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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
十四章

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3 異質な階層

 意気揚々とまではいかないものの、それなりの覚悟と意気込みで三十六階層の探索と調査を始めたディーオとニアだったが、その状況は芳しいものではなかった。

 それはもう、いっそのこと悪いと言い切ってしまっても良いくらいだ。

 なぜなら魔物に罠、そして宝箱といった迷宮に付き物とされるものを何一つ発見することができなかったからだ。


 いや、一つだけ見つけることができたものがあった。次の階層への階段である。

 それを前に二人はすっかり困惑してしまっていた。


「昨日調べた場所も含めて、一通り回り切ったはずだよな?」

「そうなるわね。もっとも私たちの記した地図に間違いがないならば、という前提付きではあるけれど」


 どこか自嘲めいたニアの言葉を聞きながら、ディーオは手元にある彼女が記した地図と、脳裏に浮かびあがる自身の地図を照らし合わせていた。


 これは異世界の遊戯にある『オートマッピング機能』なるものを真似たもので、自身が通った場所――とその付近――の大まかな情報を頭の中に描いていくというものだ。それについて記されていたのは一見なんでもないだだの日記のようなものであったのだが、別の世界の同一存在の手に渡ることによって思わぬ革新をもたらすことになったのだった。


 また、その遊戯を楽しむための道具も『異界倉庫』には放り込まれていたのだが、それこそ何の説明もない状態であったため、そちらはガラクタの一つとして『異界倉庫』の片隅で永い眠りに付いたままとなっていたりする。


 さて、ディーオの場合であるが、元々は『空間魔法』の〈地図〉を習得する際の訓練として用いていたものだった。

 が、現状その肝心の〈地図〉が使用不可となっていたため、代わりになるものはないかと頭を捻ってみたところ、運よく思い出すことができていたのだった。

 そして試してみた結果、こちらは問題なく用いることができると判明したため数年ぶりに本格使用と相成っていた。


 余談だが、これまで〈地図〉や〈警戒〉をこっそり使用してきたため、ディーオは親しい仲間内の冒険者からは「迷宮のことに限り勘が働く」と揶揄われることもあった。

 これには鍛冶屋の親方であるドノワから毎度のように潰されることなど町内でのどうにも間の抜けたような行動の数々が関係していた。

 もっともやっかみなのは半分程度で、残る半分は少ない魔物との遭遇回数で目的の階層に辿り着くことができた、といった恩恵にあずかっていた照れ隠しというのが本当のところであったようだ。


「魔力を媒介として見ていた俺と、目視で確認していたニア。基本となる部分が違っている二人の地図が一致しているんだ、見落としの可能性は低いと思う」


 紙に落とし込む際に若干の縮尺がズレてしまっている箇所はあったが、ディーオがそう言い切るくらいには二人の地図は一致していた。


「だけど、そうなるとこの階層には何もなかったという結論になるわよ?」

「そこなんだよなあ……」


 侵入者を呼び寄せるための餌となる宝物もなければ植物や鉱物といった採取できるようなものもない。そして同時に侵入者を滅ぼすための罠も魔物も存在してはいなかったということになる。

 二人の知る迷宮の常識にはまるで当てはまらない異質なものだと言えた。


「まるで出来損ないのよう……、うん?」


 ふいに口をついた言葉に引っ掛かりのようなものを感じるディーオ。


「どうしたの?」


 だがそれもニアに呼びかけられたことで儚く消え去ってしまうのだった。


「……ごめんなさい。邪魔をしてしまったようね」


 一瞬落ち着きのなくなった顔が垣間見えたかと思えば、眉間に深く皺が寄せられた。ディーオの表情の変化から、ニアは自分の軽率な一言が思考を分断してしまったことに気が付いてしまった。


「いや。明確な形にならなかったということは、どこかに無理があったんだろう」


 肩をすくめながらも努めて軽い声音でそう言ったが、ニアの表情が明るくなることはなかった。

 長年研究に従事してきた彼女には、ふいの閃きというものがいかに重要であるのか痛いほどよく分かってしまっていたからだ。


「本当にごめんなさい。この階層の秘密を解き放つ鍵になったかもしれないのに……」

「いくらなんでもそれは大袈裟だ。俺の考えなんてどこでどう勘違いしているかも分からないんだぞ。今回だって精々がカギ穴らしきものかもしれないものを発見した、くらいだろうさ」


 もしもディーオの言う通りであれば、それはもうただの小さな窪みである可能性が大である。

 いくら何でもそこまで的外れなことはないだろうが、そう考えてしまう程に消えていった何かは荒唐無稽なものだったと、どうしてか彼には確信できてしまっていたのだった。


「まあ、さっきのことはともかくとしてだ。今の俺たちにできる事が限られているのは確かだ」


 すなわち、階段を下りて次の階層へと向かうか、それともこの階層に留まりさらに詳しく調査を行うのか、のどちらかである。

 一応後一つ、来た道を戻るという選択肢もない訳ではないが、これには迷宮最深部への踏破を諦めて、という前提が付くため二人の意識の中には上がってはいなかったのだった。


「探索を続けることで必ず何か発見があるというなら、この階層に居座るべきだと主張できるのだけれど……」

「あー、残念ながらその気配すら感じられなくなっている気がするな……」


 探せば探す程に何もないことが強調されていくように思われてしまう。

 ちなみに、三十六階層は大まかにいうと円状に広がっているということになる。その直径はおよそ百五十尺で、これは一階層よりもまだ少し狭いくらいである。

 次の階層へと繋がる下りの階段はその中心に、ではなく少し右下にズレた辺りに存在していた。一方、逆に三十五階層に続く階段は地図の中心から見て左下の袋小路にある。


 起伏はない、もしくはあったとしても全く感じられない程に小さいとなる。

 時折小さな鉄球を床に置いて確認してみたところほとんど動く様子はなかったので、この点については間違いないだろう。


「これはもう、次の階層に向かうことを前提にして話をした方が良くないか?」

「賛成よ。どのみち進むつもりなのだから、意識もそちらに向けて置くべきでしょうね」

「了解、それじゃあ次だ。今すぐにでも次の階層へと向かうか、それとも休息を入れるか。ああ、休息するならばどれくらいの時間をそれに当てるかも決めておくべきだな」


 満場一致――と言っても二人しかいないのだが――をみたところで話題の方も少し先へと進行させることになった。


「休息を取るか否かというのは分かるけれど、休息時間まで決めておくというのはどういうこと?」

「最低限の体調を回復させるだけにするか、それとも今でき得る限りの準備を整えるかのどちらにするのかということだ。とはいえ、体調の回復だけでもそれなりの時間が必要だと思っているけどな」

「なぜ、と聞いても?」

「昨日はそれほど十分な休みが取れたとは言い難い。あれだけ派手な大立ち回りをしたんだ、気持ちが昂っていた部分もあっただろう。それに加えて、今日は今日とてこの訳の分からない階層を探るなんていう、神経の磨り減るような作業を続けてきたからな。恐らく、自分たちで思っている以上に疲弊しているはずだ」


 指摘されてみればその通りである部分がいくつもあったのだろう、ニアは納得したというように大きく首を縦に振ったのだった。


「理解したわ。でもそれならばしっかりと準備を整える方に一本化しても良かったのではないかしら?」

「それなんだが……。どうにも嫌な胸騒ぎがするような気がするんだ」

「勘だとか虫の知らせだとかを軽く見るつもりはないけれど、随分と曖昧な表現ね」


 苦笑を浮かべるよりないニアであったが、その表現自体かなり譲歩して好意的だと言えそうである。

 一般的には「はっきり言え!」と怒鳴り散らされて終わりだ。


「悪い。さっきからどうも気が()くというか何と言うか……。どうにも確信が持てなくてさ」


 〈地図〉と〈警戒〉の魔法が使用できなくなっていることに端を発しているものなのか、それとも別に第六感的な部分を攪乱させるような何かが仕掛けられているのか。

 ただ一つ言えるのは心の内でチリチリと焦燥感らしきものが燻っているということだけだった。


「それで体調が回復するだけの時間を取るという妥協案が生まれた訳ね。ところで、このまますぐに次の階層へ向かうとすれば、ディーオはどの程度の力が出せる?」

「マウズの町から三十階層に転移してきて三十一階層に進んだ時を百とするなら、まあ、良くて五十というところだろうな。恐らくは三十前後、場合によっては二十以下に下がっていることもあり得ると思う」


 一対一で戦うとするならば、魔物女性たちやハイオーガには完全敗北、ホーンショットディアーや一般的なゴーレムであれば何とか勝ち越せるというところだろうか。


「ニアの方はどうだ?」

「……大規模な魔法は絶対に無理ね。後は〈トライカッター〉を同じ場所に当てるような緻密な作業も厳しいと思う」


 お互いの現状を把握したところで大きくため息を吐く二人。焦りに身を任せて行動したところでその先には破滅しかないことが判明した。

 間違いなく休息が必要だ。


「問題は、休息を取るにしても不安要素がいくつもあるってことか」


 二人が一日掛かりで調べ上げた成果として、この三十六階層には何もないということが分かっている。

 だが、これから先も常にそうであると言い切れるだけの証拠となるものを見つけることはできていない。極端な例を挙げるならば、休息している間に即死級の罠が仕掛けられ、勝てる見込みが全くない凶悪な魔物が徘徊するようになってしまうかもしれないのである。


 そして何より恐ろしいのは、そうした展開を予想してしまうことによって、休息どころか逆に精神的な疲労が蓄積する事態になりかねないことである。


「やれやれ。前人未到だった階層に到達できたからって、随分と繊細な心根になってしまったもんだ」

「あら、それをあなたと一緒にされるのは心外ね。私は元々繊細な心根の持ち主だったのだけれど?」

「……本当に繊細なやつは自分からそんな事は言わな――、あ、いや何でもないです」


 ニアからやたらと凄みのある笑顔を向けられて、途中で言葉を切るより他ないディーオなのであった。


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