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第二十三話 塗れた欲望と清き信仰③

「ワシとソノラがであったのはかれこれ50年ほど前。まだソノラが生まれて10年ほどの頃じゃった。」


 昔話の始まりのようにリムベール様は語り始めた。


「とてもかわいらしい、土地神でのぉ。若かったが、このあたりの人々の恋愛成就に頑張って励んでおったのじゃ。ワシはこの地域には数年に一度しか来ないのじゃが、新しい土地神が頑張っているという噂を聞きつけて会いに来たのじゃ。

 いろいろと苦労をしておったようでワシが少しばかりアドバイスをしたら懐いてきてのぉ。それから毎年一度くらいは顔を出し、十年経過する頃には、互いに自分の身の回りの事などを話す仲になっておったのじゃ」


 懐かしそうに語るリムベール様にはソノラへの敵意なんてみじんも感じない。それどころか仲のいい様子が伺えるような内容だった。


「リムベール様とソノラ様は仲が良かったんですね」

「そうなんじゃよ。じゃが、時代が経つに連れこのような山奥にわざわざ参拝に来る人は減り、ソノラは弱っていった。近代文明が発達して神々を本当に心から信じる者は減り、なおのこと信仰心は集まりにくくなった」


 時代の流れという事なんだろう。特にこんな山奥にある交通の便が悪い神社の事を覚えている人はどんどん減っていったに違いない。


「そんな時じゃった。一人の女の子がこの神社に参拝に来た。スマホ、を片手にな? 久々の参拝者にソノラが大張り切りで恋愛成就の力を授けたのじゃ。今思えばそれが間違いじゃったのじゃ。

 全然脈がなく片思いだったはずの女の子は、ソノラの力で恋愛が成就した。そして、そのことを赤裸々にインターネットに投稿したのじゃ」

「それが、おまじないの始まり……」

「そういう事じゃ。あの時ワシが止めていればこうはならなかったのかもしれぬ」


 辛そうな声でリムベール様は語る。きっと、その時点でソノラを止めなかった事を後悔しているんだろう。


「それでの、たまたまインフルエンサーが投稿を目にして、『おまじないすることで願いが叶う』という記事を書いてしまった。しかも朝日じゃ。夜通しここで遊び惚けて朝日だけ見て片付けもしないで帰っていく連中や突然の雨に神社の建物に穴をあけて侵入してくるやからが現れてしまった」

「それで、ここはこんなにも汚れていたんですね」

「当然、ソノラの魂も汚れる一方じゃった」

「ただ、おまじないを信じる力はそのままソノラの信仰心として彼女の中に流れ込んでいく。突然今までにない力を授かったソノラは神を統治する存在『創造主』に昇格したがるようになった。自分勝手な人間の振る舞いに嫌気がさしてしまったのじゃ」


 ここに来て新しい単語が耳に飛び込んできた。そういえばソノラ自身も昇格とか言っていた気がする。


「創造主……? それは何ですか」

「世界を作る意志じゃ」

「よくわからないですが……」

「おぬしの好きなゲームで例えよう。地球のステータスを決めることができるプレイヤーが神、そのゲームそのものを作っているのが創造主なのじゃ」

「分かったような……やっぱり分かりません」

「……もう良い。話の続きをするぞ」

「お、お願いします」


 物わかりの悪い俺に呆れたんだろう、リムベール様はたとえ話を止めソノラの話の続きを始めた。


「昇格自体は祝うべきものなのじゃが……ソノラはのぉ、創造主になって人間のいない地球を作ろうとしているんじゃ」

「……は!? え!? 人間のいない世界!?」

「お主は……随分話の腰を折るのぉ」

「いや、今とんでもないこと言いませんでした?」

「じゃから、ソノラに祈里の魂を渡してはいけなかったのじゃ!」


 予言めいた『祈里の魂をソノラに渡してはならぬ』の言葉の真意を俺たちはここに来て初めて聞かされるのだった。むろん天使も黙ってはいない。


「どうしてその大事なことを今の今まで言わなかったんですかぁ!?」

「余裕など全くなかったじゃろうに!」

「いや、ありましたよね!? わざわざ戻ってきてソノラが悪い奴じゃないって言ってたけどこっちのほうがよっぽど重要ですよね!?」

「うるさいのぉ、ちょっと黙って聞いておれ」

「はい……」


 外野がうるさすぎてだんだんとリムベール様の機嫌が悪くなりつつあるのを感じて俺は口をつぐんだ。


「もう一度言うが。ソノラは創造主となって人間のいない地球を作ろうとしておる。じゃがワシとしてはそれは困るのじゃ。輪廻転生など難しい概念は動物の中には生まれ得ぬ。つまりそんな世の中はワシの死でもあるのじゃよ。そこで、ワシはソノラに何度か説得を試みた。じゃが、全部失敗に終わってしまったのじゃ。」

「ソノラ様の意志は固いのですね」

「そうじゃの。友だと思っていたのに……切ないのぉ」

「ま、まぁ! 魂が汚れたからかもしれないぞ!?」

「そうだといいのぉ」


 俺はなけなしのフォローを入れたが、リムベール様はしょんぼりとしているようだった。


「もちろんワシの存亡に関わるというのもそうだったのじゃが、それよりもソノラの魂の汚れが見るに堪えない程となっていたことが気になってしょうがなかった。このままだと欲望に呑み込まれ、ソノラはソノラではなくなって悪魔と化してしまうじゃろう。そうなる前に、ワシはソノラを転生させ、その心を浄化しようとしたのじゃ。もちろん転生してしまえば魂も、そして記憶や信仰心もリセットされてしまう。失敗に終わった今、ソノラはワシを目の敵にするようになった」

「ある意味で殺そうとしたのと同義だもんな」

「じゃが、あのままでは悪魔として地獄に追放される。そうなればソノラの笑顔はもう二度と見れまいて……」

「リムベール様……」

「おぬし等ももう知っての通り、メズルフはその時にソノラの転生時に少しだけ術がかかったために生まれてしまった天使じゃ。ワシはせめてもの償いにメズルフを匿い、清いソノラの一部分として育てることにしたのじゃ。まぁ、じゃが転生の神と愛の神、使っている力が違う以上天使に渡すエネルギー変換効率がとても悪くてな。普通に仕事をする分では問題なかったワシの信仰心の貯金はメズルフを生かすためにどんどん減っていった。突然世の中の人が輪廻転生を信じなくなる、なんてことは無いがメズルフにエネルギーを流し続けていたおかげでワシは姿も表せなくなったのじゃ」

「……えええええ!?」

「おま、リムベール様が弱ってるのお前の所為じゃねぇか!」

「し、し、しりませんでした!! ごめんなさい!! ごめんなさいっ!! こ、この天命の輪も返します!!」

「何を言っておる。これはワシが勝手にしている事じゃ。おぬしが謝ることは全くない」

「リムベール様ぁ」

「ほら、話の続きを」

「はい……」


 泣きださんばかりのメズルフをリムベール様はたしなめる。たしなめられたメズルフは再びちょこんと座ってリムベール様の話に耳を傾けた。


「ワシがそんなことをしている間にソノラはすぐにでも『創造主』になろうとしたようじゃ。しかし、とある審査項目に引っかかってなれなかったのじゃ」

「審査項目……」

「魂の穢れじゃ」

「……ってことは」

「不当な信仰で得た力では創造主の資格は得られないと判断されたという事なのじゃ」

「……まさか、それで祈里の魂を利用しようと!?」

「まさにその通り」

「ソノラは清い魂を求め各地に飛び回っていた。もともと土地神ということもあり日本からは出ていなかったようじゃが、お主の住んでいる町までは簡単に移動できるのでなぁ。このご時世で巫女の修行をしている清い魂を持つ人間などそうそうおらぬ。意外と早い段階で祈里に目をつけていたようじゃ。そして、祈里が良く見るSNSサイトを探り当てて例の占いを大々的に報じた結果、祈里は見事に食いついてしまった」

「あぁ、あの時のSNSの記事、俺も見たな」

「それがソノラの差し金じゃ。ちなみに言うと、宿泊するホテルの場所もソノラによって調整されたものじゃ」

「そうだったのか……やるじゃねぇか」

「恋愛は人の心。奴は人の心に問いかけて自分の都合よく動かすことを得意としてるのじゃ」


 祈里が普段見ているSNSは限られていた。ちょうど修学旅行のホテルも近くだった。

 祈里が興味を引きそうな飾りつけもされていたことを考えると恐ろしい手口だった。


「見事に祈里をここにおびき寄せることに成功したソノラでも神が人に直接手を下せないという掟がある以上、直接手は出せなかった。そこで、祈里が崖の淵に立った瞬間、地震を起こし崖を崩したのじゃ。本当ならば祈里がそのままお陀仏して、天界へ行く途中に攫うつもりじゃったのだろうがここで予期しない出来事が起こった」

「……予期しない出来事?」

「楽、お前じゃよ」

「俺!?」

「お前が、とっさに祈里の身代わりになった。おかげでソノラの作戦は失敗に終わった」

「え、あー……そう、だったんだ」

「おぬしのとっさの行動がなければ、今頃人間はいない世界となっておったじゃろう」

「何気なく世界救ったって事?」

「まぁ、極端に言えばそうなるかものぉ」


 無意識ながら世界を救うだなんて、俺ってばスゲー。


「じゃから、イレギュラーに死んだ楽の魂を迎えにメズルフをよこしたんじゃ。それなのに、行ったときには地獄に突き落としている始末。あの状況を見て頭が痛くなったのは事実じゃのぉ」

「ご、ごめんなさい」

「まぁ、それに格好つけてお主にばれずに過去に転生をさせられたのは良かったと言えばよかった。ワシはあの時すでにソノラに狙われていたのじゃ。いや、本当はメズルフが狙われておるという情報が入っていたのじゃ。メズルフは言い換えれば「転生後のソノラの魂」。祈里の魂じゃなくてもメズルフの魂でもどっちでも良かったからのぉ。まぁ、じゃが祈里の魂ほど綺麗な魂はそう無いからソノラは祈里の魂にしか目がいっておらぬのが現状じゃ」

「あー、ようやく謎が解けてきた。だから「過去」の「祈里」に魂を隠すために俺の魂を入れたんだな? ついでにメズルフもつれて」

「ついでって何ですか!」


 意味の分からないタイムリープは全てリムベール様の作戦だったと言う訳だ。


「その通りじゃ。おぬしが祈里の体に居れば、ソノラが魂を探しているときに祈里を見つけることはなかった。さすればソノラに狙われることもないはずじゃった。じゃから、あとはそのまま楽が崖下に落ちてさえくれればソノラに祈里が見つかることもなく……お主が死んだ後に楽の魂はワシが戻す予定じゃったから、作戦通りで行けば、世界の崩壊も起こることなく終わるはずじゃったのにのぉ」

「……」

「……」

「頭が痛いことになったわい」

「なんか、すみません」


 結局、話を聞いた結果わかったことは、この事態は俺らが引き起こした最悪のシナリオだったって事だった。




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