6 三十七階層を突破するには
ディーオとニアの二人が対策について話し合っている間も、当のドラゴンは暴れ回っていた。
それはもう、ドッタンバッタンと酷い有様である。
なにせ腕の一振りで十数人もの屈強な重装兵士たちを物言わぬ存在とし、尻尾の一薙ぎで頑丈な城壁を瓦礫に変えてしまえると言われるくらいだ。周囲を取り囲む魔法的な檻がなければこの階層はおろか、迷宮そのものが破壊し尽くされていたかもしれない。
もっとも、だからこそ檻に入れられているのであろうが。
ちなみに、最も恐ろしく強力だとされるブレスによる攻撃だと周囲一里以上が更地になるとも言われている。
「今更だが、とてつもなく重要なことに気が付いたかもしれない」
「その言い方からして碌なことではないのだろうけれど……。一応聞いておくわ」
「俺たちの方からドラゴンを攻撃する場合なんだが、あの檻のようなものに邪魔されるんじゃないだろうか?」
「あ……」
ドラゴンの動きを阻害して被害の拡大を防いでいる魔法的な檻であるが、同時にそれは外部よりの攻撃からドラゴンを守るための防御施設としても効果を発揮するのではないかと考えたのだ。
ディーオの台詞ではないが本当に今更である。
「片方からの攻撃だけ擦り抜けるような都合の良い魔法が――」
「ある訳ないでしょう。まあ、迷宮の中だからそれに近いものが生み出されていないとは限らないけれど、仮にあったとしても私たちの得になるような形にはならないのではないかしら」
特に最深部が近いかもしれない深層の奥地では、侵入者に有利な状況を作り出す必要性がないといえる。むしろ撃退できるようにその逆となる可能性の方が高いだろう。
加えて、防御系の魔法というものは基本的に壁を作るイメージで発動される。つまり、両面共に同じ強度を持っているということになる。
そもそもが一つの障害物なのでどちらかの面だけ強度を変えるなどという思考自体が生まれていないのだ。
対してディーオが使用している〈障壁〉や〈隔離〉といった『空間魔法』は、片面の強度をあえて減らすことでもう一方の面をより強固にすることを可能とし、加えて同等の防御力を得るために必要な魔力量さえも減少することに成功していた。
これ一つだけとってもいかに異質で高度なものなのかがよく分かるというものである。異世界の同一存在たちによって長年研究され続けてきたことは伊達ではない。
「ドラゴンの攻撃にびくともしないだけの強度となると……、俺たちの手札ではどうしようもなくないか?」
「私たちというより、既に人間が突破できるようなものだと思えないわ。でも本当に手はないのかしら?」
「何か気になることでもあったか?」
「さっきの檻越しの攻撃の話と同じよ。破壊することができないなんて有利過ぎる。それに絶対に踏破できない階層があるなんておかしい。だってそこまでの価値しかないと言っているようなものだもの。より多くの侵入者を得ようとしているはずの迷宮からすれば致命的な欠陥になるはずだわ」
マウズの迷宮の場合、低階層で『モンスターハウスの罠』が発見されたことや十五階層以降に『子転移石』が設置できないままとなっていること等のデメリットが、シルバーハニーやシュガーラディッシュなどの甘味とエルダートレントの枝という特産というメリットを打ち消してしまっている状態だ。
更に三十階層に直通となる『転移石』が勝手に起動していたことや、急激なゴーレムの進化を始めとする深層での不穏な動きが、『冒険者協会』の上層部に危惧を感じさせていた。
支部長の力を削ぐという狙いから管理不可能として手を引くことも考えられる。攻略できない階層の出現はその流れに拍車をかけることになりかねないのである。
「多くの冒険者を呼び寄せるためにも、ルールには則っていなくちゃならないと?」
「ええ。だからきっと何か方法があるのではないかと思うの」
「方法か……。とりあえず単純な力技ではないことだけは確かだろうな」
飽きることなく攻撃を続けているドラゴンへとチラリと目を向けてから、そう結論づけるディーオ。
が、それはさっきから何度も言っていることである。
「一発の攻撃力じゃないとすれば、途切れることなく攻撃を続けるというのはどう?それなら人数さえ揃えることができれば十分可能だと思う」
ただしもしもそうであった場合、あまり公になりすると「集団行動はお手の物だ」と軍、ひいては国がしゃしゃり出てこないとも限らない。
報告する際には情報が拡散しないよう常以上に用心しておかなくてはいけないだろう。
「ほうほう。それなら焚火とかで長時間火を焚いて燃やし続けるというのはどうだ?」
と、そんな悩みはお構いなしとでも言うかのように、ディーオが新しい案を披露する。
「確かに武器で叩き続けなくちゃいけないなんて道理はないわね……。そうなると魔法でも可能なのかしら?」
それに触発されたようにニアも考え込み始めた。
効果時間の長い、それこそ壁を作るウォール系の魔法を途切れさせずに接触し続けさせるだけであれば、三人もいれば十分に可能ではないだろうか。
もっとも少人数で行おうとすればするほど、術者には高い力量が求められることにはなるのではあるが。
そんな彼女を見て、ふと冷静になったディーオがポツリと呟く。
「まあ、仮にあの檻を破壊できたとしてもその後が大変なことになるだろうけどな」
「……え?」
「檻がなくなればあのドラゴンが自由になるってことだぜ。この階層から逃げきることが条件なら何とかなるかもしれないが、ドラゴンだからな……。迷宮自体が破壊されるっていう可能性もないとは言い切れない」
「そうなれば必然的に私たちは戦わなくちゃいけなくなる、ということね……」
そう返すニアの顔は血の気が引いて真っ青になってしまっていた。逃げることもできずに絶望的な戦いに身を投じていく自分たちの姿を想像してしまったためである。
完全に檻をなんとかすることにばかり思考を傾けてしまっていたため、その後起きるであろうことをすっかり失念してしまっていたのだった。
「思い付きで試してみなくて良かったな」
「ええ。本当に……。恐ろしい罠だったわ」
罠だったのか?と思いながらも、彼女の表情が至って真面目であったことから何も言えなくなるディーオなのであった。
「よくよく考えれば、無理にドラゴンと戦う必要はなくないか?」
「その通りよ!下りてきてすぐに目に入ったから何とかしなきゃと思っていたけれど、無視したままでも次の階層に進めるのであればそれに越したことはないはずだわ!」
迷宮の中には稀にある条件を満たさなくては次の階層へと進めない、という難儀なものも存在している。が、幸いにもマウズの迷宮はこれまでそうした条件が必要となっている階層はなかった。
あえて言うならば巨大スライムを倒さなければその先へと進めなかった三十階層が、条件付きの枠に入れられないことはないのかもしれない。
長々と説明したが、要するに階段さえ見つけることができたならば次の階層へと進むことができるのであり、その階層内にいる魔物を倒す必要性は皆無なのである。
ここにきてようやく二人は迷宮の基本を思い出すことができたのだった。
とはいえ、相手は魔物の代表格でありながら一級の希少種でもあるドラゴンだ。その思考の一切を関連する方向へと引っ張られたとしても仕方がないというものである。
存在感に呑まれて、または恐怖に駆られて突撃しなかっただけでも優秀な部類だと言える。
別の迷宮での話となるが、同様の流れで有名魔物に挑んでしまった結果、碌に自分たちの力を発揮することもできずに命を落としてしまったという冒険者の事例はいくつもあるのだから。
「まずは階段を見つけることが第一目標ということね。さっそく探しに行くの?」
「ああ、そのつもりだ。……が、できるだけドラゴンからは離れて動こうと思う。三十階層の巨大スライムの時ように、なにかが切欠であの檻が消えてしまわないとも限らないからな」
あれは結界越しに巨大スライムを一定回数攻撃すること、つまりは敵対行為を行うことで結界が解除されるという仕組みであったのだが、一度しか戦っていない彼らがそれに気が付くことはなかったのだった。
余談だが、あの結界こそ先ほど話題に飛び出した片方からの攻撃が擦り抜けるという特殊な結界であった、訳ではない。
あれはとてつもなく頑丈になる代わりにとてつもなく薄いという代物で、かつ、その衝撃をそのまま通すという性質を持っていた。そのため、ピッタリと張り付いていた巨大スライムには武器などの攻撃も当たっていた、正確には武器を叩きつけた際の衝撃の分だけダメージを与えることができていた、という理屈である。
一方、冒険者側が巨大スライムから攻撃を受けなかったのは、スライムの壁状態になっている結界に体を預けるという無謀な行為をする者がいなかったから、ということになる。
「それが賢明かもしれないわね。もしもドラゴンから一定の距離に近付くが鍵となっていたとしたら目も当てられないもの」
間近でいきなり自由の身となったドラゴンと相対するなど悪夢以外の何物でもない。消極策ではあるが、安全第一で探索を進めることにしようと頷きあう二人なのだった。
そうしたある種涙ぐましい努力の結果、二人は無事に次の階層へと続く階段を発見することができていた。
また、ドラゴンの檻も掻き消えたりすることなくしっかりと存在したままであった。
が、そこはやはり迷宮ということか。
階段を見つけることはできたものの、簡単には攻略できるようにはなっていなかったのである。
「弱ったな」
「困ったわね」
さすがにこの展開にはお手上げ状態となってしまったのか、二人はただ茫然と見つめるより他なくなってしまっていたようである。
ディーオたちのその視線が向かった先では、飽きるとか諦めるとかいう言葉を知らないらしいドラゴンが、無尽蔵の体力でもってひたすらに暴れ回っていた。
そして肝心の階段はというと……、その取り囲む魔法的な檻の中に設置されていた。
今話で50万文字を超えました。
まさかこんなに長く続けることになるとは……。ビックリです。
徐々に終わりが見えてきている本作ですが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。
が、頑張って完結させますので!




