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第二十三話 塗れた欲望と清き信仰④

「さて、事の顛末はこんな感じじゃ。どうじゃ、何か思いつきそうか?」


 リムベール様が一通り話し終えると俺に話しを振ってきた。俺は数秒考えてから思ったことをぽつりぽつりとしゃべり始める。


「そうですね、俺の素直な感想ですが、もしさっき俺が死んで世界の崩壊無く祈里の魂を隠し通せたとしても、いつかはメズルフの魂を同じように利用されて人間のいない世界にされそうかなって思いました」

「そうじゃのぉ。メズルフの事をいつまでも隠し通せるかと言われたら厳しいやものぉ」

「なので、根本的にソノラをどうにかしなくちゃいけないのかなって」

「どうにかする。はて? それはどうするのじゃ?」

「いくつか確認しますが、ここはソノラが生まれた神社なんですよね?」

「そうじゃ。ワシはそう聞いておる」

「リムベール様はいま、この『リムベール様人形ご神体』に力が集まったから話ができるようになったんですよね?」

「そうじゃよ。本当はこんな朽ちやすいものをご神体にしてほしくなかったがの。ソノラのように銀でできた鏡とかが最適なのじゃ」

「……あ。私、楽の考えてる事分かってしまったかもしれません!」


 メズルフはリムベール様の言葉をヒントにどうやら、俺の考えに行きついたようだった。なぞなぞの答えを導き出したように目を輝かせている。


「そうだ。俺はここ、睦日神社にあると思うんだ。ソノラのご神体! ……汚れた信仰はそこにたまっているはず。それをぶっ壊せばソノラを倒せる!リムベール様の天秤が壊されたけど復活で来たってことは、別のご神体を用意すればソノラ自身は助かるはず……どうでしょう?」

「ふむ、なるほど。やってみる価値はあるやものぉ。して、どうやってそのご神体を探すのじゃ?さすがに何十分も探す時間をくれる程ソノラはお人よしじゃなかろう」

「そこは、メズルフに任せます」

「わ、私にですか!?」

「メズルフ、お前ソノラの一部なはずだろ? だったら、力の源の位置を把握できたりするんじゃねぇか?」

「そ、そんな無茶苦茶な! ゲームじゃないんですから!」

「ほら、目をつぶって、やってみるだけやってみてくれよ」

「も、もう……こうですか?」

「そうそう、なんか感じたりしねぇか?」

「そういわれても……」


 メズルフはすっと目を閉じたまましばらくじっとしていた。すぅっとメズルフの息の音を数秒ほど聞いていると、メズルフはパッと目を開いた。


「……何も感じませんね!」

「だめだったかぁ!!」

「おぬしら、アホなのか?」


 表情も見えないリムベール様が呆れている事だけはその声色で伝わってくる。なんとかして、別の方法でご神体を見つけねば、と思っていたらリムベール様が助け舟を出してくれた。


「ほれ、二人よ。こちらへ来い。ご神体は基本本堂の中央に厳重に保管されておる」

「場所知ってるならなんで言ってくれないんですか!?」

「雰囲気だけはいっちょ前だったので見ておっただけじゃ。ほれ、瓦礫に埋もれているじゃろうから急いで掘り出すのじゃ」

「げ……」


 俺たちはおおよその場所まで連れてきてもらったが、足元に崩れ落ちている木々をかき分けてご神体を掘り出さなくてはならないことに気が付いて絶句した。


「さぁ、儀式の準備が終わるのが先か、それともおぬしらがご神体を見つけるのが先か。ワシは手伝えぬから頑張るんじゃよ」

「は……はい」


 嫌そうな顔をしているメズルフを他所に俺はすぐさま地面を掘り進め始めた。

 木々のささくれが手に刺さることもあったが、気にせずに次々と木材をよけていく。そんな俺の姿をみたメズルフはふぅとため息を一つだけはいてから隣で作業を始めたのだった。


 数分で軍手が欲しくなってきていた。素手でやる作業じゃないと心の奥では思っていたが屋根の梁だと思われる大きな木を持ち上げられずにとうとう、膝をついてしまった。もう、足の痛みが限界で立っている事さえ辛い。気が付けば異常なほど汗をかいている。俺の様子に気が付いたメズルフが心配そうに駆け寄って来てくれた。


「……楽、大丈夫です?」

「悪い、ちょっとだけ休憩……」

「足が痛むんですか?」

「まぁ……」

「ごめんなさい。ソノラ様の命令だったとはいえ」

「お前の所為じゃないだろ。ソノラが全部悪い」

「……私、頑張ります」


 メズルフはそれだけ言うと再び作業に戻り、ご神体探しの続きをし始めた。

 あれから数分が経過している。祈里は大丈夫かと心配になってきた。もう、もしかすると手遅れかもしれない、そんな不安が俺の胸の中にこみあげてくる。


 じっとなんてしてられない。


 俺は体に無理を言って立ち上がり、また一つ、一つと足元の瓦礫を避けていく。中には神に祈りをささげるために使われるだろう金ぴかな装飾品などもちらりと見え、本来ならみんなに崇め奉られ人々の子孫繁栄を願う神様の本来の姿を思い描いてしまう。


 ソノラだって、本当はこんな事望んでいないのかもしれないな、なんて。余計なことまで考えていたその時。メズルフから素っ頓狂な声がした。


「ああああ!!!」

「ど、どうした!?」

「楽の足元にまがまがしい何かを感じます!!」

「!?」


 メズルフの言葉はきっと大きな意味があるに違いない。俺はすぐさま足元を掘り進め始める。メズルフもこちらに駆け寄ってきて一緒に瓦礫を避けていった。そして、俺らの探し物はとうとう見つかる。


それは漆塗りの古びた箱だった。


「こ、これです」

「この箱の中に、ご神体が?」

「間違いないじゃろうな。開けてみよ」

「はい!」


 俺は手に取った木箱に何重にも縛られている、赤と白の紐を一本一本ほどいていった。

 最後の一本をほどいて、木箱のふたをそっと開ける。

 そこには、昔風の銀色に輝く鏡が厳かな布にくるまれていた。


 俺がその鏡を手に取るとメズルフはバっと目を覆うような仕草をした。


「ひ、ひどい」

「?? どうした、メズルフ」

「邪悪な気を、ひしひしと感じて。私はそれに触れることはできなさそうです」

「わかった、俺に任せろ」

「ここまで悪化しておるとは。ここに人間の悪しき信仰が凝縮されておる。これを壊せばソノラはきっと解放されるじゃろう」

「よし、じゃぁさっそく壊そう……」


 俺は辺りに散らばっている瓦礫の中から頑丈そうな石を手に取り、地面に鏡を置いた。


「行くぞ!」


 俺はソノラのご神体を壊すべく石を高らかに振り上げた。渾身の力を込めてそのとがった頑丈な石をたたきつけすべてを終わらせる。


ハズだった。


瞬間、横殴りの衝撃が俺の手を襲っていた。手に持っていた石は鏡に到達する前にはじかれて、手に痛みが走ったことだけしか俺には理解できなかった。


「いてっ!!」

「楽!?危ない!!」


 メズルフの悲鳴に近い声がした。弓矢のような光線がもう一撃俺の方へ飛んできていることに気が付いた時には何もかもが遅かった。

 

 目の前で羽と手を大きく広げた天使が俺をかばうように矢を防ぎ、その衝撃でゴムボールのようにバウンドして地面にぐしゃりと落ちたのだ。


 俺が目で追えた先に居たのは血で赤く染まったメズルフが地面で転がっている風景だった。


「う、嘘だろ? ……め、めずるふ?」

「ぁ……ぅ……」


 気が付けば、ソノラが俺の目の前に居た。片手に祈里の魂を握ったまま笑っているソノラはまるで悪魔のようだった。俺は慌てて銀の鏡を取られないように掴もうとしたがソノラは軽く俺の事を蹴り飛ばして、大事そうに銀の鏡を手に取る。


「ソノラ!! やめるのじゃ!! メズルフはお主の……」

「うるさいわぁ!! とっとと消えるのよぉ、老害!!」

「うわ!!」


 ソノラが鏡を持った手を大きく振り上げると突風が巻き起こる。俺からすればただの風だったが、リムベール様からするとそうではなかったのだろう。それ以降、リムベールの声は全くしなくなってしまった。


「さぁて、後はあなただけよぉ?」


 背後には血を流し倒れるメズルフ。

 祈里の魂はソノラの右手に。

 ソノラのご神体の鏡はソノラの左手に。


「……」

「まさかぁ、あの状況からここまでかき回されることになるなんてぇ。男の子の事、見くびってたみたいなのぉ」

「ははっ、そりゃどうも」

「だから、貴方の事。しっかりと面倒を見てあげる」

「……」


 面倒を見る。


 その意味が分からない程、俺だって馬鹿じゃない。


「ゲームオーバーよ?」


 ソノラは銀の鏡を口に咥えると俺めがけてその手を伸ばしてきた。

 俺はせめてもの抵抗として逃げようとしたがあっという間に頭をわしづかみにされ足は地面を離れた。

 そのままソノラによって崖の方へと運ばれる。口に鏡を加えているからか、ソノラは一言も発さないまま俺を片手で宙づりにし、とうとう、崖へと到着してしまった。


「く、くそ……」


 俺の足元には最早地面は無い。

 いや、何十メートルあるのかはわからない程下になら木々は見えるのだが、今手を離されたら間違いなく落下死するだろう。


 つまり、ソノラが手を離してしまえば正真正銘のゲームオーバー。


 吊るされたままの俺の視界に、もう片方の手に持たれている祈里の魂がちらりと見えた。


「ごめん……祈里……助けて、あげられないかもしれない……」


 だんだんと視界がぼやけて涙がぽろりとこぼれてしまう。


「大好きだ」


 俺はその時、確実にすべてを諦めていた。

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