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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
番外編

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2 迫り来る冒険者の一団

 冒険者の一団が三十三階層から抜け出すまでには、そこから丸一日以上の時間を要することとなった。

 『変革型階層』と出没する魔物たちに翻弄された結果であるが、中には出口に見つけることができずに朽ち果てることになる者もいるのだ。そのことを考えればこれでも上出来な部類と言えるだろう。


 しかしながら長期間に及ぶ迷宮の、しかも深層というある種極限の場所での探索に、さしもの冒険者たちも疲労困憊(ひろうこんぱい)となってしまっていた。

 今の彼らであればディーオが見立てた通り、この階層から脱出できるのであれば上下のどちらの階層へと繋がる階段であっても飛び付くことだろう。


 だがここで、予想だにしない事態が起きることになった。

 それはダンジョンマスターとなったディーオですら同様であり、彼らの様子を覗き見たところ絶句することになってしまった。


「…………こんな偶然が起きるものなのか……?」

「その様子を私は伺い知ることができないのだけれど?」

「ん?ああ、そうだったな。すまない」

「謝罪は要らないわ。ただ、その様子を私にも見られるようにしてくれるか、それとも詳しく説明するくらいのことはしてもらいたいところね」

「実は……、いや、やっぱり直接見る方が早いか」


 最初は口で説明しようとした彼だったが、直接その光景を見た方が理解しやすいのではないか思い直す。

 その方がより衝撃的であり、自身の驚きの感情を共有してくれるだろうという打算的な思いもなくはなかったのだが。


 そしてディーオは異世界における遠隔の映像を映し出せる装置、それを模した物――傍目には単なる鉱物でできた薄い板が立っているだけのようにしか見えなかった――を作り上げた。

 もちろん詳しい原理などは分かっていないので外見だけの代物である。冒険者たちの様子を映し出すだけならばそこいらの壁でも十分であったので、魔力と素材を無駄に使用した完全にただの自己満足である。


 これまでの付き合いでその事を理解しつつも、指摘したところで改善することはないということも理解できてしまっている。

 そのためニアが呆れた表情を浮かべながらも口を開くことはなかったのだった。


 と、そんな風に暢気にいられたのもそこまでだった。

 いざディーオによってその板に冒険者たちの現状が映し出されると、ニアは唖然として見入ってしまうことになってしまった。


 さて、いい加減この辺りで答えを発表すべきだろう。

 三十三階層をさ迷い続けていた冒険者たち一団が遭遇した驚愕の事実、それは上りと下りの二つの階段が並んでいるという怪現象であった。


 たかがそんなこと、と思うかもしれない。が、迷宮内においてこれは非常に珍しい状況なのである。

 これには迷宮の持つ、より多くの侵入者をその身の内に抱え込もうとする、という性質が大きくかかわっている。

 この性質になぞらえて見てみると、階段が連続しているという状況はその階層を素通りされてしまうことを意味し、その無駄になった階層分の侵入者を呼び込むことができないということになる。

 つまり迷宮の性質とは完全に食い違ってしまっているのである。常に近しい頻度で様々な物が入れ替わる『変革型階層』ならではの珍現象だったと言えるだろう。


「……あなたが一瞬放心してしまった理由が良く分かったわ。というか、彼らの心境を考えると、ご愁傷様としか言えなくなるわね」


 散々迷わされて消耗させられた挙句、ようやく見つけた次の階層へと向かう階段が――階層に降り立った時点で一旦消失するとはいえ――自分たちが下ってきた階段と並んでいたのだ。

 もしも自分がその状況にあったとするならば心がへし折れていたかもしれない。


「そうだな……。どうせならこの階層に降りてきた直後にこの状況だったらと思わずにはいられないだろうな」


 他人事のように言っているが、この状況はディーオたちにとってもよろしくないものだと言えた。

 なにせ上りだろうが下りだろうが先に見つけた方の階段へと進むだろう、というのが彼らの予想だったのだ。両方の階段を同時見つけてしまうなど、想像すらしていなかったのだから。


 あらかじめ三十四階層には本来の大部屋ではなく仮の小部屋を設定しているが、それこそ罠もなければ魔物も生息していない本当にただの空間である。

 迷宮に潜りたての新人ならばともかく、深層にまでやって来られるほどの熟練者たちであれば、絶好の休憩場所だと直感的に理解してしまうだろう。


「次の三十五層は大部屋型で出入りする階段の位置は固定化される。となると、ここを拠点にして本腰を入れて三十五階層を調査するという可能性も出てきそうだな……」

「つまり中央の階段に向かわずに、外周の壁に沿って魔物女性たちが出入りしている階段を発見してしまう可能性があるということね」

「ああ。特に池の周辺の森にはハイオーガといった強力な魔物が住み着いているからな。そちらは後回しにして、外側から確認していくという流れも十分に考えられそうだ」


 昨日の発案した時点では良いものだと思われていた方法だが、改めて見返してみると次々に欠陥が見つかってしまう。


「思った以上に穴だらけだな。迷宮の力なんて強大なものを手に入れてしまったからか、思考が乱暴なものになっていたのかもしれないぞ」

「それは……、ないとは言えないわね。ほんの一時だったけれど、ダンジョンマスターとなっていた時には「ここでならどんなことも思うがままになる」なんて妙な万能感をもってしまっていたもの」


 その結果がこれだけど。と肩をすくめるニアに、ディーオは何と言って返して良いものか見当がつかず、素知らぬ顔で明後日の方を向くしかなかったのだった。


「と、とにかく。あいつらが先に進むことを選択した時のために、何か対策を考えておくべきだと思う」

「そうね。でも先に進んだとしても、そのまま三十五階層に突撃するような真似はしないでしょうから、考える時間は十分にあると思うわよ」

「そう、だな……。焦って考えたところでろくな案は思い浮かばないだろうし、ここはじっくりと腰を据えて頭を働かせることにするか」


 一応まだこの時点では、彼らが帰還する道を選択する可能性は残ってはいたのだが、ディーオもニアもそちらを選ぶことはないだろうと確信めいた予感を持っていたのだった。

 その期待に応えた、かどうかは不明だが、冒険者たち一団はしばし迷って話し合いを行った結果、満場一致で先に進むことを選択したのであった。


「で、やっぱりこうなるよな」


 謎板に映し出された冒険者達の様子に、うんうんと頷きながら独り言ちるディーオ。

 一通り周囲の安全を確かめた彼らは、二人が想像した通り休息を取るための準備に取り掛かっていた。


「……この調子だと一日、二日では動きそうもないわね」

「疲労の度合いにもよるだろうが、数日間くらいは居座りそうな気配だな」


 単純な野営の準備だけではなく、担いでいた大量の荷物すらも下ろしている。

 恐らくは収穫物や回収した素材などの分類も行うつもりだと見受けられたのだった。


「……そういえば、普通の冒険者パーティーならこうやって荷物の取捨選択をしなくちゃいけないのよね」


 ニアにとっても四人組と同行していたしばらく前までは当たり前のことだったはずの行為なのだが、ディーオと組むようになってからはすっかりと縁遠くなってしまっていた。


 余談だが、この取捨選択という行為は、魔物の中でもそこの素材が特に価値があるのかを理解することに繋がる重要な機会であり、また、持ち運ぶことができる荷の量はおのずと限られることもあって、己の力量を客観的に測ることのできる大切な機会でもある。

 若手の育成に力を入れている支部などでは新人講習の必須項目にも入っているくらいだと言えば、その重要性が朧気ながらも感じてもらえるのではないだろうか。


「ニアが何を言いたいのかはよく分かってるよ。支部長たちからも「君の発想が突拍子もない原因の一つはここにあるのだろうね」って何度も言われてきたからな」


 突拍子もない原因は異世界の知識によるものだろうから、どちらかと言えばこの世界の常識から逸脱しがちな原因、という方が妥当な気がするニアなのであった。


「それにしても、さすがは支部長の要望に応えてやって来た連中なだけはあるな。器用なもんだ」


 食事の用意や寝床の用意をしている者たちがいる(かたわ)ら、一部の者たちは装備品の改修を行い始めたのだ。その手つきは淀みなく熟練の雰囲気さえ醸し出していた。

 もっとも、それだけ頻繁に装備品を破壊、もしくは痛ませるような取り扱いをしているということにも繋がりかねないので、一概に褒められたことではないのかもしれないのだが。


「おおっ!?あいつなんて持ってきた魔物の素材を使って補修しているぞ」

「……へえ。ああすれば精錬しなくても一時的に武器としては使用できるのね」


 そんな様子を興味津々といった顔で見つめている二人。

 魔法使いで完全後衛のニアはもとより、ディーオもその主戦力は『空間魔法』となる。一応、表向きの装備として短槍を持ち、それなりに訓練もしてきてはいるが、やはり強敵に対して咄嗟に使用するのは〈裂空〉等の魔法ということになるだろう。


 その短槍ですらも安価な数打ち品とまではいかないが、あくまでも彼の腕に沿った程度の品質のものでしかない。

  そのため壊れた時や使い物にならなくなった時にはいつでも交換できるように何本も同等の品を〈収納〉によって異空間へと仕舞い込んでいたのだった。


 そうした経緯もあり、本来であれば身についていなくてはいけないこれら武具の補修や魔物素材の即時利用などについては、ほとんど知識がないままだったのである。


「なかなかに面白いものを見ることができたな。まあ、実際に俺たちがそれを行う機会はないだろうけれど」

「それを言ってはお終いだと思うわよ……。でもこれで、彼らが先に進もうとする意志を持っていることがはっきりと分かったわね」

「だとすれば、俺がダンジョンマスターになったことを告げても、意に介さずにここまでやって来ようとするのかもしれない」

「ダンジョンマスターとなって時間の短いあなたなら、十分に裏をかいて倒すことができると考える、ということかしら?」

「正解。三十階層で顔を合わせた時にも俺たちのことを侮っていた上に、プライドも高そうな連中だったからな。十中八九はそうなると思う」


 それを餌にしてやれば、三十五階層で魔物女性たちと遭遇させることなく誘導することもできるかもしれない。

 密かにそんな企みを始めるディーオなのだった。


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