34話 ふたりめは残酷非道
舞踏室を出たマリアは、廊下の突きあたりで立ち止まった。
左右に伸びる廊下には、点々と彫像が飾られていて少し不気味だ。
(外は吹雪なせいで、どこも薄暗いわね)
城の見取り図はないため、マリアは辺りをきょろきょろ見回しながら途方もなく長い廊下を歩く。
目指すは、大公の家族しか入れない宮殿の奥だ。
すれ違う文官は、なぜマリアがここを歩いているのか聞きたそうだったが、話しかけてはこない。
タスティリヤとルビエが食糧の流通について協議中(という名の、ルクレツィア説得中)であることは、あの場にいた貴族から広まった。
使者を丁重に扱うよう命じられた宮中の人々は、マリアとダグラスをそっとしておいてくれる。
一国の主が住んでいるというのに、警戒心が足りない。
奥に絢爛豪華な扉が見えてきた。
進もうとした矢先、マリアの胸が硬い物にぶつかった。
「何かしら?」
立ち止まって目を凝らすけれど、廊下には何もない。
手を伸ばすと、ひたりと冷たい感触。
どうやらこの廊下には、魔法で見えない壁が作られているようだ。
どう突破しようか悩んでいると、肩にのせていた毛足の長い猫の毛皮が「うにゃ」と眠そうに鳴いた。
「おはようございます、ニアさん。よく眠れましたか?」
つやつやの毛を撫でると、ニアは牙が見えるくらい大きなあくびをして地面に飛び降りた。
公子たちと接触する。
そう打ち明けたマリアに、ミオはニアを連れていくように提案した。
『宮殿にはさまざまな魔法が施されているんだ。扉を封じる鍵魔法や邪魔者をはじく壁魔法、落とし穴がある廊下もあるんだよ。ニアなら危険から守れる。いいよね、ニア』
『にゃお』
こうしてマリアのボディーガードになったニアは、毛皮のふりをして一緒に宮殿に来てくれたのである。
「この先にジーン様がいるらしいのです」
「うーっ!」
ジーンの名前を聞いた途端、ニアは目を三角に吊り上げて背中の毛を逆立てた。
(嫌いなのかしら?)
ぴょんと飛んだニアは見えない壁に爪を立てた。
ギ~ッとすさまじい音が鳴って、思わず耳を塞ぐ。
「ニアさん、何を――」
「なんだ、この音は!」
奥の扉が開かれて、中からジーンが現れた。
絹糸のように白く長い髪はほつれて、手には丸めた鞭を握っている。
きつい性格なのは知っていたが、あまりにも公子らしさとはかけ離れた姿で、マリアは少し面食らった。
「こんにちは、ジーン様。お騒がせして申し訳ありません。この子がどうしてもこの先に行きたいらしくて」
困り顔でニアを抱き上げる。
ジーンは、機嫌が悪そうな猫を一瞥して、壁のこちら側に腕を伸ばしてきた。
「これは魔法でできている。内側にいる者の手を取ってくぐれば通り抜けられる」
彼の手を握って歩き出すと、見えない壁にはばまれることなく先へ進めた。
「魔法って不思議ですわね」
「そういえば、タスティリヤは魔法を禁じているのだったな。せっかくだ。新しい魔法を開発させたので見ていくといい」
ジーンはマリアを鏡の間へ導いた。
部屋の中なのに強い光に目がくらんで、マリアは思わず顔を背けた。
「まぶしい……!」
「裸眼だと目を痛める。これをつけるがいい」
手渡されたゴーグルで顔を覆う。
まぶしさの元は、鏡の間の中央に立てられた巨大なガラス管だった。
その中央では、大きな青い火の玉がさんさんと輝いている。
「あれは何ですか?」
「人工太陽の試作品だ。ルビエの真冬の日照時間の少なさを解消するため、魔法で作らせている最中なのだ。この十倍の大きさにして都の空に浮かべ、雪を溶かして生活しやすくする」
魔法で天候や気候は操れないが、火の球であれば出現させられるので、巨大化して太陽の代わりにするらしい。
マリアには夢物語のように感じられるが、魔法がある国では途方もない話ではないのだ。
ジーンは、大公一族で唯一の魔法の研究者だという。
「それは、素晴らしい計画ですが……」
胸元にいるニアのうなりがすごい。
オッドアイが見つめる先には、ボロボロとのマントをつけた人々がいて、ガラス管に向けて手を伸ばしていた。
男性も女性も頬がこけてやつれていて、炎を見つめる目から涙を流している。
こんなことやりたくないと、声にならない悲鳴を上げていた。
「彼らは魔法使いですか?」
「魔法使いという名ももったいない。あれらは、大公に与えられた仕事に失敗した者たちだ。城を叩き出されて野垂れ死ぬしかないところを、私が拾って使ってやっている。これだけの火を生み出せば、精根尽きはてて死ぬから命運は変わらないがな。最後まで大公の魔法使いでいられることを感謝するべきだ」
まるで自分が崇高な行いをしているように胸を張るジーンに、ニアは荒い息を吐いた。
今にも飛びかかって引っかきそうだ。
マリアはもがく体をぎゅっと抱きしめた。
(これが、この国での魔法扱いの扱いなんだわ)




