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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
十五章

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2 灼熱の世界

 それはまさに惨状という言葉通りの光景だった。

 壁や床、そして天井に至るまで業火が舐めたところは全て焼け焦げるどころか融解してしまっていた。更にそれ以外にも階層内の空気は高温に晒されて揺らめいてしまってまともに像を映し出さなくなっており、それらによって炙られた壁や床の表面に張られた石材は、内包していたほんの小さな気泡や水泡が膨張して弾け、ことごとくが砕けたりひび割れたりしていたのだった。


 そんな中にあってすら、部屋のほぼ中央に座した小山は一際目を引く存在だった。

 ピクリとも動くことのないそれは恐らくはドラゴンの成れの果て、ということなのだろう。もっとも、高温によって歪んでしまった空気を通してでは詳しいことは何一つ分からなかったのだが。


「何とかして外に出られるようにしないと話にならないか……」

「出られるようになるのかしら?」

「やるしかないだろう。どの道このままこうしていても空気がなくなってしまえばお終いなんだからな」


 可能な限り強固なものとするために〈障壁〉の展開は最小限に抑えていた。結果、内部の空間も小さく狭いものとなっており、生命活動に必要な空気も少ないということになってしまっていたのだった。

 魔法によって新鮮な空気を生み出すこともできなくはないが、高度な魔法に分類されるものであり魔力消費が著しいという欠点がある。魔力残量が少なくなってきている現状、できる事なら次の階層へと進むための手段として利用したいという思いがあった。


「だけどその前にこの窮屈な状況を改善して欲しいかも」

「……あ、ああ。そうかもしれないな」


 狭い空間に納まるため二人は身を屈めて床に伏せるような姿勢となっていたのだ。ニアの言う通りほとんど身動きの取れない状況を改善するところから始めるべきなのかもしれない。

 対してディーオが即答できずにしかも明言を避けた形となったのは、密着状態である今の姿勢を名残惜しいと思ってしまったがゆえの事だったのかもしれない。


 しかしながらのんびりとしていられないのもまた事実だ。ディーオたちが直面している残り少ない空気の問題もあるが、それ以上にこれだけの大惨事を巻き起こしたことからも、迷宮がこの階層を切り捨てるつもりでいることはほぼ確実だと考えられるからである。

 せっかく生き残れたというのに、階層の崩壊に巻き込まれてしまっては元も子もない。


 大きくし過ぎて〈障壁〉が耐えられなくなってしまっては危険なので、まずは立ち上がれるだけの空間を確保する。


「これは酷い……。まずはブレスの炎で炙られた空気を冷やさないことには〈障壁〉の外に出るのは不可能でしょうね」

「後はドラゴンの確認も必要だな。これだけ長時間身動き一つしていないことから生きてはいないと思うが……。警戒は続けておく方が良いだろう」


 立ち上がり冷静に周囲を見回したことで、やらなくてはいけないことが見えてくる。最優先となるのはニアの言った常時陽炎(かげろう)状態となっている空気を冷ますことだろう。


「手っ取り早く氷の魔法でも撃ち込んでみるか?」

「確かにそれが一番簡単そうではあるけど。〈障壁〉の方は大丈夫なの?」

「通過する一瞬だけ穴を開ける。ただ、何度もできるような事ではないな」

「つまり一度でこの階層内の空気を私たちが出歩ける程度にまで下げられるだけの氷を作れと?なかなかに無茶な要求よ、それ」

「だが、できないとは言わないんだろ?」

「当り前よ。私にだってプライドはあるし、何よりあなたと二人でここまでやって来たという自負だってあるの。そんなあなたから信頼されたのだから応えるしかないでしょう」


 意地の悪い言い方だという自覚はあったのだろう、ニアから男前な台詞でもって返されたディーオはバツの悪そうな顔でそっぽを向くしかなかったのだった。

 いざ腹を括ってしまえば女性の方が強いというのはよく聞く話だが、それは彼らにも当てはまっていたようである。


「これだけの広さを冷やすとなると、かなりの魔力を消費することになるわ。恐らく預かった蓄魔石は使い切ることになると思うけど大丈夫?」

「ないよりはあった方がいいが、それを言い出したら何もできやしないぞ。それに先のことを考えようにも今を生き残れなければ意味がない」

「それもそうか。分かった。それじゃあ、さっそく準備するわ」


 そしておよそ二百を数えた後のこと。


「ニ、ニニニニニニア?ままま、ままままままだななのかかか?」


 別にディーオは遊んでいたりふざけたりしている訳ではない。

 ニアの作り出した巨大な氷柱から発せられる冷気で震えてしまいまともに喋ることができなくなってしまっているのだ。


「も、もう少し!」


 既に〈障壁〉内部の空間のほとんどが氷柱によって占められてしまっている。傍目から見れば二人が氷の塊にへばりついているような、何とも言えない不可思議な光景に見えたかもしれない。


「で、できたわ!」


 ところがここで新たな問題が発生する。通常の魔法のように射出することができなかったのだ。一応、動かすことはできそうなのだが、その速度が想定を下回るどころか、遥か下方の最底辺をさ迷っていたのだ。


「いくら何でも、これが通り抜ける間中〈障壁〉を開いておくことはできないぞ」


 かといって外側の熱せられた空気に触れさせなければ、なけなしの魔力を消費してまで作り上げた意味がなくなってしまう。

 しかも今この瞬間ですら氷柱を維持するためにニアは少しずつ魔力を削り取られているのだ。寒さと疲労で悲壮な顔つきとなってしまった彼女を見て、打開策がないか懸命に思考を巡らせる。

 そして、一つの可能性へと思い至った。


「上手くいってくれよ!〈転移〉!!」


 説明する時間も惜しいとばかりに氷塊へと触れると、即座に魔法を発動させた。


 直後、彼らの目の前から氷塊は消え失せており、同時にバシュウウウ!という異音と共に景色が真っ白に染まっていく。


「何が起きているの?」

「ニアが作った氷を〈転移〉で〈障壁〉の外側に飛ばしたんだ。だから多分これは、氷が解けて湯気や霧のようになったもの、だと思う」


 『異界倉庫』を通して異世界の自然科学など、この世界では最先端だったり異端だったりする知識を得ているディーオだが、それら全てを自身のものとしている訳ではない。

 それこそ試掘だけは知っているというものも多く、そのため今回のように発生した事象を断定しきることができないということになるのだった。


「これで外に出られるようになったのかしら?」

「分からない。もう少し落ち着いたらどの程度の温度になっているのか確認してみよう。それでダメなら、また次の手を考えればいいさ」


 責任を感じて深刻になり過ぎないように、努めて明るく言うディーオ。

 だが、その内心では制限時間の終わりが刻一刻と近付いていることを感じ取っており、予想通りに事が進んでいることを祈らずにはいられなかった。


 そしてようやく温度が落ち着いてきたのか、少しずつ視界が戻ってくる。

 するとディーオはおもむろに小型の魔物の死骸を取り出した。ちなみに、肉は食用には適さないが革は保温性に優れていて防寒具として人気が高い。が、小型なので高値で売るには数を揃える必要があるという手間のいる魔物であった。


「それをどうするの?」

「外に放り出してみる。こいつの具合でどれくらいの温度になっているのかが大まかにでも分かるはずだ」


 言うや否や再び〈転移〉の『空間魔法』で〈障壁〉の外へと放り出す。先ほどと異なるのは観察するためにすぐ近くに出現させたというところか。


 十、二十、五十、百……。しばらく観察を続けてみるが、燃え出すどころか焦げたりする様子もない。


「少なくとも、すぐに害が出るほどの高温ではなくなっているようだ」

「そう……。これで外に出ることができるわね」


 命の危険が去ったらしいことでようやく人心地着くことができた二人だったが、これが大きな失敗の元だった。

 安堵したと同時にこれ以上魔力を消費しないようにと、すぐに〈障壁〉を解いてしまったのである。


「うぐわっ!?」

「あっつい!?」


 確かに触れたそばから火傷をしてしまうような高温ではなくなっていて、即座に命の危機に直結してしまうような事ではない。

 だが、それでも階層内の気温はまだまだ高く、真夏の日差しの下にいるよりもさらに強い熱気がディーオたちを包み込んだのだった。


「うっ、げほっ、ごほっ!」


 急激な温度の変化に喉奥が張り付き咳き込んでしまう。ほんのわずかな時間だというのに額には玉のような汗が浮かんでしまっていた。


「こ、れは、早まったか……?」

「でも、遅かれ早かれ〈障壁〉を解く必要はあったから。手早く調査して次の階層へと行きましょう」


 それが一番無難な方法だということになり、階層の中央付近へと歩を進める。そこにはこの状況の元凶となった小山、ドラゴンがピクリとも動くことなく静かに蹲っていた。

 存在の大きさ自体が異なるドラゴンが、人間という小物相手に油断を誘うため死んだふりのような真似をするとは到底思えないのだが、いかんせん世の中には絶対と言い切れるような物事は少ない。

 これまでの行動を無駄にしないためにも、二人は慎重に足を動かしていくのだった。


「これは……!?」


 そしてついにドラゴンが死亡しているという決定的な証拠を発見した。


「頭が、ない?」


 ニアの言う通り首から先が消失してしまっていたのだ。

 雄々しく尖った角も、眼光鋭い瞳も、そしてどんな硬質なものでもやすやすと引き裂き噛み砕いてしまいそうな鋭い牙の並んだ口すらも、そこにはもう存在していなかったのだった。


「一体何がどうなったというの?」

「分からない。ただ、いくらドラゴンとは言っても、頭がなくなれば生きていくことができないのは間違いないようだ」


 どんなに強大であっても、やはり生き物という枠の中にいたということなのだろう。

 余談だが、頭がない以外にドラゴンの体には傷らしい傷はほとんどついてはいなかった。


「あれだけの業火に呑まれたっていうのに、それらしい火傷の痕が皆無とはなあ」

「こんな非常識な存在と戦うのは二度とごめんだわ」


 ニアの言葉に深く同意すると言わんばかりに大きく頷くディーオなのであった。


次回は軽くドラゴンの死因に触れてから、いよいよ次ぐの階層に向かう、はず。

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