、などとディーオは考えていたのだった。


 何はさておき、これでニアの前で『空間魔法』を使うことに問題はなくなった。

 地力を上げるためにも、これまでのようにべったりと頼りきりにはしないつもりだが、それでも安全な道を選択できる〈地図〉と〈警戒〉の併用による脳内マップ投影は、いざという時の命綱となり得るはずだ。

 その他の攻撃や防御に使える〈裂空〉や〈障壁〉などは、大雑把な説明だけをしておいて、後日機会があれば披露するという事で話が付いている。


 余談だが、〈跳躍〉はニアと一緒に移動することができなかった。

 そのため、当初二人が目論んでいた緊急避難用には使用できなかったが、戦闘時に敵のリーダーを強襲したり、敵陣のど真ん中に現れてかく乱したりといった、相手の虚を突く目的に多用されていくことになるのだった。




 このようにして、ディーオがニアと二人で『空間魔法』を取り入れた訓練を行ったり、戦術を確立させたりといったことを繰り返している頃、マウズの町では一つの噂がまことしやかに囁かれるようになっていた。


「迷宮で発生してきた数々の事件は、ダンジョンマスターとなった者がいるからではないか」


 と。


 ダンジョンマスターとなれば、迷宮のあらゆる権能を自由自在に用いることができると言われている。

 その力を使って他の冒険者が迷宮を踏破するのを妨害しているのではないか、その結果起きているのが様々な異常事態なのではないかというのである。


 そしてダンジョンマスターの最有力候補とされているのが、一等級冒険者八名からなるパーティー、『白き灼炎(しゃくえん)』であった。


 一等級冒険者の背後に国の存在があるのは以前説明した通りだが、『白き灼炎』のバックについていたのは、何を隠そうグレイ王国だった。

 つまり彼らは国の肝入りで迷宮探索を行っていたのである。


 実は彼らの姿はここ半年の間、一度も目撃されていない。

 よって迷宮の深部へと挑むも失敗、壊滅してその身を迷宮へと食われたのではないかと推測されていた。


「今回の噂も元々はどこかの国が嫌がらせ程度に流したものだったのだけど、それを上手くグレイ王国が利用した形だという話よ。弱小国家と言われているけど、なんのなんの。やっぱり上の方には頭のキレる人もいるみたいだわね」


 そう解説してくれたのは、すっかり『モグラの稼ぎ亭』の看板娘が板についてしまった元冒険者のジルだった。


「いやいやいや!私まだ冒険者を辞めていないから!今日だって依頼をこなしてきたし!……町の中での仕事だったけど」

「からかわれてはそう言い返すのが癖になってしまっちゃっているのね」

「そうなの!来る連中が皆して私をいじめるのよー。ニアちゃん、慰めてー!」

「うひゃあ!?」


 大袈裟な動きで抱き着いてきたジルを抱き留めたものの、ニアが思っていた以上の勢いだったためか抑えきれない。


「おっと」

「あ、ありがと……」


 危うく倒れそうになった彼女の背後に回り受け止めると、ニアはディーオを振り向くことなく小さく感謝の意を伝えるのだった。


「うーん、なんだか空気が甘酸っぱいー。だけどそれも心地いいかも……」

「ちょ、ちょっと、ジルさん!胸に頭を擦り付けないでー!?」


 慌てふためきながらも押しのけたりしないのは、相当参っているのが感じ取れたからなのだろう。

 ジルはあえておちゃらけた言動をしていたのだが、まともに冒険者としての活動ができない現状は、かなりのストレスになっているようであった。

 先の噂が広がったのも、マウズの町中にこうした鬱屈した空気が漂っているからなのかもしれない。


 ニアが体勢を立て直したことを確認してから元の席に座り直す。

 その際、周りでだらしない顔をしてニアたちを見ていた男どもへ鋭い視線をくれてやることも忘れない。本人以上に不躾な視線に敏感になっているディーオなのだった。


 同じ店の同じ席であるが、正面に座っていたのがブリックスであった頃に比べると随分と様変わりしたものである。

 あやすようにジルの頭を撫でるニアに笑いかけられて、ようやく彼女をぼんやりと見つめていたことに気が付くくらいだ。

 初めて出会った時からは考えられないような変化かもしれない。


 なんとなく気恥ずかしくなってしまい、慌てて会話を噂話の事へと引き戻す。


「だ、だけど『白き灼炎』なんてグレイ王国の関係者のようなものだろう?ダンジョンマスターになったからといって音信不通になるのはおかしくないか?」


 いくら国を挙げて後援していた冒険者の行方が分からなくなったことへの対処だとしても、ディーオには少々無理がある誤魔化し方のように感じられたのだった。


 二十階層のエルダートレントとの取引ですらあれだけ大騒ぎになったのだ。

 本当に踏破して迷宮の主となったのであれば、国威発揚のためや外交政策に有利なカードとして公表しそうなものである。

 迷宮から得られる利益というのはそれほどまでに莫大なのだから。


「そんな彼らですら虜にしてしまう程、迷宮の権能が凄いものだったというだけの話じゃないかしら」

「そういう風に捉えられないことはないだろうが……」

「一人、かどうかは分からないけれど、少なくともパーティーの仲間内だけで独占したいと思えるような力ってことね」

「……よほど固い絆でもなければ仲間同士での争いが始まってしまいそうだな」


 ぽつりと漏らした一言に彼らだけでなく、店中が凍り付いたように静かになったのは、誰もがその可能性について想像を巡らしたことがあったが故のことだったのかもしれない。

 そう、迷宮の踏破を成したことによって提示された報酬の分配に端を発した仲間内での諍いや争いの結果、『白き灼炎』はもうこの世から姿を消してしまったのではないか、と。


 存在していないのだから、姿を見せることがないのは当然のことだという訳である。

 また、生き残った者がいたとしても、仲間同士でというある意味骨肉の争いを制した上でのものだとなると、いかに一等級といえどもその信用は地に堕ちてしまっている。

 のうのうとその身を公の場に出すことなどできはしないだろう。


 実はこれこそダンジョンマスターと呼ばれる存在が迷宮の最奥に隠れるようにして潜み生きている最も多い理由であったりする。

 つまり簒奪者――まれにダンジョンマスターがいない迷宮もあるので全ての場合に該当するものではない――であると同時に仲間殺しであるという罪悪感と、いつか自分また同じ目に合わされるのではないかという恐怖感から、最も深い場所へと引きこもろうとするのである。

 また、生息する魔物や仕掛けられた罠が凶悪化するのも、同じ心理によるものである。


 このように迷宮の真実とは案外単純なものなのであるが、ディーオを始めとしてこの場にいた誰一人としてそのことを理解できたものはいないのであった。


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