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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
十四章

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2 三十六階層の探索に向けて

 三十六階層へと降り立った翌日、しっかりと休養を取った二人がテントから外に出て目にしたのは、昨日と同じく仄暗い通路だった。


「時間的にはもう日が昇っている頃よね?」

「あー、そうだな。……大部屋型の階層でも上部が明るくなっている頃合いだと思う」


 しっかり休養したという割には、ディーオの顔色は悪い。まるで一晩中起きて何かしらをしていたかのようだ。

対するニアもどことなく疲労が拭いきれていないようではあったが、それでも彼に比べればマシな顔つきである。


「これじゃあ、毛布を乾かすことはできないかしら?」

「いや、それでも少しは外の空気に当てておいた方がいいだろう」


 その台詞を口にする際にニアはほんのりと頬を赤らめていたのだが、寝不足気味のディーオではそこまで気が回らなかったようである。

 彼女の葛藤などお構いなしに、のそのそと精彩を欠いた動きのままテントから毛布を取り出すと、〈収納〉で異空間から台を取り出してその上に広げてしまったのだった。


「どうかしたか?」


 その頃になってようやくニアが不機嫌になっていることに気が付くことになる。もっとも、口を小さく尖らしたその顔は、いじけていると例える方が妥当なもので、愛らしさを感じてしまう類のものであったのだが。


「何でもないわ。着替えるからしばらく中に入って来ないで」


 それでも有無を言わさぬ口調で言いきられてしまい、ディーオはただテントの中へと消えていく後姿を見送るより他なかったのだった。


 こうしたやり取りを経たことで、ようやく灰色の脳細胞が稼働を始めたらしい。さっそく朝食を、と考えた時点で頭を振る。

 まだまだ優先項目の判断が甘いようである。『基礎魔法』で水を生み出すと、豪快に顔を洗って意識をはっきりさせる。その後、周囲の様子を探り始めた。


 『異界倉庫』に残っていた数少ない完全充填された蓄魔石を用いたためか、〈障壁〉結界は半日以上の時間が過ぎても強固なまま存在していた。

 いくら三十五階層を切り抜けることが最優先課題だったとはいえ、危うく特製蓄魔石を全て使い切ってしまうところだったのは失敗だった。出し惜しみをしてはいられない状況であったのは間違いないが、それでも切り抜けた先での安全の確保をないがしろにしてよいという理由にはならないのだ。


 学ぶべきことは多く、そして至らぬ点も多い。その事に少々自己嫌悪に陥りながらも、ニヤリと笑って自己を奮い立たせる。その分まだ己は強く優れた存在になることができるのだ、と。


 さて、三十六階層に辿り着いて以降、魔物に該当する存在は一度もその姿を見せていなかった訳だが、やはりと言うべきか〈障壁〉結界の周囲にもそれらしい跡を見つけることはできなかった。

 二十階層のエルダートレントとその支配下にあったトレントたちや、三十四階層の魔物女性たちという例外はあれど、迷宮内に生息している魔物は侵入者を発見して排除するという行動を基本としている。

 本来は臆病で迷宮外であれば逃げ隠れするような魔物であってもこの傾向は見られるため、迷宮による何らかの強制力が働いているのではないかと言われていた。


 ところが、である。

 この三十六階層ではそれらしい兆候すら見ることができずにいたのだ。これは明らかに迷宮の常識からかけ離れた状態であった。


「お待たせ。……難しい顔をしているわね」

「ん?ああ、やはり(・・・)魔物が現れた様子はなかったと確認したところだ」

「そう……。私が何も感じなかったのも間違いではなかったのね」


 この会話の中にこそ、早々に休息を取ることにしたはずの二人、特にディーオがやたらと寝不足気味な顔をしていた答えの一端があった。


 『異界倉庫』産の特製蓄魔石を用いて展開された〈障壁〉結界はとてつもなく強固なものである。三十四階層で数十人のちびっ子たちに集られても一切の異常がなかったことなどから、その頑丈さは実証済みだ。

 しかし、〈地図〉と〈警戒〉が発動しないという状況は、二人に想定していた以上の大きな不安を与えることになってしまっていた。

 つまり、寝ている間に〈障壁〉が破られてしまうのではないかと考えてしまったのだ。


 その不安に対抗するために二人が取った対策というのが、寝ずの番を立てるという冒険者の基本に立ち返ったものだった。

 ただ、一つ誤算だったのは二人という最少人数だったことで一人当たりの負担がとてつもなく大きかったということか。

 更に〈障壁〉結界を利用するようになる以前の中階層部分とは異なり、一切の情報がない前人未到の階層であったことも二人の精神に重圧としてのしかかってきていたのだった。それは眠っている時も同様であり、極度の緊張から毛布が濡れてしまう程の寝汗をかいてしまっていたのだった。


 また、ディーオは三十五階層の踏破の際ニアに思っていた以上の負担をかけてしまったことを気に病んでいた。そのため等分以上の時間を一人で見張りに費やすことにしてしまったのだ。

 このような独断はパーティー内の信頼関係を損ないかねないもので、本来であれば下策中の下策である。

 もし同じ行為に及んだとしても、通常の心持ちであればニアに体調などの確認を取ってから行ったことだろう。反対に言えば、そんなことにも考えが及ばなくなってしまう程に追い詰められてしまっていたのだ。


 余談だが、二人の心境については三十四、三十五の両階層の実情が冒険者協会で得られていたものとは大きくかけ離れていたことが多大な影響を与えていたのだが、そこまで正確に自身の内心を推し量ることはできてはいなかった。

 そうして密かに積み上がっていた不安感が〈地図〉と〈警戒〉を奪われたことによって溢れ出したのであった。


 それでもこれからの予定と方針を決めるよりもまず先に、食事を取ることを選択するのだから冒険者としての図太さに関してはしっかりとものにしているようである。

 まあ、ただ単に食い意地が張っているだけとも言えなくもないのだが、これよりどれだけ長丁場になるのか分からない以上、体力を得るために食事を優先するのは、それはそれで理にかなったことだと言えるのである。


「まずは昨日様子を見て回った所へ行って、変わったところがないか調べてみようと思う」


 朝食を取り終え、ディーオはそう切り出した。


「変わったこと?見落としなどがなかったか調べてみるということかしら?」

「それもある。昨日は三十五階層の踏破との疲れと、最深階層へ到達したことによる気分の高揚の二つが混ざり合っていたからな。しっかりと確認していたつもりでも見逃していたことがないとは言い切れない」

「ああ。昨日はそれどころじゃなかったから忘れていたけれど、私たちは今マウズの迷宮としては最も深い所まで来ているのね」


 ニアの言葉は淡々としたものではあったが、それゆえに嚙みしめるような実感がこもっていた。

 迷宮発見の初期から、それこそマウズの町が大きくなる過程をつぶさに見てきた支部長などには遠く及ばないが、ディーオで一年以上、ニアも数か月間このマウズの迷宮へと挑み続けていたのだ。

 未だ誰も辿り着いていなかった場所へと到達していたのだという事実に、感慨深いものを感じてしまうのも当然のことだろう。


 しばし目を瞑り、様々な感情が通り過ぎていくのをじっと待つ。

 目に見える立派な成果ではあるが、まだここは目標としている最終到達地点ではないのだ。激情に身を委ねるには気が早いというものだ。

 あくまでも一つの区切り程度に捉えておかなくては足元を掬われてしまいかねない。


「それ()、ということは別の理由もあるのよね?」

「お見通しか……。魔物の痕跡を探すのであれば、少しでも土地勘がある場所の方が発見し易いんじゃないかと思うんだが、どうだ?」


 そして何事もなかったかのように話を続けていく二人。


「周囲を警戒する訓練をするにも、通路同士の繋がりや先の形状が分かっている方が負担も少ないということかあ」

「正解だ。この先ずっと〈地図〉も〈警戒〉も使えない可能性は高い。少しでも有利な状況を利用して、早く勘を取り戻しておかないとな」


 また、いつ何時それ以外の『空間魔法』まで使用できなくなるか分からない。重荷になりがちな水と食料は、最低限を除き〈収納〉で異空間へと仕舞いこんでいた。つまり現状では〈収納〉が使用不可になってしまえば、二人はたちまちのうちに干上がってしまうのだ。

 動きの邪魔になるのを覚悟で、数日分の保存食は各自で運ばなくてはいけないだろう。

 こうした冒険者としては至極当たり前の行動にも早急に慣れなくてはいけない。


「それと、これはあくまでただの思い付きではあるんだが、『大改修』の時のような現象が起きているかもしれないと考えた」

「まさか!?数か月前のアレがまだ続いているというの?」

「そこまでは分からない。だが、これだけ迷宮の常識とは違う状況が続いているんだ。何が起きていたとしてもおかしくはないくらいの心積もりでいた方が良い」


 起こりうるかもしれないと想定しておくだけでも、実際にそうした事態に遭遇した際の動きには大きな違いとなって現れるものだ。

 特にこれからはほんの小さな失敗一つで、これまで積み上げてきたものが全て崩れ去ってしまう、すなわち命を落としてしまうという状況になりかねない。


「分かったわ。ディーオの言う美味しい料理にも心惹かれるものがあるもの。こんな所で終わってしまったら未練が残ってしまって大変そうよ」

「ははは。その意気だ。せっかくここまで来たんだから、最深部にまで行って二人で美味いものをたらふく食べようぜ」


 軽い口調でそう言って笑い合う。これには行動前の話し合いが終わったことを確認するという意味合いも込められていた。


 そして、迷宮とディーオたちの攻守が入れ替わる。

 ここからは三十六階層の踏破に向けて二人が攻めていく番だ。


 二人の体力が尽きるまでに、どれだけこの階層について調べ上げることができるのかが勝利の分かれ目となる。

 もちろん、次の階層へと繋がる階段を発見するのは必須項目である。その上でどれだけ詳らかに現状を把握できるのかが求められるのだ。


「これまでのように何も考えずに、ただ次の階層へと向かえたら楽だったのになあ……」

「この先どんな仕掛けがあるのかも分からないんだから、少しでも多くの経験を蓄えておかないと」


 いわゆる初見殺しのような罠や仕掛けがない訳ではないのだが、大半は常道に沿ったものかその派生もしくは類似のものとなる。

 知識や経験を蓄積していくことは、物事に存在している定石やセオリーといったものに精通していくということでもあるのだ。


 そして一度発生してしまえば全く新しい出来事も前例となる。

 二人は次の階層以降を見据え、できる限り多くの新しい出来事に接触しようとしていたのだった。


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