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第二十三話 塗れた欲望と清き信仰①

 俺は前楽の案を採用することにして、手にあるスマホに付いているリムベール様人形の写真をパシャリと撮る。そして、SNSのアプリを立ち上げた。


「これをSNSにアップしよう。真心のSNSアカウントにはすごいたくさんのフォロワーがいる。確か10万人を超えているはず。その人たちに向けてリムベール様を崇めてほしいって送るんだ!」

「ちょ、ちょ、ちょっとまってください!?」


 その言葉を聞いたメズルフは慌てた様子で首を横に振った。


「待ってください! ソノラ様と同じように信仰を集めてしまったらリムベール様の魂だってソノラ様と同じように汚れ、今回のように私利私欲に走る悪い神様になってしまいます!!」

「……大丈夫!」

「大丈夫じゃありません! そもそも、そんな写真載せただけで人々に認知してもらえるんですか? せいぜい一人や二人ちらっと見る程度でしょ」

「その点においては俺を信じてくれよ! きっと、この作戦ならうまくいく! なぁ俺?」

(ああ、絶対大丈夫だ!)

「だから、魂の声は私に聞こえませんってば!!」


 わめくメズルフは置いておいて、俺は前楽と心の中で相談しながら文章を組み立て始めた。


(なぁ、こんなのはどうだ?)

「おお、それいいね」

(いや、こっちの方が……)

「じゃぁこんな感じで」

(いいぞいいぞ!)


 俺はそう言ってメズルフの背中で思いつくままに投稿文を作成した。一通り入力して一度だけ確認、先ほど撮影したリムベール様の写真を添付して準備は完了だった。


「送信! これでよしっと!」

「なんて書いたんですか?」

「『我は転生の神リムベールじゃ! 我は魂の輪廻転生を司っておる偉い神様なのじゃ! 崇め奉れ! もし、万バズしたらお主らにとって良い事が起こるじゃろう。新作漫画が……ごほんごほんこれ以上は言えぬのぉ。『合言葉はリムベール様万歳』じゃ! 奮ってRTや良いねを押してくれ!』とまぁ、こんな感じだ」


 俺は前楽と二人で考えた言葉をそのまま読み上げた。すると冷ややかなメズルフの視線が俺に突き刺さった。


「これのどこが良い作戦なんですか?!」

「まぉまぁ、見てろよ。……ほら!」

「え……!? 凄い、数字がどんどん上がってます! え? どうして??」

「これ、実は俺のアカウントじゃなくて、真心のラブ☆エンの公式アカウントでつぶやいたんだ。まぁ、真心には後で怒られるとして……真心が新作漫画を描いたって言ってたから利用させてもらった。つまり、公式マークは最強って事。ってか、朝だからか思った程は伸びて無いな……大丈夫かな?」


 アップしたばかりのリムベール様人形の写真は瞬く間に拡散されていく。公式アカウントが新作漫画をほのめかす謎の文章を発表したんだ。きっと、ファンからしたら新作漫画の宣伝演出だと思って拡散するだろう、と思ったのだ。


「で、でも汚い信仰ならいつかリムベール様が……」

「大丈夫。そうならないように、皆リムベール様万歳ってコメントしてくれてるように誘導したし、今後皆んなに崇拝される愛されキャラになるように真心に頼み込もう。そのあたりは真心ならきっと大丈夫だろ! 多分!」


 漫画のキャラを神格化して愛する人を俺は何人も知っている。信仰の対象という意味では近しいはずだ。多分!


「む、無責任な……あとでまこまこにお願いしておきますね」

「おお。この短時間で結構いいねされたな。やっぱすげぇや。さてと、形だけのリムベール様万歳に効力があるかも不安だが……なんにせよもう一度、祈ってみるか! とにかく出現させられることを願おう!」

「はい!!」


 俺たちは再び、リムベール様人形に祈りを捧げる。朝の爽やかな光がキラキラと眩しくて俺は目を少しだけ細めた。


「リムベール様、どうか……どうかもう一度だけ救いを!」

「リムベール様!! そのお声を聴かせてください」

(リムベール様!! 出てきてください!)



 俺と前楽とメズルフは精一杯の限り朝日に祈った。一歩、また一歩と瓦礫の山を歩くメズルフの足音だけが響き渡る。一向に現れないリムベール様にしびれを切らせたメズルフは噛みつくような視線をこちらに向けてきた。


「や、やっぱり駄目じゃないですかぁ!! あ、あとでまこまこに怒られるだけって! 最悪な作戦ですよ!」

「なっ!? じゃぁお前に良いアイディアでもあったのかよ?」

「ありませんけどっ!!」

「なら文句言うな!!」



「ふぉっふぉっふぉ。随分と仲が良くなったようじゃのぉ」



 俺たちのやり取りの隙間を縫って、聞き覚えのある声がした。その瞬間噛みつきそうだったメズルフの表情は一転して、大きく見開かれた。


 その声は間違いなくリムベール様の声だった。


「り、リムベール様!? リムベール様ぁ!! 心配。心配したんです!! 毎晩貴方を探して、天界を彷徨い歩きました! お体は無事ですか!? どこか痛むところは……」

「落ち着きなさいメズルフ。貴方の悪いところじゃよ」

「す、すみません。で、でも」

「もう、大丈夫のようじゃ」

「本当ですか!?」

「それどころか、何故かワシの元へ信仰心が集まりつつあるのじゃ」


 リムベール様は不思議そうに、それでも安堵したような声でそう言った。俺とメズルフはお互いに顔を見合わせて思わず笑顔になった。


「楽! 作戦が成功しているようですよ!?」

「ほぉら、見ろ! 良かったな」

「おぬし等が何かしてくれたのじゃの?」

「ふふっ! 悪い信仰にならないように、今後もちゃんと市民を誘導します」

「ぬ……なんじゃその不穏な発言は……まぁ、背に腹は代えられぬのでな。ソノラに削られてしまった力が戻るまでは利用させてもらうとするかの。ありがとうな、メズルフ。そして、楽よ」

「えへへっ!! リムベール様にお礼を言われちゃいました! 嬉しいです!」

「リムベール様のお力になれたなら何よりです」


 俺はどこにいるか分からないリムベール様に会釈した。メズルフもリムベール様が復活して心から喜んでいるようだ。だがいくら最低限のスピードで歩いているとはいえ、そろそろ本堂の中腹を過ぎている。本題に入らなくてはならなかった。


「神様、俺、今からメズルフの輪を取る。貴方ならメズルフを救えますか?」

「やはりそのために呼んだのじゃな。任せよ。今の力ならメズルフを生かすことくらいならできるじゃろう」

「本当ですか!? 良かった……」

「じゃが、問題が一つだけある」

「問題……?」

「ワシからの力を授かるとなると、生きることは出来ても、愛天使の力は出せぬ。メズルフよ。それでも良いか?」


 先程、弓矢の力を誉めた時の明るいメズルフの顔を思い出す。今はソノラから力を得ているから発揮できた力なのだとしたら、リムベール様から力を授かった後は自分の力に目覚める前のポンコツ天使に戻ってしまうのだろう。俺はメズルフの表情を伺った。また、ポンコツ天使に戻るのはメズルフにとってつらい選択なのかもしれない、と。


 けど、メズルフ本人には迷いなんてなかった。


「……もちろんです! 私は崇高な転生の神リムベール様の天使ですから!」


 そこにあったのは混じり気の無い笑顔。

 俺はその顔こそがメズルフだと思って、野暮な事は何も言わないまま天使の輪に手をかけた。


「ははっ! 俺、お前のそういう所好きだぞ」

「なっ!? なんですか急に!?」

「なんでもねぇよ!! ……行くぞ?」

「お、お願いします」


 俺は力の限り、ソノラの天命の輪をメズルフの頭から引きちぎるようにぶんどった。

 すると、糸の切れた操り人形のように、メズルフは俺を載せたまま膝から崩れ落ちた。


「いでっ!!」

「---」


 瓦礫の上に崩れ落ちたにもかかわらず、メズルフは一言も発さない。


「め、メズルフ!? 大丈夫か!? おい!?」


 よく見ると体の端々から光の粒が霧散しているように見える。このままだと消えてしまう、俺はどうしたらいいか分からず呆然とメズルフを見ていた。


「楽、そこをどくのじゃ」

「は、はい!!!」


 その時、リムベール様の先ほどとは違う険しい声に俺は即座に這うようにその場から離れていった。

 と、同時くらいにメズルフを中心に魔法陣のような丸が出現する。徐々に徐々に丸い魔法陣は小さくっていき、しまいにはドーナッツ状の天命の輪となりメズルフの頭にチョコンとのっかった。物の数秒の出来事だった。


輪がのっかったメズルフは驚いたようにがばっと起き上がった。


「あ、え……?」

「メズルフ!!!」

「あ、あれ? 私……」

「ああ! リムベール様が天命の輪を授けてくれたんだ! 良かったな、お前解放されたんだぞ!!」

「ありがとうございます!!」

「ふぉっふぉっふぉ。これっからもワシの下で働いてもらうからのぉ?」

「はい!! 天使メズルフ! ずっとあなたについていきます!!」


 大きな青い瞳をうれし涙が伝う。

 本当に、よく泣いて、よく笑う天使だ。


 消えなくて、本当に良かった、と俺はリムベール様とメズルフのやり取りを温かい気持ちで見つめるのだった。

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