表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
十五章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

138/149

17 二人の思惑

 開いていた本を閉じて二は「ほぅ」と一つ息を吐いた。知らず知らずの内にのめり込んでしまい、息をすることも疎かになっていたようである。


「なあ、そろそろいいか?」


 そんな自分の仕草に苦笑を浮かべていると、横合いから控えめに声が掛けられる。

 知らぬ人間であればまずもって気が付かれなかったであろうが、そこには声の主であるディーオが相当に焦れていることがしっかりと込められていた。

 当然親友であったブリックスを除けば、かれこれ一番行動を共にした時間の長いことになるニアがそのことに分からないはずもなく。


「待って。もう少し余韻に浸らせてちょうだい」


 ところが、そんなことはお構いなしとでも言うようにピシャリと一言の元に切って捨てる。

 これには言葉通りの意味はもちろんあったのだが、それ以上にどの程度までディーオがこちらの要望を聞き届けるつもりであるのかを測る思惑もあった。


 どうしてこんな回りくどく、かつやり方次第では決定的に亀裂が生まれてしまうような実験を――しかもぶっつけ本番で――行っているのか?

 それはひとえに、彼らの力関係に起因するものだった。


 ニアが仕掛けた能力吸収を、ディーオが『異界倉庫』産の蓄魔石の魔力を用いて強引に反転させた結果、ダンジョンマスターの資格はおろか、迷宮の力の大部分までもを彼が吸収、会得してしまうという事態になってしまっていた。

 マウズの迷宮の力の全てを百とすると、現状その内の実に八十五までもが彼の持つ蓄魔石に封じられることになったと言えば、その量の多さが理解してもらえることだろう。


 それでも幸か不幸か全てを奪い取るには至らず、迷宮の中心的存在である迷宮核は存在を続けており、また、ニアの中にもごく一部迷宮の力が残留していたため、その命を散らすことなく生き延びることができたのだった。

 ちなみに迷宮核・迷宮本体には十二、そして残る三がニアの中に留まっている。


 しかし、そのことが新たな問題の原因ともなっていた。ダンジョンマスターの資格がディーオへと移ってしまったということは既に述べた通りであるが、これによって、迷宮の力を少量なりとも内包することになったニアは、彼の思い通りに動かすことができるかもしれないのだ。


 もちろん、下手に藪を突くような真似をして蛇を引き寄せる訳にはいかないため、しっかりと確認を取った訳ではない。

 だからこそ喫緊の課題として、ディーオがそのことに思い至ってしまわないよう彼の許容範囲を見定めておく必要ができてしまったのだった。


 同じ目的を目指してきた仲間として、背中を預けることのできる戦友として、そして時には異性として大切に想われていたことは理解している。

 だが、それだけで無条件に信頼してしまえるほど、彼女の反省は穏やかなものではなかったのである。


「……まあ、そんなことこっちは百も承知なんだけどな」

「?……何か言った?」

「いいや」


 が、以上の会話から分かるように、実は彼女の考えは筒抜けになっていたのだが。

 別に迷宮の力を用いたのではなく、ニアがディーオの内側をある程度以上察することができるように、彼もまた彼女の思惑を高い確度で察することができるというだけの話である。

 八階層事件の捜索でなし崩し的にコンビを組むことになって以来、二人がそれだけ濃密な時間を過ごしてきたという確かな証拠とも言えるものであった。


 さて、そんなディーオだが取り急ぎ何かをしようとは考えてはいなかった。当然、最終的にはニアからの信頼を得たいとは思っているが、だからこそこの場で下手に急かすような真似をすることは逆効果になるかもしれない、と考えていたからだった。


 というのは建前のようなもので。もっとも彼自身はそうだと思い込んでいるために建前であるという認識は一切ない。

 しかし冷静に傍から観察していれば、ディーオがニアの行動を本気で止めようとしていないどころか、どちらかと言えば進んでそうなるよう後押しをしているように見えたはずである。


 実は冒頭のやり取り、本を閉じてため息を吐くニアに対して、ディーオが声をかけては即座に却下される、という一連の流れは既に三回行われていた――最初の時などは見終えたかと思った瞬間、再度本を開くということを三度も繰り返していたので、都合五回は目を通したということになる――ことだった。

 事実、一人?蚊帳の外に置かれていた迷宮核は「何やってるの、この人たち……」と理解不能な行動に若干怯えていた。そしてこれが契機となり本格的に感情を持つことに繋がっていくのだが……、今回の話とは擦れる上にまだしばらく先のことであるので、詳しいことについてはまたの機会に。


 話を戻そう。なぜディーオがニアの思惑に乗る形で何度も同じことを繰り返していたのかだが、答えは簡単で要は嬉しかったのである。

 人とは自身の興味のある事や好んでいることについて、他者が共感してくれることを喜ばしく感じる生き物である。

 特に今回の場合、ニアが何度ものめり込むようにして目を向けている物は、ディーオが今の生きざまを決定づけることになった物でもある。


 加えて、『異界倉庫』や『空間魔法』といった異能のために表に出すこともできなかったという事情もある。夢に見たなどと適当なことを言っては『モグラの稼ぎ亭』のマスターなど知り合いにそれらしいものを再現させたりもしていたが、基本的には口に出すことを控えていたことであった。

 それを堂々と開示して、しかもその相手が自らと同じ反応を示しているのだ。余程捻くれているか独占欲が強い者でない限りは、嬉しく思わないはずがないというものだろう。


 そしてニアはと言うと、どことなく喜色を発している様子のディーオを訝しく思いながらも、その理由を掴むことができずにいた。

 常時であればともかく、今の彼女にはそれ以外に気を配ることが多過ぎたのである。

 結局、感嘆を込めた先ほどのものとは全く別物の、気苦労を体現したようなため息を吐くことになってしまうのだった。


 しかしながら、いつまでも暗くなっていたところで状況も心持ちも改善するものではない。半ば強制的に別方向へと意識を向けることにする。

 そうなると当然のように思考は目の前にある本へと向かっていった。


 くっきりとした折り目がつき、更にはボロボロに擦り切れてしまっている表紙からはほとんど情報を読み取ることができなくなっていた。

 この中にあれ程色鮮やかに様々な料理の絵が描かれているとは誰が想像できるであろうか。その落差の大きさこそが、見る者により大きな衝撃を与えることになっているようにすら感じられた。

 これを狙ってやっていたのだとしたら、ディーオの、いや、彼にこの本を与えたであろう人物の性根は相当に歪んでいると言えることだろう。


 これでもう何度目となるのだろうか。頭の片隅でそんなことを考えながら、ぺらりと表紙をめくってみる。

 そこにはきわめて本物に近い、いくつもの料理が所狭しと並べられている食卓の絵が広がっていた。


 これ一つとっても彼女の見たことも聞いたこともない技法である。ニアが所属していたのは魔法研究所であり、絵については門外漢で畑違いの分野ではある。だが、これほどまでに既存の技術と異なる手法が見つかったとなれば、噂の一つくらいは聞こえていたはずだ。

 ところが、どれだけ過去を辿ろうともそうした話題が耳に飛び込んできたという記憶はなかった。唯一物心つく以前、もしくは彼女が生まれるより前の出来事であれば知らなくとも不思議ではないが、だとすると今度はその技法を確立しようと四苦八苦しているはずである。

 そして当然、そんな出来事も彼女の頭の中には存在していなかったのだった。


 加えて、彼女が在籍していた魔法研究所は王立であり、代々の王の直属の機関でもあった。つまりある程度秘匿されながらも国という巨大組織の中枢に近い場所にいたということになる。

 そんな彼女が見たことも聞いたこともないものであるとなると、その国どころか下手をすればその世界自体に存在していなかった技術ということにすらなりかねない。


「例え力不足ではあっても、世界を渡ったことで理解できないことや想像も及ばないことなどないと思っていたのよね。こんなにもどうしようもなく白旗を上げさせられる羽目になるなんて……。異世界の奥は深いといったところなのかしら」


 ニアがそう考えるに至った理由の一つとして、渡った先の世界が元の世界ととてつもなく似通っていたということが挙げられるだろう。

 これにより異世界という存在がいくつあろうとも、自身の常識を絶対的な指針とすることが可能だと思い込んでしまったのだった。


「……国ごとに言葉も文字も異なるなんていう世界もあるらしいぞ」

「はあ!?それでどうやって意思の疎通を図っているのよ!?」


 それこそ想像もつかない事例を持ち出されて、大声を発してしまう。


「共通語に近い役割を持った言葉があったり、複数の言葉を使いこなせる人が専門に居たりするそうだ」

「会話一つするだけでそれだけの労力が必要になるだなんて、何て非効率な……」


 もっとも、彼らの世界でもそれぞれ統一言語ではなかった時代もあったのだが、当時の主流言語が拡大する過程で統一言語となっていったという流れもあって、歴史学者でもなければ知り得ることすらできないくらいの過去の出来事と化していたのである。


「このくらいは序の口で、魔法が存在していない世界なんてものもあるみたいだ」

「魔法がない!?それでどうやって生存権を確保しているの!?」

「魔法がない代わりに、その他のことで同じような現象を起こしたりしているようだ。他には魔法がない代わりに人間種の天敵となる魔物という存在もいない場合もあるという話だ」

「ごめんなさい。異世界舐めてました。私の持っている知識や経験なんて、ほんの小さなものでしかないということが良く分かったわ……」


 すっかり常識を覆されてしまい、目の前に絵についても「そういうものだ」とまずは飲み込むことにしたニアなのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] お、よかった、ニアちゃんとお別れにはならなさそうだ(へんなフラグがたってたからなぁ もっと評価されてもいいと思うんだがなぁ(この作品
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ