表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
十四章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

121/149

11 事態は変化し続ける

「くっ!〈障壁〉!」


 背丈の二倍を超える高さから振り下ろされる巨大な前足の一撃を、大量の魔力を使用して展開した不可視の壁で防ぐ。『異界倉庫』産の特製蓄魔石がなければ、魔力保有量が多い彼であっても二桁の回数を使用できるかどうか怪しいほどの魔力消費量だ。

 もっとも有限であることには変わりがないので、状況が悪いことには変わりがない。


 先の攻撃は巨体を活かしたと言えば聞こえは良いが、実際は単に前足でもって踏みつぶそうとしただけだ。凶器である爪を的確に用いていた序盤とはすっかりと異なっているのは、迷宮による魔物の制御が甘くなっているためなのか、それともそれだけで十分な攻撃となることを理解してしまったためなのか。


「まったく!答え次第で正反対の結論になるから困る」


 愚痴りながらもディーオはドラゴンから見えているであろう場所を走り回っていた。

 今の彼の役割は囮、しかも常にこちらに注視させておかなくてはいけないということもあって、姿を眩ませるということもできないからだ。


 まあ、もしもそうした役割がなくとも、だだっ広いだけのこの階層には隠れようにもそんな都合の良い場所は一つたりとも存在していなかったのだが。

 あえて言うならドラゴンのその巨体を利用する、例えば体の下に潜り込む等々ということになるのだろう。が、それを行った際の向こうの動きが読めないことなどリスクの方が大きい、先の例でいうとその場に体を落とされるだけでお陀仏となってしまうこともあって、実行に移される可能性は低かったのではないかと思われる。


「うおっとお!?」


 またもや襲い掛かってくる前足による一撃を、今度は飛び込み前転をする要領でかわしていく。魔力消費を抑えるためにも、できる限りその身体の身を使った動作で潜り抜けなくてはいけない。

 ただし、怪我をしてしまうようでは元も子もないので、その辺りの見極めが難しいところだ。いっそのこと全てを〈障壁〉で受けてしまえるだけの魔力があればと、ついあり得ない妄想をしてしまいそうになる。


「大体そんな魔力があるなら、最初から攻撃に回すって話だな」


 それこそ最初はこちらから攻撃し放題だった――しかも安全に!――のだ。それこそ致命傷を与えられるまで魔力を注ぎ込んで強力にするなり、何度も繰り返して魔法を撃ちこむなりすれば、その時点で勝利を掴むことができていたはずだ。


 ふと、ディーオは自信の命運を預けた少女の顔を思い浮かべていた。それほど離れた位置にいる訳ではないのだが、現状では直接見やるだけの余裕はないため言わばその代償行為であった。

 それでもやはり隙は隙である。ほんの一拍にも満たない時間だが、彼の動きが遅れてしまった。

 何度も繰り返しその攻撃を潜り抜けたことで、本人も知らない間に油断が生まれてしまっていたのだ。これはある意味相手が迷宮に操られていたからこそ発生してしまったといえる。


 余談だが、もしもドラゴンがそのものの意志によって動いてならば、床に咲いた真っ赤な血の花だけを残して、先の瞬間に彼の命は潰えてしまっていたことだろう。

 もっとも、そうした状況であれば、ディーオとてそんな考え事をしている(いとま)などなかったであろうから、必ずそうなってしまうと決まっている訳ではないことだけは追記しておく。


 そしてディーオにとって幸運だったのは、向こうがその隙を的確に突くことができなかったことと、反応し始めたドラゴンを止めることのできる仲間がいたことだろう。


「〈アイスランス〉!」


 一抱えもある氷のつららが喉元へと吸い込まれるようにして命中する。その痛みに声なき悲鳴を上げるドラゴン。

 命中した際の衝撃で氷柱の大半は砕けてしまったが、鋭く尖ったその先端は鱗同士の隙間へと潜りこんでいたのか、微かながらもドラゴンの身を傷つけて血を流させることに成功していた。


「油断大敵よ」


 その成果に喜ぶこともなく、魔法を放った頼もしい仲間ことニアから注意が飛んでくる。


「悪い。助かった!」


 それについては全面的にディーオが悪いので、一切の反論もなく謝罪と感謝を伝える。同時に自分とは大きく異なっている意識の空白を利用するべく行動を開始していた。

 急いで片方の前足へと近寄ると、


「〈裂空・涯〉」


 針のように細くイメージした空間の断裂を撃ち込んだのである。ニアの魔法に倣って鱗の隙間を意識したことが功を奏したのか、こちらでも出血を強いることができた。

 立て続けに感じた痛みに再び声なき悲鳴を上げるドラゴン。ただし今回はその原因となった存在がすぐ側にいることを把握していたのか、苦痛に悶ええながらも即座に両の前足を振り回して暴れ始める。


 そのため、ディーオはそれ以上の追撃を行うことができなくなってしまった。いや、それどころか急いでその場を離れなくてはいけなくなっていた。

 狙いも何もあったものではない単なる暴力の発露だったが、時にそうした無軌道なものの方が動きを読むということができないために危険なこともあるからだ。


 距離を取ったことで忌々し気にこちらを見下ろしてくるドラゴンと視線がかち合う。相変わらずその瞳は微妙に焦点がはっきりとはしていないものの、こちらを凝視しているのは明らかだ。

 そんな様子にディーオは、無事囮役として魔法攻撃を放ったニアへと向かいそうになる意識を食い止めることができていることに満足感を覚えていた。


 しかし喜んでばかりもいられない。

 こちらからの攻撃の成果は直撃しても微々たるものだが、あちらからの攻撃は掠りでもした時点で大怪我となってしまう。

 こちらの優勢のまま進んでいるように見える盤上だが、その実あちらの一手次第では簡単にひっくり返ってしまう危険が常にあり続けていたのだ。


 とはいえ「急いては事を仕損じる」という格言にあるように、焦りは不安となり簡単に失敗へと繋がってしまう。

 ここは苦しくとも現状の配分を維持したまま徐々に出血を敷いて弱らせていくのが肝要だろう。そのためにはできる限り感情を排して、それぞれが己の役割に専念するべきである。


「頭では分かっているんだけどな……」


 と呟いてしまっているように、やはりそう簡単に割り切れてしまえるものはない。

 先ほどのようにふとした拍子に相方のことを思ってしまうのである。心配であるためだというのは間違いない。だがもしもそれだけなのかと、例えば「本当に心配なだけなのか?」や「それではなぜ、心配なのか?」と問われたならば、即答できずに口ごもってしまったことだろう。

 そこにどんな感情が介在しているのかを認識しきれていない、というのがこの時の二人の本心だったのかもしれない。


 しかし、状況はそんな二人の不安定な内心に考慮をしてくれる程優しくはなかった。

 むしろ積極的に彼らの心を乱そうとでもするかのように次々と変化していったのだった。


 最初の変化はドラゴンの動きだった。時間が過ぎていくごとに、またはディーオたちが攻撃を行うごとに少しずつ俊敏さや動きのキレといったものが増しているように感じられたのだ。

 恐らくは動きを乗っ取っている迷宮が操作の仕方に慣れてきているのだろう。

 当初から予想ができていたことだったので驚くことこそなかったが、それでもただでさえ強かった相手が更に強化されていく様を見せつけられると、心穏やかではいられないものだった。


 二つ目の変化は一つ目に関連したもの、もしくはその延長上というべきかもしれない。それまで前足だけだった攻撃手段が増加したのだ。

 増えた動きは主に二つ。尻尾による薙ぎ払いと翼を大きく動かすことによる風圧である。

 前者は攻撃が広範囲に及ぶため回避行動が無効化されてしまい、結果的に〈障壁〉を使用する機会が増えることになった。

 そして後者は直接的なダメージこそないが、風圧によって行動が制限されたり、魔法攻撃の照準が乱されたりする結果となってしまったのだ。


 今はそれぞれの動作が単発で行われているが、いずれは風圧で足止めされた所に前足の爪や尻尾による攻撃が襲ってくるという、複合的な動きをし始めることだろう。

 もしもあちらが二人の行く手を阻む――繰り返しになるが、ドラゴンの足元には次の階層に繋がる階段がある――ためにその場からほとんど動かないという制約がなければこの時点で詰んでいたかもしれない。

 進むべき道を塞いでいる行為が自分たちの命を長らえさせているという皮肉に、ディーオたちは難しい表情とならざるを得なかったのだった。


 そして三つ目。悪いことは続いてしまうものなのか、これもまた二人の心を大きくかき乱すこととなる。

 階層全体を微細な振動が襲い始めたのだ。

 初めは気のせいだと思っていた。次に考えたのはドラゴンという巨体がこれだけ動き回っているのだ。振動くらい起きるだろうという安直なものだった。

 ところが、それがいつまでも続く、魔物が動いていない時にまで発生するとなれば話は違ってくる。


「ディーオ!何かおかしくないかしら?」


 戦いの合間を縫うようにして寄越されたニアからの疑問に、ディーオはとある仮説を立てることで答えた。


「俺たちをこの場で確実に止めるために迷宮が動き始めたのかもしれない。最悪、この階層ごと潰されてしまうかもしれないぞ!」


 目的に関してはあながち間違っている物ではなかったが、手段については大きく事実とは異なっていた。

 それというのも実は迷宮とは外の存在を己の内に入り込ませることで様々な物を得るという性質を持っている。そのため絶対に奥へと進むことができなくなるという手段を取ることはできないようになっているのだ。

 ちなみに、ドラゴンを配置するというのは迷宮からすれば絶対に達成不可能な項目には入らないらしい。


 しかし、そんなことを知らない者たちは大いに驚くことになった。


「生き埋めにされてしまうと言うの!?」

「はっきりとした事は言えない。だが、迷宮ではなにが起きるか分からない。どうなるにしても時間はあまり残されていないと考えておくべきだ」


 ディーオはまだ知らない。

 この一言が自分たちの運命を変える大きな分岐点となったことに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ