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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
番外編

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5 絶対防衛線ドラゴン

 三十七階層の部屋の中心に居座っているそれを前にして、冒険者たち一団は恐怖と驚愕で硬直してしまっていた。

 本来であれば致命的な隙であり、冒険者としてはあってはならない失態だ。仮にこれが一般的な魔物の前であれば、少なくとも彼らの内数名は既に命を失っていたことだろう。

 もっとも、並の魔物相手にそのような隙を見せる連中でもないので、この例えが妥当なものと言えるのかどうかは微妙なところでもあるのだが。


 しかし、彼らのそうした態度も無理からぬことだった。以前にも述べた通り、過去に『死黒龍』の蹂躙を受けたことがあるラカルフ大陸に住まう人間種にとって、ドラゴンとは生きた災厄なのである。

 そんなドラゴンが唐突に目の前に現れれば我を失ってしまったとしても不思議ではない。


 初見の段階では囚われの身であったこと、それによって危害を加えられることはないと判断していた――冷静にこの判断ができている時点で、すでに常識の枠からはみ出している――ことを差し引いたとしても、平然とその様子を観察していたディーオたちの方が異常だったのである。


「ここまで見事な反応を示してくれているなら、小細工は必要なかったかもしれないわね」

「そうだなあ。ただ、その小細工があったからこそ、あの反応になったということかもしれないぜ」

「確かにその線もあり得るわね……」


 以上の会話から察した人もいると思われるが、一団の連中の前に姿を見せたドラゴン――正確にはディーオが迷宮の力を使って産み出したその幻影――は、二人が遭遇した存在とはいくつかの点が異なっていた。


 まず、単純にその大きさが違う。ディーオたちが倒した本物に比べると、およそ五割増しの大きさとなっていたのだ。

 これだけでも随分と迫力が異なり、ものは試しとばかりに出現させてみた際には、そのカラクリを知っていたにもかかわらずディーオもニアも恐怖で顔を引きつらせることになってしまった程だった。


 そして小細工の二つ目、ある意味これが本命だったと言えるだろう。ドラゴンの体色を濃緑から漆黒へと変えておいたのだ。

 つまり、目にした者たちがより『死黒龍』を連想させやすくしておいたのである。


 先の会話の通り、これらの小細工がどれほどの効果を発揮したかは不明であるが、結果としてドラゴンの幻影を前にした冒険者の一団は、逃げることも戦うこともできずに呆然としたまま、ただただ無為に時間を経過させることになってしまうのだった。


「さすがに少し心配になってきてしまったのだけど。まさか驚き過ぎて息が止まってしまってはいないわよね?」


 ようやくニアがそう言い出したのは、一団が三十七階層へと到着してから半刻も過ぎた頃のことだった。

 その間微動だにせず硬直していた連中も連中だが、それを飽きずに見つめ続けていた二人も二人だ。ダンジョンマスターとなり迷宮の力を意のままにできるようになったことで、ディーオは元来の暢気な性格が強く表面に出てくるようになってしまっていたようである。

 一方のニアも、その望みこそ叶えることができなかったが、それを契機として抱え込んでいた負い目や焦りといった負の感情が消えすっかり弛緩してしまっていたのだった。


 また、本人たちは気が付いていないが、実はダンジョンマスターという特殊な存在となったことで、迷宮の力が流れ込み寿命も増加して人間の枠を密かに逸脱してしまっていた。

 これらが影響して、時間の感覚が少々変化していたのだ。そして生じてしまったのが傍から見れば異常とすら思えるほどの気の長さだったという訳である。


「……いや、正常、とは言えないが呼吸は問題なく行われているみたいだし、心臓もしっかりと動いているようだ。単に驚き過ぎて意識を飛ばしかけているだけ、だと思う」


 と、微妙に歯切れが悪いのは迷宮を通して探っていたため、しっかりと断定できるほど自信を持てずにいたからだった。いっそのこと完全に気絶してくれていたならば、そのまま回収して迷宮の外へと返却することもできたのだが。

 恐らくは一時的に気が遠くなってしまっているだけなので、切欠さえあればすぐにでも復活することになると考えられた。


「しかし、このまま様子見を続けたところで魔力の無駄遣いになるだけのようだな。それならこの辺で少し状況を動かしてみるとするか」


 現状では侵入してきた一団のことなど無視するかのように幻影のドラゴンを振る舞わせていた。

 ならば威嚇の一つでもしてやれば、自分たちの存在を認識されていると理解できるかもしれない。逃げるならばそれはそれで良し、立ち向かってくるならばそれらしく演出して、更なる罠へと誘導してやるだけのことである。


「まずは、連中のいる方に顔を向けて、と。……おお!何人かは視線を感じ取ったようだな」

「幻に視線なんてあるのかしら?」

「多分、視線が向けられていると勝手に思い込むんだろうさ。それじゃあ、一発咆哮を……、あげたらそれこそ心臓が止まる者が続出しそうだな。予定通り威嚇させるだけに止めておくか」


 と言ってもドラゴンの威嚇がどのようなものか、ディーオも詳しくは知らないため、他の魔物がやるように威嚇音を発しながら睨み付けるという方法を取ってみることにしたのだった。


「まあ、ドラゴンを見たことのある人なんてほんの一握りしかいないようだし、おかしいとバレることはないでしょうけれどね」


 そもそもの話、本当にドラゴンを見たことがある人間であれば、意識を飛ばすという無防備な状態を半刻もの長時間晒すようなことはしなかったはずだ。


 ニアの予想は正しく、幻のドラゴンが発した唸り声を聞くや否や、一団の者たちは真っ青な顔になって後ずさりをし始めたのだった。

 彼らの目にはドラゴンが本物かどうかを見抜こうとする意志はなく、ただただ強大な存在に対する畏怖と恐怖に染め上げられていたのだった。


「それでも背中を見せずに後退しているところを見ると、基本はしっかりと体に染みついているようだな」


 自然界において背中を見せるというのは、勝ち目がないことを意味する。それは野生動物であっても魔物であっても同様である。

 が、逃げることに特化した生き物とは異なり人間種の場合は、恐怖に負けて背を向けて走り出そうとした瞬間、死神の鎌によって容赦なくその命は刈り取られることになる。

 だからこそ逃亡する際にはゆっくりでも構わないので背中を見せることなく後退することで距離を稼ぐことが重要であるのだ。


 もちろん口で言うほど簡単なことではない。止まることなく近付いてくる死の恐怖を押さえつけなくてはいけないのだから当然のことだ。

 そのためか、これに耐えられるかどうかが冒険者として生きて行けるかどうかの境目となる、と言う者もいるくらいであった。


「まあ、あの支部長と知り合いであった時点でこのくらいの技量と心の強さは持っていると考えておくべきだったのでしょうね」


 ニアの言葉に首肯することで応えるディーオ。

 だからこそ惜しいと思ってしまう。これまでのことから、彼らは自分たちの利益にばかり目が向いているように感じられていた。

 それ自体を悪いというつもりはない。ディーオとて異世界の料理を再現して食するという自身の望みを原動力としてここまでやってきたのだから。


 しかし、だ。だからこそディーオと一団の連中には決定的な違いがあった。彼らは自分たちの利を得るためであれば犯罪行為に手を染めることも厭いはしなかった。

 ダンジョンマスターとなったディーオを殺してその権能を奪おうとしたことなどは、その最たるものだろう。


「そういう信義にもとる行いっていうのは、支部長(あの人)が一等嫌うものだったはずなんだけどな」


 つまり、支部長と知り合った頃にはそのような考えは持っていなかっただろうと推測された。

 巧妙に隠していた可能性もなくはないが、あの現役特級冒険者という人の形をした化け物に通用するとは思えない。


「何があって捻くれてしまったんだか」


 そう呟いたディーオの視線の先では、一団の連中が危険地帯である三十七階層から徐々にではあるが、着実に撤退していく光景が謎板に映し出されていたのだった。

 そして一つ息を吐くと、未練を振り払うように頭を軽く振って意識を切り替えた。


「まあ、逃げてくれるっていうなら面倒がなくて良い。あの連中の実力なら三十階層にまで帰り着くことができるだろう」


 逃げる相手を追い詰めていたぶるような趣味はディーオにもニアにもない。よって三十四階層の魔物女性たちに近付かない限りは、これ以上どうこうするつもりはなかった。

 仮に三十階層まで戻れなかったとしてもその時はその時だ。迷宮に挑んでいる時点で命を落とす覚悟はできているはずなので、そちらの展開となっても同じく手を出すつもりはなかった。


 メッセンジャーに仕立て上げられなかったのは残念だが、何も彼らにこだわる必要がある事でもない。

 いざとなれば自分たちで直接出向いても構わないのだ。


 そんな具合にすっかりと関心をなくしてしまっていたのだが、ここにきて一団の者たちが予想外の行動に出てくることになる。


「三十五階層には戻らずに、またこちらへ向かっているというのは本当なの?」

「ああ。間違いなく三十七階層に繋がる階段を目指している。ちっ!こんなことなら三十六階層も『変革型階層』に変更しておくんだった!」

「過ぎたことを悔やんでも仕方がないわ。それよりもこれからどうするかの方が大切よ。ドラゴンは?」

「いつでも呼び出せるように準備済みだ」

「さすがね。……だけどどうしてまたこちらへ進むつもりになったのかしら?あの時の様子から幻だと気が付いたようには見えなかったのだけど。まさか今更ながらおかしいと勘付いたとか?」

「いや。そうではなく、追撃してこなかったことで行動に制限があると考えたようだ」

「だからって普通ドラゴンに再戦を挑もうとする?頭がどうかしているんじゃない?」


 全くもって正論であるが、実際にドラゴンと戦った二人にだけは言われたくない台詞だろう。


「それほど諦めきれないっていう証拠なのかもしれない。あの時、俺の幻に不意討ちを仕掛けたことでダンジョンマスターに後少しで手が届くと思い込んでしまっているのかもな」


 それなら後の憂いを絶つためにも、しっかりと返り討ちにしてやろう。

 心の中で獰猛な笑みを浮かべるディーオなのだった。


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