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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
十三章

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5 森の次は池

 〈隔離〉した魔物たちを焼き尽くすという作戦は、二つの魔物の群れを殲滅するだけの成果に留まらず、ディーオたちにとって有利な状況を作り出すことに一役買うことになった。

 体の芯から震わせるような轟音に、二度にわたる大規模な火炎の蹂躙によって魔物たちの戦意は一気に下落していったのである。


 魔物といってもほとんどは知性を持たないケダモノに近い存在である。圧倒的な力を見せつけられてしまえば獲物になどできはしないと強制的に理解させられるし、排除できない外敵にいつまでも立ち向かうような愚かな真似を種の本能が許すはずもない。


 加えて、ディーオの〈裂空・涯〉によって断ち切られていた池の対岸の木々がこれらの発する振動によって倒れることとなった。

 突然倒壊を始める樹木は混乱に拍車をかけることとなる。

 結果、多くの魔物が逃げ出すようになり、一部を除いた森の中の生き物たちは恐慌状態に落ちることになってしまったのだった。


 この機を逃すものかと魔物女性たちはさらに攻勢を強めていた。

 ラミア女性たちは目に付く端から魔物を狩り、アラクネ女性たちはどんどんと陣地を広げていく。ハーピー女性たちは狩られた魔物を次々と陣地の内側へと運んで行ったのだった。

 そして半ば冗談で口にしていた一年分以上の食糧を本当に確保することができてしまったのであった。


 後に彼女たちはこう語る。「魔物を狩る時よりも解体する方が、そしてそれらを村へと運ぶ時の方が何倍も疲れた」と。

 ちびっ子たちに料理を持たせたときに渡したままになっていたアイテムボックスまでも利用しながら、交代制の不眠不休で陣地の警戒と獲物の解体、そして村への搬送を行ったのだが、それら全てを終えて最後の一人が森を離れるのはこれより三日先のことになるのだった。

 恐らくはディーオたちが倒したまま放置していった魔物の残骸がなければ、落ち着きを取り戻した魔物たちが大挙してきてしまい、処理もできずに無駄になってしまった獲物も多かったに違いない。


 魔物女性たちが嬉しい悲鳴――最終日ともなると恨み節のようになってしまったが――を上げ始めた頃、ディーオとニアは池のほとり近く、吹き飛ばした木々が固まって障害のようになっている場所の目前まで迫っていた。

 魔物たちが恐慌状態になり襲われる危険性が大きく減少したため、走る速度を緩めることができたのは思わぬ幸運だった。

 お陰でニアのスタミナも多少は回復することができていた。


「ここからが勝負どころだな」


 ようやっと危機感を持ったのか、残るホーンショットディアーを連れたハイオーガたちが結集しつつあったのである。

 木立や吹き飛ばした木々に紛れて直接姿を見ることはできなかったが、脳内の〈地図〉にはしっかりと光点が記されていた。


「その仕込みが上手くいってくれることを祈るわ」


 大袈裟に見えるほど大きく腕を振りながら走るディーオを見てニアが小声で返す。

 実は腕の振りに合わせて威力を抑えた〈裂空〉を正面の障害物に向けて何度も放っていたのである。低威力とは言っても数か月前に四人組と初めて遭遇した際にこっそり使ったものと同じかそれ以上の力は込められている。

 魔物でも何でもない木がいくら積み重なろうとも不可視の空間の断裂を防ぐことなどできはしなかった。進行を阻もうと集まって来ていた魔物たちには気付かれることなく、山のようになった障害物は密かに切り刻まれていたのだった。


「ニア、これを」


 振り向くことなく後ろ手でディーオが差し出したのは『異界倉庫』産の超強力蓄魔石だった。


「この階層を抜けるまでなら、十分に魔力は持ちそうなのだけど?」


 森さえ抜けてしまえば、後は池の中央にある小島を目指すのみだ。彼らの想定通りに事が進めば、魔力切れに陥ってしまうことはないはずだった。


「森を楽に進むことができたのは彼女たちからの情報があったからだ。だが、この先の池は違う」

「楽に進めたという部分には疑問を抱かざるを得ないけれど、ディーオが言いたいことは何となく分かった。まだ隠し玉があると思っているのね?」

「ああ。しかも特大級の物が隠されている気がする」


 バックドラフトで二度目の魔物の集団を殲滅した時と同じく、こうした直感は侮れないものがある。身動きができない程に深刻に考え込んでしまうのは論外だが、用心をしておく、気構えを持っておくことは決して無駄にならないはずである。


「了解。これは預かっておくわね」

「お、おう」


 ニアへの返事が上擦ってしまったのは、走り通しで息が上がっていたためか、それとも蓄魔石を受け渡す際に彼女の手と触れたからなのか。


「それにしても今度は全く攻撃してこなくなったわね」

「多方向から一斉に攻撃することで逃げられないようする魂胆のようだ」


 既に何度か射線が通ったことはあったのだが、あちらが動く気配は見られなかった。引き付けておいて確実に始末するという腹積もりらしい。

 しかし、それはそれでこちらもまた安全に近付くことができるというものだ。後はあちらより一足早く仕掛けてやれば良いのだ。


「準備は?」

「いつでも」


 ニヤリと笑い最後の仕込みを終える。

 そして、


「今だ!」

「〈ストーンピラー〉!」


 ニアの声が響き渡ると極大の石の柱が地中から勢いよく生えてくる。それが生まれたのは障害物と化していた大量の木々の真下だった。

 ディーオによって程よい大きさへと切断されていた材木たちを、邪魔だと言わんばかりに弾き飛ばしては周囲へと崩れ落ちさせていった。

 突然一抱えもある丸太が頭上から降ってきたり押し寄せてきたりするのだ。潜んでいたハイオーガたちにとっては堪ったものではなかっただろう。辛うじて発射されたホーンショットディアーの角も、見当違いの明後日の方向へと飛んで行くのがオチであった。


「押し通らせてもらう!」


 もはや戦いどころではなくなったハイオーガたちを横目に、二人は一気に速度を上げて木々の隙間を駆け抜けていった。

 すると間もなく生い茂る葉の隙間から上部の明かりを反射する水面が垣間見えてきたのだった。


「森を抜けるぞ!」

「今度の魔法は少し時間が掛かるわ!しっかりと私の背中を守ってちょうだい」

「任せておけ!」


 ディーオたちが抜けてきた場所は木々の力が一際強かったらしい。池のほとりギリギリにまで森が近づいており、池の上空を遮るようにして枝葉が広がっていたのだった。


 そして肝心の池の方はといえばすぐに深くなる形状なのか、縁にわずかばかりの水草が生えている程度だ。

 キラキラと上部からの光を跳ね返している水面とは裏腹に、覗き込んでみると澄み渡ったとはとても言えない色合いとなっていた。

 しかしそれは大量の養分を含み多くの生き物を育むことのできる環境でもある。森の中と同様に何が潜んでいてもおかしくはないと思わせるだけの良く言えば懐の深さを、悪く言えば得体の知れなさを感じさせられたのだった。


「今のところは水の中の魔物も問題はなさそうだ。まあ、この後どうなるかは分からないが」


 脳内の〈地図〉を用いなが目視でも水中の様子を探っていたディーオはそう言って視線を上げる。その先には小さく目的の小島が見えていた。

 円形の池の周囲はおよそ一里。中心にあると仮定してもっとも単純に考えても約百五十尺はあるという計算になる。

 水面を凍らせて氷の道を作り、更にその上を駆け抜けて行く間、何もせずに見守ってくれるなどという都合の良い展開にはなり得ないだろう。どこかの段階で間違いなく邪魔が入るはずだ。


 ディーオが周囲の様子を探っている間にも、ニアは息を整えて魔法を使用するための集中を行っていた。

 材料となる水がある分魔法で無理矢理氷を作り出すよりも簡単にはなる。だがその反面、何も考えずに使用してしまうと池の全ての水が対象となってしまうのだ。

 コップに入れた水の一部を凍らせて氷を作ろうとしたのに、中身全てを凍らせてしまったというのは初心者魔法使いにありがちな失敗談の一つなのだ。


 しかし、これは対象物がコップの中に入れられた水という極めて少ない量であるからこその話でもある。底すらもはっきりしない大量の池の水ともなると、魔力を根こそぎ奪われることになってしまう。

 作用させる範囲を厳密に定めなくては、最悪死んでしまうかもしれない危険性をはらんでいるのだった。


「焦らなくても大丈夫だから」


 集中を途切れさせないように気を配りながらニアを励まして背後を振り返る。崩れてきた材木や大木に押し潰された魔物たちは、未だにそこらか這い出ることができていないようだ。

 そのままもがくだけにしておけと念じながら睨み付ける。

 これまで使用してきた魔力と、この先で起きるかもしれない事態へ対抗できるだけの魔力量を考えると、この場ではできるだけ温存したいと思えるのだった。


「ふう。……いつでもいけるわよ」


 ディーオの睨みが効いたのか、ハイオーガたちが自由を取り戻すよりも早くニアの準備が完了した。


「よし、頼んだ!」

「其は全てを止める永遠の記録者……、凍り付け〈アブソリュートゼロ〉!」


 力ある言葉が紡がれた瞬間、足元近くの水面が凍り付く。それは瞬く間に広がっていったが、やがて一本の線となって真っ直ぐ中央の小島へと伸びていく。

 同時に、ディーオは池の中で何かがうごめき始めたことを察知していた。


「〈障壁〉!行くぞ!」

「え?ちょっと!?」


 ぐずぐずはしていられない。左手でニアの右手を掴むと、悲鳴じみた非難の声を上げる彼女を無視して完成したばかりの氷の道へと突き進む。


「うわっ!?ッとと……?嘘でしょう!?走り易いわ!」


 道と言っても水面を凍らせただけの代物である。表面はガタガタで氷だから滑りやすく、一応は小島との間を結んで固定してはいるが、池の底にまで達している訳ではないので少しの振動で揺れ動くことになる。慎重に一歩一歩進んでいくより他ないと思っていた。


 ところが実際はどうだ。丁寧に舗装された石畳の上を行くかのように軽快な足取りで走ることができているではないか。

 自分の手を引いて走るディーオが何かやらかしたことは間違いないだろう。

 彼の背中をじっとりとした視線で見つめながら、後で絶対に仕掛けを白状させてやると誓うニアなのであった。


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