第二十四話 泣いてもと笑っても③
「そろそろ、時間です」
「……わかった」
今回ばかりは茶化すことなく俺らを見守ってくれた天使はそっぽを向いてそう言った。
「じゃぁな、祈里!」
「うん。バイバイ、楽!」
俺は後ろ髪を引かれる思いだったが、川へ向かって歩き始めた。そこにはリムベール様とメズルフが待っている。
「それじゃ、楽の六文銭を確認します」
「今ワシがあげたものと……もう一枚だけあるようじゃの」
「……リムベール様……これをご覧ください」
「……なんと」
俺に聞こえないようにメズルフがリムベール様に耳打ちをしている。俺は訳が分からずにその様子を見守った。
「楽、すまぬのぉ。ワシ嘘をついてしまったようじゃ」
「な、何がですか?」
「お主、どうやらメズルフから感謝をされていたようなんじゃ」
「私全然身に覚えがないんですけど、なんか感謝しちゃってたみたいで―」
「なんでそんな嫌そうなんだよ!」
「なんか悔しいじゃないですか!!」
「俺に感謝することがか!?」
めちゃくちゃ腑に落ちない物言いに、俺の方が不服そうな顔をしてにらめっこが始まる。だが、にらめっこはあっという間に終わった。負けたのはメズルフの方だった。
「あははっ! まぁ? でも? 逆にぃ? 楽は私に感謝することになると思いますよ」
「は??」
「お主を天国へ導くといったがあれは嘘になった」
「え……?」
「これを見よ。お主が元から持っていたものじゃ」
「さっきリムベール様に貰ったコインとは別にもう一枚……これがメズルフからの感謝の六文銭? もしかして……?」
俺に残っている前楽の記憶の中で、コインが落ちる音が聞こえた事があった。そうだ、一緒にパフェを食べに行ったあの日、確かに楽は何か小銭が落ちたような音がしたと言ってテーブルの下を探していた事があった。あの不可解な小銭の音、それはきっとメズルフのありがとうから生まれた六文銭だったにちがいない。
メズルフがそのコインを突き出してくるので俺が手を出すとそこにぽとんと落としてきた。俺は手に乗ったコインをまじまじと見る。
「値段を見てください?」
「ごっ5000円!? なんで? お前、神様と同等の価値なの!?」
「さぁ? 分からないですけど!」
いたずらに笑って見せる天使にこの状況の説明などできるはずがなく、俺はあっけにとられた顔のままリムベール様に追加の説明を求めようと視線を合わす。目が合ったリムベール様は一度肩をすくめてから困り顔でこう言った。
「きっと、こ奴はソノラの転生した破片じゃからじゃのぉ。普通の天使ならせいぜい百円が関の山なのじゃが……」
「メズルフがソノラの分身だからって事? え? 待って、ってことは……もしかして俺一万円貯まった!?」
「さよう」
「う、うそだろ? ……ははっ!! ってことはもしかして?」
「うむ。この六文銭を使い、お主の死は無かったことにしてやろう!」
「あ、ははは!! あはははっ!!」
「うふふっ! こんな事ってあるんですね!」
「神のワシが言うのもなんじゃが……奇跡に近いのぉ」
俺は夢にも見ていなかったサプライズ。一番それを伝えたい相手は俺の真後ろに立っている。
頭をポリポリと掻きながら俺は祈里をみた。つい先ほど今生の別れをしたばかりの相手に言うのは少しだけ気まずくてどんな反応をされるかと心臓が脈打つ。
「祈里……お、おれさ……その……死なないで良いみたい」
「え……?」
驚いたまま硬直する祈里がそこにいて、俺は一瞬不安になった。
これで祈里に『本当は別の人が好きで、楽なんて死ねばよかった』とか言われた日には立ち直れない。
そんな恐怖が俺の脳裏によぎる。
けれどもそんなのは杞憂で、祈里の目から大粒の涙がボロボロとこぼしながら笑う祈里を見た時には俺は先ほどの考えが頭をよぎったことでさえ後悔した。そのまま祈里はこちらへ走ってきて俺に抱き着いて胸に顔をうずめた。
「い、いのり!?」
「良かった。本当に……良かったよぉ!!」
「あはは。俺も、そう思う」
「もう、ずっとずっと離れないから」
「俺も……死ぬまで離さない」
「先に死ぬのも許さない」
「え!? えっと……が、ガンバルヨ」
涙で目を真っ赤に腫らした祈里は若干怖く、俺はいつか、尻に敷かれる未来が見えたような気がした。
「ふぉっふぉっふぉ。仲睦まじいことは良いこと良いこと。さて、それでは、楽よ。お主は地震が起こって祈里を助け、そのまま崖から転落したが奇跡的に助かった少年として生を宿すじゃろう。あー、世界に矛盾が起きぬように調整を頑張らねばのぉ……」
「あはは、何かすみません。よろしくお願いします」
「それでは、祈里と楽の両名を地上へ戻すぞ」
俺と祈里の足元に大きな青い魔法陣が出現した。きっとこれが地上へと戻るための魔法陣なのだろう。
「あ、あの! リムベール様? メズルフは?」
「メズルフは……天界へ戻る事になる」
「!!」
少し寂しそうにメズルフは手を振った。
「じゃが、いつかまた会えることもあろう」
「え、じゃぁ留学生メズルフは?」
「そんな者は最初からいなかったことになるじゃろう。元よりメズルフが周りの認識をゆがめて作った居場所じゃ。消すのも簡単にできるのじゃよ」
「……そんな……」
「楽、そんな顔をしないでください。わたし、楽と祈里さんと一緒に学校生活を送れて本当に楽しかったです」
「メズルフ……」
「それに、大好きなリムベール様が元に戻りつつある。姿を再びお目見えできたのも楽のおかげです。今後は私もリムベール様のお荷物にならないようにいろいろと頑張らなくてはいけないので人間ごっこは終わりなんです」
「メズルフにとってそれが幸せなのか?」
「はい。だって、私は……」
「崇高な転生の神リムベール様の天使、だもんな?」
俺はメズルフの決め台詞を先取りして、歯を見せてニカッと笑ってやった。
「それ、私の台詞なのに! あははっ!」
先ほどまで寂しそうだったメズルフもまた、これ以上にないほどの明るい笑顔を見せてくれた。
「そろそろいいかの?」
俺たちの別れの挨拶がひと段落するまで待ってくれていたリムベール様が頃合いを見て声をかけてくれる。これが本当に最後の別れのようだ。魔法陣は神々しき光を放ち始めた。お花畑や広大な三途の川もフェードアウトするかのように徐々にぼんやりと見えにくくなっていく。
「はい、リムベール様。本当にいろいろとお世話になりました」
「毎日我にお祈りをしてくれると信仰心が減りにくくなるのぉ。よろしく頼みたいものじゃ」
「あはは! わかりました。俺、前まで神様とか絶対に信じてなかったけど、リムベール様の事だけは忘れません!」
「メズルフちゃん! 元気で頑張ってね!!」
「はい! 祈里さんも楽と末永くお幸せに!!」
「じゃぁな! アホ天使!!」
「なっ! 最後の最後まで人をアホ呼ばわりして!! 楽の馬鹿!! おじいちゃんになるまでここへ来るな、ですよ!」
ついに、互いの姿が光に遮られ徐々に見えなくなって、最後は声も遠くなった。
祈里と二人、光に包まれたままそっとお互いの身を寄せる。
「祈里……俺、祈里の事が好きです。今度こそ絶対に離さないので、俺と付き合ってください」
二人だけの光の世界に包まれたまま俺は人生二度目の告白をした。祈里は穏やかに笑い、軽くお辞儀をして見せる。
「はい。喜んで。こちらこそよろしくお願いします」
顔を上げた時の祈里の顔は世界で一番かわいい上目遣いだったことは言うまでもないだろう。
俺と祈里はもとの人生通りに付き合い、
世界の崩壊も防げて、
ソノラの陰謀を阻止できて、
消えかけていたリムベール様は徐々に力を取り戻し、
リムベール様を愛するメズルフは彼女の元へ帰ることができた。
こうして、俺の訳の分からない事だらけだったタイムリープ転生は綺麗に幕を閉じたのだった。
これ以上の完璧な答えなんて存在するのだろうか。
俺には到底思い浮かばない。
ただ、一つ。
俺は授業中にいまだに隣の席が3つつながっている気がして横を向いてしまうのだけは問題だった。
金髪でとにかく煩い留学生の姿はもう、そこには居ないのだから。




