7 送り返す
ようやくながら評価が1000ポイントになっていました。
まあ、減っていなければの話ですけどね(苦笑)。
命に別状はないとはいえ、気絶した一団の冒険者たちの有り様は酷いものだった。
衝撃的な光景――幻影ではあるが、本人たちはそうと知らずに本物だと思い込んでいた――を目の当たりにしてしまったことで顔は涙や鼻水でべちゃべちゃだし、その上胃の中のものをぶちまけてしまっている。
それでもまだマシな部類であり、中にはそれ以上のものまで漏らしてしまっている者までいた程であった。
状況による要因もあるが、命を狙われるくらいに敵対しており、その態度から好ましく思える部分は少なかった連中ではある。
が、人としての尊厳も何もあったものではない状態となってしまっている彼らを放置しておくのは、ディーオもニアも躊躇うものがあった。
特に吐瀉物はそのまま放置していると喉を詰まらせてしまうかもしれない。
せっかく命を奪う以外の方法で無力化したというのに、こんなことで死んでしまわれるのは納得いかないと思えてしまうのだ。
とはいえ、いくらなんでもその場に行って自らが処理してやろうとまでは思えない。
そこでディーオはゴーレムを生み出し、介抱に当たらせることにしたのであった。
もちろんタダでやってやるはずもなく、連中が迷宮内で獲得した素材類を始め、持ち物の大半を勝手に巻き上げることで手間賃としたのだった。
「あの連中が知れば「ぼったくりだ!」と怒り喚くことになるでしょうね」
「そうかもな。だが、命があっただけでもマシというものだろうさ。しかも一応問題ない程度にまで見てくれを直してやっているんだから、感謝してもらいたいくらいだな」
ちなみに奪った、もとい、代金代わりに徴収したものの中には何やら怪しげな書類なども含まれていたのだが、一目見ただけでディーオは全て支部長に丸投げしようと心に決めたのだった。
そして諸々の処理をし終えた後、着の身着のままとなった一団の者たちは、緊急で作られた『転移石』――帰って来られないように単発使い捨て――によって、迷宮入り口にある『親転移石』のある場所へと送られることになる。
迷宮の踏破を目指して挑んだはずの一団が全員気絶した状態で現れたことで、マウズの町では極一部の人物を除いて上へ下への大騒ぎとなってしまった。
その極一部の一人である支部長は、自室で階下から聞こえてくる喧騒を聞きながら、自分宛ての手紙を読み返していた。
「あの短期間で、しかもたった二人で三十階層にまで到達していたから見込みはあるとは思っていたが……。ここまでの成長を見せてくれるとは。反対に彼らは、権力者と繋がるという悪い遊びを覚えてしまったようだな」
もっとも権力者と繋がることそれ自体が悪いことだという訳ではない。
問題なのは自分たちに都合よくルールを捻じ曲げていたこと、そしてそれが切欠となってより大きな厄災を引き起こしかねないと理解していないことだ。
「どうせ彼らだけが手を染めていた訳ではあるまい。ここは一つ上の方にはしっかりと綱紀粛正を訴えておくべきだろうな」
現役特級冒険者にマウズの迷宮と、切り札が二枚も揃っているのだ。『冒険者協会』の上層部とて無碍に扱うことはできないだろう。
組織の拡大に合わせてよろしくない部分も肥大化してきている。そろそろ一度スリムアップを図っても良い頃合いだと思われるのだった。
「それにしても……、手紙の信憑性を高めるために一緒に送られてきたものがコレとは。まあ、彼らしいと言えば彼らしいのかもしれないが」
呟いた支部長が手に取っていたのは、空っぽになった器であった。素材からして謎なその側面にはびっしりと文字らしき記号が書きこまれ、細やかな絵が色彩豊かに描かれている。
そう、ディーオが迷宮の力を用いて異世界から取り寄せた、あの食べ物の器である。もちろん支部長の元に届けられた時には中身もしっかり入っていた。
異世界の食べ物と手紙が支部長の机の上に現れたのは今から二日前のことであり、一団の冒険者たちが迷宮入り口へと送り返される前日のことであった。
ふと目を離した瞬間、まるで意識の隙間を縫うようにしてそれらは出現した。
さしもの支部長もこれには驚き、何者かによる攻撃の前触れではないかと警戒させることになってしまったのだった。
結局、丸々一刻程の時間をかけて周囲や物体の安全を確認したことで、攻撃が行われようとしていたのではないと判明するのだが、余計な労力を使用したことで支部長の機嫌はすっかり悪くなってしまっていた。
ところが、そんな不機嫌すらも覆してしまう出来事が発生する。
手紙の最初に書かれていた通りに調理――湯を入れて二百数えるだけのことだが――してみたところ、得も言われぬ良い香りが漂い始めたのだ。
「ダンジョンマスターとなった報告よりも先に書かれていたことも、「騙されたと思って食べてみてくれ」という言い回しも、どうでも良いと思えるほどの味だったな。……まさかそれら全てが織り込み済みだった?……ふむ。ディーオだけならまだしも、ニアも一緒にいるようだし、その可能性も否定できないか」
当然のごとくこれは支部長の深読みのし過ぎであり、実際には何の意図もない、というよりディーオが純粋に自分の気に入った食べ物を勧めてみただけということである。
ニアの方はというと一団の介抱に使用していたゴーレムとその制御法に目と頭が向かっていたために、手紙の内容を確認する余裕がなかったのだった。
もしも彼女が添削を行っていたならば元の手紙は訂正され過ぎて真っ赤になってしまい、支部長の手元には内容こそは同じであっても、今とは全く異なった文言のものが届いてことだろう。
「二日後の昼下がり、か。指定されていた通りであればそろそろのはずだが……?」
その呟きを聞いていたかのような絶妙のタイミングで、扉を叩くような音が部屋に響く。
更に一拍の後、「えー……、姿を見せても構いませんかね?」とすっとぼけた調子で聞き覚えのある声が聞こえてきた。
強大な力を手にしたはずなのだが全く変わった様子のないことに、呆れるやら安堵するやらと複雑な心境になってしまう支部長だった。
「ああ。構わないよ」
こちらが見えているのかどうかは不明だが、彼らの性格上無理矢理出現するようなことはしないはずだ。
許可を出さなければ話を進めることもできないだろうと思い至り、出現するだろうおおよその位置に当たりをつけて声をかける。
すると予想通りの位置にディーオとニアが現れたのだった。
思い描いた場所と寸分違わずに現れたことに、自分の直感もまだまだ捨てたものではないとニヤリを口角が上がるのを感じる。
が、ディーオもまた似たような表情となったことから、すぐさま考えを改めることにした。
迷宮という超上の力を手に入れているのだ。こちらの思惑を読むくらいのことはできるだろうと悟ったのである。
当然ながらこれもまた支部長の深読みのし過ぎである。
ディーオが笑みを浮かべたのは、支部長が呼び寄せた連中を出し抜いてダンジョンマスターになったことを挑発的に表現しただけのことだったのだから。
すっかり過大評価する癖がついてしまっているが、これは一概に支部長が悪いとは言い切れない。
ダンジョンマスターについて、または迷宮について記された書物は多くはないがいくつかは現存している。そうした数少ない資料にはこぞって、「ダンジョンマスターは強大な迷宮の権能を支配下に置き、人を超える力を振るうようになる」と記されていた。
特級冒険者として、また迷宮を擁する町の責任者の一人として、支部長はそうした書物にも目を通していたため、ダンジョンマスターとなった者の危険性についても熟知しており、そうした知識からディーオが自らよりも遥か高みの地へと至った存在になってしまっているのではないかと考えてしまっていたのだった。
余談だが、書物の続きには必ず「迷宮の強大な力にのまれるように理性を失い己が内に秘めた欲望に忠実になり、やがては狂っていく」と書かれていた。
この点に関して支部長は「迷宮に限らず身の丈以上の力を得ればそうなるのは世の常だ」として、気にしていなかったのだった。閑話休題。
「ひさしぶりだね。そして、迷宮の踏破おめでとう」
「どうも。まあ、あの連中がのんびりしてくれていたお陰で、焦ることなく攻略することができましたよ」
「その辺りの事情は手紙を読ませてもらったよ。まさか迷宮の踏破を目標にしておきながら、三十二階層で荒稼ぎをしているとは思わなかった」
やれやれとため息を吐く支部長に、ニアは「単に迷っていただけだったのでは?」と思っていたのだが、わざわざ指摘をすることはなかったのだった。
解体までしてしっかりと素材を確保していたことは間違いないし、その事が攻略の歩みを遅らせてしまったことに間違いはなかったからである。
もっとも、三十三階層で相当行き詰ってしまっていたようであるから、三十二階層を手早く攻略し終えていたとしても二人の方が先に最深部に到達していたことだろう。
むしろ先に進んでいたならば三十七階層で本物のドラゴンと戦う羽目に陥ってしまったであろうし、仮にそうなっていれば間違いなく彼らはこの世から死後の世界へと旅立っていたはずだ。
そうなると数日前のディーオの言ではないが、命があっただけでもマシというものだろうと思えてくるのだった。
「あいつらが迷宮で集めた素材類は、元からの持ち物を含めて全部を近い内にそっちに引き渡すようにしますので、好きに使って下さい」
三パーティー合同とはいえ、二十人程度が持っていた成果としては破格の質と量を誇る。
が、ディーオとしては回収したところで大した使い道がある物ではなかった。今更迷宮に吸収させたところで大した魔力を抽出できる訳でもない。
それならば今後も付き合いが続くことになるマウズの町の利益にしてしまった方が、後々にとっても余程有益だと判断したのであった。
「助かる。好事家の奴らには面倒な肩書を持つ者も少なくないのでね」
使い方次第では、そうした好事家連中個人ではなくグレイ王国にも恩を売ることができるかもしれない。
面倒な連中の名を次々に思い浮かべては、狡賢い笑みを浮かべる支部長なのであった。




