1話 ゆめにみた花嫁衣裳
「素敵だわ……」
純白の衣装に身を包んだマリアは、金縁の大きな姿見を見てため息をついた。
ネックラインから腕までを覆う繊細なレース。
胸から腰にかけて曲線を描くたくみなライン。
膝の辺りでくびれて床に広がるスカートは、まるでマーメイドの尾ひれのようだ。
(体のラインがこんなに出ているのに、ここまで清楚なドレスは初めてだわ)
外見がコンプレックスのマリアにとって、服選びは悩みのタネだった。
体のラインがあらわになる服を着ると痩せては見えるが、胸が強調されて下品に見える。
逆に、まったく体型を拾わないスモックみたいな服を着るとさらに悲惨だ。胸の大きさで突っ張った布がウエストのくびれを消失させて、とてつもない巨体に勘違いされてしまう。
さらに服選びを難しくしているのが、マリアの顔つきだった。
美しいのだ。
この世のものとは思えないほどに。
ツンと高い鼻は見た者の口をふさぎ、開いた扇のように華やかな目元は心を奪う。
さらに深紅の唇で微笑みかければ、あっという間に人々はひれ伏す。
だが、誰しもが遠巻きにするだけで手折ろうとはしない。
ジステッド公爵家の令嬢マリアヴェーラ、またの名を〝高嶺の花〟。
鋭い棘を持つ薔薇の花のように近寄りがたいマリアには、二つとないぴったりの異名だ。
(わたくしをそう呼び始めたのは誰だったのか……今となってはわからないけれど)
一介の貴族令嬢が背負うには重たすぎるイメージを付けてくれたものだと思う。
このせいでマリアは必要以上に自分を律して、考えすぎたり努力しすぎたり、自分を嫌いになったり、追い詰めたりもした。
だが、このドレスを着て鏡に映った自分はどうだろう。
棘のある高価な花には見えない。
清らかで純粋なおとぎ話の登場人物のようだ。
「……わたくし、お姫様になったような気分ですわ」
「そりゃあいいことですな」
和やかに答えたは、このドレスの製作者であるペイジだ。
「ジステッド公爵家のご令嬢に気に入っていただけて光栄です。第一王子殿下との婚約破棄で、ドレス制作の依頼も消えてしまうかと思いましたが、こうして縫うことになって工房一同みんな喜んでいますよ。第二王子もこの姿を見たら感激なさるでしょう」
裾を待ち針で止め終わった彼は、しゃがんだせいで固まった腰をぽんぽんと叩く。
白髪が目立つ初老の男性に、中腰はつらかったようだ。
「椅子に座ってお休みになってください」
「大丈夫ですよ。次はお待ちかねのあれですから」
ペイジは工房から持ってきた箱を開くと、中から取り出したヴェールをマリアの髪に付けてくれた。
ヴェールの端をぐるりと飾るレースを見て、マリアはあっと思う。
「ペイジ殿、もしかしてこれは」
「マリアヴェーラ様からリクエストがあった、薔薇のモチーフレースを取り入れてみました。単体だと可愛らしさが目立ちますが、上質なヴェールと合わせると妖精のようでしょう?」
「ええ。わたくし、あなたのドレスが着られて嬉しいですわ」
実は、一度ウェディングドレスの製作は取りやめになっていた。
マリアが第一王子アルフレッドに婚約破棄されたからだ。
タスティリヤ王国の首都にはいくつもの高級な仕立て屋があるが、マリアは自分の好きなテイストで作られたウェディングドレスを着るのが夢だった。
願いを叶えてくれそうな職人を探し、丁寧な仕事ぶりで固定客ばかり取っていた素朴な工房のペイジを見つけ出して、やっと依頼したのだ。
だから、中止はとてもショックだった。
第二王子レイノルドと婚約することになって再び依頼をすると、ペイジをはじめ工房の人々は大喜びで仕事にあたってくれた。
小さく開けた窓から吹き込んできた秋風にふわりと揺れる。
妖精の羽根のようなビジュアルは、なんて。
(かわいいの~~!)
きゅんと鳴る胸を抑えて、マリアは目をつむった。
清楚で、優雅で、可愛らしいウェディングドレスを着て、大好きな人との結婚式にのぞめるなんて夢みたいだ。
マリアは自分で言うのもなんだが爆美女である。
敵を容赦なくやり込める姿は悪女のようでもある。
物語の登場人物でいうなら圧倒的にヴィラン。
しかしてその実態は――ド級のかわいい物好きなのだ。
フリルとレースが主食。
丸みを帯びたファンシーなデザイン、小さくてコロンとした小物、ピンクや水色といった淡いカラー……好きを挙げるとキリがない。
この本性を知っているのはレイノルドと親友のミゼル、信頼のおける侍女ジルなど限られた人間だけ。
知らないペイジは、身もだえするマリアに不思議そうな顔を向けた。
「どうされました?」
「なっ、なんでもございません!」
慌てて表情を引き締める。
(いけない、いけない。今は第二王子の婚約者らしく凛としていないと。でも……)
見下ろすドレスの可憐さに、どうしても頬が緩むのを止められない。
「……早くレイノルド様に見ていただきたいわ」
結婚式は来年の春。
花嫁姿は、式当日まで花婿に見せてはならないのがマナーだけど。
レイノルドが見たらどんな表情をするのか、考えるだけで胸が締めつけられる。
今日もマリアの恋心は絶好調だ。
「ははっ。それは式当日までおあずけですな」
ペイジは笑顔で試着の時間を締めくくった。
幸せな一日だったと、後に回想したマリアは思う。
まさか、二人の間を引き裂く嵐が今まさに近づいているとは、マリアもレイノルドも気づいていなかったのだ。




