エピローグ とある神社のその未来①
「ねぇ、楽」
「どうした、祈里?」
「今週末どうかな?」
授業が終わった学校で祈里が俺を呼び止める。あの日、修学旅行最後に日からもう半年以上が経過していた。外はすっかり秋めいて、紅葉が茂っている。
俺はというと、修学旅行の日にホテルから抜け出して、地震で崖崩れや神社崩壊があって崖下に落ちたのに生還したという謎に幸運の少年として生き残っている。元の足は折れていたし、全身ボロボロだったため最初の一か月は病院で過ごす羽目になったが、それでも生きていることに俺は喜びを感じている。
もちろん、元の学校生活に戻った俺は祈里と交際を続けていた。
いろいろあったし、言葉通り地獄を見たけど、本当に元の生活に戻ったのだった。
「今週末、もちろん空けてあるよ」
「じゃぁ、行けるんだね! 睦日神社!」
「ああ! よろしくお願いするよ」
睦日神社の本堂は、メズルフの愛の弓矢の一撃によって廃屋と化した。それにより、あの神社はもう終わりかと思われていたのだが……。
「それにしても、祈里のおじいちゃんすげぇな。あんなボロい参拝客が来るかもわからない神社を再建までしちまうなんて」
祈里のおじいちゃんは神主をしている人だとは聞いていた。ある日、かわいい孫からとんでもないお願い事をされたおじいちゃんはあれよあれよという間にそのお願いをかなえてあげた。
そのお願いこそ、睦日神社の再建だった。
「ふふっ、そうでしょ? 神主としてはかなり顔が利く方なんだって。神社の経営だってほぼボランティアみたいなところ沢山あるらしいけど……ウチのおじいちゃん意外と商売上手なの。おまじないの事話したらすぐに壊れた神宮再建始まっちゃったもんね」
「こんな短時間で再建が完了するなんて。聞いた時本当に驚いたよ。明日が楽しみだな!」
「うん! どんな感じになったんだろうね?」
ごみの吹き溜まりのような神社は祈里のおじいちゃんが管理、運営をすることになった。おかげですべての設備が綺麗になったらしい。しかも、睦日神社までエスカレーターまで作成したらしいのだ。そして、その工事が完成し、睦日神社の再スタートを前に祈里のおじいちゃんが声をかけてくれ、見学に行かないかと誘われていたのだ。
「そうそう、常駐してくれる人も決まったみたいだよ? これからは夜通したまり場にならないように管理して、清く正しい神社としてソノラ様を祀ってくれるみたい。ご神体も新しいものを用意したんだよ」
「マネーいずパワーを感じずにはいられない話だな……。ま! でもこれこそ本当に良かったよな」
「きっとメズルフちゃんも天界で頑張ってるだろうし、こっちで出来ることはやってあげれたんじゃないかな?」
「そうだな! じゃぁ、綺麗になった睦日神社で俺らも参拝していこう」
「楽しみだね! 結構遠いから小旅行だよ?」
「修学旅行で行く距離だもんな」
「あ、待ち合わせはウチの家の前に七時くらいで! そうそう、おじいちゃんの運転、結構揺れるから酔い止め飲んでおいた方がいいかも」
「あはは、了解。それじゃ、また明日な!」
「また明日ね!」
俺と祈里はお互いに明るい表情で手を振った。
新しい睦日神社を見るのが俺としてもとても楽しみだった。
◇
次の日。
俺と祈里は昨日の約束通り、祈里のおじいちゃんの車で睦日神社まで連れて行ってもらった。大きな道路と山道の境には立派な鳥居が建てられていて、俺らはそこで車から下ろされた。
「ほれ、ここが入口だな! わしは向こうの駐車場に車を置いてくるから先に行っててくれな」
「ありがとうおじいちゃん!」
「ありがとうございます!」
俺は祈里のおじいちゃんに会釈して見送ってから改めて神社の方を向いた。俺たちが朝日を目指して歩いた、荒れ果てた道はきれいに整備され、山へと続く階段となっていた。その横には足の悪い人向けのエスカレーターも完備している。
「まるで新しい観光スポットだな」
「これなら参拝客も増えそうだね!」
「そうだな。力を蓄えすぎてまた人間を消そうとしなきゃいいけど」
「清い信仰が集まればそんな悪いふうにはしないよきっと」
「だと良いな」
俺と祈里はエスカレーターという人類の文明には見向きもせず二人で一歩、また一歩と踏みしめるように階段を登った。途中で後ろを振り向くと、俺らが宿泊したホテルがチラッと顔を覗かせている。
「懐かしい?」
「そうだな、ほんの数ヶ月前のことなのにな」
「あーあ、私も京都観光したかったな」
「そ、それは悪かったって。帰りになんか京都らしいお土産買って帰ろうぜ?」
「ふふっ! 楽に選んでもらっちゃお」
「じゃぁ、木刀だな」
「それは……やだかも」
「嘘だって、そんな寂しそうな顔すんなよ」
「あはは! じゃぁ、期待するよ?」
「任せとけって!」
自然と会話がはずんで、思いの外早く睦日神社に到着した。道路沿いにあった鳥居とは別のもう一つの鳥居が顔を覗かせる。俺は祈里に何も言われる前に頭を下げてから神社の敷地に入っていった。それを見た祈里は嬉しそうにしながら同じように鳥居を潜って来た。
「見てみろよ、祈里! あの汚かった神社が見違えるようだぜ?」
「うわぁ! すごい! 本当に全部が新品だね!」
荒れ果てていたのが嘘のように、綺麗な神社がそこにはあった。壊れて崩れ落ちた本堂は再建築され、新築となっており本当に美しい。俺らは鳥居から寄り道などはせずに本堂まで行ってお賽銭を投げお参りをした。きっとこのお参りもソノラの力になるに違いない。だから俺は『ソノラがいい神様になりますように』とお願い事をしたのだった。
参拝を終え、そろそろっ帰ろうかと思っていたら祈里が俺の袖を引っ張って神社の奥を指差した。
「おみくじ引けるかな?」
「おみくじ?」
「ほら、あそこに看板あるよ!」
祈里の指先が指す方向に視線を向けると、確かにそこには「おみくじ」「おまもり」と書かれたノボリが立っている。
「本当だ。お守りとかも売ってるみたいだな。ちょっとみてみようか!」
「うん!」
前回来た時には気が付かなかったのか、元々はなかったのか。とにかく奥の方にある売店を見つけた俺らはそっちに向かって歩き出す。すると、なかで巫女の服に身を包む人がせっせと作業に取り組んでいる後姿が見えた。
「あの、おみくじってひけますか?」
巫女さんの背中にそう問いかけると俺らの存在に気がついた巫女さんが頭を上げた。今まで下を向いていて見えなかった巫女さんの髪の毛の色はきれいな金髪だった。俺はてっきり日本人が巫女をするものだと思っていたので驚いた。
「え!? なんでお客さんがいるんですか!? すみません、この神社はまだオープン前で……って……え?」
「あ……あああああ!?!?」
「ええええええ!?」
巫女が俺を指差して大声で叫んだ。
俺も祈里も同じように巫女を指差して叫んだ。
そりゃそうだろう。
「な、なんで。なんでメズルフがここにいるんだよ!!!」
おみくじを準備していた巫女はどこをどうみても、金髪で、青い目の、よく見知ったアホ天使だったからだ。
「そ、そ、それはこっちのセリフですよ!! まだここオープンもしてないのに何入ってきちゃってるんですか!!」
「そこじゃないだろぉ!!!!」
俺は久々に全力でツッコミを入れる。ああ、そうだよ。この会話が絶妙に噛み合わない感じ。アホ天使とだけ成立するアホな会話。思わずお互い顔を見合わせて笑ってしまった。
「あははっ! あー、驚いた! 久しぶりです! 楽、祈里さん!!」
「おー、なんだ。君たちメズルフさんの知り合いかな? ここで常駐してくれるスタッフさん、彼女なんだ」
ひょっこりと後ろから現れた祈里のおじいちゃんがサラッとメズルフの事を紹介してくれる。
「えっ!!」
「そういうことなのですよ! 私が、この神社を管理することになったのです!」
「え、えっと。ちょっと、すみません。メズルフ、少しいいか?」
「困ります! まだ品出しの仕事が残って」
「いいよいいよ。友達なんだろ? ちょっと早めだけど休憩に行っていいよ」
「え? ありがとうございます。そしたら少しここを離れますね!」
おじいちゃんの目の前で天界の話をするわけにいかない俺らは巫女姿のメズルフをつれて、誰もいない場所を求め崖の方へと歩いていったのだった。




