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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
十四章

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9 想定外の展開

「次にあの動きをした時が勝負だな」

「ええ。あれほど都合のいい動きは他にはないわね。で、攻撃のタイミングはディーオが取ってくれるのね?」

「任せておけ」


 そう答えながらも、内心ではこれまでにない程の重圧を感じる。

 残り時間が刻一刻と少なくなる中、必勝を期そうと貴重な数百拍を観察のために費やしていた。残る魔力など諸々の理由から万が一にも失敗する訳にはいかなかい。

 焦燥感に炙られながら攻撃に最適な場所へとできだけ静かに移動していく。


 そして、ドラゴンがその鋭い硬質な爪を叩きつけようと、右の腕――前足というべきか?――を振り上げる。

 その動きに伴い、少しだけ上体が浮き上がり始めた。


「今だ!ニア、やるぞ!果てまで届け、〈裂空・涯〉!」

「其は阻むものなき突き抜ける光、貫け〈シューティングレイ〉!」


 その瞬間を待っていたかのようにディーオの『空間魔法』が、そして遅れる事二分の一拍、ニアの『光属性魔法』が発動した。




 過去に甚大な被害を受けたという経緯から、ラカルフ大陸では『死黒龍』の逸話が多い。とはいえ、それ以外の伝承や迷信の類などが全くないという訳ではない。

 中にはドラゴンと心を通じ合わせて共に戦った、などというものもあるのだが、ディーオたちの一件とは何ら関わりがないどころか参考にもならない――暴れ回るだけしか能がない相手とは友誼を結びようがないため――ので詳しくは述べないが。


「そういえば弱点について書かれていた書物があったはずだ」


 ふと思い出したかのように口にしたディーオだったが、それがドラゴンについて様々な民間伝承を記した雑記的なものであったことまでは思い出せてはいなかった。


「それ、本当に当てになるの?」


 難しい顔で言い返したニアの反応も当然というものだろう。

 更に言えば当のディーオも本当に弱点があるなどとは思ってもいなかった。


「個人的にはまず間違いなく眉唾物の話だと思っている。だが、今の俺たちには攻撃するための目標になるものすらないからな。目印代わりくらいにはなるんじゃないか」


 あらかじめ狙う箇所が分かっているのなら、その分だけ意思の疎通を図る機会は少なくて済む。戦闘が始まって以降は碌に会話もできない可能性が高いため、あらかじめ共通認識を持っておくことは悪いことではないと言える。


 もっとも、その箇所へと意識が向くあまりに攻撃のチャンスを逃してしまったり、より効率の良いダメージを与えられる箇所を見落としてしまったりと、逆に足かせとなってしまう場合も考えられるので、一概に良いとは言い難い作戦である。

 結局のところ最終的には共闘する者たち同士の信頼や共感、加えて臨機応変に対応できるだけの総合能力が重要となってくるのであった。


「一応、了解したわ。それで、その弱点というのはどこにあるの?」

「あー……、確か顎の下か喉、だったと思う。そこに一枚だけ逆向きになっている鱗があるらしい」


 いわゆる逆鱗の伝承である。

 しかしそれを聞いた瞬間、ニアの表情に影が差した。


「ドラゴン退治のお伽噺(・・・)に時々出てくるやつよ、それ。だけど一方で、実際にドラゴンと戦ったという話の中ではそれらしい記述はなかったはずだわ」

「いや、まあ、そうなんだけどな。それでも何もないよりはマシじゃないか」


 まさに指摘の通りであったため、ディーオも呟きも歯切れの悪いものとなっていた。


 おおよそ百年に一度程度の割合でドラゴンと戦いから生還した者が現れており、そうした連中からの報告によって、ほんの少しだけその生態が明らかになっていた。

 近年では該当するのがほぼ冒険者一択となっており、そうした理由からも『冒険者協会』が保持しているドラゴンの情報はラカルフ大陸随一であると言える。

 が、残念ながらそうした報告や情報資料の中に逆鱗の存在を確実視するためのものは存在してはいないのだった。


 余談だが、ワイバーンやサーペントといったレッサードラゴンに分類される魔物であれば、十数年から数十年に一度の割合で討伐され、素材やそれを元に作られた様々な加工品――主には武器や防具となるが、一部ははく製など好事家向けの物もある――が世に出回ることになる。

 しかし同時に、贋作の類も大量に出回ることになるので、貴族から平民に至るまで「騙された!?」と憤慨したり泣き叫んだりする者が山のように現れるのであった。


 ともかく、逆鱗の情報は事実無確認の胡散臭い代物であり、「当てになるのか」と冒険者たちに聞けば、八割方は「否」と答えることだろう。

 ちなみに、残り二割の内半分が「ロマンを求めるのもアリかもな」と他人事であるのを良いことに、無責任に煽ったりからかったりして楽しもうとする者たちである。

 そして残る半分が本気でその事を信じている、のではなく嘘を教えて足を引っ張ろうとする者たち、つまりは全く信じていないという連中たちなのであった。

 閑話休題。


「はあ……。まあ、顎の下や喉に首は一般的な生物でも急所に当たるから、狙いにすること自体は悪くはない箇所ではあるわよね……」


 呆れたように言いながらもニアが一定の理解を示しているのは、それ以上に有用で効果的な場所が思い付かなかったということも理由であったのかもしれない。


「問題はタイミングと位置取りよ。首にしても顎の下にしても、攻撃するなら正面に陣取ならくちゃいけなくなるわ。そうなるとドラゴンに私たちの存在が気付かれるかもしれない」

「これだけ周囲をうろつき回っているんだ。気が付かれているならとうの昔にそれらしい反応を示していると思うぞ。……それも含めてタイミングを計るために正面から眺めてみることにするか」


 もしもあちらに気が付かれたとしても、それはそれで良いとディーオは考えていた。その反応によって知性の有無などを見極めることができるからだ。

 一瞬ドラゴンと友達関係になることができたならば、という夢物語に近い願望が頭をかすめたりもしたが、それとてドラゴンと戦って勝つことに比べればよほど簡単に思えるからである。


 そして観察をすること百拍以上、二人が出した結論がこれである。


「檻の効果で見えなくなっているのか、それとも矮小な人間のことなんて最初から意識にも上らないのか……。いずれにしても俺たちがどう動こうが問題がないということだな」

「普通なら舐められたもの、とか言って怒るところなんでしょうけれど……。相手がドラゴンだと考えるとむしろ当然と言うべきなのかもしれないわね。下手に意識されてやり難くなるよりは良かったと考えるべきなのかも」

「それにあちらさんも邪魔されないと分かっているからか、それとも例の怪しい光の効果なのか、一撃一撃は力強いが、その反面動きは大振りで単調になりつつある。俺たちにとっては好機だ」


 檻の効果ならば力不足を、意識になかったのであれば判断の甘さを後悔させてやることにしよう。そんな好戦的で挑発的な考え方をすることで、二人は不安や焦りをできるだけ小さくして心の奥底へと仕舞いこむのだった。

 その後更に百拍以上じっくりと観察することで、爪による攻撃を繰り出そうとする際に、大きく喉元が見えることを発見することになる。




 そして冒頭へと繋がることになる。二人の放った魔法はドラゴンへと殺到するより先に、その身を守る壁でもあった檻へとぶつかり、すぐに突き抜けて行く。

 そして……、狙い違わずその首へと吸い込まれるように命中し、


「グギョオオオオウウウウゥゥゥゥ……」


 苦し気な鳴き声を上げさせることに成功したのだった。


 先に発動したディーオの『空間魔法』、〈裂空・涯〉だが、三十五階層で使用した時とは少々趣むきが異なっていた。以前は幅十尺ほどの空間の切れ目が自分の視界の正面に長く続いていることを想像することで、中央の池を越えて対岸の木々にまでその刃を到達させていた。


 対して今回は、幅はわずか十数寸ながらどこまでも、それこそ彼の言葉通り世界の果てまで届くほどの長さをイメージしていたのだ。

 これによってドラゴンを取り囲んでいた魔法的な檻に、瞬間ではなく連続的に負荷を与えることになる。

 そこへダメ押しのようにニアの『光属性魔法』による攻撃が命中、耐えきれずに穴が開いてしまったという訳だ。

 しかも魔法が通過し続けていたために穴を塞ぐこともできず、壁としての機能を果たすことができなくなっていたのだった。


 これには奇しくもニアの使用した『光属性魔法』もまた、一点へと連続して負荷を与え続けるものだったことも影響していた。いくつもの死線を二人で潜り抜けてきたことにより、似たような発想に辿り着くようになってしまっていたのである。


「やったか!?」

「気が早いわよ。それよりも追撃の魔法を、……いえ、あの檻が消えたのかを確認しないと!」


 もっとも、その後の行動は似ても似つかぬものとなったが。

 ニアが慌てたのには訳がある。二人の想定ではドラゴンへと攻撃が当たるようになるには、檻を破壊する必要があるはずだった。ところが、先の一撃では檻を貫通はしたものの破壊するには至っていないように感じられたからである。


 そしてこの推測は当たってしまっていた。彼女の叱咤を受けたディーオが慌ててそこいらに転がっていた床の破片を放り投げてみたところ、ドラゴンまで届くどころかそのかなり手前で弾かれてしまったのだった。


「くそっ!せっかくあそこまでやったっていうのに!」


 思わぬ一撃を喰らって苦しさと苛立ちでのたうち回るドラゴン。その傷口からは血が流れ出していたが致命傷というにはほど遠い、というのが二人の見立てだ。

 絶好の追撃の機会だというのに、それを完全に奪われてしまっていた。


 もう一度繰り返そうにも先の攻撃ではそれぞれ特別製の蓄魔石を一個ずつ使用している。残る蓄魔石は四個しかない。同じことをやったところで到底ドラゴンの首を落とすことはできないだろう。

 かといって今更全力で攻撃したところで、修復機能を持つらしい檻を破壊できるかどうかは不明だ。

 しかも破壊できたとしても手傷を負ったドラゴンが解き放たれてしまうことになり、それこそ自殺行為である。


 いっそ一旦撤退することも視野に入れなければならないかと考えていた二人の前で、事態は更に最悪な方向へと転がり落ちていく。


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