1 ダンジョンマスターのお仕事
ある意味、あまり変化がないです。
こうなることが予想できたので、前回で一旦区切りを入れた訳ですけどね。
引き続きお楽しみいただければ幸いです。
異世界の料理の再現に向けての第一歩となるニアの協力を無事に取り付けることができたディーオだったが、残念ながらそればかりに掛かりきりになることはできなかった。
ダンジョンマスターという存在である限り、迷宮の生存に手を尽くさねばならないからだ。
もっとも、迷宮の力があってこそディーオの望みは叶えられるといっても過言ではないので、特段苦役であるとは考えてはいなかったのだが。
迷宮の生存において重要な役割を果たすのが、各階層それぞれの安定と、脅威の排除の二点となる。
マウズの迷宮での分かりやすい例を挙げるとすれば、三十四階層の魔物女性たちの子孫が生まれない問題の解決は前者に、侵入してくる冒険者を三十階層以降の深層に進み辛くしていることが後者に当たるだろう。
「そういえば……、今更の話になって申し訳ないのだけれど、私たちと一緒に三十一階層へと進んだあの人たちはどうなっているのかしら?」
ふと、思い出したかのようにニアが尋ねる。いや、彼女の台詞からして実際に立った今ようやく思い出したものだったのだろう。
諸々の問題が一応は片付いたことで、それまでは優先順位が低いとされていた物事のいくつかが、頭の片隅から飛び出してきたらしい。
さて、彼女が言った「あの人たち」のことだが、覚えておいでだろうか?支部長が発した『迷宮踏破計画』によって集められ、もっともその可能性が高いのではないかと言われていた三パーティー合同の冒険者たちのことを。
彼らを支援する条件として、ディーオたちは支部長から先に三十二階層へと進む権利を得ていた。そのため彼らとは三十一階層の階段で別れたきりとなっていたのである。
「ああ、あいつらなら今は三十三階層をうろうろしているところだな」
「え?まだそんな場所だったの?……あ、でも初見で情報も出回っていない階層だと考えれば妥当なところなのかしら……?」
あの一団と別れてからかれこれ十日程になる。
言うまでもなく二人がこれほどの速さで迷宮を踏破してしまえたのは、ディーオの持つ『空間魔法』、その中でも〈地図〉や〈警戒〉といった周囲の様子を知ることのできる能力に依存していた面が大きい。
特に迷路型の階層では、壁を越えた向こうのことまで探ることができるのだから、全くもって反則じみた性能である。
「いくら優秀な斥候がいようとも総勢で二十人近い大所帯だったからな。魔物に見つからず、遭遇せずに切り抜けることはできなかったということなんだろうさ」
事実、三十二階層では大勢であったがために隠れたりやり過ごしたりすることができずに、ファングサーベルやソードテイルレオとの戦闘になるという経緯を辿ったものが少なくなかった。
ほとんど道幅一杯の体格のキャスライノスと何度もぶつかってしまったことも、彼らにとっては不運であっただろう。後退する場合は元より、戦う場合でも狭い通路という環境の悪さに加え、正面ということさら頑丈な場所を叩かなくてはいけないために大きく時間を取られてしまうことになったのだった。
そして現在彼らがいる三十三階層に生息する魔物たちは、強さこそ三十二階層の魔物に及ばないものの厄介さでは数段上であった。
なにせ暗闇を意に介さないだけでなく、独特の感知器官によって獲物の位置を見定めることができるという厄介な能力を持っているのだ。
ディーオたちの〈隔離〉結界のような特異な力や、特殊な魔物避けのアイテムでも持っていなければ安定した休息を得ることすら難しいだろう。
「あー、そう考えると魔力を込める必要はあるが、何度も繰り返し使えるこの結界の魔道具は必需品レベルだったんだな」
手にした魔道具をしげしげと眺めながら、そんなことを口にするディーオ。
三十二階層を踏破する際にたまたま入手でき、以降そのまま異空間に〈収納〉されたままとなっていた物だったのだが、その性能の高さを改めて認識することになるのだった。
「それで、どうなの?このまま最深部へ向かってきそうなのかしら?」
「はっきり言って微妙なところだな。三十二階層では毎度それなりに苦戦はしていたが、人数の多さと個々人の能力の高さもあって怪我らしい怪我はしていなかったみたいだ。だから物資面で消耗らしい消耗はないようなんだが……、いかんせん欲張り過ぎたな」
最も端とはいえ『灰色の荒野』は立派な『魔境』である。本来ならばそこに生息するファングサーベルたちを狩れる機会など、一般的な冒険者であればそうはない。
そのためか彼らは倒した魔物からできる限り多くの素材を得ようとしていたのである。ディーオもニアも、そうした態度自体には好感を持っていたのだが、それで本来の目的に支障が出てしまうようでは本末転倒だろうとも考えていた。
「そのまま町へ帰還するならそれでも良かったんだろうけどな。ただでさえ大量の物資を抱えていたところに余計な荷物を背負い込むことになってしまったみたいだ」
そして身動きが悪くなっていたところに三十三階層の魔物たちが昼夜問わず襲い掛かってくることになったため、一団の行軍は遅々として進んでいなかったのだった。
「上りか下りか。多分先に見つけた階段の方へと進むんじゃないかと思う」
このまま迷宮の攻略を続けるには荷物が多くなり過ぎている。
加えて肉体面だけではなく精神面も疲弊しているのが見て取れたため、仮に見つけたのが上りの階段があっても、間違いなく飛び付くだろうと予想したのだった。
「だとすれば、まだ先に進む可能性もあるのよね。私たちの時と同じであれば、次の三十四階層はあの魔物女性たちの村がある階層よね。……このまま進まれるのはまずくないかしら?」
「……俺たちと出会っていることもあるし、同じ人間種と言うことで気を許すかもしれないな」
「そこまでではなかったとしても、間違いなくいざこざが起きそうだとは思わない?」
「……起きるな。バカが暴走して自滅するくらいならどうでもいいが、それに村のちびっ子たちが巻き込まれないとも限らない」
弱肉強食が世の定め、迷宮の基本的な理だとはいえ、そんなことにでもなっては目覚めが悪いどころの話ではなくなってしまう。
「いっそのこと別の階層に繋げてしまうか?」
幸い必要となる魔力は『異界倉庫』産の蓄魔石から大量に取り出すことができる。階層ごとの繋がりを変更するなど、ダンジョンマスターとなったディーオにとっては大した手間も感じることなく行うことができることだった。
だが、それに伴って発生する問題もある。
例えば低階層と繋げてしまうと、仮に『越境者』が生まれてしまった時に大惨事を引き起こしてしまうだろうことは予想に難くない。
逆に侵入者が一足飛びで深層へとやって来られるということにもなるので、二人にとっては命の危険にさらされる機会が増えるかもしれない。思い付きで軽々しく行って良いものではないのだ。
「ダンジョンマスターだからといって、何でもかんでも思い通りになるということではないんだよな……」
「それはそうでしょう。好き勝手思い通りにできるのであれば、私たちがここに辿り着くこともできなかったと思うわよ」
ニアの指摘に、ディーオはそれもそうかと納得するのだった。
「でも、改変すること自体はできるのよね?だったら、新しく別の三十四階層を作ってしまうというのはどう?」
「……新しく、か。少し待ってくれ。できるかどうか調べてみる」
そう言って目を閉じて数秒後、迷宮の力を調べた結果を知ったディーオの顔はなんとも微妙なものとなっていた。
「可か不可かで言えば、可ということになる。だけど、大半の力を現状の三十四階層の作成と維持に使ってしまっているから、できるのは小部屋程度の空間を作ることくらいのようだ」
これが魔物の一体も配置していなかった三十六階層や、召喚したドラゴンとの対戦だけを目的としていた三十七階層であれば、自由にできる力が多く残っていたのだが、大部屋型で一つの生態系を作りかけている三十四階層では、ほとんど力が残されていなかったのだった。
余談だが、入る度に形が変化しており他のパーティーとも出会うことがないことから、まるでいくつも同じ階層が存在しているように思えてしまう『変革型階層』であるが、これは非常に広大であり侵入者の観測できない範囲が常に変化しているだけの話である。
よって一団が三十二階層へと進んだ時点では、ディーオたちと遭遇する可能性も存在していた。
だが、結果的に二組が接触することにはならず、一方はその能力を駆使して早々に次の階層へと進み、もう一方は長々と留まることになってしまったのだった。
「それで十分よ。三十五階層は魔物女性たちの使用している階段と反対側に作ってやれば、あの広大な階層内だからそう簡単に遭遇することもないのではないかしら」
三十五階層は大きな楕円の形をしており、三十四階層から繋がる階段は一方の尖った先辺りに、三十六階層へと繋がる階段は中央部分にある池のさらにど真ん中にある小島にある。
仮にもう片側の尖った方へと新しく階段を取り付けたならば、位置関係からのみ考えると遭遇する可能性は低いと考えられる。
「どうせ魔物女性たちには一度接触しなくてはいけないのだし、その時にこのことも伝えておけば、用心してくれるようになるでしょう」
「そのくらいが妥当なところか……」
いくら協力関係にあったとはいえ、ダンジョンマスターとなってしまったからには特定の種族ばかりを贔屓することはできないだろう。
何より、一から十まで全て取り揃えてやるような環境が、彼女たちにとって良いことだとは思えない。
「しかし、あいつらが三十五階層を越えたらどうするつもりだ?ニアだって分かっているとは思うが、そこから先には迎撃できる戦力なんてないぞ」
それもまあ、今のところは、なのではあるが。
ただ、あえてそうしようとするようなニアの言葉に、裏の思惑があるように感じられたのである。
「その時はその時で、私たちのことを教えてあげれば良いわ。遠くない内に私たち、いえ、あなたがダンジョンマスターとなったことを伝えなくてはいけなくなるだろうから」
「あの連中をメッセンジャーにするということか。だけど、素直に従うとは思えないぞ」
迷宮の力は強大だ。その身に宿すことになったからこそ良く分かる。そしてその力を狙う者がいるということも。
加えて、あの一団の者たちは明らかに自分たちのことを下に見ていた。素直にこちらの言い分を聞くとは、とてもではないが思えない。
「納得せずに奪おうとしてくるなら、その時には迷宮の力を見せつけてやればいいのよ」
ニアから返ってきた至極シンプルな答えに、再びそれもそうかと納得するディーオなのだった。




