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【3/14コミカライズ開始】高嶺の花扱いされる悪役令嬢ですが、本音はめちゃくちゃ恋したい  作者: 来栖千依
第3部

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17話 たぐりよせ比翼連理

 ルクレツィアがタスティリヤ王国にやってきてから三週間。


 世間知らずの公女殿下は宮殿内で話すことにも飽きて、レイノルドを外歩きに連れまわすようになった。


 今晩は、王立劇場で開かれる歌劇鑑賞だ。

 夜会用の青い礼服を身にまとい、久しぶりに劇場に入ったレイノルドは、なぜか猛烈に懐かしくなった。


(急に何だ?)


 ロビーに下げられたクリスタルのシャンデリア。

 入って中央にあるワイン色の絨毯を敷いた大階段。

 柱に彫られた音楽の女神たちの像。

 どれも見知った内装で思い出深くはない。


 首をひねっていると、同行したルクレツィアが不満そうに腕に引っ付いてきた。


「レイノルド様、どうなさったんです?」

「いや……気のせいだ」


 レイノルドはエスコート相手のルクレツィアに視線を落とした。


 側近は、彼女を妖精のようだと評する。


 浜辺に繰り返し押し寄せる波のように布を重ねた水色のドレスも、華奢な首に巻いた三連パールのネックレスも、彼女の真珠のような肌や白い髪に現れた天使の輪を際立たせる存在でしかない。


 ルクレツィアが微笑めば、世の男は簡単に落ちる。

 だが。


(俺は好きになれない)


 レイノルドは、掴まれている腕とは反対の手でそっとルクレツィアの指をはがした。


「あまり引っ付かないでくれるか」


 毎日のようにべたべたされてうんざりだ。

 彼女と結婚したらこれが一生続くのかと思うと憂うつになる。


 顔を背けて距離を取ると、ルクレツィアはしゅんと肩を落とした。


「申し訳ありませんでした。一緒にお出かけできるのが嬉しかったんです……」


 声が震えている。泣きそうなのか。


(面倒だが、相手は公女だ)


 レイノルドは重いため息をついて、彼女の手を取った。


「王族用の特等個室に案内する。そこでゆっくりしよう」

「はい」


 一転してにこりと笑ったルクレツィアから視線を外して、レイノルドは階段を上る。

 その途中、吹き抜けの手すりが気になった。


(懐かしいのはあそこか)


 よく覚えていないが、昔あそこから降ってきた何かを抱きとめた記憶がある。

 ピーコックブルーのひらひらした蝶のような、いや赤い薔薇の花びらのような――。


(思い出せない)


 ズキンと頭が痛んだので、レイノルドは考えるのをやめた。


 王族のために設置されている個室から観るオペラは素晴らしかった。


 座席が暗いのをいいことに、ルクレツィアがレイノルドの手を握ろうとしなければもっと楽しめただろう。

 暗がりの奥で動く白い指がただただ気味が悪かった。


(疲れた……)


 レイノルドは手洗いに行くと嘘をついて個室を出た。


 このまま、ふらりと行方をくらませたい。

 もしも次期国王の期待をかけられなかったら、誰も自分を知らない田舎で、その日の食い扶持だけ稼いで生きたって別によかった。


 階下の休憩室に向かおうとしたら、エントランスロビーがざわついた。


(なんだ?)


 階段から身を乗り出してのぞき込むと、ひらりと大輪の黒薔薇が揺れて、思わずゴクリと喉を鳴らした。


 揺れたのは花ではない。

 客席から歩いてきた令嬢の、黒一色のドレスだった。


 レイノルドと同じく花と見間違ったのだろう。


 周囲の人々は、縫い付けられたかのようにその漆黒を凝視し、はっと気づく。

 肩やデコルテを大胆に露出した煽情的なドレスで、人々を虜にする令嬢の正体に。


「マリアヴェーラ・ジステッド……」


 彼女を認識した途端、レイノルドの胸の内側から熱い衝動がわき上がった。


 真冬の寒い日に、やけどするとわかっていても燃えさかる暖炉の火に手を近づけてしまうように、危ないと知っていても体が求めてしまう。


 マリアヴェーラと関わってやけどですめば御の字だ。

 タスティリヤ王国で栄華を誇ってきたジステッド公爵家の、絢爛たる歴史を物語るような美貌の令嬢は、毒花のように生物を虜にして死に至らしめるだろう。


(捕らわれたら最後。それがわかっていて、どうして俺は――)

 

 気づけばレイノルドは階段を駆け下りていた。

 なぜ走っているのか。自分でも理由がわからない。


 マリアヴェーラは、生まれた時からの双子の兄の婚約者。

 兄との婚約が破棄されて以降は、レイノルドと縁のないその他大勢の貴族令嬢の一人でしかない。それなのに。


(あんたが欲しい)


 そう気づいたら、その思いで頭がいっぱいになる。


 猛烈な枯渇。レイノルドは、熱い砂漠をさまよう人のように乾いていた。

 必要なのは水ではない。

 柔らかく、温かく、涙が出るような愛にも似た何か。


 一階に下りたレイノルドは、明後日の方向をきょろきょろ見回しているマリアヴェーラに一直線で近づいていくと、白い腕に手を伸ばした。


(逃がすか)

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