第二十四話 泣いてもと笑っても①
俺は空に浮かぶソノラに頭を鷲掴みにされたまま涙をこぼした。とめどなくこぼれる涙は、何十メートル先の地面へめがけて落下した。俺もこれから同じ目に合うのだろう。
「……ふふっ」
涙をこぼしながら別れの言葉をつぶやいた俺をソノラが鼻で笑う。勝利を確信した顔をしていて俺は悔しくて仕方がなかった。
けれども、足掻ける所まで足掻いた。あとは鏡を壊すだけだった。それなのに、最後の一撃が決まらなかった。
俺は頑張った、よな?
だからもう、仕方がない、よな?
悔し涙を流しながら俺はそっと目をつぶった。
「諦めるなです!!」
「!!?」
聞き覚えのある声が崖からして俺は閉じていた目を見開いた。肩から血を流したままのメズルフが片手で肩を抑えながらもこちらに向かって走ってきていた。
「め、メズルフ!?」
「ソノラ様……いえ! ソノラ!!」
「……っ!?」
「その人々を……解放しなさい!!」
「……!!」
メズルフは羽を怪我しているのもお構いなしに崖に向かって全速力で走ってきている。俺がいるのは崖よりも少しだけ先を行った空中だ。確かにジャンプすれば届かない距離じゃないが、もし失敗したら……!!
「何をするんだ!? 危ない!! 落ちるぞ!?」
「うおおおおおおお!!!!」
俺が止めたにもかかわらず、メズルフは崖に向かって走るのをやめない。
そして、そのまま崖の淵からソノラめがけて大ジャンプをしてきたのだ。
「うおりゃぁぁぁぁ!!!」
「メズルフ!?!?」
ソノラは顔をしかめはしたもののメズルフの大ジャンプを軽く避けた。避けられたメズルフは羽を怪我している。当然、地面への落下が始まり急降下を始めた。
「メズルフ!!!」
「まだまだぁ!!!」
「んんっ!?」
思わずソノラが声をあげた。落下しながらメズルフが投げたリムベール様人形付きの真心のスマホががソノラの右手に命中したのだ。スマホにはじかれたソノラの右手から、祈里の魂が逃げ出した。
「楽!! 後は頼みました!!!!」
「メズルフ!!!! メズルフ!!!!」
あっという間にメズルフは谷底へと落下していき、その姿は見えなくなった。
「う、うそだろ……アホにも程があんだろ。ばかやろう!!」
俺は消えていった天使が残してくれたこのチャンスを逃すわけにはいかなくなった。ソノラは逃げた祈里の魂を捕まえようと追いかけ始める。その時、俺に注意がいかなくなったのか掴まれている手の力が弱まり俺はそのまま落ちそうになった。
さっきまでの俺ならその落下も受け入れていただろう。だが、最後の最後まで足掻いていったメズルフを俺は見てしまった。
「ここまでしてもらって……おめおめと死ねねぇっての!!」
頭から手が離されたその瞬間、今度は俺の手がソノラの腕をつかんだ。
「捕まえさせるかよ!!!」
「!?」
ソノラは腕を振って俺を振りほどこうとしたが俺は必至でしがみつき、そのまま腕を登っていく。
そしてソノラの首に手をまわし背中にびったりとくっついた。
「ソノラ様よぉ。俺さぁメズルフとここ一か月ずっと一緒だったわけよ」」
「……」
静かに、ソノラは俺の眉間に指をさした。徐々に指の先に光が溜まっていく。
きっと先ほどの光線のように一撃でもくらえない部類の力が目の前にある。
「毎日毎日バタバタバタバタ。馬鹿だしアホだしすぐに目的忘れるし。すっげー大変だったんだよ。でもさ、喧嘩したり笑いあったりでなんだかんだ楽しかったの」
俺はそれでも話すのをやめなかった。
ソノラに聞く気がないのは分かっていた。本来人に直接手を下してはいけない神様が俺に向かって力を溜めている。もう、神ではなくなってきているのだろう。
「初めて出会った日なんてよ、俺の事を導けって言われてんのに突然ベットに寝転んでさ、漫画を取ってくれって言いだしたんだぜ? あの時は本当に頭に来たなぁ」
それならばなおの事、ソノラは俺が止めなくてはいけない。
全人類、祈里、そして、がけ下に落ちていったメズルフに顔向けができるように!
「そんな俺だから分かるんだよ。お前の弱点をなぁ!!!」
「!?」
ソノラからメズルフが出来たなら、きっとメズルフの弱点はソノラの弱点に違いない!
メズルフの弱点……俺とメズルフが出会った初日に涙目でフーフーと怒る天使の顔がちらつく。
俺はソノラの背中の羽を全力でこちょばした。
「……はぁっ!? あはははっ!! ちょ、ちょっと待て! おい、やめてぇ!! やめっ!! あっ!!!」
どうやら予想は的中だった。
ソノラは突然羽をこちょばされて大声で笑った。
その瞬間、口に咥えていたソノラのご神体はポロリと落ちたのだ。
俺はご神体の落下と同時にソノラの背中を蹴り飛ばし、なんとか空中でご神体をキャッチした。
むろん、そのまま地面へと落下を始める。
「じゃぁな!! 俺、世界の崩壊を止めなきゃいけないんで!!」
「やめろ!! 待て!!」
ソノラが俺を追いかけてこようとしたその時、祈里の魂がソノラの顔の前をぐるぐると飛び回った。目の前が見えなくなったソノラは止まらざるを得なくなる。その妨害はソノラが祈里の魂を手で弾くまで続いた。
「じゃ、邪魔だ!! どけ!!」
「祈里!!」
祈里がソノラの行く手を数秒阻んでくれたおかげで、俺とソノラとの距離はだいぶできたようだ。
俺はご神体を地面に向かって突き出した。幸いにも、俺の真下には木々もなくこのままいけば順当に地面と衝突する。この高さのこの勢い、地面にぶつかりさえすれば鏡は木っ端みじんに割れてくれるに違いない。
「まってええええええ!!!」
上空から突然情けなくなったソノラの声が響く。
振り向くと真上から鬼の形相のソノラが追ってきている。
俺は再び地面を睨みつけた。
「いっけええええええええ!!!!」
地面が先か。神が先か。
ソノラの手が俺の足に届きそうになったその時。
俺は一足先に地面に到達したのだった。
パリンと鏡が割れる小気味のいい音が聞こえた。
それが俺の人生で最後に聞いた音となったのだった。




