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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
十三章

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2 幕を開ける一撃

「さて、と。そろそろ始めるとしようか」


 ぐるぐると肩を回しながら肩をほぐしていく。

 時刻は早朝から朝を経て、午前中とでもいうべき頃合いとなっていた。階層上部からは春の陽気にも似た、暖かで心地の良い光が降り注いでいて、目前の森でも木々の枝葉の隙間を縫っては地面にまで到達している。


 この様子からすると森の中の魔物たちもとうに一日の活動を始めているはずだ。もうしばらくもすれば二人が待機していた、森が切れてすぐの場所にある大岩の周辺にもなにがしかの魔物が姿を現すことだろう。

 もちろん、魔物が動き出すのを待っていた訳ではなく、ハーピーたちが十全にその能力を発揮できる時間帯になるまで待機していただけの話だ。


「良い場所を譲ってもらえて助かったわね」

「ああ。森までの距離といい、身を隠し易い形といい、彼女たちにとっては使い勝手の良い場所だっただろうに。そのお陰で魔力を節約できたんだから感謝しないといけないな」


 実は、この休息の最中にディーオは〈障壁〉結界を張ってはいなかった。

 岩肌は一カ所を除いて切り立っている反面、上部は平たくなっていたからだ。今の二人のように身を隠すだけでなく、いざという時には立て籠もることにも用いることができそうな形状である。

 もっとも大勢で取り囲まれてしまえばジリ貧となってしまう危険性はある。が、それも空を飛べるハーピーたちの協力があれば、逃げるという最後の手段が潰えることはないように思われた。


 しかし、彼女たちや現在のディーオたちにとって便利だということは、逆に森に棲む魔物たちにとっては傍迷惑で厄介なもののはずである。そんなものをあの狡猾なハイオーガが見逃しているというのもおかしな話ではあるのだが……。

 考えたところでも分かるものでもなく、何か不審な動きがあったとしても〈警戒〉によって脳内に展開している〈地図〉に全ての魔物(・・・・・)が表示されているので奇襲を受けるようなことはない。

 と、開き直って指定されたこの場で待機することにしたのだった。


 もちろん〈障壁〉結界を使用すれば、どんな場所であっても安全の確保はできる。だが、この後にハイオーガの住処となっているだろう森の深部を突っ切って、その上中央にある小島にまで池を渡り切らなくてはならないという難事が待ち構えているのだ。

 少し――実際は少しどころの騒ぎではないのだが――でも魔力を節約しておこうと考えるのは当然の流れだろう。

 そして結果として、魔物女性たちの気遣いを受けて、二人は作戦開始までの短い時間を有効に活用して体を休めることができていたのだった。


「森の中の様子はどうなの?」


 大岩から下りながらのニアからの問いに、脳内に描いている〈地図〉へと意識を向ける。


「彼女たちが出張っているからか、魔物どもは緊張状態ではあるようだな。俺たちの近くに限って言うと、怪しい気配はないようだ」

「あらら。今の段階からしっかりと囮役を務めてくれているのね」

「そのようだ。だが、あれだけ釘を刺したんだ。無茶な突撃などはしないだろうさ」

「そうであることを願うわ」


 死に場所を探し求めているような者もいなければ、復讐の炎に身を焦がしているような者もいなかったので、魔物女性たちが理性的な判断をしてくれると二人は考えていた。

 魔物に理性を求めるというのもおかしな話ではあるが、実際に顔を突き合わせて言葉を交わした身としては、それくらい信じて然るべきだと思うのだ。


「まあ、始まる前から余り負担をかけるのも気が引ける。一丁、派手に狼煙を上げてやるとしようか」


 先程からの軽い運動で体はすっかり解れている。無駄な気負いもなければ外部からの重圧もない。

 大仕事を前に理想的な仕上がりとなっていた。


「お願いだからやり過ぎないで、と言いたいところだけれど、そこまで気合いが入っているのに水を差すのも良くないのかしらね」


 やる気に満ちたディーオの姿にそこはかとなく嫌な予感を覚えつつも、半ば諦めにも似た心境でニアは自分へと言い聞かせていた。

 だが、ほんの少しだけ未来で彼女はそのことを後悔することになる。


「やるぞ!」


 アイテムボックスから愛用の短槍を取り出してディーオが叫ぶ。


「果てまで届け!〈裂空・(がい)〉!!」


 言葉と共に腰だめに構えていた短槍を一気に真横に振り抜く。と、不可視の空間のズレが前方へと真っ直ぐ伸びていった。

 それは何者も防ぐことができない。

 木も岩も魔物でさえも触れたが最後、鋭利な刃物で切り裂かれたかのように分断されていったのだった。


「ニア!」

「風よ、打ち付けて我らが前に立ちふさがる者共を吹き飛ばせ!『エアハンマー』!」


 轟!という音を残して圧縮された空気の塊がニアの伸ばした両腕の先から打ち出される。

 その先にあった木々はつい先だってディーオの放った『空間魔法』の一撃によって、大地との繋がりを絶たれてしまっていた。


 結果、呆気なく吹き飛ばされては後方や側面にある木々へとぶつかり、ドミノ倒しのごとく更にその範囲を拡大させていくことになったのだった。


 そして現れたのは森を真っ直ぐに突っ切る一本の道。

 恐るべきことにそれは森の奥深くに抱かれるように位置している巨大な池まで到達していた。距離にしておよそ二里。

 ディーオの方はこっそりと蓄魔石を利用していたとはいえ、たった二人の魔法でそれを行ったとは到底考えられない程の規模となっていた。


 しかも吹き飛ばされた木々が周囲を巻き込んでいった過程でそうなったのか、道幅は奥へと進むごとに広がっているようですらある。


「おお、おお。これはまた壮観な光景になったもんだ」


 ところが、そんな大事を引き起こした張本人とはとても思えないお気楽な口調でディーオが感想を口にする。それ以前に、壮観という言葉には不釣り合いな荒れ模様なのであるが、その点は気にはしていないらしい。

 一方でニアはというと、その被害の甚大さに目を丸くしていた。


「ちょ、ちょっと!これ……!?」


 いくら迷宮の中で外部への影響がないとはいえ、行き過ぎた破壊活動には手痛いしっぺ返しが発生するというのが世の常なのだ。彼女が不安に感じてしまったとしても当然である。


 そして残念なことながら、今回もその例にもれることはなかった。

 このとんでもない事態を引き起こした原因を排除しようと、付近に潜んでいた魔物たちが一斉にこちらへと向かって来ていたのだ。

 ディーオのように〈地図〉で周りの様子を探ることができないニアですら、近寄ってくる魔物たちが発する音でその数の多さが理解できたくらいである。


「ああ、何というか思った以上に豪快な結果になったな。まあ、次からは気を付けるということで――」

「次なんてないわよ!ディーオのお気楽作戦に乗った私がバカだったわ!」


 どの世界に囮よりも目立つ本命がいるというのか。

 暢気者を叱りつけることで、へたり込みたくなる自身の気持ちにも喝を入れて踏み止まる。


「言いたいことは沢山あるけど、今はここを切り抜けることが最優先ね。次の階層に着いたら覚えていなさいよ!」

「……できるだけ覚えておくように努力するよ」

「あ!ちょっと!」


 明らかに忘れ去る気満々な調子でそう言うと、ディーオはニアに引き留められるよりも先に駆け出し始めた。

 目指すは森の奥にある池、その中央の小島だ。そのためにこの道を作り上げたのだから。

 まあ、少々予定よりも広い道幅となっていることは否めないが。


「くそっ!これは予想して以上に走り辛いぞ!?」

「ひゃう!?これじゃあ、罠が仕掛けられている場所を通り抜けるのと大して変わりないじゃないの!」


 ところが、森の範囲内に入って数歩のところで悪態を吐く羽目になっていた。

 それもそのはず、この道は邪魔になる物をディーオの『空間魔法』により根本付近で切断しては、更にニアの『風属性魔法』によってふっ飛ばすという極めて荒っぽい方法で急造されただけだ。

 視界こそ良好であるものの、足元の方はと言えば石畳が敷かれている訳でもなければ土を突き固めている訳でもない。加えて言えば切り株や岩の破片などもそのままとなっており、走り難いことこの上ない地形となってしまっていた。


 森を抜けるための時間の短縮と、ハイオーガが仕掛けているであろう罠を無力化して安全に移動するための策だったのだが、効果のほどはいまいちだったようである。

 せめて当初の目的通りに仕掛けられていた罠の類はそのことごとくを粉砕することができていたことだけが、救いと言えば救いなのかもしれない。


「ええい、面倒だ!」

「今度は何!?」


 続々と魔物が近づいてくる真っ只中にあって、いきなり立ち止まってしまったディーオを見てニアが悲鳴じみた叫び声をあげる。

 二人が行動を共にするようになってそれなりの期間が過ぎていたが、こう続けざまに奇行を見せつけられてしまってはさしもの彼女も心穏やかでいることなどできはしなかったようだ。


「もう!少しは隣で一緒に走らされる羽目になる私のことも考えてよ!」


 だが、ディーオはそんなことなどお構いなしに目を閉じて精神を集中していた。

 その様子にこの場で魔物との戦いになってしまうのだろうと覚悟を決めるニア。走り回るのには邪魔になると腰に差したままだった短杖(ワンド)を利き手で掴み、魔力を高めていく。


 魔物たちの方も突然立ち止まったことを不審に思っているのか、少しばかり離れた位置で取り巻くようにしてこちらを伺っているようである。

 追い詰められていると自覚させるためなのか、ガサガサという葉擦れや下草を踏みしめる音が至る所から聞こえてきていた。


「上等。どっちが狩られる側なのか思い知らせてあげようじゃない」


 自らの優位性を確信した態度を取る魔物たちであったが、その程度で怖気づくようであれば元よりこんな場所に来ていない。

 不敵な態度を崩すことなく開戦の時に備える彼女は、一端の冒険者の風格を漂わせていたのだった。


 そして、土地勘も何もない場所で周囲を取り囲まれるという圧倒的に不利な状況で、三十五階層での戦いがついに始まろうとしていた。


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