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【3/14コミカライズ開始】高嶺の花扱いされる悪役令嬢ですが、本音はめちゃくちゃ恋したい  作者: 来栖千依
第2部

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5話 きこなしは乙女次第

 ジステッド公爵家の温室で、マリアはミゼルとお茶を楽しんでいた。


「――その店で、レイノルド様がおそろいのアクセサリーを買ってくださったの」


 待ち合わせデートで買ったスズランのブローチは、今日もマリアの胸にあった。

 着ているマドラスチェックのドレスには似合わないが、このブローチを着けているとレイノルドが側にいる気がして、どんな服でも身につけてしまうのだ。


 涼しげなフレアードレスを着たミゼルは、照れた風にブローチを見つめるマリアに微笑みかける。


「マリアヴェーラ様のお人柄を表わしたように可愛らしいブローチですね。しかも、スズランの意匠だなんて。お二人にぴったりだわ」

「スズランがどうかして? たしか、毒を持っている花よね」


 ネリネと令嬢たちに〝枯れどきを知らない毒花〟と呼ばれていたのを思い出す。


 くだらな過ぎて怒る気にもならないが、マリアの強いイメージと毒を重ねる想像力は評価してあげたい。

 あわよくば、食えるはずがない相手だと気づいてほしかった。


 内心で毒づくマリアとは対照的に、ミゼルはおっとりお菓子を頬張る。


「スズランの毒は、無闇に狩り取られないためのものなんです。だから花言葉は『純潔』や『愛らしい』といった良い意味で、とくに有名なのは『再び幸せが訪れる』ですね」

「再び幸せが訪れる……」


 レイノルドは、マリアが婚約破棄の憂き目にあって、みっともなく大泣きして手に入れた新たな婚約者だ。

 再びの幸いとは、まさしくマリアにとっての彼だった。


「レイノルド様がスズランを選んだのは偶然でしょうけれど、そう思うと嬉しいわ」


 ふわっと微笑むマリアにつられて、ミゼルも笑顔になった。

 王立薔薇園での一件から、二人は少しずつ友情を育んでいる。


 友人と遊ぶ暇もなく妃教育に励んできたマリアは、ミゼルから教わることも多かった。

 とくに、令嬢の間で流行っているものは彼女が情報源である。


「ミゼル様には前にも話しましたけれど、わたくし、肖像画を描いていただくことになりましたの。画家のレンドルムはご存じ?」


「もちろんですわ。令嬢たちの話では、タッチは平凡なのに不思議と描かれた人物が輝いて見える、新進気鋭の肖像画家だそうです。みんなこぞって依頼したがっていますが、レンドルム氏は偏屈で、素晴らしい家柄や容姿の女性しか描かないと公言しているのだとか……」


「変わり者なのは本当のようね。氏は、レンドルム辺境伯の五男坊という立場でありながら、肖像画家になるために領地を離れて王都にいらしたそうですもの」


 タスティリヤの貴族には限嗣相続制度が敷かれているので、五男というとほぼ爵位が継げない位置にある。

 当然、実家での権威はなかっただろうが、画家に転身は思い切ったものだ。


「ついに来週から描いてもらうのだけれど、どんな衣装にしようか迷っていて……。見栄えを優先するのであれば、大胆に肌をみせるドレスを身につけて、大ぶりの宝石で飾りつけた姿を描いてもらうべきだわ。けれど、せっかく流行の画家に描いてもらえるなら、可愛い装いをした自分を残したい気持ちもありますの」


 我がままを押し通せないのは、レンドルムに依頼したのが、マリアではなく父のジステッド公爵だからだ。


「この肖像画は、ジステッド公爵家に残していくものなの。いずれ、わたくしが王妃になった暁には、この家から嫁いだと公爵家の者たちが誇りに思うために」


 当然、求められているのは〝高嶺の花〟の姿である。

 似合わない砂糖菓子みたいな格好をしたマリアなんて、誰も見たくはないだろう。でも、それは本来のマリアではない。


 絵のなかでまで、自分に嘘を吐かなければならないのか……。


 本音と建前に挟まれて息が苦しくなってしまったマリアは、ミゼルに助言を求めるためお茶に誘ったのだ。


「わたくしのために描かれない絵画に、自分の嗜好を押しつけるのは横暴ではないかしら。完璧な公爵令嬢マリアヴェーラ・ジステッドの姿をこそ、人々は望んでいるのに……。ミゼル様はどう思います?」

「そうですね……。ジステッド公爵家に飾られる絵画でしたら、〝高嶺の花〟らしい装いの方がいいかもしれません」

「貴方も、そうお考えになるのね」


「はい。でも、世間体を気にしての意見ではありません。もしも、かわいい格好で描いてもらったら、マリアヴェーラ様はいつまでも……それこそ王家に嫁いでもなお、あれで良かったのかと気になさるでしょう?」


 ミゼルは、マリア以上にマリアが気にしいだと分かってくれていた。

 身長は彼女の方が小さいが、マリアより大人びた視点を持っている。


「私たちは、いつでも好きな自分でいたいと願ってしまいますけれど、好きな自分を押しつけてはならない場面はたくさんあります。そういう分別を持っていらっしゃるマリアヴェーラ様だからこそ、私は大好きなんです」

「ミゼル様……!」


 はにかむ友達の言葉に、マリアは感動した。


「……ありがとう。わたくし、〝高嶺の花〟の姿を肖像画に残そうと思いますわ。残念だけれど、今回はかわいいものを封印しなければなりませんわね」


「完全には封印しなくてもいいと思います。マリアヴェーラ様ではなく、周りに可愛らしさを取り入れてみてはどうでしょう。例えば、背景に花やリボンを入れていただくとか、額を絢爛豪華なものではなく、花を彫刻したものにするとか……」


「それ、とても良い考えですわね」


 話は予想外に盛り上がり、ティーコジーをかけたポットの紅茶が冷めるまで、延々と続いたのだった。


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