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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
十三章

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8 大規模魔法による惨状

 当代の魔法研究家の大家であるルーマス・キジカルガは、ある著作にこう記している。

 「魔法の本質とは、『現象』を発生させることではなく、その『現象』を用いて世界に影響を及ぼすことにこそある」と。


 小さな火を発生させる基礎魔法を例に挙げてみよう。この魔法は指先に三寸程の小さな火を数拍の間灯すことができるだけの簡単なものである。

 より大きく、より長い時間燃やすこともできるが、魔力の消費量が格段に増えることから有用ではないとされている。と、それはともかくとして。


 ルーマス・キジカルガの言に当てはめるとするならば、この魔法の本質は火を発生させることではなく、それを火種として焚火を起こしたりランプの明かりにしたりすることにこそある、ということになる訳である。


 これらはつまるところ、魔法という『現象』は一時的で消滅してしまうものであったとしても、それによって世界に与えた影響は消えることがないということを指し示すものなのである。


 長々と説明を加えてきたが何を言いたいのかというと、ニアが魔法で生み出したいくつもの燃え盛る岩石は池の中へと降り注いだ後に消えてしまったが、それによって巻き起こされた津波は消えることなく池の周囲へと押し寄せて凄惨な光景を生み出すことになっていた。

 その様子にさしものディーオも今回ばかりは「少しばかりやり過ぎたかもしれない……」と心の中で反省するほどであった。

 ニアに至っては『異界倉庫』の蓄魔石を利用したとはいえ、目の前に広がる惨状が自分の魔法を引き金としていることを理解することを頭が拒否してしまったのか、呆然と突っ立っている始末だった。


 まき散らされたことで半分ほどの量となり水面が著しく低下してしまった池。これだけでも大量の水が飛び出して行ったことが伺える。

 更に畔の木々は一様に外に向かってへし折れたり引き抜かれたようになったりしていて押し寄せた水の勢いを如実に表していた。剥き出しになった地面はさながら泥沼のようで、一見しただけでは数拍前に広がっていた景色と同じ場所であるとは到底理解できないような状況であった。


 当然、そこに居た魔物たちも無傷でいられるはずもなく、あるものは高温となった水にのまれて、またあるものは根元から押し流された巨木に潰されて息絶えることになったのだった。

 気を取り直したディーオたちが次の階層へと進んだ後、状況を確認しに来た魔物女性たちは声を揃えて「いくら何でもやり過ぎ!」と叫んだという。


 さてそのディーオたちだが、先に我に返ったのはやはりというか彼の方であった。

 より正確に言うならば、押し寄せる津波を防ぐために〈障壁〉を張り続けていなくてはいけなかったことや、脳内展開した〈地図〉によって刻々と変化していく様を知ることができていたことなどの要因によって、ニアとは違って意識をなくしたりはしていなかった。

 しばらくの間黙って周囲を観察していたのは、彼女の心情を慮ってのことでしかなかったのである。


 ただ、さすがに百に近い数を数える頃になっても身動き一つしないのはまずいと思い、そっと地面へと彼女の腰を下ろさせることにした。

 それから小島――水位が低下したことで露出している面積は数倍になっていた――に打ち上げられていたヌシと思わしき巨大な水生の魔物を〈収納〉で異空間へと放り込む。十尺近くにも及ぶ巨体であったが、これまた異世界産の蓄魔石を用いたことでかき消すようにして消えて言ったのだった。


「それにしても、ここまで大事になるとはなあ」


 まるで他人事のようにディーオが呟く。思考を放棄するような事こそなかったが、予想していたよりもはるかに大きな被害に現実味を感じられなかったせいである。


 想定外の被害をもたらした原因となったのは、異世界産の蓄魔石を使用したことにあった。既に何度も述べているように、それはディーオたちの世界の物と比べて数百倍ともいえる大量の魔力を溜め込むことができた。

 が、特別製の蓄魔石が持つ性質はそれだけに止まらなかった。


 話は少し変わるが、これらは膨大な量の魔力を使い切っていたとしても、一日程『異界倉庫』の中へ転がしておけば、完全に魔力を回復することができていた。

 つまり、これら特製蓄魔石は魔力を蓄える量のみならず、魔力を通す管――便宜上、ここではそう例えることにする――もまた桁違いな太さを誇っていたのだ。


 これによって本来使用するはずだった魔力をはるかに超える量が流れ込み、惨状を生み出す程の超、大規模魔法へとなってしまったのだった。

 今更もしもを口にしても詮無きことではあるが、ディーオが手にしていた使用途中の蓄魔石を渡していたとすれば、恐らく被害はこの半分程度で済むことになっていただろう。

 もっとも、それでも十分にハイオーガたちは壊滅的な状況となっていたのであろうが。


 余談だが、ディーオは元々当人の保有魔力量が大きい上にこの世界の蓄魔石をほとんど使用したことがなかったために、『異界倉庫』に転がされていたこれら特別製の蓄魔石の異常性について今一つ理解してはいなかったのであった。


「向こうに戻るようなことができる訳でもないし、これ以上は安全な場所に辿り着いてからゆっくり考えるべきだな」


 上層部分と同じであれば、倒した魔物の代わりが補充させるまでそれほどの時間が残されてはいないことになる。

 怪我こそしていないが長時間走り通しで身体的な疲労は大きく、また蓄魔石を利用しながらではあるが、次々と魔法を使用してきたことで体内魔力の残量も少なくなってしまっている。

 対岸の、二人の魔法によって作られた一直線に森の外縁部へと続く道を見ながら独り言ちると、ディーオはニアを座らせた次の階層へと繋がる階段近くへと戻って行ったのだった。


「ニア、そろそろ目を覚ませ」

「ひゃあ!?な、なに!?」


 パンと景気のいい音を間近で聞かされて目を白黒させるニア。

 キョロキョロと辺りを見回したかと思うと、おもむろにその形の良い眉をしかめた。どうやら自分の置かれている状況を思い出し、なおかつその状況を作り出したのが自分であることを理解したようだ。


「思っていたよりも落ち着いているんだな」

「ショックじゃないと言えば嘘になるわ。でも、泣き叫んで許しを請おうとは思わないわ」


 迷宮の中という特殊な空間であることや、特製の蓄魔石を用いたことで予想をはるかに超えてしまったこと等、彼女の精神状態が比較的落ち着いていることにはいくつもの要因が関わってきているのだが、最も大きな理由はハイオーガを始めとしたこの三十五階層の魔物たちとはお互いに相容れない存在同士であった、という点が挙げられるだろう。


「ただ、彼女たちからあなたと同類のように思われるかもしれないのが辛いわ……」


 遠く森の梢の上に浮かぶ人影へと視線を向けて「はあ……」と盛大にため息を吐く。


「酷い言われような気がするぞ」


 対してディーオがしっかりとした反論ができないのは、他の冒険者という人目がなくなったことに伴い自重が少なくなっていると自覚していたためであろうか。


 だが、ニアは知らない。

 そんなディーオと同行している時点で彼女もまた同類なのだと、二人ともまとめて要注意人物だと魔物女性たちから思われていたということに。


「まあ、いつまでもこうしていても仕方がない。そろそろ次の階に進むとしよう」


 本気で言い合いになってしまえば語彙も多く、思考も論理的な元研究者であるニアに勝てる見込みは万に一つもない。

 相手の力量を正確に把握している彼は、今回もまたさっさと戦術的撤退を選択するのであった。

 そんなディーオにニアは肩をすくめることで同意を示した。


 しかしながら、最もため息を吐きたかったのは魔物女性たちだったことだろう。

 特に二人の行動を頻繁に目にすることとなったハーピーたちに至っては、彼らの姿が階段へと消えた時には精神的にほとんど限界を迎えており、半ば墜落するような速度で地面へと降り立ったのだった。


「大丈夫か、セイレ?」


 そんな中の一人、若手のリーダー格でもあったセイレの元にラミア種族であり同じくリーダー格のドナが近付いて行く。


「ええ。ルッケが咄嗟に張ってくれた糸のお陰で地面に激突せずにすんだわ」

「そうか、良かった……。しかしさすがに今のは肝が冷えたぞ」


 種族こそ違うが生まれた時からの付き合いである友人があわや大怪我をしそうになったためか、普段は努めて冷静を装っている彼女の声音もこの時ばかりは感情がむき出しとなっていた。


「ごめんなさいね。ようやくあの二人から解放されたかと思ったら、気が緩んでしまったわ」


 長老たちの決定云々を差し引いても、セイレはディーオたちのことを嫌ったりはしていなかった。むしろ場合によっては敵対関係となるかもしれない状況で、自分たちやちびっ子たち、更には村のことを考えてくれていた二人に対して好感を抱いていたと言っても良い。

 これは彼女たち若手全員に言えることであったが、セイレは特にその傾向が強かった。


 しかし、そんな彼女ですら今回の三十五階層での共闘は多大な困惑と疑問を感じさせられるものだった。そしてついには精神的な疲労によってあわや墜落の危険に晒されることになってしまった。


「人間である彼らは、我々と感覚が異なるのかもしれないな」


 疲れ果てた友の姿にドナがそう独り言ちる。が、その考えはすぐに否定されることになる。


「突飛に見える彼らの行動の源泉は、人という種族によるものというよりはその能力に依っているように思えましたね」


 木々の間を抜けて現れたのは若手リーダー格の残る一人、アラクネ種族のルッケだった。


「あれだけのことができるだけの力を持つのだから、世間一般とズレていて当然という訳か。ふむ、相変わらずルッケの推測は説得力があるな」

「思ったことを言っているだけですから、あまり信用されても困りますよ。それはともかく、セイレも無事なようで何よりでした」

「ありがとう。ところで他の子たちは?」

「私と同じく気が付いた者たちが糸を飛ばしていたので、大怪我をした者はいないと思います。今は報告待ちの状態ですね」

「そう。良かった」


 それからしばらくの後、枝や葉によってかすり傷や打撲を受けた者はいたが、骨折などの大きなけがを負った者はいないと報告され、三人は揃って安堵することになるのだった。


冒頭に出てくる人物の名前ですが、とある言葉を並び替えたものです。


あ、特に物語に関わってくるだとか裏設定に通じるものではありませんのでご安心を。

単なる私のお遊びです(笑)。

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