エピローグ とある神社のその未来②
俺らが朝日を拝み、ソノラと戦い、死んだ思い出の崖には転落防止の大きめな柵が建てられていた。これで誤って落ちるなんてことはないだろうと、少しだけ安心した。
祈里のおじいちゃんによって『恋愛成就の崖』と大々的に看板が設けられ、いくつもベンチが置いてあった。俺らは横並びにベンチに座った。
「それで、どうしてお前がここにいるんだよ」
「何かあったの?」
俺と祈里が食い気味にメズルフに詰め寄ると、メズルフは困った顔をしながら笑っている。
「いやぁ、大した事ではないんですが」
「うん?」
「ほら、三途の川のとことで私からの感謝の通貨が5000円だったのを覚えていますか?」
「あ、ああ。そのおかげで命拾いしたからな。それがどうかしたのか?」
「それで、不審に思ったリムベール様が私の体を色々調べて下さったんです」
「うん??」
「そしたら……そのー……私、天使じゃなくてソノラ様の生まれ変わりだったようで」
メズルフはボリボリと頭を掻きながら、そう笑った。
「は? え? どういう事?」
「もしかして、メズルフちゃん……神様だったの?」
「あはは、そうみたいです!」
「……はぁ!?」
天使と一緒にすごした一ヶ月っていうのも中々すごい事だと思う。だが、俺が一緒に一ヶ月やんややんや騒いで笑って泣かせたのはどうも神様だったらしい。レア体験すぎてどう反応したらいいのかわからない。
「それで、『それなら自分で信仰を集めることができるはずじゃ! 地上へ行って、自力で生きることができるよう頑張って来るのじゃぁ』って……リムベール様が。ううぅ」
「追い出されたのか」
「……はい」
「エネルギーとっても使うって言ってたもんね、リムベール様」
「……はい」
なるほど、世知辛いのは人間界も天界もさして変わらないな、なんて俺はしょぼくれるメズルフをみて感じるのだった。
「それならそれで俺の家に来ればよかったのに」
「楽の家はご家族がたくさんいるでしょ?」
「ん、まぁな」
俺の実家は兄弟がたくさんいる事を考えればメズルフが訪ねてこなかったのも分かる。
「じゃあ、私のところは?」
「祈里さんのお家にまたお邪魔する、確かにそれは悩みました……でも、人に頼ってたら結局また甘えちゃうかなって」
メズルフなりに色々と考えた結果だったのだろう。照れくさそうにメズルフははにかんだ。
「地上に降り立ったら、なんと壊れ果てた陸日神社が再建されていたんです。私がその様子をじっと眺めていたら、たまたまここに常駐する人を募集していて、先ほどの神主さんに採用していただいたというわけです! 路頭に迷っていたわたしに声をかけてくださり救ってくださった神主さんはわたしにとって神です!!」
目を輝かせて神メズルフはお爺ちゃんを神呼びしている。こんな敷居の低い神様がいていいのだろうか。それにそのおじいちゃんは……
「……あの人、祈里のおじいちゃんな」
「はい!?」
「そうなの。私のおじいちゃん」
「わたしを救っていただいた神主さんのご子息!! もう、これは祈里様とお呼びせねば!!」
「立場が逆だよ!! メズルフちゃん!! 神なんでしょ!?」
本気なのか冗談なのかわからないメズルフの勢いに振り回されて困り顔の祈里。
二人が顔を見合わせて笑い合う様子を俺はなんだか尊いものを見るような気持ちで眺める。
「まぁ、じゃぁ……しばらくはここで働くってこと?」
「ええ! 結局わたしもソノラ様の生まれ変わりならここの発展が私の力になると思ってます」
「なるほどな。そしたらここにきたらメズルフに会えるってことだな?」
「ふふっ!その通りです! また、会いにきてくれるんですか?」
「気が向いたら、祈里と一緒に、な」
「今度はぜひ、まこまこも連れていらしてください!」
「え、でも……真心はお前のこと覚えてないだろ?」
「そんなこと関係ありませんよ! まこまこはずっともなので!」
「そっか、じゃぁ今度誘ってくるよ!」
「楽しみにしていますね!」
崩壊も、人類滅亡も、死も関係ない約束を俺たちは交わした。
メズルフが守っていくであろう今の睦日神社には明るい未来が待っているに違いなかった。
「じゃ、俺らそろそろ帰るな?」
「会えて本当に嬉しかったよ! また会おうね、メズルフちゃん!」
「はい! もちろんです!!」
俺らは崖から一歩、また一歩と離れていく。
もう、ここから落ちることだけは2度とないだろう。
「次、来る時にお願いがあるんですが」
去り際にメズルフが俺に声をかけてきた。
「なんだ?」
「楽の作ったハンバーグもう一回食べたいです!」
神様が庶民にするお願い事とは思えない願いに俺は吹き出してしまう。
「約束だもんな! まかせとけ! 最高に美味しいの作ってやるから!!」
眩しいほどの明るい笑顔に俺は一生ハンバーグを貢ぎ続けるにちがいなかった。
睦日神社にはきれいな朝日が今日も差し込むだろう。
神様自らが下働きする世にも珍しい神社なのだから。
ーーおわり




