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第二十三話 塗れた欲望と清き信仰②

「いい雰囲気の中悪いんだけどさ」

「ええ、わかっています。祈里さんを助けなくてはなりません」


 メズルフはすっきりした顔でこっちを向いた。その顔には一種の清々しささえ感じ取れて俺は心からほっとした。


「一つ目の問題はこれで解決。次は……いのr」

「次はお主じゃ、楽よ」

「え?」


 俺は自分の名を呼ばれるとは思っておらず驚いた声を出してしまった。俺が疑問に思う間もなくリムベール様は話をつづけた。


「魂が二つお主の体にあるのを感じる……。まだお主ら自我が分かれておるな?」

(俺の事……か?)


 前楽が自分の事を呼ばれたことに気が付いて反応した。リムベール様は魂の声も聞くことができるのか、前楽に答えるように会話は進む。


「さよう。お主らは二つに分かれて居るが元は同一の魂じゃ。このまま分離させたまま死なれてはワシが困るのでの」

(それはなぜですか?)

「人が二人死んだことになってしまうのじゃよ。三途の川を渡るのにかかる六文銭も倍かかる。一番厳しい地獄に落ちてもいいのであれば放っておくが?」

「そ、それは嫌です!! 融合してください! お願いします!」

(俺……地獄行きなのか!?)

「ふぉっふぉっふぉ。歩んできた人生によるのぉ」


 本当は一度地獄に落とされかけたから、六文銭はやり直した一か月分しかない。物は言いようだと俺は思ったがこれ以上前楽を不安にさせても仕方がない。


(なぁ、俺?)

「なんだ、俺?」

(融合したらどうなるんだ?)

「俺にも分かんねぇ」


 不安にもなるだろう。なんせ俺も今結構不安だからだ。前楽には大した情報もなく、俺の感じている不安の何倍も怖いに違いなかった。


「ふぉっふぉっふぉ。二人の意識は交差し、強い思い出だけが脳みそには残るじゃろう。それがどちらかの物かは分からぬが、分離しているのは一か月程度じゃ。人間の脳みそにはのぉ、そこまで高性能な記憶は備わっておらぬ。安心せい。なんとなく、同じになる」

(記憶が消えたりは?)

「せぬの。じゃが、普通に人間として忘れている部分は戻っては来ぬ」

「時系列的にダブった記憶もあるって事か?」

「そうなるのぉ。じゃが、お主はお主。共に同じ魂じゃからの、基本的に今と変わらぬのじゃよ」


 リムベール様の言葉で俺はどこか安心した。どちらかの人格が丸ごと消えるとか、どっちかに乗っ取られるとか、そう言う事がないならきっと俺は俺のままなのだろう。


「さて、始めるとするかの」

(今と変わらないんだな……わかった!)

「大丈夫。俺らで祈里を救おうぜ!」

(……ああ!)


 俺はリムベール様に身をゆだねることにした。これは俺の直感でしかないが、リムベール様はきっと信用できる神様に違いない。


「ゆくぞ」

「はい!」

(お願いします!)


 俺の足元に大きな大きな魔法陣が形成される。すると目の前に俺がいる事に気が付いた。穏やかな顔をして笑う前楽は俺に向かって手を伸ばしてきた。俺もその手に手のひらを合わせるように重ねる。


 手のひらを合わせると、前楽が過ごしたこの一か月の記憶が流れ込んでくる。告白しようとしたときの俺の酷い笑顔から始まる一か月間。俺の知らないメズルフとのやり取りや、祈里に対して悩んでいた記憶。それでも、楽しく過ごした記憶が、たったの一か月とは思えない程流れ込んできた。


 すると、前楽が突然吹き出した。


「おまっ!! お前!! こんのクソ俺!! お前が祈里の中身だったのかよ!!」


 俺に記憶が流れ込んだということは、向こうにも俺の記憶が行っているのだろう。そりゃこんな反応にもなるか。どっきりのネタ晴らしをしている気分だった。


「あはっはー……まぁ、そうだな。この一か月」

「だよな!? 俺、おかしいとずっと思ってたんだよ!! ふざけんなよ!?」

「俺だって入りたくて入ったわけじゃねぇっての! 不可抗力!」

「でも……なんだ。すごく、安心したわ。急に好きな人が豹変してみろよ。マジで焦るから」

「それに関しては申し訳ないとは思うけど、気が付いたら女の体になってる方がよっぽど焦ったと思うぞ」

「ちがいねぇや!」

「ははは!」


 俺と俺は互いに笑いあった。そんなこんなしているうちに、体が光始めた。明らかな異常事態に前楽の表情がこわばるのが見える。


「え、こ、これ大丈夫か?」

「大丈夫だろ、リムベール様がやってる事だ」

「……じゃぁ大丈夫か」


 あっという間に体は光の粒と化して、目の前の前楽と混ざり合う。その頃には意識というものがどうなっているかも分からなくなっていた。


 ただ、一つだけ分かったのは。


 俺は俺に戻ったって事だけだった。


「楽!! 楽ってば!!」

「ん……」

「楽!! 大丈夫ですか?」

「メズルフ……?」

「ふぉっふぉっふぉ。無事に元の一人に戻れたようじゃな」

「あ……そっか。俺融合して……おーい俺、もういないのかー?」


 俺は心の中に問いかけてみたが、どこからも何も返事はなかった。なんとなく寂しいような気もしたが、これが本来正常なのだ。それに、記憶をたどると俺がメズルフ人形を縫い合わせている記憶だってしっかりと残っている。もちろん祈里として過ごした数か月の記憶も。


 これはこれでだいぶ不自然な気もしたが、俺は割り切ることにした。


「いないみたいなので、一人になったっぽいです」

「ふむ。よかろう」


 俺の様子を見てリムベール様の満足そうな声が返ってきた。

 これでめでたしめでたし、と言う訳にも行かないのだ。


「さて、今度こそ祈里を助けに行かなきゃな!」


 俺は崖の方をキリッと睨みつけた。


「そうじゃのぉ。じゃが、ワシとて今のソノラに敵う力は持ち合わせていない。戦っても前回同様負けて消えてしまうのが関の山じゃ」

「あの、すみません。俺、頭の中が整理できてなくて。ソノラは今何をしようとしているんですか? 祈里の魂をもって崖の方へ行って、結構な時間が経過している。しかも家だって言ってた本堂を丸ごと壊されてるのに見に来る気配もない。メズルフが俺を崖の所に連れて行かないと話は進まないのに」


 行き当たりばったりで行動している俺からするとソノラが戻ってこなかった事は好都合でしかなかった。ソノラからすれば俺がメズルフをどうこうできると思っていなかったからなのかもしれないが、こうまでに大きな物音がして異変に気が付かないなんてことはないだろう。


「そうじゃな、きっと、ソノラは祈里の魂に自分の魂の記憶を植え付け、自分の魂を浄化しようとしているのじゃ。今頃、儀式のための魔法陣などの準備をしておる。朝日が朝日である内に終わらせねばならぬ儀式じゃから、なりふり構っていられぬのじゃろうて」

「な、なんですって!?」

「それって、どういう事なんだ?」


メズルフの驚き用から察するにとても大変な事なのはなんとなくわかるが、それがいったいどういう意味なのか俺にはさっぱりわからなかった。


「分かりやすくいうなれば……そうですね……寄生のようなものと言えばわかりやすいでしょうか。祈里さんの魂の外側にソノラ様が入り込んで住み着く。祈里さんの中身は食い尽くされて完全にソノラ様の意志で動かせる状態にしてしまおう、という事です。そうなれば、ソノラ様の魂の外側として祈里さんは存在し続けるでしょう。見た目だけは祈里さんの綺麗な魂という事です」

「そうなればのぉ、ずっと……ソノラの外側として永劫動かぬ体に意識だけあり続ける状態になるじゃろうて。それは苦痛は伴わなくても永劫の孤独を生む。自我が崩壊してもなお、存在はあり続ける。じゃから本来は禁じ手とされている術なのじゃ」

「孤独……」


 その言葉を聞いて、祈里が昔ぽつりと呟いた一言を思い出した。


『……でもさ、寂しい時誰かが側にいてくれるか、居てくれないかって私、大きいと思うの。ほら、私はいつもこの家で独りぼっちだからさ』


 両親が海外で仕事をしていて、祈里はとても寂しそうにしていた。このままソノラの思い通りになれば、ただでさえ寂しい思いをすることが多い祈里にさらなる孤独を与えることになるだろう。


「そんなこと……絶対させない!」

(ああ! 絶対に祈里を救い出そう!)


 俺はこぶしを振り上げた。どんな手を使ってでもそれだけは阻止しなければと心に熱いものがたぎった。


「その気持ちは分かるがのぉ。もう、ソノラを止める方法がないやもしれぬ。力では勝てぬし、かといってほかにいい方法も思いつかぬ」

「そんな……」


 リムベール様の声は俺の心に冷や水をぶっかけてきた。確かに現状ソノラを止める方法は何一つ考えつかない。けれども、諦めるという選択肢だけは俺には存在しないのだ。


「リムベール様。お願いがあります。今まで起きた事、俺に話してくれませんか?」

「時間がない今、それを聞くのか?」

「逆に、今しか、ないんです。作戦を立てようにも、俺には情報が少なすぎます」

「分かった。なるべく端的におぬしに何があったかを伝えよう」

「ありがとうございます」


 俺は深々と頭を下げると、リムベール様は早速、何があったかを話始めるのだった。



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