40話 さいあいの花嫁誕生
タスティリヤ王国の第二王子レイノルドの結婚式は、春の陽気に恵まれた祝祭日に、由緒正しき国教会の大聖堂で行われた。
名だたる貴族たちと各国の要人を招待したため、広い大聖堂のベンチは端から端まで埋まった。
招待客の中には、ルクレツィアとオースティンの姿もある。
この結婚式のために作られた祝賀曲の演奏を聞きながら、白いベールで顔を隠したマリアは祭壇の前に立っていた。
ペイジの工房が作り上げたドレスは豊満な体つきに淑やかさを加え、手に持った真っ白な薔薇のブーケも相まって、マリアを清廉潔白な花嫁に仕立ててくれた。
「レイノルド王子殿下、あなたはここにいるマリアヴェーラ様を、病める時も健やかなる時も妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
隣に立ったタキシード姿のレイノルドは、司祭の呼びかけもそっちのけでマリアに見とれている。
(レイノルド様!)
肘で小突くと、レイノルドははっと我に返った。
「ああ。誓う」
はらはら待っていた司祭は、マリアににっこりと笑いかけた。
「マリアヴェーラ様、あなたはここにいるレイノルド殿下が、タスティリヤ王国に尽くして一生を過ごされる間、絶えず愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「誓います。わたくしの一生をかけて、レイノルド様をお支えします!」
力のこもった宣誓に、レイノルドは嬉しそうにはにかんだ。
次は指輪交換だが――。
「にゃお!」
突然、会場に飛び込んできた白金色の猫に招待客はざわついた。
続いて、赤い蝶ネクタイを締めた男の子が追いかけていく。
「走っちゃだめだよ、ニア!」
楽しそうなニアと慌てるミオを見て、マリアはレイノルドと視線を合わせて微笑んだ。
リングボーイを二人に頼んだのだ。
赤いリボンをかけた宝石箱をくわえたニアは、レイノルドの前でお座りする。
「にゃーご」
「持ってきてくれてありがとな」
レイノルドがしゃがんで手を出すと、ニアはその上に宝石箱をのせた。
やっと追いついたミオは、膝に手を当てて息を切らす。
「ごめんなさい、マリアヴェーラ様。ニアがはりきっちゃって……」
「式を楽しんでもらえて嬉しいわ」
色白のミオとニアを、タスティリヤの貴族たちは物珍しそうに見つめている。
彼らが魔法使いだということは公然の事実だ。
ルビエ公国で事故にあい、生死の境をさまよったレイノルドを助けた恩人ということになっていて、宮殿に一部屋もらって平和に暮らしていた。
魔法が禁じられた国なので馴染めるか心配していたが、二人ともすぐに順応して王妃に可愛がられている。
レイノルドが宝石箱を開ける。
現れた二つの指輪には、タスティリヤの国名とそれぞれの名前が彫られていた。
王族の結婚は、夫婦を結ぶと同時に国への忠誠を誓うものなのだ。
「マリア、手を」
「はい」
左手を差し出す。
レイノルドは、マリアの細い指に慎重に指輪を通していく。
金属の冷たい感触と、彼の熱。
真逆の温度が、マリアの心の柔らかな部分をノックする。
第二関節の奥に差し込まれると、肌にぴったり吸い付く感触がした。
(もう二度と外さないわ)
レイノルドは、名残惜しそうにマリアの指から手を離す。
「俺にもはめてくれ」
差し出された左手の薬指に、今度はマリアが指輪を通した。
手が大きいレイノルドは、指が長くて指輪も大きめだ。
彼と自分のサイズ差に緊張して、指が震える。
この大きな人を、自分はこれから支えられるのだろうか。
(弱気になってどうしたの、わたくし。やると言ったらやるのよ!)
勢いよく指輪を押し込む。
思いの外、スポッとはまってしまって、レイノルドが吹き出した。
「……あんた、そんなに過激だったか?」
「ち、違うんです。少し考えごとをしてしまって!」
真っ赤になって言い訳すると、レイノルドは「考えごと?」と呟いた。
そして不満そうに唇を尖らせて、ばっとヴェールを上げた。
「式の間は俺に集中しろ」
「んんっ!?」
そのまま腰を引き寄せられたと思ったら、強く唇を重ねられた。
噛みつくようなキスにびっくりして、マリアは目を白黒させる。
(誓いのキスは、司祭が合図をしてからだったはずでは!?)
やきもちを焼いた男の前では、段取りなど無意味だったようだ。
目を閉じたレイノルドは、手探りでマリアの顎を指ですくう。
その間も、唇はくっついたままだ。
(し、しかも長すぎでは!!?)
呼吸が苦しくなってきた。
とんとんと胸を叩くと、名残惜しそうに唇が離れた。
涙目で抗議してくるマリアに、レイノルドは意地悪な顔で笑いかける。
「俺だけ感じただろ?」
「~~~! それはそうですけれどっ」
今日が初お披露目になる来賓も多いのに、出来る王太子妃という印象を与えるイメージ戦略は、完全に失敗だ。
せめて式の間くらいは、王族に嫁ぐのにふさわしい完璧な〝高嶺の花〟を演じたかった。
「これでは、招待客の皆様の中でのわたくしの印象がボロボロですわ!」
悔しそうなマリアに、レイノルドはくっくと喉で笑う。
「いいだろ。おすまししているより、あんたはそっちの方が可愛いんだから」
「可愛いだけで妃は務まりませんわ!」
拳を握りしめて必死に反論するマリアの愛らしさに、招待客たちは彼女が入場してきた時とは別の意味で沸き立った。
「なんと可愛らしい方だ」
「タスティリヤの次期王妃にふさわしい」
その声を聞きつけて、ミオとニアは嬉しくなった。
「マリアヴェーラ様はすごいね、ニア」
「にゃお」
これがレイノルドの計画だったのかは不明だが、うっかりのぞいたマリアのかわいい本性が、集まった人々すべてを魅了したのは言うまでもない。
〈第三部 完〉
第3部を最後まで読んでいただきありがとうございました!
恋のために外国まで突撃していくマリア、今回も頑張りました^^
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