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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
十五章

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14 届かない願望

 ニアはディーオが右腕を義手にしてしまったことにも驚かされていたが、それ以上に迷宮の力を難なく操っていたことに驚愕していた。

 それというのも彼女が働かせようとしていた時には碌に動くことがなかったからである。

 同じダンジョンマスターという地位にありながら、この明確な違いに目眩がしそうになっていたのだった。


 あらかじめ言っておくと、これは別にディーオの方がニアよりも優れていたからという訳ではない。

 ニアが正式にマスターとなった時のことを想い出して頂きたい。その時の迷宮は三十七階層に出現させたドラゴンを始めとして大量の魔力を消費してしまっており、それこそ魔力不足へと陥ってしまっていた。

 更に迷宮核が彼女との接触によって疑似的な人格を有してしまっていたことにより、例えダンジョンマスターであっても安易には従おうとしない反骨精神を持ってしまっていたのだ。


 この辺り迷宮の全てを司る迷宮核としてのアイデンティティーを守るための行為であったりしたようなのだが、話しが明後日の方向へと逸れて帰って来られなくなる危険があるので詳しくは割愛する。


 対してディーオの状況だが、まず魔力不足については彼、というか『異界倉庫』に放り込まれていた特別製の蓄魔石を使用することで解消することができていた。

 次いで迷宮核だが、邪魔をしようにもその権能ごと奪われてしまっていたので、指を咥えて見ているより他なかったのだった。

 もっとも、迷宮核にはまだ(・・)咥える指もなければ咥えるための口も存在していないのであるが。


 このようにニアがダンジョンマスターであった時には、最低と言って良いほどの環境となってしまっていて、反対にディーオの時は最上に近い状態となっていたことが、迷宮を操る力の差のように見えてしまっていたのだった。

 だが、そのことを彼女が知る方法はない。


「宝珠よりも、オーブと言った方が響きがいいだろうか?」


 そのためか、暢気にどうでもよいことを口走る彼に殺意すら湧いてきそうになる。欲しかったものをいとも簡単に手に入れたように見えてしまったのだ。

 実際のところ、半分くらいはその通りであったと言えるだろう。『異界倉庫』産の特別な蓄魔石はそれほどに飛び抜けた性能だった。


「さて、それじゃあ少し真面目な話でもしようか」


 そんな彼女の恨みがましい視線を感じ取ったのか、ディーオはそれまでにない真剣な表情を作るとそう言った。


「……真面目な話?」

「ああ。……先に謝っておくと、ニアの力についてはこちらへと一切流れて来ていない。だが、その記憶は流れてきた。つまり、俺はお前の出自も望みも知っているんだ」


 その告白にニアはその顔から一切の表情を喪失してしまっていた。

 しかし、それもある種当然のことだろうとディーオは考えていた。これまで隠し続けてきた経歴や経緯といった過去と、願望という未来を他人に知られてしまったのだから。


 そして、この後自分はその未来を完膚なきまでに粉砕することになる。そんな展開に吐き気すらもよおしてしまいそうなになるのだった。


 余談だが、迷宮の力全てが流れ込んできてディーオの支配下に収まったのではない。よって迷宮核が無用の長物と成り下がってしまった訳ではなく、加えて言うならばニアの心身を経由したことで、極一部であるが彼女の中に残留することにもなっていた。

 つまり現状ではディーオとニア、そして迷宮核の三者が揃わなければ十全の力を発揮することはできないという極めて不安定なことに陥っていたのだった。


「はっきり言ってこれからの話はニアにとって絶望しかないだろう。……それでも、聞きたいか?」

「……聞くわ。これまでのこと全てを受け止めるためにも、私は聞かなくちゃいけない」


 望んでというよりは、責務としてそれを行おうとする彼女の態度にそこはかとない不安を感じるが、それを指摘したところで止めようとはしないだろう。

 立ち込める重苦しい空気に押しつぶされそうになりながら、ディーオは口を開いた。


「一応確認だ。ニアの目的は元居た世界に帰ること、だな?」

「ええ。その通りよ」

「それじゃあ、まずはその点からはっきりさせていくとするか。迷宮の力を得たことで分かったんだが、俺の持つ『空間魔法』などの力と合わせてもその願いを叶えることはできないようだ」

「……こちらはあなたの力を正確に把握している訳ではないから、どういうことなのかよく分からない。悪いけれどもう少し細かく説明してくれないかしら」


 彼女の指摘にそれもそうかと納得する。

 あの一時的に能力を奪われた際にも、その手は『異界倉庫』にまでは届いていなかったのだ。そもそも異世界に関して二人の間に齟齬があってもおかしくはない。


「少し方向がそれるが大前提のところから始めるか。一言で異世界と言うがそれが複数、何百何千何万、もしかするとそれ以上の数がひしめいているということは理解しているか?」

「具体的な数は知らないけれど、一つではないとは考えられていたわ」


 提示された数が想像していたよりも桁違いに多かったことに驚きながらも、それをおくびにも出さずに答えるニア。

 迷宮の力を得たことで彼女の感情の震えとでもいうものを感じ取ったディーオだったが、(つまび)らかにしようとしたところで反発されるだけだと思い直して、話しを先に進めることにする。


「今現在、俺の手元にある能力で『異世界へと続く扉』を作ることはできるだろう」

「それじゃあ――」

「待て待て!本題はここからなんだ。扉は作れたとしても、肝心の行き先を選ぶことはできないんだよ。だから正確には『この世界から出るための扉』と言うべきものでしかないんだ」


 彼のとある異世界の同一存在の研究によれば、世界の数は無限にも等しいのだという。その中からたった一つだけ目的の世界を選び出すなど、それこそ巨大な砂漠の中から一粒の砂――しかも特別な特徴があるとは限らないときている――を見つけ出すようなものである。

 その上、今ある力だけでは行き先を選ぶことすらできないのだ。

 運任せで上手くいく事例がないとは言わないが、これに関しては分が悪すぎてまともな賭けにすらなりそうもない。


「そんな……。で、でも、私という存在があるわ!あちらの世界の人間だった私を頼りにすれば探し出すことだってできるかもしれない!」

「ニア。そういう言い方をした時点で無理だってことは理解しているんだろう」


 たった一言の反論に二の句を継げなくなってしまう。

 ディーオの言葉は彼女を思いやりできる限りの優しい調子だった。その事は確かにニアも感じ取っていたはずなのに、それ以上に一切の甘えを許さない厳格さが目の前に立ちはだかっているように思えたのだった。


 実際のところ、こちらの世界へと辿り着いた直後の頃であれば、元の世界の性質を強く保有していたために彼女の言った方法も有効であっただろう。

 しかし現在の彼女はと言うと、こちらの世界のものを食して取り込んでしまったがために、既にこの世界の性質の方が強くなってしまっていたのである。

 つまり、元の世界とは繋がりが絶たれてしまっているのだ。


 無意識ながらもそのことを理解してしまっていた彼女は、これまた無意識に「あちらの世界の人間だった(・・・)」と過去形で語ってしまっていた。

 それをディーオに指摘されたことで明確に認識していまい、絶句してしまったのだった。


 どさりと崩れるようにして床の上に座り込む。その二本の脚は立つという行為を忘れてしまったかのように完全に弛緩していた。


「もう二度と、あの世界に帰ることはできないの……」

「それはやってみないと分からないな。さっきも言ったように『この世界から出るための扉』なら作ることはできる。ただし、別の世界へ行ってしまえばそれっきり帰って来られる保証はない。だから、一度きりの挑戦ということになるだろうな。状況を理解してそれでもやるというのなら、俺はこれ以上止める気はない」


 突き放したような言い方だが、それが逆に心地よく思える。下手に囲い込んだり考えを押し付けたりしようとはせずに、例え彼女がどのような選択をしようとも尊重してくれる。そんな確かな信頼を感じ取れたからだった。


 ディーオの隣は居心地が良かった。

 冒険者としての生活は命懸けで危険と隣り合わせではあったが、確かな充実を感じてもいた。

 しかし、だ。彼女の胸の内では常に、帰りたいと望む声が叫び声を上げ続けていたのである。


 彼がその言葉を言い放ったのは、その衝動に従って想いを告げようと口を開こうとしたまさにその瞬間のことだった。


「だけど、ニアが本当に帰りたいと願っているのは()なのか?」


 その台詞の意図や意味が分からず、しばし呆然としてしまう。

 その間もディーオはその心情を読み解こうとするかのように、ニアの瞳を見つめ続けていた。


「そうであるなら条件は変わらない。確率としてはとてつもなく低いものとなるだろうが、それを知ってなお挑戦するというのだから何も言うつもりはない。だが、もしも今この瞬間ではないのだとすれば……、はっきり言おう。俺たちの力ではどうすることもできない」


 ほんの少しの希望だが、それによって鮮やかに輝き始めた世界が再び色彩を失っていく。

 ニアが本当に望んでいたのは、帰りたいと願っていた世界とは、同じ研究に打ち込む仲間たちのいる世界だと気が付かされたからである。


 彼女がこの世界にやって来てから既に数か月の時が過ぎている。もしも元の世界でも等しいだけの時間が過ぎていたとするならば、彼らは既に死者として扱われ、魂の冥福を祈られていることだろう。

 そして例え転移した瞬間に戻れたとしても、仲間たちの命はその時点で事切れてしまっていた。言うまでもなく元の世界にもこちらの世界にも、死者を蘇生させるような奇跡は存在していない――と、されている――。


 つまり、彼女の願いを叶えるためには元居た世界に帰還するだけなく、更に過去へと向かわなくてはいけないのだ。


「ディーオ、時を超え――」

「それができるのであれば、こんな腕はしていないと思うぞ」


 軽く義手となった右腕を掲げながら極めて淡々と言い放つ。

 あの瞬間は二人とも必死であり、そう簡単にこれ以上の展開を望めるものではないということは理解していた。

 付け加えるならば痛みもなければ義手であることの不自由さもなく、その上迷宮の力を纏わせることもできるようになっているため、ディーオは現状に不満らしい不満を持ち合わせてはいない。


 が、それでも苦々しい思いが消えることはないのだ。

 あの時もっと良い方法があったのではないかという後悔は常に付きまとっていた。


 願いを叶えることができないという絶望に、ディーオを傷つけてしまったことへの後悔。自分を取り巻く環境の理不尽さへの怒りなど、様々な感情がいっぺんに吹き出してくる。

 結局、そうした強い想いを制御することができずに、ニアの意識は再度闇の中へと沈んで行ったのだった。


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