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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
十四章

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5 ドラゴンとその伝承

 階段を降り切った先に広がっていた驚きの光景に、ディーオたちはただただ唖然とするばかりであった。

 さしもの二人もこれには度肝を抜かれてしまい、軽口を叩きあう余裕すらなくしていたようである。


「なあ、あのドでかい大トカゲ、あれってやっぱりドラゴンなんだろうか?」

「絵本や学術書の挿絵と似通っているから、少なくとも同じようなものでしょうね。それとディーオ、大トカゲなんだからドでかいのは当たり前だと思うわよ」


 前言撤回。こんな状況でも彼らのマイペースさには変化がなかったらしい。


 もっともこれにはそれなりの理由というものが存在していた。

 そのドラゴンらしき存在はひたすらに暴虐の限りを尽くしているようであったのだが、周囲を破壊し尽くしている訳ではなかったのだ。

 むしろ破壊できないことで更に苛立ちが募り、余計に過激な行動に出ている節さえ見受けられたのだった。


 そう、その存在はまるで何か見えない檻のような物の中に閉じ込められていたのである。


「あなたの『空間魔法』で同じことができるかしら?」

「無茶言うなよ。俺が作り出した〈隔離〉なら、ほら、今の尻尾の一撃で粉々に粉砕されているところだな」


 その檻であるが、こちらは尾が叩きつけられたその一瞬こそ白く濁ったものの、すぐに元の無色透明へと戻ってしまっていた。

 仮に同等の強固さを持たせようとするとなると、各頂点に『異界倉庫』産の蓄魔石を設置してやれば、一刻程度であれば可能かもしれない。


「私たちの切り札であるあの蓄魔石を何個も同時に使用してもその結果なの?全くもって割に合わないわね」

「それだって絶対に保持できるとは言い切れないからな。爪や尻尾とか今までのものよりも強い、例えばブレスみたいな攻撃であれば耐えきれるかどうかは分からんっていうのが本音だ」


 余談だが、単に魔法を使う時とは異なり蓄魔石を設置するには特定の手順が必要となるため、構築には相応の時間が掛かることになる。

 こうした点からもディーオの『空間魔法』を件の檻の代用にしようとするのは現実的ではないということになるのだった。


 ところで、この暴れ回る巨大な魔物について二人は「ドラゴンだろう」と仮定はしていたが断定するには至っていなかった。

 なぜならば二人とも、ドラゴンだと言い切れるほどその姿を見たことがなかったからである。

 いや、実際に目にしたのはこれが初めてのことで、それこそニアが口にしたように絵本や学術書の挿絵などでしか見る機会がなかったのだった。


 この点に関しては二人が特別無知であるという訳ではない。むしろこの世界においては直接その目で見たことのある人間の方が希少なのである。

 それはエルフやドワーフ、獣人を含めた人間種全体で見ても変わらない。


 その理由であるが、魔物と性質と魔力の濃度に大きく関係していた。魔物が魔力の濃い土地を好むということは以前も述べた通りである。

 そして濃い魔力というものは周囲の環境に影響を与えてしまうのか、魔力の濃い土地はことごとくとあるものへと変容してしまっていた。そう、『魔境』である。


 魔物同士のルールはいたって単純で明快だ。力こそが全て、最も強いものが最も良い場所を得ることができる。

 そしてドラゴンといえば数ある魔物の中でも最強種の一つである。つまり、『魔境』の奥にある魔力濃度が高い土地に居座っているのだ。


 そして言うまでもなく『魔境』は危険な場所であり、並の冒険者程度では立ちることすら難しい。

 マウズの町が所属しているグレイ王国のすぐ側にまで広がってきている『灰色の荒野』ですら、三頭級以上の上位冒険者パーティーが十分に準備と下調べを行わなければ、数日で全滅してしまうだろうと言われているくらいである。


 ドラゴンが棲むと言われている『魔境』の中核、『赤銅山脈』にまで足を踏み入れることができたのは、歴史上数人であるとされている。

 それらも全てどこかの国家が後ろ盾となって発表したものばかりであり、今日では国威発揚のための偽情報だったのではないかとするのが研究者の間では一般的になっているのだった。


 と、こう書いていくと誰もドラゴンの姿を知るものはいないのではないかという疑問に突き当たることだろう。

 だが、ラカルフ大陸に住む人々の間でもドラゴンは広く知られた存在となっていた。

 恐怖と災厄の象徴として……。


 それはたった一頭のドラゴンが引き起こしたものだと伝わっている。ラカルフ大陸史上最恐最悪にして『踵を奪いし邪龍』の異名を持つドラゴンのことだ。

 あまりにもの惨状に恐れおののいた当時の各国支配者たちは、目を付けられることがないようにと徹底的にその名を伏せるようになる。

 そのためか後の世にその名が知られることはなく、ある書物に記されていた『死黒龍』という呼び名が一般的には使用されるようになっていったという経緯を持つ。


 その邪龍であるが、惨劇を起こすより以前については全くと言って良い程記述がない。あったとしても推測や空想で書かれたものばかりという有り様だった。

 例えば、いつ頃から『赤銅山脈』に住み着いたのかという点一つについても、元々住み着いていたというものから、別の大陸よりやって来たという説、『赤銅山脈』こそが『死黒龍』の本体である主張する常軌を逸しているのではないかというものまで様々であるのだが、証拠となる論や証拠がないという部分においては等しく同じなのであった。


 さて、ディーオたちが生きる時代からおよそ五千年もの遥かな昔、ラカルフ大陸には『魔境』と呼べるような場所は『赤銅山脈』しかなく、その周囲には豊潤な大地が広がっていたとされている。

 肥沃な地は沢山の人々の腹を満たし、いつしかそこには数多くの町や村ができていた。


 それらはやがていくつかの国となる。国同士は時折小さな小競り合いこそ発生するものの、土地からの恵みがあるためか本格的に対立するには至らず、基本的には友好的な関係を築き上げていた。

 しかしそうした『赤銅山脈』周辺の国々の繁栄は、突然の『死黒龍』の襲撃によってわずか三日で灰燼に帰すことになった。


 その時の犠牲者の数は諸説があるが、最も少ないとされるものでも百万人近い数の人々が命を失ったとされている。

 ちなみに、最も多い説では一千万人以上となっているが、その頃の他国の状況を記した書物から人口を概算してみると、到底それだけの数には届かないということが判明しているため、研究者間では彼の龍の恐ろしさを伝えるための誇張表現の一つなのだろうと判断されている。


 『死黒龍』の暴虐はそれだけには止まらない。都市部だけに留まらず建物という建物は徹底的に破壊され尽くし、人々を慈しみ育んできた田畑はことごとく燃やし尽くされてしまったのだった。

 また、その牙は救援しようとやって来た者たちにも向けられることになる。ある国など、数千人規模で派遣した兵たちがわずか百を数える間に壊滅させられたという。

 弄ぶように追い回されていた数名の生き残りが、保護しようとした者たち諸共消し炭にされたという逸話も残っている。


 結局、復興させようにも入り込むことすらできず、『死黒龍』によって滅ぼされた国々のあった土地は徐々に『魔境』へと取り込まれていってしまうことになったのだった。


 話を戻そう。そのような歴史上でも稀に見る惨劇に見舞われた訳だが、その地の全ての人が命を落としたわけではなかった。

 ごく少数ではあるが、生き残った者たちがいたのである。そうした者たちの証言を元に、『死黒龍』つまりはドラゴンの姿形がラカルフ大陸中へと広まっていったのであった。


 そしてその邪龍であるが、襲撃以降のしばらくの期間こそ己がやったことを顕示するかのように滅ぼした国々のあった土地の上空を悠々と飛び回っていたのだが、いつしか忽然とその姿を消してしまう。

 その不可思議な消え方は謎となっており、未だ解き明かされていないラカルフ大陸きっての難題の一つとされている。


「弱ったな。俺が読んだことのある絵本にはドラゴンの倒し方なんて書いてはいなかったぞ」


 当然その事件を元にしている絵本に、そんなものが記されているはずもなく。

 そもそもディーオの言う絵本とは「悪いことばかりしている子どもは、怖いドラゴンに食べられてしまう」という類のものであり、戦うことすらしていないのであるが。


「ニアが読んだことのある学術書には、弱点だとか具体的な倒し方だとかは書いていなかったのか?」


 心の底から本気で当てにしようというものではないのだろうが、その都合の良いディーオの台詞に顔をしかめて頭を振るニア。

 微妙に頭痛を感じているのは彼女の気のせいではない。


「あのねえ……。学術書だからといって何でもかんでも書かれている訳ではないのよ。それに大体、そんな大事なことが分かっているのであれば、もっとドラゴンが狩られていてもおかしくはないと思うのだけど?」


 まあ、世界全体としてみれば年間あたり数頭のドラゴンが極秘裏に狩られていて、その素材がひっそりと世に出回ったりしているのだが……。

 彼ら二人とは関係がないので詳しい話は割愛する。


「私としては、むしろあなたの『空間魔法』での攻撃が効くのではないかと密かに期待しているわ」

「密かになのかよ……。そこはもっと素直に心の底から信じてくれるところじゃないのか?」


 何とも言えない評価にがっくりと肩を落とすディーオ。

 その様子にニアは軽く肩をすくめてみせる。


「悪いけれど、そこまで夢見る小娘ではいられないわね」


 もっともそこには悪夢も含まれるので、覚めたことが一概に不幸だとは言い切れないだろうとも彼女は考えていた。

 同時に、そんな冷めた見方こそが夢から覚めた証なのかもしれないと自嘲気味に思うのだった。


 一方、ディーオはというとそんな不安定な様子を見せるニアを気にしながらも、ドラゴンの対処方法について頭を巡らせていた。

 といっても彼女から言われた『空間魔法』が効果があるのか、ということを予想していただけの事ではあるのだが。


「……確かに〈裂空〉は空間自体に裂け目を作っている訳だから、当たりさえすれば効果はあるはずなんだよな。しかも魔法生物とは違って生命体だから、極端に言えば首さえ落とせれば勝つこともできる、のか……?しかしそうなると、三十五階層で道を作るために森の木々を切断した〈裂空・涯〉を離れた所から打ち込むのが安全ってことになるな」


 三十一階層のゴーレムたちに手間取ってしまったこともあって、ディーオは己の『空間魔法』で使用できるそれぞれの魔法について深く考察するようになった。

 そして開発されたのが〈裂空〉を改良した複数の技であり、〈障壁〉結界である。


 それらの経験からドラゴンに対しても、自分たちは決して無力な矮小な存在ではないという結論に達するのだった。


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