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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
十五章

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13 ディーオの右腕

「そろそろ現実を直視する気になったか?」


 ニアの嗚咽が小さくなってきたのを見計らい、ディーオはことさら軽い調子でそう声をかけた。

 あえて挑発するようなその行動の裏には、強い感情を引き出させることで彼女の活力を手っ取り早く回復させるという狙いがあった。


 そう、手っ取り早くなのである。本来であればもっと相手の側に寄り添うようにするべきところだろう。強引なやり方では立ち直るどころか、かえって傷口を広げてしまう危険すらあるからだ。

 この辺りにディーオの人生経験の少なさと、目まぐるしく移り変わる展開に翻弄されてしまっている現状が如実に影響していたといえる。


 そのため裏の意図は全く伝わることなく、ニアは怒りの炎をその身に宿すことになったのだった。

 もっとも、これにより一時的にではあるが気力が蘇ってきたのだから、ディーオの狙いは一応成功したと言えるのかもしれない。


「……喧嘩を売っているの?それなら言い値で買うわよ」


 が、信頼を始めとしたこれまで培ってきた諸々の二人の関係が無に帰してしまうようでは、意味がないだろう。

 まあ、幸いにしてそうはなることはなかったのだが、この時の彼女は例え勝てずに玉砕することになろうとも、せめて一矢くらいは報いてやろうという悲壮な覚悟さえ固めつつあった。


 キッと眼光鋭く睨み付けていたニアの目が、ある一点に向けられた瞬間大きく見開かれることになる。弱点となるところはないかとこっそり探っていたことが結果的に良い方向へと働いたとでもいうべきか。

 とにもかくにも、二人の間に決定的な亀裂が入ることは一旦回避されたのだった。


「ディーオ……。あなた、その腕……」


 そこまで口にして言葉を失う。なぜなら、彼女自身が切り飛ばしたディーオの右腕の肘より先、なくなったはずのその部分が存在していたからだ。

 ただし、色を始めとした風合いは全くと言って良いほど異なっていた。つまりそれは彼自身のものではなく、作り物の義手ということになる。


「いくら何でもこの状態だと気が付くよなあ……」


 そう言って苦笑してみせるディーオ。その顔に浮かんでいるのは悪戯が失敗した時のような、はたまた驚かせようとして失敗した時のような、何とも言えない微妙なものであった。

 どうやら彼の中では機を見計らってその腕のことを発表するという手順になっていたらしい。


「実は見た目程違和感はないんだよな」


 鈍色の金属質な右腕を左手でそっと撫でると、その感触から温度まではっきりと知覚できていた。

 かと思えば今度はスムーズな指の動きを見せつけていく。まるで義手とは思えないほどの滑らかな動きに思わず見とれてしまうニア。

 ともすれば元の手よりも思い通りに動かせてしまえるので、ディーオとしても納得の仕上がりとなっていた。むしろいかにこれまでの自分の手先が不器用であったのかが明確になってしまい、地味に凹んだ。


「実はこれにはまだ続きがあるんだ」


 二ッと笑うディーオに対し、眉をひそめるニア。腕をなくしてしまったことへの悲壮感がまるで感じられないどころか割と本気で嬉しそうにしているため、彼女が罪悪感に苛まれ続けないでいられることも含めてその点についてはホッとしていた。

 それにもかかわらず、彼の浮かべた笑顔にそこはかとない不安を感じてしまったのである。


 無粋を承知でニア自身はっきりと言い表すことのできずにいたその不安を説明するならば、それは共感できないことへの不満や、仲間外れになっていることへの苛立ちというものであった。

 元の世界で研究者をしていた頃にも時折男性陣だけで盛り上がっている光景を目にすることがあったが、その時と同様の感情を今のディーオに抱いてしまっていたのだった。


 それはつまりどう言い繕おうとも、既に彼のことをかつての仲間と同じくらいに大切に想っていると宣言しているのと同じことであるのだが、今の話からは少々ズレてしまうので、これについてはこの辺りに留めておくとしよう。


 さて、本題である。研究者時代には同じ女性研究者も幾人かいたためにそれほど深刻な疎外感を覚えることがなかったが、今のニアは一人きりだ。

 そうした周囲の環境の違いもあって、より強く不安として表れてしまっていた。


 そしてその不安は的中することになる。「それじゃあ、やるぞ」と良い笑顔で前置きしたディーオが、


「宝珠、セット!」


 と叫ぶと同時に義手となった彼の右腕が光り輝く。眩しさに眼をそらしたのも束の間、薄明るい部屋の光量によって浮かび上がった彼の腕には、小さな盾と一体化した籠手が装着されていたのだった。

 表面の所々に埋め込まれた不思議な色合いの宝石の類であろう何かが、かえってその無骨さを強調していた。


「どうだ?」


 と言われても返答に困る。

 それに言葉尻こそ疑問形でこちらの答えを求めているようであるが、実際のところは「どうよ!」と自慢する気満々といった風情だ。

 それが間違いない証左として、彼の表情もまたこれ以上ないくらいのドヤ顔であった。


「え、ええ。まあ、良いんじゃないかしら」


 結局、必死になって引きつりそうになる頬の動きを抑え込む羽目となり、答えの方は無難で適当なものとなってしまった。

 それでもディーオにとっては十分な反応であったらしく「そうか!」と喜色満面となっていた。


 そんなご満悦な表情でしげしげと右腕を眺めては撫でさするディーオ。様子を確かめる意味合いもあるのだろうが、傍から見ていると危ない人そのものである。

 それでも酒場で酔いが回って購入したての武器を愛おしそうにお披露目していた冒険者の絵面に比べれば幾分マシではあるのだが。


 とはいえ、ついていけないことに変わりはない。心の中でくすぶっていた不安はすっかり消えていたが、代わりに疲労感がズシリと心に圧し掛かってきているのを実感するニアなのだった。

 そんな重苦しく息苦しい気持ちを少しでも改善しようと、ディーオには気付かれない程度に小さくため息を吐く。


 ふと、彼女は自分と同じような空気を醸し出している存在がいることに気が付いた。怪訝に思って振り返ってみると、そこにあったのは台座の上に鎮座ましましている迷宮核であった。

 なんとも思わぬ伏兵がいたものである。いや、この場合は同志とでも言う方が正しいか。ニアとしてもまさかこんなことで迷宮核と意気投合することになるとは予想だにしていなかった。

 とはいえ、迷宮核の疑似人格は異世界からの転移によって突如現れた彼女に触れたことで生まれることになったのだ。その経緯を考えれば二人――一人と一つという方が適当か?――の思考や趣向が似ていたとしても何ら不思議ではないと言えるだろう。


 妙な部分で迷宮核とのシンパシーを感じることとなったニアだが、ふとディーオの籠手に埋め込まれていた宝石のことが頭をよぎった。


「確か……、宝珠とか言っていたわよね?」

「うん?ああ、これのことだな。そういえばその説明がまだだったな」


 誰に聞かせるつもりもない呟きだったのだが、ディーオにはしっかりと聞こえてしまっていたようだ。喜々とした彼の顔つきに内心でげんなりしながらも、同時に心の内側から響いてくる「この話は絶対に聞いておかなくてはいけない」という忠告に渋々ながらに従うのだった。


「この籠手に埋め込まれているのはだな……。一言でいえば迷宮の力を封じ込めたものだ」

「え?」

「ははは。まあ、普通はいきなりこんな話を聞かされたらそういう反応になるよな。だけどニアだって当事者だったんだ。気絶する前のことをよく思い出してみろ。そうすればきっと俺の言ったことが理解できるはずだ」


 試されているようで愉快ではないが、その言葉は至極もっともなものでもある。目をつむり少しだけ過去になった出来事を思い浮かべようとする。

 刹那、例えようもない怖気が全身を駆け巡った。あの時の苦痛を思い出すまいと心と体が記憶を探られるのを拒否しているのだ。


 それでも、どうしても知らなくてはいけないという使命感にも似た思いでもって、重たい記憶の扉をこじ開けていく。


「う!……ぐう……!」


 先ほどとは比べ物にならない痛苦が走り、耐えきれずに苦悶の声が漏れ出してしまう。

 吹き荒れる嵐に縦横無尽に振り回され、散り散りになってしまいそうな意識を懸命に繋ぎ止める。そしてこれはもう終わったことであり、耐えきることができたのだと言い聞かせる。


 どれほどの時間そうしていたのだろうか。気が付けばニアは床に座り込んでその両の腕でもって自身の身体をかき抱いていたのだった。


「……思い出したわ。その宝石のようなものは蓄魔石だった物。内包していた魔力を使い果たして空っぽになったそれに、迷宮の力を注ぎ込んだのね」

「正解だ」


 二度と体験したくない苦痛に耐えてまで取り戻した敗北の記憶なのだ。そうでなくては困るというのがニアの本心だった。

 しかし、一点だけその記憶と重ならない部分があった。


「そんな形をしていたのかしら?」


 彼女の記憶にあったディーオの特製蓄魔石は、それ以前の記憶の物も含めて全て原石を思わせるような角張ったものであった。怪我をするほどではなくとも、力を込めて握りしめればそれなりに痛みを感じる程度ではあったはずだ。

 対して今彼の腕に装着された籠手から除くそれは、つるりと滑らかな曲面を描いていた。それこそ彼が口にした通り宝珠のごとき形状だ。


「さすがに目敏いな。実は迷宮の力を取り込んだことによって蓄魔石から性質が変わってしまったみたいでさ。ついでだから大幅に変形させてみた」


 ディーオの台詞を受け、ニアはくらりと立ち眩みがした時のように目の前が真っ暗になるのを感じた。

 性質が変わるというのは分かる。迷宮の力という本来あり得ないものを取り込んだのだから、むしろそうなって当然だろう。

 だが、そのついでに変形させてみたとはどういうことだ。


 忘れられがちなことだが、自然界で発生した物は形一つとってもそれには重要な意味が含まれているものなのだ。

 特に大きな力が込められた物ともなれば、その形が力を閉じ込めておくための鍵の一つとして機能していることも多い。

 それを無理矢理変えたとなれば中の力が暴発してしまった可能性もあるのだ。


 ディーオの常識外れな行動と、それを成し遂げてしまえる理不尽さに、久方ぶりに頭が痛くなる思いをするニアなのであった。


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