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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
十二章

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100/149

7 交渉成立

100話です!


「率直に聞くよ。うちの若手に語ったあんたたちの展望、達成できる見込みはどの程度があると思っているんだい?」


 ペースを握られたまま、動揺が残っているところに本題をズバリと斬り込んでくる様はまさに老獪そのものだ。長老たちと呼ばれていることは伊達ではないということだろう。見た目通りではないと先に知ることができていたのは僥倖だったのかもしれない。


「ふぅー……」


 目を瞑り大きく息を吐くディーオ。視覚という最も大きい情報源を遮断することで一旦心を落ち着かせようとしたのだ。もちろんこれは〈障壁〉結界という絶対的な安全圏が確保されているからこそできることである。

 自らにとって優位な点をとことん用いて状況を引き戻そうとするその態度に今度は魔物女性たちが息を呑む。ディーオの行動から若手に対して暗に言った「一方的に攻撃できる」という言葉が事実であると悟ったからだろう。


 まあ、ディーオ本人はというとそこまで深く考えて行動している訳ではないのだが、だからこそ相対する者には恐ろしく感じられるとニアは考えていた。

 彼にとって『空間魔法』とは使うことができて当然のものだ。もちろん、相応の努力はしてきたのだろうし、実際に〈裂空・環〉や〈裂空・割〉といった新たな利用方法を模索してきたのを眼にしている。

 それでも、だ。一般的な見地、いや、彼以外の全ての人々からすれば『空間魔法』はお伽噺にしか登場しないようなあり得ない代物なのである。


 幸いにしてディーオはこの世界の常識というものを理解しているため、これまで表立って取り返しのつかないような事態を引き起こしてはいない。

 しかし、成り行きな部分があったとはいえニアという理解者を得て、そして迷宮の内部という人目につかない場所に長時間いることで、その常識に対する(たが)が緩まってしまっているように感じていたのだった。


 『空間魔法』という強大な力に対する認識の乖離と、常識に対する自重の度合い。現状ではそれが大きくなってしまっているがゆえに、魔物女性たちはディーオに得体の知れない恐怖を感じてしまっているのだろう。


 と、ここまで推察してきたわけだが、そのことを公表するつもりなどニアにはさらさらなかった。

 こちらを試すという意味合いもあったのだろうが、いきなり魅了を仕掛けてきたのだ。敵対行為として認識されても当然の暴挙なのだ。どんなに切羽詰まった事情があるとはいえ、簡単に許してなかったものにできる事ではない。

 手を出してはいけない相手に余計なことをしてしまったのだと、しっかりと反省と後悔をしてもらわなければ気が済まない。


 フラフラと魔物女性たちに向かって近寄っていくディーオの姿が脳裏に思い出され、苛立ちを新たにするニア。

 仲間を危険に晒されたことで怒りを覚えたのはディーオだけではなかったのである。

 ただ、その感情に少なくない嫉妬心が含まれていたことには、ニア自身も気が付いていなかったのかもしれない。


「こちらも率直に言ってしまうとだな、ダンジョンマスターにさえなってしまえば十分に実現可能だと思っている」


 まず、迷宮の機能を使って魔物女性たちが住む階層に出入りがしやすいようにするつもりだった。


「階層を入れ替えるか、それとも『子転移石』を設置できるようにするという辺りかしら?後者の方が現実的な気がするわね」

「誰彼構わず出入りされるようになっても困るし、特定の人物だけを転移できるようにする方がどちらにとっても安全かもしれないな」


 魔物と言えど一見麗しい女性――に見える部分もある――たちで、閉ざされた環境であったためかちびっ子たちは警戒心が薄いところがある。不埒な考えで近付こうとする輩がいないとは限らない。

 逆に成人直後の新米冒険者たちが丸め込まれて村で飼い殺しにされるような事態となっても問題だ。

 お互いに信頼関係を築いていくには適度な距離感というものが必要となるだろう。


「初めからこちらの目的が分かっているなら、私らにとってはやりやすいが……。外の連中がそれで納得するものかねえ?」

「まあ、あんたたちだけなら難しいかもしれないのは事実だな」


 ラミアの鱗にハーピーの羽毛、アラクネの糸などは有用な素材として知られているが、やはり人型という点が忌避感を刺激するのか大々的に取り上げられることは少ない。他の魔物から代替品を得ることができる事も大きいだろう。

 そのため、素材を取るための魔物としての価値は低い。が、積極的に討伐されることなく種として生き永らえてこられた要因の一つにもなっていたこともまた事実である。


「でも、この階層にはとんでもないお宝が眠っていたわ」


 ニアの台詞に合わせるように、ディーオがホーリーグラスの葉やリジェネツリーの樹皮を取り出す。先日採取したものだが、異空間へと放り込んでいたために新鮮そのものである。

 余談だが、これらはニアが個人的に研究するためのもので、公にするのはリジェネツリーの種だけにする予定だ。


「それがどうかしたのかい?」


 ところが、魔物女性たちから返ってきたのは疑惑まみれの声だった。

 予想外の反応に、自信満々で見せたディーオたちも思わず鼻白んでしまう。


「これの価値が分からないの?まさか、これが何か分からないとは言わないわよね!?」

「失礼な娘御だね。そこいらに生えている木や草だろう。そのくらいは私らだって分かっているよ。草の方は確か傷の痛みを取るのに使えたのだったかい?」

「そうだよ。ただ、痛みを感じなくさせるだけだから、村で使う機会はほとんどないけれどねえ」


 ラカルフ大陸ではほとんど絶滅しかけている貴重な品種のはずだが、魔物女性たちにとっては他の草木とほとんど変わらない扱いのようである。

 しかしそれも考えてみれば当たり前のことで、適切な処理を行わなければ薬としての高い効果は発揮されない。つまり薬学についての知識が必要であり、それらは人間種が中心となって発展させてきたという歴史がある。

 いくら『変異種』化した特別な者たちだとしても、魔物女性たちが知らなくとも無理のない話なのであった。魔物の嫌う煙を発するホーリーグラスを火にくべるようなことがなかっただけ幸いであったのかもしれない。


「ええと、だな……。詳しい説明は省くが、これらを材料にして効果の高い薬を作ることができるんだ。だからこれを安定して採取できるようにしてやれば、外の人間に多少の無理を言うことくらいはできるようになるはずだ」


 加えて糸を紡いでもらい、生え変わった鱗や羽を供出してもらえば、更に村の地位は高くなる事だろう。代替品が取れるとしても有用であることに変わりはない。加えてどこにでも変わり者の好事家という輩はいるもので、供給量が少ないがために需要は常に存在していたのだった。


「この迷宮を囲むように造られた町の冒険者協会の長は話が分かる人で、その上各方面に顔が利く。顔も見たこともないあんたたちに信用しろというのは無理だろうけど、利用する相手としては申し分ないだろう」

「随分と明け透けに言うじゃないか。だけど、私らにとってはお前たちだって利用する相手だってことを分かっているのかい?」

「それはお互い様ね。私たちだってあなたたちを利用するつもりでいる訳だから」


 ニアの言葉にコクリと頷くと、ディーオがそれに続けて言う。


「いくつか協力してもらうことにはなるが、ダンジョンマスターにさえなってしまえばあんたらの窮状を救うことは十分にできると考えている。俺たちにとっての一番の難関はダンジョンマスターになる事、特に迷宮の最深部へと辿り着くことになるだろう」

「そのために我々を利用するつもりだということかね?」

「そうだ。この階層を無傷で通して欲しい。そして次以降の階層について知っている限りのことを教えてもらいたい」


 既に交渉でも何でもなく、ただ単に自分たちの要望を伝えるだけのことになっている。

 だが、それが良かったのかもしれない。迷宮に閉じ込められてから十数年。決して多くはなかったが魔物女性たちの村へと辿り着いた人間たちは確かにいた。しかしただの一人として彼女たちを意思の疎通ができる相手として見ようとはしなかった。


 それに比べれば目の前のこの二人は、互いに利用し合えばいいと言いながらも彼女たちの置かれている状況を理解しようとし、彼女たちの想いを汲もうとさえしてくれていた。

 甘言を口にするのではなく、自分たちにできる事とできないことを伝えて彼女たちに必要な協力を求めてくる。

 長らく外界と遮断されていた魔物女性たちにとって、同じ目線で語りかけるディーオたちはとても甘美で心地良い存在に感じられてしまったのだった。


「ほっほっほ。いいだろう。どうせ無理に使い潰したところで一時しのぎにしかならん。それならば迷宮を下そうというお前たちに協力する方が根本的な改善を期待できるというものだろう」

「本当か!?」

「事ここに至って嘘なんて吐きはしないさ。村の者には手出し無用だと伝えておくよ。ただし、そちらが先に手を出して来た時にはそれ相応の覚悟をしてもらう」

「元よりそのつもりはないから安心してちょうだい」


 得られるものが何もないと分かっているのに、わざわざ猛獣をからかうような破滅的な趣味はディーオもニアも持ち合わせていない。

 強いて挙げるならば、ちびっ子たちが寄って来た時に構い過ぎないように注意しておくといったところだろうか。


「それと、次の階層については若い者たちから話を聞くといい。まあ、どこまで役に立つのかは分からないがね」

「いやいや、少しでも詳しい情報があるのはありがたいさ」


 マウズの冒険者協会に置かれていた資料には、それまでの階層とは異なり三十五階層の記述は驚く程に少なかったのだ。生息している魔物と採取できる物について辛うじて触れているといった具合だった。

 対して若手の魔物女性たちは日頃から狩りのために三十五階層へと赴いていると語っていた。だとすれば最新の情報を持っているということになり、ディーオたちにとっては何よりも価値のあるものだとすら言い得たのだった。


「そうかい。それじゃあこれで美味い飯を奢ってもらった面目は立ったということだね」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべる長老たち。どうやら仕込んでいた布石は思っていた以上に効果を発揮していたようである。


本当のところ、この作品がここまで続くことになるとは想定外でした。

40話程度で終わるかなあ、と考えていたんですけどね……。


しかし、終わりまで大分近付いてまいりました。更新ペースはこのまま続けて行こうと思っていますので、完結まで引き続きお付き合いいただければ幸いです。

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