表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
十四章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

120/149

10 思惑とは異なるというありがちな結果

 物事が移り変わる瞬間というものはいつも突然だ。

 『異界倉庫』や『空間魔法』といった不可思議な能力に目覚めたこと然り、口減らしとして生まれ育った村から放り出されたこと然りである。

 最近のことで言えば四人組との遭遇や親友の旅立ち、そして新たにコンビを組むことになったニアとの出会いもまた突然の出来事だった。


 そして今、目の前のドラゴンにも突然大きな変化が現れた。より正確には巨獣を取り囲んでいた魔法的な檻を含めて、ということになるだろうか。

 それまでとは明らかに異なり、離れた位置にいるこちらの目すら眩んでしまうような激しい光が十拍以上か輝いたかと思うと、痛みからくる不快さにのたうち回っていたドラゴンが大人しくなってしまったのである。


「まさか!?」


 ゾクリと背筋を這い上ってくる不吉な予感に駆り立てられたように、ディーオは再び手近にあった床石の欠片を投げつけた。


 間違いであって欲しい。

 そんな願いもむなしく、彼の手から離れた小石は前回の物とは全く違う軌道をたどることとなる。弾かれることなく檻があったはずの場所をすり抜け、ドラゴンの足元近くにまで転がって行ったのだ。


「檻が……、消えている?」


 檻というものの役割は、その内側に危険な存在を隔離することで周囲へ危害が加えられないようにすることにある。ドラゴンを取り囲んでいたものの場合、外からの攻撃を防ぐ壁の役割もしていたが、それはあくまでも副次的な効果であったのだろうと推測される。

 それが消えてしまったということは、隔離していたものが脅威ではなくなったということを意味していた。


 それでは、脅威ではないと判断されるのはどういった状況だろうか。

 まず、全ての活動を停止していること。生命体で言えば死んでいる状態だ。一切の活動ができないのだから、危険になりようがないという訳である。

 もう一つは完全に制御化に置くことができた場合だ。思い通りに動かせるのだから、こちらもまた脅威とはなり得ないということとなる。


「前者はないわね」

「ああ。間違いなくないな」


 そして二人は即座に一つ目の可能性を排除した。

 ドラゴンを傷つける一撃を放ったのは彼ら自身だ。だからこそどれくらいのダメージとなっているのかもおおよそには理解することができていた。いや、強制的に理解させられていたのだ。

 致命傷どころか重傷と呼ぶにも程遠いということを。


 そうなれば必然的に答えは一つしかなくなる。つまりあのドラゴンは自分ではない誰かに制御される存在へと成り下がってしまったということだ。


「問題は檻を張っていた当人と、俺たちの間に認識の差があるということだろうな」


 当人、即ち迷宮にとっての脅威とは無軌道に暴れ回られることにある。

 ドラゴンのその膂力でもってすれば、いかな迷宮とて破壊は(まぬが)れない。下手をすればこの階層どころか全体が崩壊しかねないのだ。

 だからこそ、魔法的な檻に閉じ込めていたのである。


 一方のディーオたちはというと、ドラゴンから攻撃されるどころか、移動に巻き込まれるだけでも死んでしまう危険性がある程の脆弱さである。よって脅威と感じるラインは限りなく低い。

 まあ、これは大多数の人間種でも同様のことが言えるので、とりわけ二人が脆く弱いという訳ではない。むしろ人間種という枠の中でのみ見れば頑丈な部類に入ることになるだろう。どちらかと言えば比較対象が悪過ぎるのだ。


 つまり、暴れ回っていようが誰かが制御下に置いておこうが、ドラゴンというものはそこに存在しているだけでディーオたちにとっては脅威となってしまうのだった。


 しかも現在、その迷宮こそが操り主の最有力候補ときている。

 最深部まで辿り着くことを目指している二人が自身を脅かすものとして見えていたとしても何ら不思議ではなく、ここで確実に排除しようとしてくる可能性は高い。


 一応、ディーオの望みは異世界の料理や食材を取り寄せることにあり、そのためには迷宮の力が不可欠で壊滅させようなどとは少しも考えていないのだが、それを伝える術はどこにもないのだった。

 加えて、迷宮の力を意のままに操るためにはダンジョンマスターとなる必要があると言われている。迷宮本体には危害を加えることはなくとも、現在ダンジョンマスターの座についている者がいた場合には、その人物なり存在なりを排除する必要はあるかもしれないのだ。

 よって例え意思疎通ができたとしても、安易に自らの思惑を口にすることはできなかっただろうとも思われるのだった。


「結局、私たちは迷宮がドラゴンを操るための後押しをしてしまったのね」

「結果だけを見るなら、残念ながらそうなりそうだ」


 彼らは冒険者であり、依頼の達成や魔物の討伐、薬草類の採取など目に見える成果が求められることになる。今後の指針ともなるため過程についても全く考慮されない訳ではないが、やはり比較するならば圧倒的に結果が占める割合が大きいのもまた事実なのだ。


 仮に失敗したと気が付いた時点で次の手を打っておけば、ここまで傷口が大きくなることはなかったかもしれない。

 しかし、二人が直面していた状況にそれを当てはめるならば、檻がなくなった瞬間に巨大な魔物の足元にある次の階層へと繋がる階段へと飛び込むことが要求される項目となる。

 しかも先の作戦の影響もあり、ディーオたちはドラゴンと真正面から向き合う場所に位置していた。


 想像してみて欲しい。自分たちよりも数十倍も大きく圧倒的な力の差がある生き物に正面から突っ込んでいく様を。

 それがいかに無謀なことか多少なりとも理解できたことと思う。

 従って、それを行動に移すことができなかったからと言ってディーオやニアを責めるようなことはできないだろう。


 それでも、同じ命を掛け金にするならば、こちらの方が余程勝率は高かったというのもまた事実なのではあるが。


「今度という今度は覚悟しておかなくちゃいけないかもな」


 ――命を落としてしまうかもしれないことを。

 ディーオの言葉からこれまでに感じたことのないような緊張を感じ取り、ニアは知らず知らずのうちに息を呑みこんでいた。


 攻撃を仕掛ける前であればここまで悲壮な感覚になることはなかったかもしれない。しかし、先の魔法は特別製の『異界倉庫』産の蓄魔石を都合二個も使用した、二人にとっても文字通り最強の一撃だったのだ。

 檻を突き抜けた際の減衰分があったとしても、並の魔物であれば触れた傍から絶命させるだけの威力を秘めていた。

 実際、三十二階層で遭遇した『灰色の荒野』にも生息するソードテイルレオやキャスライノスといった魔物でも数十頭は楽に倒し尽くすことができただろう。

 しかし肝心のドラゴンはというと、わずかな手傷を負わせることができたのみであった。


「一つだけ確認。諦めるつもりはないのよね?」

「当り前だろう。三十四階層のちびっ子たちにも美味い物を食べさせるって約束したからな」


 わざとらしく軽い口調でそう言うとニカッと笑うディーオ。

 到底勝つことができないような難敵を前にしておいてなお、彼の顔が悲壮感で覆い尽くされるようなことはなかった。その様子を見たニアは、ホッとすると同時にやや呆れかえった表情となっていた。


「その自信がどこから来るのか、一度しっかりと問い質してみたいところよね」

「自信なんてそんな都合の良いものがある訳ないだろう。いつでも必死になってやれることを探すだけだ。そうすれば大抵のことは何とかなる。とはいえ、その大抵の範疇に収まりそうにないものが今、目の前にあるんだがな」


 その何とかなってきた経験こそが自身の源となっているのではないのかと思うニアだったが、本人が自覚していない以上、突き詰めたところで意味がないだろうと放置することに決めた。

 加えて、おかしな万能感に酔っているのではない、と分かったため安心できたということもある。

 実は彼女が最も危惧していたのは、ここまで無事に切り抜けられてきたことで、今回もまた上手くいくと漠然と考えていないかという点だったのである。


 ちなみに、突拍子のないことをするのは普段からの事なので、その点についてはもう諦めていたりする。


 だが、一番の理由はそんなことを言っていられる場合ではなくなったから、であった。

 それまでずっと動きを止めていたドラゴンがついに動き始めたのだ。


「目の焦点があっていない顔で見られるっていうのは、不気味なものだな……」

「操られていることが分かり易くていい、くらいに思っておけば。正気に戻ったらどんな無茶をやらかしてくるのか予想もつかないのだから」


 身も蓋もないニアの意見に苦笑するしかないディーオだったが、言われてみればその通りだったので反論を行うことはなかった。


「さて、対ドラゴン戦の方針は?」


 一つ一つの動きを確かめるかのように、少しずつ体を動かしていく巨体を横目に彼女が問う。


「大物相手となると目などの急所を狙うのが定石なんだが……、あの調子からすれば感覚器を潰したところで意味はなさそうだ。そうなれば狙いは一つ、逆鱗の在り処だな!」

「一つだけ確認。ムキになっている訳ではないわよね?」


 その追及から逃れるようにそっと目をそらす。

 その態度にニアは思いっきり大きなため息を吐くことになった。


「何に腹が立つかと言えば、それ以外の急所らしい急所を思い付くことができないということよね」


 ただでさえ頑丈な体は堅牢な鱗で覆われているのだ。その上、ディーオが先に言ったように感覚器を攻撃して使用不能にすることで行動を阻害するという手も封じられてしまったとなれば、お伽噺にすがりたくなるのも同意というものだ。


「それじゃあ、ニアは離れた場所から魔法で逆鱗を狙うということで頼む」

「そういうあなたはどうするの?」


 残る四つの特製蓄魔石の内二つを渡されて怪訝な表情で尋ねる。


「あいつの足元で精々引っ掻き回してやるさ。ただ、迷宮に操られた今のドラゴン相手にどこまで通用するかは分からないけどな」

「危険!……なのは理解した上の事よね」

「ああ。でもこっちには〈障壁〉がある。あれなら瞬間的には向こうの攻撃にも耐えられるはずだ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ