3 用心するに越したことはない
冒険者の一団がディーオの作り上げた三十四階層の小部屋へと辿り着いてから二日が過ぎようとしていた。
各々が疲労の回復に努めたり装備品の改修や持ち物の整理を行ったりする傍らで、一部の人物、恐らくは各パーティーのリーダー格の者たちなのだろう数名はこれまでの戦術の反省点や連携の在り方などについて話し合っていた。
「熱心なことよね」
「油断が即死ぬことに直結すると理解しているんだから、ある意味当然のことだろうけどな」
やはりあの支部長の呼びかけに応じただけのことはあるということなのだろう。
冒険者としての実力面だけで言えば折り紙付きということになりそうである。
「まあ、だからといって信用できるということにはならないんだが」
三十階層で少し話した時にも感じたことだが、この連中は自分の欲望に素直過ぎるとディーオは感じていた。
例えば、『魔境』との兼ね合いのために三十二階層に出没する魔物の素材は入手しても安値で買い叩かれることになるのは以前記したとおりである。
にもかかわらず彼らは大量の素材を確保していた。
ディーオたちは当初それらの行為を、冒険者として半ば本能的に、または命を奪った者としての矜持として行っているものだと思っていた。だからこそ面識を得た際の感情は一旦放棄して、行為そのものについては好ましく思っていたのだ。
ところがこの二日間一団の様子を観察していたことで、その評価は反転することになった。
装備品の改修のためにそれらの素材を使用するのは構わない。何が起きるか分からないと言われる迷宮の深層だ。生き残るために可能な限りの対策を取るのは当たり前のことである。
むしろそれを怠る方がどうかしていると言えるだろう。
しかしその一方で連中は、ファングサーベルの牙やソードテイルレオの剣状になった尻尾の先などの一部の素材を布などで包み、丁寧に梱包していた。
それら素材に共通するのは、好事家たちに高値で取引されていることだった。
つまりこの一団の者たちは、冒険者協会では買い叩かれるこれら素材を高値で売るための独自のルートを持っている、ということになるのだ。
依頼達成を証明するために必要な部分以外の素材は冒険者の取り分であるので、どこでどう処分しようが基本的には問題はない。
だが、巡り巡って危険が発生し得る可能性が高いために『魔境』に生息する魔物の素材を魔境以外で、要するに迷宮で得た場合には『冒険者協会』で適切な値段で処理されることが義務付けられているのだ。
それなりに高等級となっていてベテランの域に達している連中が知らないなどあるはずがない。
一団の者たちは『冒険者協会』の規定に明確に違反していることを理解した上でなお、自分たちの利益を優先しようとしているのであった。
もっとも、本当に知らなかったのであれば、それはそれで大問題となるのだが。
本人たちに指摘したところで「大袈裟だ」と笑い取り合うことはしないだろう。だがこれは、間違いなく近い未来にグレイ王国に厄災を呼び寄せる行いである。
そして一つ対応を誤れば、その被害はグレイ王国以外にも飛び火していく事になりかねない。
実のところラカルフ大陸における人間種の絶滅にすら広がってしまいかねない、危険過ぎる行いであったのだった。
そんな重大過ぎる過失に気が付かないどころか意図的に無視しようとするような輩を信頼するなど以ての外ということになる。
「こいつらをメッセンジャーに仕立て上げたとしても、監視をしておく必要がありそうだ」
放っておけばこちらの言い分を伝えないどころか、あることないこと騒ぎ立てて悪役にされてしまいそうだ。
はっきり言って「本当にメッセンジャーとして役に立つのか?」と疑問なレベルにまでなっていたのだった。
「それ以前に、こいつらをここまで誘導してくること自体がどうなのかしら?こちらの話など聞こうともせずに、一方的に攻撃を仕掛けてくることだって十分に考えられそうよ」
ニアの言葉にディーオは静かに頷く。彼自身、その確率はとても高いものだと感じられていた。それどころか、対話に応じようとする態度やこちらの話を聞こうとする行動自体が罠である可能性があるとすら思っていたのだ。
「どう考えても直接相手にするのは危険だな」
「どうするつもり?」
「直接会わなければいいだけの話ってことさ。俺はダンジョンマスターで連中がいるのは迷宮の中だ。本物そっくりの幻影を出すことくらい簡単なことだ。どうせあいつらには三十五階層のことを伝えなくちゃいけないんだ。そのついでに連中の思惑とか狙いとかを確認してみるのも悪くはないだろう」
ニヤリと笑みを浮かべるディーオにそこはかとなく嫌な予感を覚えるニアだったが、その対象となっているのがあの一団であることを思い出し、自分に害が及ばないのであれば良いだろうと納得する。
なんだかんだ言って彼女もまた連中の行いには眉をひそめ、苛立ちを感じていたのだ。
「それじゃあ、どうやってあいつらを嵌めるか考えてみることにするか」
ディーオの台詞から、すっかり追い落とすことが前提になっていることに気が付くも、特に指摘をすることもなく話を進めることにしたニアなのだった。
結局、一団は更にもう一日を丸々休養に当て、四日目になってようやく出立することになったのだった。
そしていざ新たな階層へ向かおうとした矢先、彼らの前にふわりと人影が出現する。ディーオである。
もちろんあらかじめ言っていた通り幻影によって作られたものではあるのだが、そこは異世界の知識を持ち妙なこだわりを持つ彼のことだ。
大量の魔力と迷宮の力をこれでもかと利用しまくって、人間種は元より様々な感覚が優れている野生の動物や魔物、更にはその上位種族すらも欺けるほどの完璧なものを作り上げていたのだった。
余談だが、最初こそ呆れ気味であったニアも研究者としての性質を刺激されたのか、いつの間にやら乗り気となり喜々として魔改造を行っていた。
また、こちらは最後の最後まで呆れたままでその様子を見続けていた迷宮核があったこともついでに記しておく。
そんなやり取りの末に生まれた幻影をこの一団程度の者たちが見抜くことができるはずもなく。いざ出発という出鼻を挫かれた気分となり、忌々しげに睨み付けていた。
だが、これはディーオたちの側にとって計画通りではあったものの、予定通りではなかった。
それというのも、本当はもっと幻影であると疑われないように、階段からゆっくりと姿を見せるはずだったからである。
それができなくなってしまったのは、ひとえに幻影の質にこだわり過ぎた結果夜更かしとなり寝坊してしまったためという、聞く人が聞けば大いに頭を抱えたくなるような原因であった。
そうした裏の事情があったとはいえ、結果だけ見れば一団の先手を取ってその行動を見事に阻害したということになるのだから、世の中とは摩訶不思議なものである。
そして機先を制せられたと感じ取ったがゆえに連中はまるで怨敵を見るような目でディーオの幻影を睨みつけていたのであった。
「お前はあの時のやつだな。何をしに来た」
一人が声を上げると同時に他の者たちが油断なく視線を周囲に飛ばしていく。それらの動きには淀みもなければ無駄もない。
ディーオとニアのコンビほどではないにしても、彼らもまたこの一団を組んで迷宮を踏破してきただけのことはあるということなのだろう。
少しだけ感心すると同時に、彼らの行動の意味を考える。
突然現れたのだ、自分に――幻影ではあるが――対して警戒をするのは分かるが、それ以上に目の前の者たちは周囲の気配を探ろうとしているように見て取れた。
どうやらニアの姿が見えないことを不審に思い、警戒しているようだ。
彼女が魔法使いであったことは一見して分かることであったので、不意を突いた遠距離からの攻撃を用心しているのかもしれない。
「心配しなくても俺一人だぞ」
信用するはずはないだろうと思いながらもそう口を開く。
案の定一段の者たちは鼻で笑ったり無視をしたりと冷ややかな反応を返してきていた。まあ、この時点で「そうなのか」と警戒を解く方が不用心で問題があると言える。
よってディーオは不快に思うどころか気にもとめていなかったのだった。
これには正確に言えば彼らから見えているこれは幻影なので一人とすら言う言い方が適当かどうかも分からない上に、ディーオが見ている光景はそのまま例の金属板に投影されておりニアもまたそれを見ている、という二人の側の事情もあった。
「まあ、あんたらがどう思おうと関係ない。こっちはこっちで話を進めさせてもらうだけだ」
そう言うと、向かい合う者たちから文句や罵声が飛び出す前にさっさと本題を話し始めるのだった。
「簡潔に言うと先日迷宮最深部に辿り着いて、俺はダンジョンマスターとなった」
「そんな言葉を信じると思っているのか」
「さっきも言ったはずだぞ。あんたらどう思おうと関係ない、となどんなに疑おうが泣こうが喚こうが、これは事実だ」
「……そうか。だったら――」
「〈フレイムアロー〉!」
応対していた男が言い終わるよりも先に、その背後にいた一人が突然魔法を使用してディーオへと攻撃を仕掛ける。
それは狙い通りディーオの左胸へと突き刺さり、その身を焼き尽くそうと燃え広がっていく。
「――お前を殺せば俺たちがダンジョンマスターになれるということだ」
呆然と信じられないという顔でその身に起きたことを見つめ続けるディーオに、代表として話をしていた男は酷薄とした笑みを向けて、そう言い切ったのだった。
「……やれやれ。まさか問答無用でいきなり攻撃してくるとまでは思わなかったな。あんたらを卑怯だというべきか、それともそれを見抜けなかった俺が間抜けだったとみるべきか」
悩んではいるが、決して深刻そうには見えない様子に、今度は一団の者たちが度肝を抜かれることになった。
まあ、当のディーオは心臓を貫かれた上に炎に包まれながらも平然とした顔で呟いているように見えるのだからさもありなん。
もっとも彼らの自業自得な面もかなり大きいので、わざわざ種明かしをしてやるつもりは毛頭ないディーオなのであった。




