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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
十五章

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7 仮初のダンジョンマスターと迷宮核

 ニアがこの場所、マウズの迷宮の最深部へとやって来たのは本当に偶然のことだった。


「簡単に言うなら事故ね。私が研究者をしていたということは話していたと思うけど、その頃の私、いえ、私たちが取り組んでいたのが超長距離転移魔法だった」


 その有用性と利便性から、転移系の魔法は古くから数多くの国が研究と研鑽を続けてきた。

 実際、現在のラカルフ大陸でも比較的国力の高いいくつかの国が、戦闘系の魔法の研究などと共に転移系魔法の研究を密かに行っているくらいだ。

 そのためニアの語った内容は、事故で迷宮の最深部へとやって来たことを除けば突飛なものではなかった。


 迷宮内の入り口と各階層との間を繋ぐ『転移石』の技術もそうして研究が元になっているとされている。もっとも、触媒となるアイテムが迷宮産であり、しかもその迷宮にしか利用できない等のことから、迷宮もしくはダンジョンマスターの意向が大きく関わっているのではないかと噂され続けていた。


「だからディーオの使用する魔法の不思議な波形には心が揺さぶられたわ。そしてその想いは正しかった。あなたは『空間魔法』という稀有な才能を持ち、それを使いこなしていた。まあ、肝心の〈跳躍〉を体験することはできなかったのだけれど」


 苦笑しつつ肩をすくめるニア。その様子に嘘を言っている気配はなかった。「魔法の波形」についても詳しいものであれば特異なものであることに気が付く可能性がある事は以前から分かっていたことだ。今更気にするような事でもない。


「俺を見つけたのもダンジョンマスターとして迷宮の力を利用したためなのか?」


 この点についてだけははっきりさせておかなければならない。答えによっては『大改修』やここ最近の迷宮の異常すべてが彼女によって引き起こされたものであるかもしれないからだ。


「さっきも言ったように、私はダンジョンマスターとしては半端者だった。かといって一度マスターとして認めてしまったからには仮であっても排除するようなことはできなかった。そのせいなのかこの子、迷宮もどれだけの力を明け渡して良いのか迷っていたみたいなの。そこで私の心を覗くことで必要な物や望んでいるものを探ろうとしたのね」


 その結果、珍しい『空間魔法』を駆使し、四人組の世話を焼いていたディーオがピックアップされたのだった。


「今から考えると、前者は研究者としてのこれまでの私を満足させてくれる人として、後者は冒険者として生きて行かなくてはいけないこれからの私を導いてくれる人として取り上げたのでしょうね。もっともあの頃はまだあなたの魔法の波形が『空間魔法』だとは気づくことができなかったのだけれど」

「初対面のはずなのにいきなり気安げに声をかけてきたから、何かあるのかもしれないとは思っていたが……。まさか迷宮を通して紹介されていたとは思ってもみなかったぞ」


 ちなみに、珍しい魔法という点では支部長が、四人組の世話という点ではブリックスも候補に挙げられていたのだが、両方を満たすディーオの方がより適任とされたようである。

 加えて支部長はその役職柄彼女に構える時間が少ないと判断され、またブリックスの方も丁度この時季『水面の揺らめき』の美人なお姉さま方に連れ去られ、もとい同行を依頼されてしばらくの間マウズの町から離れてしまっていたのだった。


「そういえば、あの時の口上も迷宮からの入れ知恵だったのか?」

「あ、あれは研究所の仲間たちの悪ふざけだったものよ……」


 ふと思い出したようにディーオが問うた瞬間、ニアは顔を赤らめて俯いてしまった。

 コンビを組んで一緒にいる期間が長くなる程に、初対面の際の名乗りをするような人物ではないと思うようになっていたのだが、「天才にして奇才の持ち主」というアレは、彼女の研究者時代の仲間たちによる年若い同僚に対する敬愛とささやかなる悪戯心の現れであったようだ。


「ところで!迷宮の異常のことだけど!」


 長々とこの話題には触れて欲しくなかったのだろう、強引にニアが話題を切り替える。対するディーオの方もそれについては知りたいと思っていたことなので、茶化すこともなく大人しく応じるのだった。


「単刀直入に聞くぞ。ニアはあれに関わっていたのか?」

「私自身が意図的に何かを仕掛けたという意味でならノーよ。でも、私という存在が関与していたという意味ではイエスということになるわ」


 彼女の言い分をまとめるならこうだ。

 まず、半端者であったがゆえに本来であればダンジョンマスターであるニアが上位者に来るはずのところが逆転してしまっていた。加えて彼女という異物との接触によって疑似的な人格のようなものまで発生していた。

 これらのことから、ある程度ニアの望みに沿うような動きをするものの、根本的には迷宮自身を守り存在し続けていられるように行動するようになっていったのである。


「迷宮が最も恐れたことが何だったか分かる?それは再び私がここへと舞い戻ってくることだったのよ。入口から正規の手順で迷宮を攻略することによって、正式なダンジョンマスターとしての資格を得ることを恐怖した」

「ダンジョンマスターという上位者が現れてしまえば、今の偽りの自我は消されてしまうと考えてしまったのか」

 本来あるはずのなかったものを持ってしまったがゆえの悲劇といったところか。ただ、それに巻き込まれてしまった身としては、今一つ同情する気にはなれなかった。


「正解。ディーオって本当に、時々とてつもなく見通してくるわよね……」


 元々ディーオには『異界倉庫』を経由して異世界の自分たちが記した様々な書物やレポートなどから雑多な知識を蓄えてきた経緯がある。

 どちらかと言えばそうした知識に沿う場面へと遭遇しただけのことなのであるが、他者から見れば答えを見通しているように思えてしまうのかもしれない。


「話を戻すわよ。私をこの最深部へと辿り着かせないために、この子は様々な手を打とうとしてきた。それが『大改修』を含む一連の迷宮の異常が発生した真相よ」


 だが、それによって支部長を本気にさせ、多くの冒険者を投入して『迷宮踏破計画』が動き出すことになる。その後押しもあってディーオと共に最深部にまでニアは到達してしまったことを考えると、何とも皮肉なことだと思えてきてしまう。

 とはいえ、何もしなければ近い将来誰かが最深部にまで到達して新たなダンジョンマスターが誕生することになっただろう。


 余談だが、三十階層への直通の『転移石』の稼働については、ニアが転移してくるよりも前に迷宮によって『子転移石』が設置されていたため完全に与り知らないことであった。

 当時はまだ低階層で半ば実験的に『転移石』の使用が始められていたばかりだった。それにもかかわらず、なぜ一度は使用をできなくした『親転移石』を再度稼働してまで三十階層への直通ルートを作り出したのか?

 支部長たちですら知ることができなかった迷宮の意図だが、ダンジョンマスターとなった現在のニアには手に取るように理解できていた。


「結局のところ、この迷宮の進退は極まっていたのよ。発生して間もない時期に発見され、そしてマウズの町ができてしまった時点でね」


 三十階層への直通ルートができている理由、それは主に二つあった。一つは迷宮入り口にある『転移石』での移動が中層十四階層で止まっていることにも関係している。

 要するに十四階層からスタートして三十階層でゴールとなる、またはその逆の流れで冒険者たちを行き来させ、深層への侵入を減らそうと企んだのである。


 シルバーハニーやシュガーラディッシュなど中階層には金にはなる魔物が多数存在している。他にも主に二十六階層から二十九階層にかけて広がる『樹海迷路』に生息している虫系の魔物といった、見た目にさえ耐えることができれば武具の素材として有用に使える魔物も多い。

 こうした点もあってか、まんまと迷宮の思惑にはまった冒険者たちもそれなりにいたのは確かである。


 ちなみに、深層の最初にゴーレムという実の少ない魔物を配置してあったのも同様の理屈だ。急激な『特殊個体』の発生と『変異種化』による種類の増加は転移してきたニアに触れたことも影響していたが。


 それでも冒険者たちの侵攻を止めることはできなかった。先にニアが語ったように、恐らくは迷宮もそのことを理解していたのだろう。だからこその二つ目の理由である。


「やがて訪れるだろう破滅に抗うための手、迷宮から逃げ出すための布石のつもりだったのよ」

「迷宮が、迷宮から逃げ出す?……意味が分からないんだが?」


 まるで悪質な謎かけのようだ。ディーオでなくとも今の台詞を聞かされた者は皆、その難解さに顔をしかめることになっていただろう。


「迷宮核というのを聞いたことがないかしら」

「スライムや魔法生物と同じように、迷宮にもその中心となる核が存在しているという考え方だったよな。スライムとかと異なるのは単なる弱点というだけではなく、思考や意識のようなものが宿るとされているってことだったか?」

「その通りよ。迷宮核とは迷宮の思念の塊のようなものだと言えるわね。そして、このマウズの迷宮における迷宮核が、この子よ」


 仰々しい装飾を施された台座の上に鎮座まします大の大人でも一抱えはあるだろう巨大な球体、自身が寄りかかっていたそれをニアは無造作にペチペチと音が鳴るように叩いた。

 その瞬間、抗議の声を上げるように明滅する球体。本当に迷宮核なのかどうかはさておくとしても、それに意識があることは間違いがないようだ。


「最悪、侵入者がこの階層へと到達する直前に、魔物を操るなどしてこの迷宮核を外へと逃がそうと考えていたみたいなの。まあ、私がやってくるよりも前のことだから相当ずさんな計画だったけれどね」


 そしてニアが仮初とはいえダンジョンマスターになってしまったことで、迷宮核が単独で迷宮を放棄するといった大きな決定をすることができなくなってしまったのだった。


 執拗に行われていた迷宮からの妨害には、ニアを最深部へと辿り着かせないようにするためだけではなく、その命を落とさせることによってダンジョンマスターの権限を取り返そうとしたものでもあったのだった。


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